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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第三章 冬の出来事
72/108

薬が欲しい

◇◇◇◇◇◇



  ◇


 カゼルマ病。聞いた覚えがあるような気もするがはっきりしない。


『ビィも昔かかったことがあった筈だよ』


 そう父さんが言うからにはそうなのだろう。

 ラビオラの症状はそのカゼルマ病という恐らく風土病だという。エンゾキュウリは関係なかったか。セイジロウの奴、首の皮一枚つながったな。


 現在俺たちは俺の小屋の中でリールからラビオラの症状についての詳しい説明を受け、その対策を講じているところだった。ラビオラの看病は現在母さんが任されている。

 ジルユードとアルマリスがいるのは当然として、マカンが興味なさげに本を一人で読んでいるのもいいとして、セイジロウまでここにいるのは現在村の中では針のむしろの様な心地になるから避難していたからだ。


「でもその特効薬となる薬が手に入らない、と」


「それ以前にですね……どんな薬かがわからないんですぅ」


 俺にも覚えがないな。どの家にも常備してある薬だったらしいが見た覚えがない。そもそも実家で暮らしていた時に薬の世話になった覚え自体がないんだ。


『うーん。名前は思い出せないけど、なんとなくは覚えているね』


「本当ですか!?」


『確かねー、夏に黄色い大きな花が咲く木の樹液を煮つめると白い粉になるんだ。何度か村の人たちの護衛としてついていって手伝ったような記憶がある』


「それで父さん、その木はどこにあるんだ?」


『え? さあどこだろ? さっぱり思い出せないや』


「…………」


「そこはなんとか思い出してもらいたいものだね」


『そう言われてもねえ……』


 ジルユードがそう思うのも当然だが、そもそもの話、父さんや母さんの記憶は忘れているというよりも消えているといった方が正解に近い。

 死んで体を失ったことで本来保持しておくことのできない記憶を魔力によって強引に留めいているのがアンデッドの生体。しかしそれはあくまで偶然に近い産物で、完璧な保存ではなく小さな記憶などは最初から霧散し抜け落ちてしまっている。むしろこれだけ色々覚えていることの方が奇跡的だと言える。思い出せないというのであれば期待しても仕方ないだろう。


「うーん、夏に黄色くておっきな花が咲く木かあ。なんやワイ見た覚えあるで?」


「なに?」


 一時は居心地悪そうに角で小さくなっていたセイジロウだったが、エンゾキュウリが関係ないということがわかって元気を取り戻していた。


「パパさんが言うてるのと同じ保証はないんやけど、確かな、この村に来る前のことや。マカンちゃんに会うまで、なんでワイ森の中で迷ったんや? とか、いつ森の中入ってもうたんや? とか思いながら周囲をキョロキョロ見回しとった。そん時のことやと思うわ」


「間違いないのか?」


「そん時以外には村の外ほとんど出とらへんしな、間違いないと思うで。ああそうや、ビィさんに言われて一度迷ったあたりに引き返したやろ? そん時にもその見覚えのない花見て、ああやっぱここら辺ってワイの知っとるとこちゃうねんなって思うたもん」


「でかした! では案内できるのだな!?」


「え、ええ……どうやろ? あん時行っただけやし季節もちゃうからなあ。今はほら、木に花もついてへんやん。もし近く通ってもわからんかもしれへんし……」


 期待させて落とすのが好きな男だなこいつは。

 しかし今のところセイジロウの記憶に頼るしか手立てがない。カゼルマ病の特効薬とやらは絶対に入手しなければならないのだ。


 なぜなら放置すれば命に関わる病気であり、村で暮らしていれば今後誰もがそれにかかる可能性がかなり高いと予想されているのだから。発症の原因は不明というより昔の住人たちも深く考えたことはなかったようだが、すでに一人罹患してしまった以上はそう考えるべきだ。

 仮にかかったとしても死ぬ恐れがないのは俺ぐらいだろう。父さんと母さんが言うには過去にかかった者は再度カゼルマ病にかかってもそこまで症状が重くならないらしいし。ああ、特別頑丈なマカンもたぶん大丈夫だと思う。

 だが他の者は違う。

 最悪村を捨てる決断を下さなければならないし、下手をすればすでに手遅れかもしれない。

 そういう状況であることがわかった以上は特効薬を入手するため手を尽くすのは必然だった。


「薬の作り方は樹液を煮詰める、だけでいいのか? 先程の話だと夏頃に薬を作っていたようだが、この時期でも可能なのか?」


 ジルユードからの質問はある意味当然の疑問だ。薬の作り方がわからないでは話にならないし、植物は季節によって採れるもの採れないものがかわってくるし効能にも変化があるのは珍しくない。


『たぶんと言わないといけないけど、樹液を煮詰めるだけで良かった筈だよ。けっこう簡単に作ってたからね。ただ季節によってどうかとかいうのはわからないよ』


 だが予想通りそこら辺の詳しい知識が父さんにあろう筈もなかった。薬の作り方だけでもわかっただけありがたい。


「とりあえず、今はその薬をなんとか用意するのが急務となる。セイジロウを連れてその木を探してみるしかないね」


「捜索は俺とセイジロウとマカン、それから父さんとブレの5人で行こうかと思う」


「人手はもっとあった方が良くないかい?」


「どれだけ歩かなければならないかもわからんし、森の中にはこの季節でも危険な獣はいる。足手まといは欲しくない」


 ブレの報告ではやはり以前はいなかった肉食獣が渡ってきた痕跡が確認されている。村の近くに来たのは一度罠をはって狩ったが、村から離れたところにいくなら襲われる危険性はどうしてもでてしまう。そこまで高い可能性ではないが用心は必要だ。


