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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第三章 冬の出来事
76/108

そして無事に帰ってきた

◇◇◇◇◇◇



  ◇


 二虎は強敵だった。


「やけにあっさり終わったっスね」


「さすがビィさん! 余裕!」


 システィとブレが口にするように時間としてはごく短時間でことはすんだ。


 強敵を殺すには不意をうつに限る。

 俺はシスティとブレを残して木陰に身を潜めた。そしてシスティが魔術で、ブレが弓で二虎を狙い撃った。視界が広く感覚鋭い二虎は近づいてくるものに敏感だ。遠間からの射撃は気付かれ簡単にかわされた。それは同時に2人が二虎に餌として認識された瞬間だった。

 暴食を誇る二虎は餌とみれば襲いかかる。自分が気付かれていないならそろりそろりと近づくこともあるが、相手が気づいているのなら獰猛にただ襲いかかるのみ。

 一直線に2人にむけて駆け出した二虎だったが、その通り道に潜伏していた俺にとって絶好の不意打ちの機会となった。

 すれ違いざまに右の首を切り落とす。頭が2つあろうが急所だ。経験上、右の首を落とした方が奴の動きは格段ににぶる。恐らく2つあるうちの右の頭が主導権を握っているのだろう。

 案の定、二虎は首から血を撒き散らしながら大地に横倒しになり半狂乱になって暴れ狂った。


 こうなると迂闊に近づくのも危険だがもはや近づく必要もない。

 首を落としたのだから放っておいてもそのうち死にそうに思えるが、二虎は生命力が強い。放っておけばそのうち傷がふさがり再び恐ろしい力を振るうようになるだろう。だからここでトドメをさす。

 俺は腰から手斧を掴むと二虎に向けて投擲した。

 斧は狙い違わず二虎の残った顔に突き刺さり断ち割った。


「手強いとか言ってたわりにたいしたことなかったっスか?」


「いやビィさんだからだよ……」


 正確には一匹だけだったからだな。二虎は群れることはまれだが、この手の魔物が複数いると対応が格段に難しくなる。不意もうちにくくなるし、できたとしても一匹に傷を負わせた後は正面からの戦いだ。経験上戦えなくはないが、なりふり構っていられなくなるため誰かを守りながらとかは考えたくない。


「二虎の肉はあまり美味くはないが食えないことはない。で、肝は薬になるとか薬師に聞いたこともある。血だけ抜いて解体はせずに持ち帰るか」


 臓器は痛むのが早いので肉まで駄目にする可能性を考えればここで解体してしまうべきなのだが、そうすると間違いなく肝が薬に使えなくなる。どれぐらい平気なのかとかそこら辺のさじ加減がわからないのは辛いが、食糧難の戦時中でも肉より肝でできる薬の方が価値があると薬師が言っていた覚えがあるのでそちらを優先でいいだろう。肉は量はあるから腹は満たせるが本当にたいして美味くないしな。

 ま、俺としては皮の方が使い出がありそうだから慎重に剥ぎたいっていうのもあるんだ。


「いやそれよりもカルタボの方は?」


「おまえが持って帰るんだよ。システィ、あれでいいんだな?」


「はい。間違いないっス」


 俺が指差した先の巨樹にシスティが頷いた。先程も聞いたので再確認ではあるのだが、こうやって断言してもらえるのはそれだけでもありがたい。苦労して入手した物が別物でしたなんていうのは辛いからな。


「じゃあ適当に採っていくか」


「枝ごと採ればいいんだっけ?」


「枝は肥料にしかならないんで今はいらないっスよ。必要なのは葉と木の実っスけど、今の時期は木の実は採れないんで葉を一杯採ってくださいっス」


「了解了解」


 俺も枝ごと切るつもりで手斧持ってきてたけどいらなかったな。


「あ、ブレさん、それは駄目っス」


「え?」


 傘状に広がるカルタボの葉を下から手が届く範囲でとろうとしたブレをシスティが止めた。どういうことだ?


「本当なら春にできる新葉が欲しいんスけど、今は冬っスからね。本当のこというと一番とるに適してない時期なんス」


「ああそれは知っているが。しかしそれを承知で採ってきてくれとリールは言ってきた筈だよな?」


「そうなんスけどね。それでも比較的若い葉の方が喜ばれるっスよ。というわけで採ってくるのは木のてっぺん辺りのがいいっス。カルタボはあんまり高く伸びないんスけど、上の方ほど栄養豊からしんスよ。逆に栄養値の低い下の方の葉とかを色んな動物とかに食べさせる生態系になってるみたいなんス」


「ほう」


 カルタボだけでなく他の木の生態なんて知りもしないからそれが珍しいのかどうかとかはわからない。だがそういう理由があるのであればこちらとしても上の方の葉を採らない訳にはいかんな。


「ブレ、行け。下は守ってやる」


「……了解」


 ブレは逃げ場がなくなる木上に登るのが好きじゃないとは聞いているが、今は気にしている時ではないだろう。中身が空の背負袋を背負って器用にカルタボの木を登っていった。枝も太いし手や足をかける場所には困らなさそうだから登るのはそう難しそうではなかった。たぶんその気になればよほど体を動かすのが苦手な奴とか、ドリットみたいな重い奴以外は登れる木だと思う。


