マカンと黒ウサギ
◇
翌日。
俺とマカンは朝からさっそく畑荒らしと家探しに精を出した。
廃屋内に入るのは倒壊などの万が一があるといけないので俺の役目だ。もちろん屋根が崩れてきたりしたら俺も大怪我か下手したら死ぬが、マカンよりも俺の方がそこいらへの注意が利く。あとこの子は変に動かしちゃいけないところを動かして建物にトドメをさすかもしれないおっちょこちょいなところがあるので遠慮してもらった。
俺が建物内で恐る恐る物色している間、マカンには外で畑らしきものを掘り返す作業を指示している。
どこもかしこも雑草だらけでまともに野菜が生育しているとは思えないのだが、意外と何か採れるかもしれないとも思っている。
野菜というと畑で人が手をかけて育てるものというイメージがあるが、元々は全て野生種だったのだ。その中から人が育て増やしやすいものなどを選んで手を加えだしたにすぎない。
人類の歴史の中で同種の物でも種々選択された結果、人が丹念に育てないと生きていけなくなってしまった弱い品種も少なくないので期待しすぎるのは危険だが、可能性はあると考えた。
まあどこに何が元々植わっていたのかもわからない以上、仮に俺の予想通りだったとしても時期外れだったりで生き残ってたものを無駄に殺してしまうかもしれないが、その時はその時だ。当面食える物が手に入ればそれでいい。
「ビィせんせ。なまにくくいて」
「そのうち狩りもいくから待ちなさい」
マカンは干し肉よりも新鮮な肉が食いたいと言い出したが、狩猟は時間かけても成果があがらないことも少なくないので余裕がある時か動物との遭遇時にすべきだ。
あとマカンは新鮮な肉を生肉と口にしているだけで、別に生のまま食いたいと言っているわけではない。もっときちんと発言してもらいたい。
「とにかく食えそうなものを探してくれ。わからなければ雑草とそれ以外で分けてくれたらいいから」
「おけ」
目を離すとどこかにふらふらと行ってしまわないか少し心配だったが、意外と食い意地張っている育ち盛りの女の子なので真面目に働いてくれると信じ、俺は俺で廃墟の中から使えそうな物を物色することに集中しよう。
何件か捜索するうちにそれなりの収穫品があった。
斧やノコギリ、それに釘も多数見つかった。これらの工具は馬小屋の改修にぜひとも欲しかったのでありがたい。鉄の部分は錆びているが刃先を砥げばまだ使えるだろう。釘も含めて耐久力に難があるかもしれないが、急場がしのげればそれでいい。
他には金物だとシャベルに鍬などの農機具なんかも見つかった。これらも活用する用途はある。
衣類系はほぼ全滅だった。穴が空いているぐらいなら良かったのだが、そのまま着るには特殊な性癖がなければ耐えられないぐらいにボロボロだ。そこらの木の葉をつなげて作った方がまだマシな物が手に入るだろう。どうしても着るものを調達したければ、動物を狩って皮を剥ぎ取るのがまだ現実的だ。
金銭や宝石の類もあった。
人家でこういう物を懐に入れると泥棒をはたらいた気分になるが、返すべき相手もいないのだから気に病むことでもない。
ただ残念なことにリーン王国は現在物価が高騰しまくっており、宝石の価値などは著しく下落している。なにしろ少し前まで亡国の窮地にさらされており、復興を始めたばかりの現在はあらゆる物資が不足しているからだ。だからこれらの拾得品も村の民家で見つかる程度の量なら無いよりマシ程度の代物である。
他にも使えそうな家具などを物色し、いくつか外へ運び出した。雨ざらしになっていたものなんかは土台が腐っていたりで使用に耐えないが、比較的マシなものも散見したので期待していた以上の成果があった。割れていない壺やカメが見つかったのも良かった。中は苔が生えていたりと汚いが、キレイに洗えば食材の保管などに活用できるだろう。
さっそく見つけたこれらを旧馬小屋に運び入れることにした。
