システィせんせいのおじかん
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「という訳で、本日より自分が魔術の講義を持つことになったっス。よろしくお願いするっス。なお講義中は自分のことはシスティ先生と呼んで欲しいっス」
「システィねえちゃはとってもいいひと!」
「マカンさん、先生っス。あとそれは昨日言って欲しかったっス……」
日中、マカン、エステル、カルナールの3人の前で胸を張るのはこの3人よりかは多少年長の少女システィである。
結局ビィはこの問題児の要望を飲んでマカンたちの指導を一部任せる決断を下した。よくよく考えてもたいしたデメリットがなく、それでいてマカンにとっては必要不可欠とも言うべき指導が受けられるのだ。本来なら悩むべきことですら無いはずなのだが、ビィにとっては苦渋の決断であった。
「あとこっちのは自分の使い魔――まあペット兼助手のシロっス」
「フン……」
白猫のシロはシスティの横でゴロンと横になっていたが、名前を呼ばれて一度だけ顔を上にあげて一瞥した。そしてすぐに興味がなくなったとばかりに元の姿勢に戻って目を閉じた。助手と言われても何かをする気はなさそうであった。
「よ、よろしくお願いしますシスティ先生!」
「よろしくお願いいたします」
「はい、よろしくっス。自分普段からこういう口調なもんで講義中もこんな感じでやらせてもらうつもりっスが、お貴族様に対して不敬であるとか言わないでくれると助かるっス。文句がある場合はビィさんを通してくれればありがたいっス」
そういうシスティだったが、日頃からジルユードにだけはきちんと敬語を使って接していた。貴族の機嫌を損ねるのが不味いことはわかっているし、そういった教育もダンクルマンの弟子たちは受けていた。なにしろダンクルマン一派は王国魔術界では最精鋭であり、貴族との付き合いが自然と発生するからだ。
しかし同時に貴族の権威に媚びへつらうのを嫌がる傾向にもあった。その筆頭もダンクルマンである。魔術の世界は実力主義社会であったし、さらに戦中はそれが顕著になっていた。貴族の肩書きがその権威を失墜したこともあり、魔術士の中には貴族を軽視する傾向も見られたのだ。
だからといって表立って不敬な態度をとるわけにもいかない。特にジルユードの実家であるクロインセ家などは未だに大貴族の看板に相応しい力を有している。だからシスティもその辺りの線引きはしっかりとしていた。
今回のこれはようするに一時的な師弟という関係を盾にとった主張である。
もっとも悪気や隔意がある訳ではなく、魔術士の中では指導できる立場の人間は年齢性別や諸々の立場によらずに上位者であると考えるのが普通でもあるからだ。
一方、元々腰が低く上から見下すことに慣れてすらいないエステルはそういうことを最初から気にしないし、カルナールからしてもすでにビィという先例を作っているのでそれほど抵抗なくシスティの言い分を認めていた。
「システィねえちゃはおっぱいちいさい!」
「だからそれ違うっス……。いや小さいんスけど……」
ちなみにマカンには師弟の上下関係とかもあまり通用しなかったりした。ビィの言うことはそれなりに聞いているが、どちらかという保護者と子供の関係である。
「マカンさん。講義の間はシスティ先生と呼ぶっス」
「システィせんせ」
「そうっス」
マカンがきちんと先生と呼んでくれたことに満足して頷いた。
この時システィは、かつて何度もマカンにおっちゃんと呼ばないで欲しいと主張した河童がいたことを知らない。
◇
「さて、じゃあまずはみなさんにはもっと魔力を身近に感じるところから始めたいと思うっス。これは自分の中にある魔力を理解すること。どこにどれだけ宿っているのか、それが普段どういう風に動いているのか、そしてどんな風に役に立っているのか。それを知ってもらいたいと思うっス」
これからシスティが3人に教えていくのは自身の魔力の扱い方が基本となる。
