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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第三章 冬の出来事
61/108

村の産業

◇◇◇◇◇◇



  ◇


 村では誰もが何かしらの仕事をしている。

 その中で女たちは農作業がその主たる仕事となるが、冬はその仕事がなくなる季節でもあった。

 この冬に収穫予定の作物が実り収穫を終えると、畑は春まで何も植えず休ませる期間に入るため農作業がなくなる。これは別に珍しいことではなく、畑とは休ませ栄養を蓄える期間が必要だと考えられている。どの時期に休ませるかは気候や主に育てる作物次第ではあるが、秋の終わりから冬の終わりぐらいまでがこの休養期であることが多い。

 そしてたいていその間に冬ごもりの準備をしたり、冬の間は不必要な外出を控えて温かい屋内に引きこもるようになるのである。

 ただこの村は雪かきするような雪もふらず、寒さで凍死しないようになるべく屋内から出ないようになんていう心構えも必要ないぐらいに温かい。


 ならば彼女たちはこの冬の間何をするのか。


 何もしない、という選択肢はない。仮に裕福な家庭で暮らしているのならそれもありなのだろうが、あいにくと彼女たちは金銭で雇われている奴隷だ。雇っている側としても冬の間ずっと遊ばせておくつもりは毛頭なかった。


 そしてそれを考えるのが領主であるジルユードの仕事でもあった。




「……とりあえず一度作ってはみたけど、あまり良い出来とは言えないね」


「そうだな。ただこんなものでも使いみちはあるだろう。いらないならマカンにやってくれ」


「くれてやってもかまわないが、もっと良くするにはどうしたらいいかを考えてくれ」


「あー、材料を、変えるべきではないでしょうか?」


「いやいや、まず機材の方なんじゃねえかと。少々精度に難がでとりますんで、もっと目を細かくしたりとか調整する余地からじゃねえですか?」


 今日はジルユードに俺、グーブールとロットミルの4人でここしばらく試しに作っていた物についての検証を行っていた。


 目の前に置かれているのは一言で言うなら『紙』だ。

 しかし色は茶色や緑といった色が濃く、ざらざらゴワゴワしている上に分厚い。使えるがどうか調べるためにインクで字を書いてみたが、ただでさえ下地に色が濃いのに字がにじんで見えにくい。さらに簡単に表面がやぶけるため、お世辞にも良い出来とは言い難かった。


「なんとかこの冬の間にある程度の出来の物が作りたいんだがね」


「それは高望みだと思うがなあ」


「ただ、あー、春からはですなぁ、また畑に人手を戻してもらわんとなりませんので」


 グーブールが渋い顔をした。

 農業が専門ではあるが彼がこの場に加わっているのは物作りに割く人員の調整のためだ。女性陣を指揮しているのは彼なのでそこらの調整は欠かせない。それに紙の材料は植物であり、他の者よりそこらの見識も深いこの爺さんにも話に加わってもらっている。


「それはその通りだね。製法がある程度確立されれば一人二人割くのも検討したいとは思っているけど、しかし試験段階では農作業より優先できないのはわかっているんだよ」


「俺は焦る必要もないと思うが」


「ビィ、おまえの考えは甘い。この村で産業を起こせなければ先はないと思え」


「ううむ……」


 ジルユードはこの村で紙を作る産業を起こしたいらしい。森中にあるロンデ村は木材などの紙の材料が全て地元でまかなえる。本来はその材木自体を村や街まで運ぶことがこの村の産業だったのだが、今は近くに運び込むような村や街が無い。しかし紙ならオージがやってきた際に商品として渡すことが可能だろうと考えたのだ。


 俺からすればロンデ村が発展する必要など無いと思っていたのだが、ジルユードの考えは違った。もちろんマカンという存在を大っぴらにする訳にはいかないのであまり事を大きくするようなことは避けるべきなのだが、村の将来の事を考えればいつまでもその日暮らしなどしておく訳にもいかないということだ。