荷車でもあればよかったのだが、残念ながら満足に使えそうな状態の物は残っていなかった。小分けにしてちまちま持って運ぶことにする。
「にく、げとおおおっ」
そうやって取得品を運んでいるとマカンが声を荒げながら走ってきた。胸には両腕で逃げないようにしっかりと抱きかかえられている動物がいた。
黒い体毛をした兎だ。マカンに抱きしめられているのにさしたる抵抗をしようともしていない大人しい兎であった。
「黒ウサギか」
「ビィせんせ、さばいて」
「いやマカン、残念ながらそいつ食えないから放してあげなさい」
「なんですと……?」
「黒ウサギは通称糞ウサギと言われるぐらいに肉が臭くてとても食えないんだ。一口でも肉を口にすると猛烈な吐き気がしてくる。それでもがんばって咀嚼して飲み込んだらあら不思議、数日は何も食べられないぐらいの拒食反応がでるらしい。さすがに俺もそれを知ってて経験しようとは思わない」
毒ではないらしいんだけど、毒だと言われた方が納得できるぐらいの代物なんだよな。食べたことはないが食べた奴は知っている。あれは良い教訓だった。
「……いえにおかえり」
マカンもさすがにそう言われたらそれでも食べるとは言わずに解放してあげた。
黒ウサギは何事もなかったかのようにピョンピョンはねてどこかに行ってしまう。あいつらは自分が滅多なことでは捕食されないのを知っているらしく、他の生物に対して警戒心が薄いのである。
「黒ウサギは食えないけど、あれは益獣なんだ。ここで見かけたのはラッキーだぞ」
「どゆこと?」
「黒ウサギは他の肉食獣も食わないし、食いたくないから生息地には肉食獣があんまり近寄ってこないから近辺は比較的安全になる。絶対じゃないけどな。で、黒ウサギの主食は雑草で、肉は食えないけどその糞は肥料にもなる。畑に住み着いてくれると作物の実りを助けてくれるんだ」
「へえ」
一時期は各農家で増やして飼おうという動きもあったらしい。
ただ困ったことに小動物のくせに繁殖力が弱く数が増えにくい。そして檻にいれられたりするとストレスで死んでしまうぐらい繊細なところのあるか弱い生き物でもあった。そして死ぬと非常に食欲をそそる匂いをさせるのである。不味いことがわかってる筈なのに思わず食べてみたくなるぐらいに良い匂いがするのだ。
ちなみにこの黒ウサギ、歳取って死期を悟るとあえて獣の多い方へ旅立っていくのだとか。
罠である。
そうして騙されて口にしてしまった肉食獣が生息地から離れてしまう傾向にあった。
家畜化が難しく、死体の処理を怠ると村から犬や猫がいなくなる現象が発生し一時は撲滅運動が展開された。益獣ではあるが知識がないと被害にあうという困ったやつでもあった。
「畑の方はどうだった? 何かあったか?」
「こんなとか」
マカンは袋に入れていた植物を出して並べてきた。
「ほう、思っていた以上に生き残ってるな」
小ぶりだが食えそうなものがいくつかある。
「これはイモだな。小さいのは栄養が足りてないのか、時期が早すぎるのか? こっちのも食える作物だ」
量はわからないがイモに葉野菜が数種類は生き残っているようだった。今の時期にとれないような作物もまだ生き残っているかもしれないと考えたら案外食べ物には困らないかもしれない。
戦地で食料を求めて苦労した経験があるので、食べられる食材の知識についてはだいぶ身についたが、本業の農家と違って詳しく知っているわけではない。あくまでそれを見て食えるものかどうか判断できるぐらいで育て方などの知識はないのだ。だから正確なところはわからないが。
「マカン、イモはもっと大きくなるかもしれないからもう少し様子を見よう。こっちのヤツとこっちのも小さいけど、それでも見た目だいぶ育って筋がたってきてるからこれから味がどんどん落ちていく。食うなら早い方がいいから優先してとってきてくれ」