「さて、これでこちらの方の任務は完了か」


「そうっスね。思ってたより順調っス。自分いなくても問題ないぐらいっス」


「いやまあ、いてくれて助かったよ。少しは楽になった」


 二虎にしてもカルタボの知識にしても、仮にシスティがいなくても大きな支障はなかっただろう。だが貢献がなかった訳でもない。事がよりスムーズに進んだのは確かだと思う。だから一応は感謝だ。


「……ビィさんがデレてきたっス! ――ニヤリ、計画通り」


「あ? なんか言ったか?」


「来年の今頃は結婚してくれてるんじゃないかって予想たててるっス。自分がんばってビィさんが簡単には返せないような貸しを作るつもりっス」


「そういうこと考えてるんじゃないかとは思ってるけどな! ちったあ隠せよ!?」


 だからおまえに何か頼むの嫌なんだよ!


「目指せ政略結婚っス!」


「やめろって……」


 なんで俺はこんな奴につきまとわれているんだ。せめて性格か体つきのどちらかでももう少し俺好みなら良かったんだがなあ……。




「……マカンの奴は無事カゼルマ病の薬が作れる木を見つけられたのか?」


 こちらはうまくいったが、マカンの方が本命だ。特別危険があるわけでもないしセイジロウが見つけられるのか、そしてそれが本当に目的の木なのかどうかの問題だから、俺が心配したってどうにもならないのはわかっている。しかしマカンがそこにいるというだけで何か妙な事がおこってやしないか心配になるんだよな。

 距離はこちらよりも近いんだから、順調にいけば俺たちよりも先に帰還しているだろう。樹液の採取に時間がかかるかもしれないから少しは遅くなるかもしれないが、それでもすでに現地では目的の達成の成否はでていてもおかしくない。


「頼むぞ、うまくみつけていてくれよ」


 俺がそうろくに信仰心を持ってもいない神に祈りたくなるのは、本心からマカンたちの結果を心配しているのと、システィからのあからさまなうざいアプローチから意識をそらすためであった。



  ◇


 ロンデ村に戻った頃にはもう陽が落ちそうな時刻だった。にもかかわらずマカンたちは未だ帰還していなかった。

 能力はあるが信頼できる者が一行の中にいないためどうにも心配だ。


『お父さんがいるんだから大丈夫よ!』


 なんて母さんは言ってくれたがそれを聞くとますます不安になる。


 しかし向かった先がだいたいわかっているとはいえ、今から捜索に出るのは遭難の恐れがあった。何十人何百人と数を揃えられれば別だがこの村でそんな人数を動員できる筈もない。信じて待つしかないと結論付けた。


 そして俺たちは持ち帰った物をリールに届けた。解体前の二虎とカルタボの葉だ。

 リールは二虎という魔物については見たことが無いらしいが、魔物の肝を使った薬には覚えがあったのでその記憶にそって処置しようということになった。カルタボはリールたち姉妹で薬を作り、二虎の解体はグラムスさんとドリットがやってくれるということなんで任せ、俺たちはすっかり暗くなった中で遅めの夕食をとらせてもらっていた。

 その最中にマカンたちが戻ってきた。




 その姿を見れば驚かずにはいられない。

 父さんとセイジロウには特に変わりはないように見えたが、マカンは別だった。

 暗い中にもはっきりと土や草にまみれボロボロになった衣服が目立ち、何か大立ち回りをしたのだろうことを思わせる。大きな怪我はしていないようだが擦り傷などのちょっとした怪我はしているようで、幼い容姿も相まって見ていて痛々しい。


 だがそれよりも目を引くものがあった。


 それは一匹の馬だ。

 ただし普通の馬ではなく、厚肉重厚の肌を持つ魔物メイルズホースの赤角だった。その赤角が背中に鹿だろう動物を乗せてマカンたちに続いていたのだ。驚くなというのは無理な話だ。


「マカン、何があった?」


「がんばった」


 そういうマカンは少し誇らしげだ。


『ビィ、マカンちゃんは本当にがんばったんだよ』


「せやで。絶対に魔物使役したる言うてな、一人で長いこと戦こうとったんや。ワイはマカンちゃんのこと改めて尊敬したわ。ほんま凄いがんばってたわ」


「……ああそうみたいだな」


 父さんとセイジロウもマカンの成し遂げた成果がとても嬉しそうだった。

 詳しくはまだ聞いていないが、だいたいのところは想像できる。


 カルタボの木の近くで二虎が鹿の群れを襲ったのは間違いないだろうし、そこから逃げた先がマカンたちの向かった場所だったのだろう。そこで赤角と遭遇したマカンは俺から言われたことを思い出して赤角を屈服させることに挑戦したのだ。そしてそれは成った。

 魔力による威圧をまだできるようになっていなかった筈だが、実戦で成功させたということか。もちろん訓練でできなかったことを実戦で成功させるなんていうのは簡単なことではない。そこには父さんやセイジロウが言うようにマカンの頑張りがあったのだ。

