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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第三章 冬の出来事
62/108

女魔術士が現れた!

  ◇


 夜。

 小屋の中には囲炉裏に焚べられた薪が燃える音とほのかな明かりが広がっていた。

 日中は魔力の巡りによって寒さを凌げるようになったマカンだったが、意識的にそれを維持し続けるのはまだしんどいようで、こうやって小屋に入ってくると焚き火による暖をとりたがった。


 俺はマカンを膝の上に乗せて本を読んでいた。いや、より正確に言うとマカンに読ませていた。


「まえのまえ」


「昔々な」


「じいちゃ、と、ばあちゃ、が、りこんした」


「してねえよ。いましたって書いてるだけだ、ありえない誤読するな」


 マカンも随分と字が読めるようになってきたものだ。もちろんまだ読めない単語の方が多いのだが、ある程度文章が読めるようになるとそこから先は早い。エステルとカルナールの二人がちょくちょく勉強をみてやってくれている成果といっていいだろう。


「ばあちゃ、が、かわ、で…………あらってたら」


「何を洗ってたかちゃんと読みなさい」


「…………」


「とりあえず文脈で考えてみろ。何を洗ってたら自然だ?」


「……このよのやみ……」


「婆さん何者だ!? 衣服を洗う、で洗濯って読め」


「せんたく、したら」


「していたら、だな」


「していたら、おおきな……もも?」


「ああ、桃であってる」


「ももが、お、お、お……おそってきた?」


「流れてきたんだよ。桃がなんで人を襲うんだ」


「ひとくいももはそんざいする。そう、あなたのこころのなかに」


「おまえ、なんでそんな妙な言い回しはスラスラ言えるんだ?」


 まだ一人で本を読ませるのはちょっと難易度高いんだろうか。読めないのは仕方ないし、こうやって考えて悩めば記憶にも残りやすくなるからそれはいいんだが、あまりにも誤読の方向性がおかしい。

 日常的に誰かからおかしな影響を受けているんじゃないだろうか。

 ……心当たりがいくらでもあるのが辛い。




 こうやって今晩はマカンが眠くなるまで、あるいは囲炉裏の火がもう少し弱くなるまでは本を読むのにつきあってやるつもりだった。


 コンコン。


 しかし戸を叩く音でそれを中断した。小屋の外に誰か来ていたのはわかっていたが、いったん何のようだろうか?