 それは各地の復興をなるべく早くと求めている国に対しても裏切り行為になるし、領主としてもあまりにも無責任すぎるだろうと言う。

 そしてこの村は元から農業に向かない。今は昔の畑跡を耕し直して使っているが、そもそもが1箇所ずつがあまり広くなく、他の畑跡とは場所が離れている場合が多いため耕作地を広げるのは手間なのだ。

 将来性を考えれば農業で食っていける村ではないのである。


 俺はマカンを魔王に擁立することこそが最重要目的として動いているが、ジルユードはその先のことまで考えていたための意見の相違だ。

 その後の村のこと。国のこと。人々のことを考えれば必然的にジルユードの意見が正しいことは納得せざるをえない。


「奴隷たちを10年も雇っておいて、契約が切れた後はどこかで野垂れ死にさせるつもりか?」


 などと言われては言葉もない。

 確かに俺にはその先の展望が何もなかったことに気がついたからだ。

 さらに、


「ビィ、この村で今後も生活を続けマカンの教育にも力を入れるのならオージとの取引きは今後も必須だろう。もっといえば生命線にも等しい。そのオージへの支払いは全て当家が受け持っている。今後もクロインセ家ができうる限りの援助はする予定だが、この村から提供できる物が無いよりあった方が体面も保てるというものだろう。僕も弟――ルイヴィスにどこまでも負担をかけたくはないのだよ」


 という追い打ちだ。

 オージに関しては俺が王都を出る際に持っていた財産のほとんどを渡してきて協力の約束をとりつけたのだが、俺の予想以上に連れてこられた人員が増えたりでオージに頼らざるをえない部分が増加しているという事情もある。

 その辺を指摘されると金を稼ぐ手段を何も講じないとも言えなくなってしまった。


 それで結局紙作りだ。

 これはジルユードがこの村に来る前から、ロンデ村とはどういう場所かを調べて事前に考えていた案の一つだった。今はそれをなんとか形にしようと模索している最中である。


「わしが言うのもなんですが、もう少し図面通り作って欲しかったですなあ」


 そう言ってため息を吐いたのはロットミルだ。

 大工の棟梁だったロットミル爺さんがこの場にいるのは、物作りの第一人者として紙作りに必要な機材の制作にも尽力してもらっているからだった。具体的に言うと機材の図面を描いてもらっている。

 図面を見せてもらったが、爺さん自身が歳のせいかペンの扱いに難が出始めているようで少々見にくい図面となっていた。作り手が悪いというよりも図面の出来にも問題はあると思う。


「誰か別の者に作らせてみるか?」


「……いや、これはこれで時間も手間もかかる。みな忙しいからね、適材適所を考えれば動かせないよ」


 俺の案はジルユードに否決された。俺も本気で言ったわけではないので予想通りではあった。

 機材を作るのは木を削っての工作になる。手先の器用さとある程度の筋力、さらに刃物や工具の扱いに慣れている必要があるため向いているのは男連中ということになるのだが、ブレは森の探索が最近はメインであるし、グラムスさんとドリットの二人は家作りが忙しい。これは女たちに変わることができない重労働だ。

 ちなみに現在建築中の家はジルユードと……俺の、新居になる予定であった。

 これが完成するといよいよ結婚という話になるので完成が遅れても別に構わないという気しかしないが、いつまでも引き伸ばす訳にもいかないのでそこは覚悟を決めている。

 さすがにジルユードのこの村での本拠となると今まで建ててきた男女用の二件の家と違い今度の家はそれなりにちゃんとしたものを建てる必要があるのだが、割ける人員はわずかしかいないため村民の中で一番の力持ちであるドリットなどはフル稼働中だ。一応夏までには完成の予定だが、彼らとの雇用期間が切れる前には完成してもらわないと困るので紙作りよりもそっちが優先だ。