 そう思うと俺も少し弟子が誇らしく感じて胸に温かいものがこみ上げてきた。


 普段マカンのおバカなところには笑わせてもらったり和ませてもらったりもしていたが、それでも将来のことを考えると悩みの種だった。

 しかし今日は存分に褒めてやろう。少しくらいは甘やかしてやろう。

 ああだが、その前に確認しておかないといけないことがあったな。マカンの成長は嬉しいが、今日のところの優先順位はこっちが上だ。


「カゼルマ病の薬になる木は見つかったのか?」


『ああ、たぶん間違ってないと思う。必要な樹液の量がわからなかったからこの時間までとれるだけとってきたよ。後はこれから薬にしてみて実際に使ってみて効果が現れるのか検証しないといけないけどね。……患者のラビオラさんには悪い気もするけど』


「それは仕方ない。どうせ薬ができなければ危ないんだ。とにかくよくやってくれた」


「ワイも、ワイもちゃんと働いたんやで!」


「ああ。セイジロウもよくやった」


 それから俺は小声で2人に告げた。


「……木を見つけるのはとても難航したが、セイジロウがうまく見つけたということにして話をつくっておいてくれ」


「え? なんで? そんな苦労せえへんかったで?」


『ああわかったよ。セイジロウ君に華を持たせてあげようっていうんだね? 彼がいたから薬ができたって印象づけられるようにしておくよ』


「ビィさん……ホンマありがとうな」


 感謝はいいが潤んだ目で顔を近づけるな気持ち悪いから。もしこれで木が間違っていればセイジロウの立場は地に落ちるが、まあ今とそう変わる訳でもないから構わないだろう。

 そこまですませてから俺はじっと俺の言葉を待っている……というか後回しにされたからか、頬を膨らませてちょっと不機嫌になっているマカンに顔を向けた。その頭にぽんと手を乗せてなでてやる。


「マカンもがんばったようだな。よくやった」


「ビィせんせ……」


「まさか今日の予定になかった魔物の支配までやりとげるとはな。いると思っていた場所に別の魔物がいたんでもう赤角とは遭遇できないかと思っていたが」


「ブルル……」


 俺が近づいたことで赤角は警戒しているのだろう、少々苛立ったようにいなないた。


「ビィせんせ、ボスがちかづくなっていってる」


「ん? 怖がらせるつもり、は? …………おいマカン、魔物の言葉がわかるのかっていうの聞いてみたいが、その前にボスってなんだ?」


 群れを率いていたからボスって言ってるんだよな? そうだよな?


「……マカンのボス」


「ブルルルルッ」


 なぜか赤角が誇らしげに歯を剥き出して笑ったように見えた。気のせいだと思うがイラっときた。


「…………詳しく聞こうか?」


 俺はマカンの頭を手でがっしりつかんだ。


「あうううううっ」


「ブルッ」


「――おまえはすっこんでろ赤角っ! ほら、さっさと言え」


 マカンが俺に折檻されているのが気に入らないのか、赤角が威圧的な視線を飛ばしてきたので威圧仕返してやった。俺の魔力はたいしたことないが、威圧に魔力だけでなく濃厚な殺気を乗せる術には長けている。赤角もどうやらだいぶ魔力を消耗しているようで、この程度の威圧でびびりやがった。


「だって……だって……マカン、おなかすいてきたし、なんかめんどくさくなってきたし、かえりたくなったし、でもビィせんせにおこられそうだから、まものつれてかえらないとってがんばったのにぃ」


「それがどうして赤角がボスとかいうことになったんだよ?」


「おっちゃんが、おしてだめならひいてみろっていうからぁ」


「マカンちゃん!? ワイのせいにせんといて!?」


 思わずセイジロウを睨んでしまったが、確かにまあこれであいつを責めるのはお門違いだろう。どう考えてもマカンの解釈が悪い。


「……つまりなんだ。赤角を屈服させるのが難しいというか面倒くさくなったから自分が屈服してみたらこうなったと?」


「マカンはがんばったぁっ」


『うんうん、マカンちゃんはがんばったよね』


 涙目で訴えるマカンにそれを援護しようとする父さん。だが泣きたいのは俺の方だ。


「……マカン。おまえ、魔力での威圧ができるまで食事は肉抜きな?」


「うぇっ!? がんばってなまにくもってかえったのにぃ!」


「それからオヤツも抜きだからな?」


「ビィせんせ、ゆうぶ――!?」


 また俺を勇者呼びしようとしたマカンの頬を両側から思いっきり抑えこんだ。


「ちなみにできるようになるまで自由時間もないからな? 寝る間も惜しんで特訓だ。わかったな?」


「お……おけ」


 ふう、まったく……。こいつの教育は本当に難しいな。素質はある筈なんだがというかないと困るんだが、どうしてこう訳のわからんことになってしまうんだ。


 面倒なことに赤角がマカンにちゃんと屈服して使役されている訳ではないのならこいつを村で放し飼いにする訳にもいかん。

 しょうがない、とりあえずここでの上下関係だけでも力づくで教え込むか。


 なあに、荒っぽいのは慣れているさ。

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