 マカンを膝から降ろして戸の方に向かう。


「誰だ?」


 戸の閂を外しながら尋ねた。まあ敵意や戦意のようなものも感じないし、おかしな人物が尋ねてくる筈もないんだが。


「ビィさん、自分っス。入ってもいいっスか?」


「帰れ」


 俺は戸に閂をかけた。


「ひどいっス! 開けて欲しいっス!」


 ドンドンドンドン戸が叩かれる。あんまり頑丈な作りじゃないから壊れたらどうするつもりだ。


「なんでこんな仕打ちを受けるんスか!? 自分なんかしたっスか!?」


 そう言われたら別にここ最近おかしな事をされた覚えはないのだが、昼間ジルユードからシスティとの関係にああだこうだ言われたせいで少々警戒心が上がっているのだろう。


「今晩はリールさんたちにもビィさんの所で女を磨いてくるって言ってあるんで遅くなっても大丈夫っス!」


「とっとと帰れ!」


 いや思い出した。こいつ俺の外堀埋めようとしているのか周囲に妙なアプローチしてやがった。


「実はマカンさんにオヤツを持ってきたっス!」


「システィねえちゃ!」


 俺が止める間もなくマカンが戸を開けた。そこにはドヤ顔の小柄な少女が立っていた。

 ……しまった。一番身近な奴が真っ先に買収されていたのだ。



  ◇


「今日は真面目な話をしに来たっス」


「そうか、王都に帰るか。世話になった。ダン爺さんによろしくな」


「……(もぐもぐ)」


「自分、帰る時はビィさんとジルユード様と3人でって決めてるっス」


「! マカンも!」


「ああ、じゃあ4人っスね」


「いや1人で帰れよ」


「ビィさん、男の人が気になる女の子をいじめたがるのは知ってるっスけど、時と場合を考えて欲しいっス。自分、本当に真面目な話をしに来たんスよ?」


「…………」


 少々納得いかない気持ちはあるが、確かに俺の対応が不誠実であるのは否定できないし真面目な話と言っている相手を追い返す訳にもいかないか。

 仕方ないのでこちらも真面目に話を聞いてやることにした。囲炉裏の近くで向かい合って座る。

 ただし長話を推奨するつもりもないのでお茶を出したりといった応対をするつもりはない。


「……で?」


「お茶を用意してきたのでどうぞっス。お茶請けに干しブドウもあるっス」


 そう思っていたら先手を打たれた。

 システィは水筒に木製のカップを取り出し、湯気の立つお茶をそそぐ。彼女ほどの魔術士ならば魔力の活用で一時的な保温は難しくないということだろう。俺は自分の体ならともかく物にまでそれを活かすのは無理だ。こういったところは流石といえた。


「……(ごくごく)……にがい」


「苦いお茶を飲みながら甘いオヤツをかじるのが最高に良いんスよ」


「うまー」


 やりにくい。

 マカンがすでに餌付けされているのがなんともやりにくい。


「……で? 話ってなんだ?」


「ジルユード様からビィさんと今後の事について相談しろって言われたんス」


 あいつ、俺だけじゃなくてシスティにまで話を振ってたのか。まあ昼間の話題からその日のうちのことだからそうじゃないかとは思っていたが。よっぽどシスティを遊ばせていることが気になっていたんだな。


「それで今後の話なんですが」


「ああ」


「結婚はいつにするっスか? 子供は何人欲しいっス? 自分とりあえず男の子ならアンドレ、女の子ならオスカルって名前をつけて欲しいんスけど」


「話は終わったな? 出発は明日なんだから今日はもう帰って早めに寝ろよ。見送りにはいかないから気にせず出発してくれ。じゃあダン爺さんによろしくな」


「――自分は真面目な話をしてるんス!」


「俺も大真面目に対応させてもらっているつもりだ」


「だったら自分の気持ちに気付かないフリやめて欲しいっス!」


「気付いた上ではっきり拒絶してるんだろうが!」


 なんでこいつの中ではまるで脈があるはずなのに、みたいな事になっているんだ。


「…………まったく、しょうがない人っスねビィさんは。どうせいつかはそっちから結婚して下さいって言うことになるんスよ?」


「ならねえよ。むしろなんでそうなる?」


「そりゃ決まってるっス。ビィさんは口でなんと言おうが自分が必要になるからっス。例えばマカンさんのことっス」


「ああ? マカンがどうかしたのか? こいつの指導ならそのうちダン爺さんに頼むから良い」


「最初会った時にも言ったっスけど、ダンクルマンをアテにするのは止めた方が良いっスよ。あのアホ、本当にあんまりこっち来る気無いっスから」


「…………っ」


「それよりもマカンさんの件っス。いいんスか、このままじゃいつかマカンさんが人間じゃないってバレるっス」


 こいつ……っ!

 システィがマカンの事を知っている可能性は考えていた。ダン爺さんがそのことを教えていた可能性だ。もしこいつが信頼に値するのならそれは十分にありえた。それはダンクルマンがシスティの実力と人柄を認めているということに他ならないが……。


「……ダン爺さんに聞いたのか?」


「半々っスね。凄い子がいるとは聞いてたっスけどまさか魔族だとは聞いてなかったっス」


 いかん、だとしたら今ので言質をとられたか?