「あ、あのビィ様! そういえばカルタボは見つかりましたか!?」


「ん? ああそういえば言ってなかったな。それらしい木はみつけた。ただその木の近くに少々やっかいな獣の群れがいてブレが近づけなかったらしいんだ。だから近々そちらにも俺が出向こうと思っていた」


 例の赤角のメイルズホースが加わっている鹿の群れがたむろっているのがカルタボの近くだ。メイルズホースは好戦的な魔物ではない筈だが近づいたら縄張りを荒らされたと感じて襲ってくるかもしれない。だからマカンが赤角を屈服させられる威圧ができるようになってから向かうつもりだった。


「それならカルタボの葉も入手してもらえませんか?」


「あれはこの時期にはそれほど薬に適していないという話じゃなかったか?」


「えと、そうなんですけど、その、カゼルマ病の薬もこの時期だと作れたとしても効能が弱いかもしれないとか思いまして……。だったら何かでそれを補う必要があるんじゃないかと……」


 リールが言うには本来特効薬であるカゼルマ病の薬が特効薬にならないかもしれないという。効果は見込めたとしても癒えるまで時間がかかるようになるかもしれないし、それならば病で失われる体力を補う必要性がでてくる。


「カルタボの葉は確かにこの時期のは良くないんですが、量があれば効能を強める製法がありますので……なんとか役にたってくれると……」


 言葉が尻すぼみなのはたぶん自信がないからなんだろう。今のリールは自分で薬を作ることはできないだろうから、その時にも作り方を口頭で説明だけして誰かに代理で作業してもらわなければならない。難しい処理がいるなら失敗するかもしれないな。


「わかった。場所にもよるがどちらも入手できるように動いてみよう」


「ありがとうございます! ラビオラさん、正直容態が芳しくないんです。薬が手に入らないと長くないかもしれなくって、その……お願いします。できるだけ急いで下さい」


「ああ」


 おどおどしている印象が強いリールが最後にやけに強い発言をしてきた。それだけラビオラの容態は切迫しているということか。これは、できないとは言えんな……。



  ◇


 出立の準備を進める。そう大した用意がいる訳ではないが、樹液を入れる容器にカルタボの葉を入れる袋は必須だ。

 そしてブレとセイジロウから目的地となる場所のおおまかな位置を割り出した。これが近ければ良かったのだが、見事に離れた場所にある。


『ビィ。時間がないなら別れて同時に採りに行った方が良くないかい?』


「そりゃもっともだが……」


 その場合はどう分けるかだ。セイジロウとブレが別れるのは当然として、俺を含めて残った3人をどうする? 正直言ってマカンもセイジロウも父さんも俺の監視下に置いておきたいのだが、ブレだけにカルタボ採りに行かせる訳にもいかない。それに危険を感じるからこそブレは今まで採ってこなかったのだ。


 魔物の使役に関しては絶対条件ではないから諦めても良い。だからマカンをそちらに向けることにこだわることもないし、セイジロウや父さんを使役しているのはマカンだという設定なんだから一緒にそちらに向かわせるか? なんか妙な脱線して取り返しがつかないことになりそうな気がするんだよなあ……。


「ビィさん、もっと人を増やせないか? 具体的にはグラムスさんになるんだけどさ」


「いや駄目だ。俺とグラムスさんの両方が村から離れるのは万が一が怖い」


 獣が村を襲う可能性はある。それにジルユードが何者かに狙われている可能性もある。村が襲撃を受けた時のことを考えれば俺とグラムスさんのどちらかは村に残っていた方が良い。

 ジルユードやエステルは貴人だから指示はできないし、護衛を努めるアルマリスとカルナールも動かせない。他に戦力になりそうなのはドリットと母さんだが、ドリットは森の中での行動に不向きだ。下手に獣を刺激しかねないしな。母さんはラビオラの看病に適任ということだからやはり外せない。


「システィちゃんは?」


「……いたな、そんな奴も」


 無意識に数に数えないようにしていたらしい。

 確かに知識もそれなりにあるだろうし魔術士としての腕は良いから役に立つかもしれないが。

 だが俺の中ではあれに頼ろうという気がおきない。


「魔術士が力を発揮するには護衛が必須だろう。その人手が足りてないんだから同行させるのは危険だ」


 よし。良い言い訳ができたぞ。


「なんだよ。システィちゃんの護衛ぐらい俺が務めてみせるって!」


 ブレ、おまえなんで余計なやる気を出してきてんだよ! ひょっとしてまだチャンスがあると思っていて良いところを見せたいとかそういう願望があるのか? 別にブレとシスティがくっついてくれるならそれはむしろありがたいが、あまり実現しそうに思えないんだよな。


 いや、それよりもだ。仮にブレとシスティが同行するとなると他はどうする。やはり問題が解決していない気がするぞ。……カルタボ採りの方がより危険だとわかっている以上は俺が行かざるをえないじゃないか。

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