魔術士としての修行は普通は何年もの研鑽が必要であり、それでようやく魔術士としての入り口に到達できると言える長き道だ。システィとしてもこの3人への指導がそう長く続くものではないことは承知しているので魔術士になれるよう鍛えてやろうなどとは思っていなかった。
「一般的に魔力を扱うというと魔術やあるいは魔法を思い浮かべるかもしれないんスが、それは狭い見方っス。魔力自体は普段から誰でも利用して生きているんス。魔術というのは魔力の利用法の一つにすぎないということを知っておいて欲しいっス」
とまあこんな感じの講釈からシスティの講義は始まった。
魔力をうまく扱えるようになった時の利点。魔力を感じられるようになるにはどうすれば良いのか。そんな話をたまに話題を変えながらもわかりやすく述べていく。
もしビィが聞いていれば驚くほど真面目な講義内容であった。
「あの、システィ先生。私にも魔力は普通にあるんでしょうか? みんなが持っているものだという事は知識としては知っているんですが、その、私は力も強くないですしきっと魔力も弱いんだろうなって……」
講義の最中、ふとエステルからこのような質問が飛び出した。
そのエステルの質問は彼が前から気になっていたことでもある。
魔力による恩恵というものがあるのは知っていたが、エステルは自分がそれを受けれているという実感がまるでなかった。このシスティの講義は以前ビィからされた魔力の干渉の話に通ずるものであり、身の回りの護身などにも役立つのだろう。だから無駄な講義だとは決して思っていなかったが、自分に実技的なことは無理なのではないかと疑っていたのだ。
「エステル様は人並み以上には魔力を持ってるっス」
しかしそれはあっさりと否定された。
「なぜそれがわかるんですか?」
「これは魔力視と呼ばれる、そのままずばり魔力を視ることができる技術を磨けばある程度は判別できるようになるんス。まあ正確な魔力量を見抜けるようになるのはけっこう大変っス。自分これでもけっこう凄いっス」
「みえる!」
「はいはいマカンさんも凄いっスねー」
まあそうなんだろうなとマカンの主張をシスティは素直に受け止めた。とはいえマカンが魔力が視えるのは技術というより力技だ。膨大な魔力を持つマカンは魔力への親和性と干渉力がずば抜けて高くなければおかしいからである。
「ちなみに言うとカルナールさんの魔力量はまあ普通っス。あと自分の魔力量も普通の魔術士に比べると少ない方なんで苦労してるっス。でもってマカンさんはかなり大きな魔力を持ってるっス。さすがビィさんに見いだされた逸材っス」
実のところシスティにはもっと具体的な量の話ができるぐらいには魔力が視える。しかし魔力量というのは個人の大事な情報の一つでもある。魔力が影響を及ぼす範囲が広範であることを踏まえるなら魔力の大小は様々な優劣に密接に関わるとも言えるので、それを隠すこと、見抜くことも大事なことと考えられていた。なので魔力が多いといってもどれぐらい多いのか、などの具体的な話は避けたのである。
さらに言うとマカンの魔力量はおおっぴらに出来ない類のものであるので、そこに触れないためでもあった。
「システィ先生、質問です」
続けて質問してきたのはカルナールだった。
「自分の魔力量は普通ということですが、これはどうやれば増やすことができるんですか? マカンちゃんが魔力が多いというのはなんとなく察していたのですが、なぜそんな差がでるのか知っておきたいです。食事とかで違いがでるんですか?」
「魔力量の個人差はぶっちゃけ才能っス。生まれつきの体質っス」
「身も蓋もないですね……」
「そうなんスよ。生まれつき魔力量が多くなる人ならない人、これもうどうしようもないくらい体質なんス。だからどうあがいても自分は魔術士としては大成できないっス。……できないんス。あああああああああああああああああああああこんちくしょうっ!」
「ちょ……っ!?」
この手の話題になるとシスティの中にあるエイフンという魔術士の記憶が彼女を責めるのである。魔術バカのエイフンの記憶は彼女に魔術を極めることを求めるが、システィ自身の知能と魔力量がすでに魔術士としての限界を定めてしまっていたからだ。エイフンが到達した領域にすらけっしてたどり着けないことがわかっているという状態であった。