「ああ勘違いしないで欲しいんス。今言ったのは確認でもなんでもなくて確信もってたっスから。っていうか、一目見たらわかるんで、自分からしたらビィさんたちが隠す気があるのかどうかの方が疑わしく思えたっス」


「どういう意味だ?」


「魔力っスよ。マカンさんの魔力量は人間じゃありえないんス。ビィさんは詳しくないかもしれないんで簡単に説明すると、人間の体で受け入れられる魔力の限界を超越してるんス。こんなの体の構造自体が違う他の生き物、ようするに魔族だって考えないと納得できないんス」


 むっ……。確かにマカンの魔力量は膨大だ。例えば王国随一の魔術士であるダン爺さんと比べても桁違いだ。ダンクルマンよりも魔力量だけなら多い人間はいるらしいが、それでも爺さんは人間の中では群を抜いた魔力量を持っているのは確かだというのに。

 そういう意味で目をつけられる可能性があることはわかっていたが、それが人間にはありえないと断言されるとは。しかも今の口ぶりだとシスティ個人の考えというよりも、それなりに根拠ある見解によるもののようだ。


「魔術士にならそれがわかるってことか?」


「そうっスね。少なくともダンクルマン一派みたいなキチンとした教育受けている魔術士なら自分と同じ答えに至るのは断言するっス」


 俺はちらりと隣にいるマカンを見た。もぐもぐもぐ口を動かして俺たちの方を見ていない。視線の先にあるのは俺とシスティのお茶請けである干しブドウだ。

 そろりそろりと手を出そうとしてはこちらのちょっとした動きにピクリと反応して手をひっこめる。全然話に興味を持っていないのはわかった。


「ビィさんがどういうつもりでマカンさんを育てているかは知らないっス。たぶん幼い頃から自分好みに従順に育て上げて大きくなったら食っちまおうって考えだと思うスけど、でも最近将来マカンさんがおっぱい大きくならないかもしれないんじゃないかって悩んでるかもしれないとか思ってるんス。だったら今のうちから小さい女の子を愛でることに挑戦してみれば良いんス。その熱い思いは自分が受け止めるっス」


「お、ま、え、は! 真面目なのかふざけてるのかどっちだよ!?」


「自分の予想じゃマカンさんはおっぱい大きくならないっス! これに関しては譲れないっス! 理想の体型の女性を幼い頃から探していた自分の眼力を舐めないでもらいたいっス!」


「誰もそんな話はしてねえ!」


 ああクソ、こいつの相手するの疲れすぎる……。


「……マカンは……おっぱいおおきくならない……(ごくごく。もぐもぐ)」


 おまえも意味なくショック受けてるんじゃねえよ。あとお茶飲みすぎだぞ。夜中お漏らしするからそろそろ止めとけ。


「一旦話を戻すっスけど、自分が思うにマカンさんは魔力の扱いをもっとうまくならないと、最低限魔力を隠せるようにならないといつか必ず困ったことになるっス。そしてそれは早ければ早い方が良いっス。大きくなってからより今のうちからの方が身につくのも早いっス」


 困ったことに正論だ。

 そしてそれは俺が前々から考えていた事ではある。ただ頼むべき適切な人間がいなかっただけで。

 ああどこかに口が固くて優秀でかつ俺に結婚してくれとか言わない魔術士がいないものか。


「そこで提案っス。自分にマカンさんの指導をやらせて欲しいっス。ついでにエステル様たちも面倒みるっス。その代わり――」


「結婚ならしない」


「……ま、そう言われるのはわかってるっス。自分からの要求は、あからさまに自分の事を避けないで欲しいんス。それだけっス」


 意外にまともなことに驚いた。いやこいつの狙いはわかる。こう言って俺に承諾させれば今後積極的にアプローチしても俺が逃げ辛くなるに違いないと思っているのだろう。

 しかしそもそもの話だが、確かに俺がシスティという優秀な魔術士を遠ざけようとしていること自体も良くないのだ。実利的な面からしても人間関係的にもだ。


「…………」


 ただそれがわかっていてもなんとなく受け入れ難い。システィが面倒くさい女だということに疑いようがないからだ。


「――マカンさん。はい」


「!」


 俺が悩むそぶりを見せているとシスティが何やらマカンに合図を送った。マカンがはっと気付いたように顔をあげてこちらを見た。ああ、例のあれか。


「――システィねえちゃはとってもおっぱいちいさい!」


「マカンさん!?」


 ……こいつに指導任せるのに不安しか感じないのだが。

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