「おけ」
「任せた。俺は工具も見つかったから馬小屋の補修を始める」
「がんば」
「おう」
これでも柵を作ったり陣幕はったり穴を掘ったりと日常的にやっていた時代もある。工作関係は上手く思い描いている物がつくれるようになると楽しいし嫌いではない。素材さえあれば小屋の壁をでっちあげるくらいのことはどうってことはない仕事だ。
もちろん1人でやるには少々作業量が多いので今日一日でやり切るようなものではないけどな。
尻に火がついてる訳ではないのでのんびりやるさ。
◇
トンテンカンテンとハンマーをふるい釘をうちつけて木材を固定し壁の形を整える作業に没頭した。
壁の素材は近くの廃屋から頂戴している。すでにいい感じに崩れているので、手を出してもここから派手に倒壊したりする危険が少ないので丁度よい。
この村には黒ウサギが生息しているので肉食獣が近寄ってきにくい環境だと分かったのは朗報だった。おかげでこれからは遠慮なく火も使えそうだ。もちろん油断しすぎは良くないから壁ができたら柵もつくるつもりだが。
俺から少し離れたところではマカンが魔物の毛皮を抱きかかえてよちよち歩いてきていた。毎日くちゃいくちゃいと連呼するので川まで洗いに行かせたのだ。
毛皮は広げるとかなりサイズが大きいため畳んでも腕の短いマカンは持て余している。前が見えてなさそうで危なっかしい。
2人で使えそうな寝台も運び込めたので毛皮が乾けばしばらくぶりにゆっくり眠れそうな環境がつくれるが、マカンにあれが干せるのか心配になってきた。
「マカン、大丈夫か? 手伝おうか?」
「だいじょぶ。おまかせ」
「そうか」
うーんと背伸びして毛皮をロープに吊るそうとしているが、豪快に地面にこすりながら作業していた。まあ土がついたぐらい払えばいいし気にするほどではない。見なかったことにしてやろう。
それより少し気になったのが、マカンの足元に2匹の黒ウサギがいることだった。
こいつらが人間などにも警戒心を持たないのはわかっているので近寄っても逃げないのはいいのだが、向こうから寄ってくるというのは少々奇妙だ。マカンの周囲に特別美味しい餌があるとも思えない。
様子を伺っていると、黒ウサギたちはマカンの周囲をピョンピョン飛び回っている。ひょっとして懐いているのだろうか。マカンが餌を上げたとかか?
とか思っていたらマカンが黒ウサギに飛び蹴りをくらってよろめいた。見た目ヒップアタックみたいなものだが、一応後ろ足で蹴っている。あのウサギがああいう攻撃手段を持っているとは知らなかった。まあまったく痛そうには見えないのだが。
なのにマカンがよろめいたのは、姿勢が悪くバランスが取りづらいタイミングを狙われたからだ。
「ぐおお」
マカンが倒れまいとふんばるが、そこにもう1匹が追加で飛び蹴りをかましてきた。必死になって辺りに手を伸ばしたマカンが掴んだのは干しかけの毛皮だった。当然ながら片側だけ持てばマカンの体重を支えてくれる筈もなく一緒にバタンである。
「あいた」
毛皮を抱きかかえて正面から倒れたので怪我はしていまい。
そして倒れたマカンに黒ウサギが近づいてきて腰に吊るしていた小さな革袋に鼻先を突っ込んだ。革袋は指先しか入らないような極小サイズだが、中にはオヤツがわりにもたせた蜂蜜が入っている。
「…………」
マカンは毛皮をかぶってジタバタしている。そして起き上がろうとしたら腕にまた蹴りをいれられつんのめった。
けっこう凶暴だな黒ウサギ。というか奴らは雑草しか食わないと思っていたのに蜂蜜食べるのか。
いや普通に考えたら蜂の巣を落として蜂蜜舐めるとかできるとは思えないのだが。……ひょっとしたら蜂も奴らからは逃げるんだろうか? 今度機会があったら調べてみるのもいいかもしれない。
そんな他愛もないことを考えながら俺は作業に戻った。