「……まあそれはいいっス。人間諦めが肝心っスから」
ちなみにシスティは諦めの悪い類の人間である。
「じゃあ魔力を増やす方法もないんですね?」
「いや無くはないんスよ。みなさんも実感はしてないと思うっスけど、子供から大人に成長する時に段々と魔力量が増えていた筈っス」
「年齢で増えるんですか?」
「年齢じゃなくて体の大きさっスね。だもんで極端な話、太ると魔力が増えるっス」
「え、それはちょっと……」
システィの言うことは事実である。
この世の全てのものに魔力が宿るのである。そのため、脂肪や筋肉であろうとも体積が増えればその分魔力量が増大するのは魔術士にとっては常識であった。
「増加率的にはたいしたことないんスよ。例えば自分がぶくぶくになって2倍の体重になったとしても増える魔力は1割ぐらいっスかね? ま、元が軽いからってのもあるんスけど。そうっスね、筋肉ムキムキのドリットさんなんかが倍の体重になったら3割ぐらいは増えるかもしれないっスね」
精密な体重計が存在しないので感覚的なものになるが、だいたい脂肪40kgの増加で魔力が1割ほど増える計算である。
生物の内部でも魔力を蓄えやすい器官とそうでない器官があり、筋肉や脂肪は魔力をあまり蓄えないと考えて良い。
「昔はそれでも魔術士にとって貴重な魔力が増えるってんでぶくぶく太る魔術士は多かったっス」
その時代を思い出すかのような遠い目をシスティはした。記憶の中にあるエイフンもかなり太っていた。肥満は富の証とも言われた時代であったが、魔術士は度がすぎるので冷静になるとかなり醜くくも怪しい集団であった。システィにとっては気持ちの悪い記憶である。
一方でダンクルマンは当時の魔術士としては珍しくあまり太っていなかった。その上で誰よりも優秀であったので女性に人気があったのだ。今考えても腹立たしい。
「ただそれはあくまで戦前の話で、戦時中は食料も不足してたってのもあって太りたくても太れなくなったっスね。というか太ってた魔術士は戦場で次々死んでったっス。走れない間抜けは生き残れなかったんス。その教訓もあって魔術士も無駄に太るのはアホ扱いされるようになったっス」
「自分も武芸を嗜むものとして無駄に脂肪を増やすのは遠慮したいです」
「っスね。体を鍛えて筋肉を増やしても魔力は増えるっスから、がんばるならそっちが良いと思うっス。ようするに真面目に修行してるのが一番ってことっス。ちなみに自分もデブは嫌いっス」
「マカンもデブはやだ」
「マカンさんは将来たぶん太るっス」
「!?」
「いっぱいご飯食べますもんね。ころころして可愛くなりそうです」
村一番の育ち盛りであり、ビィが誰よりも成長を望んでいるマカンはなんだかんだいって食事量も人一倍多かった。例え食料が不足していようともマカンだけは十分な栄養を与えようというビィの配慮が活かされているのである。
もっともその栄養は正常な成長で使い果たしているのでまだ太るには足りていなかった。システィとエステルは分かった上で冗談で言っている。
「……マカンは、たぶんおっぱいだけふとる……」
「それは無いっス」
しかしこれは冗談のつもりはない。
「それはともかくシスティ先生、他にも質問があるんですがかまいませんか?」
「何っスか?」
「あのですね――」
その後もエステルとカルナールは魔力にからむ質問をいくつかしていった。それに対してシスティも淀みなく明確に答えていく。わかりやすい返答が来たことでマカンも含めた3人は少しずつだが確かに魔力への理解度を深めていった。
これによってシスティによる講義は3人になんの不満もなく受け入れられ、エステルたちが村に滞在する間はずっとシスティは彼らの先生としての立場で有り続けることになる。
システィに生前の記憶を転写したエイフンという人物は魔術士としても教師としても優れた人物だった。性格には難があったが、それだけは間違いなかったのである。
今回の更新分はここまでとなります。
また少し間が空きますが、忘れられないうちには更新したいと思います。