「機材の作り直す部分や調整・改良も彼らに一任するつもりだ」


 で、じゃあ本来適任の男たちが皆忙しくしているのに誰がこの機材を作ったのかって話だが。


『がんばりました』


『こういうのってけっこう難しいのよねえ』


 この機材を見せられた時にいたのはうちの両親だった。


 確かに四六時中村を見回っている訳でもなし、わりと好き勝手あっちこっちいってるのは知っていたが、まさかジルユードにこき使われているとは思っていなかった。

 父さん母さんは体が骨だけなのであまり力もないし器用とも言い難いが、世にも奇妙な成長するアンデッドであるので意外と根気よくやっているとそれなりの物が作れてしまう。未来の義理の娘であるジルユードに催促されては嫌とも言えず、それこそ寝る間も惜しんで(というか寝る必要がないので)ちまちま作っていたらしい。


「我が家の家訓にこうある。使えるならば死者すら利用してみせろ、とな」


 道徳もクソもない家訓だが高位貴族には相応しい家訓なのかもしれんな。ただアンデッドに仕事を割り振れって意味じゃないと思うのだが。


「本当はあの河童がもう少し役に立つのを期待したんだがね」


「言ってやるなよ……」


 村の中で着々と立場を構築して受け入れられつつある両親と違い、セイジロウの立場は未だ確立されているとは言い難い。これに関して言うとうちの親の方がおかしいと補足しておく。


 実はジルユードはセイジロウの知識に若干の期待を持ったらしい。なんでも奴の持ち物の中に王国内では見たこともないような上質の紙があったそうで、その製法を知ることができれば唯一無二の価値ある商品を作れると考えたのだ。

 が、あいにくセイジロウは紙の作り方なんて知りもしなかった。

 自分が購入して使っているだけの物の製法なんて知らないのが普通なのでセイジロウが悪い訳ではないが、もし知っていればあいつの村での立場向上に役立ったことを考えれば残念な河童だ。



  ◇


 話し合いはそう長くは続かなかった。

 結局作り方、機材、材料の三点ともそれぞれ見直してみることにはなったが、どれも手探りの感が強いのでできることからやっていくとしか現時点では結論が出しようがなかったのだ。

 一段落ついたところでグーブールとロットミルの二人は村民の仕事の監督に戻った。場に残ったのは俺とジルユードとアルマリスだけだ。


「ビィ」


 正直言ってこいつらと一緒というのも気疲れが激しい。俺もさっさと仕事に戻るかな、と思ったところでジルユードに呼び止められた。


「一つ聞きたいのだがね、貴様がシスティを遊ばせているのは何故だい?」


「……遊ばせているつもりはないが」


 嘘だった。

 夏場は食料品の保存のために魔術を使ってもらっていたが、それも今は落ち着いてたいした負担をかけてはいない。システィは今暇を持て余していた。

 もちろん働いている村民を尻目に遊び呆けている訳ではなく自分で何かやることを探してあれこれ動いているようだったが、それには俺はほとんど関与していないのである。


「あれは正式に雇いあげている訳じゃないので無理強いさせることはできないが、魔術士を遊ばせておくのは大きな損失だ。わかっているのか?」


「…………」


「元々貴様が魔術士を求めた結果連れてきたのだろう? そう聞いていたから今まで何も言わなかったがね、貴様ひょっとしてシスティの用途を何も考えていないのではないか?」


「そういうつもりはない。ない、が……」


 本当は魔術士にマカンの教育の一端を任せたかった。そのために大魔術師であるダンクルマンを呼んだのだ。ただやってきたのはダン爺さんの弟子であるシスティだけで、そして俺は彼女に借りを作ることに抵抗感を感じていた。


「あれに求婚されているのは知っている」


「知ってんのかよ」


「本人が許可を下さいと言ってきたからね」


 ちくしょう、行動力あるなあんにゃろう。


 マカンを餌付けして味方につけようとしているのは知っていたが、まさかジルユードにも根回し開始しているとは思ってなかった。

 普通は結婚前の婚約者、しかも貴族のところに平民がそんな話をしにいくとか頭のおかしい行動だが、あいつにはジルユードとの不仲についてはもらしてしまったからな。逆に好機だと思われたんだろうか。いや、あいつが頭がおかしいのも否定できない。


「受け入れてやればいいではないか。あれが側室であることを弁えるのであれば僕としては拒絶するつもりはないよ。まさか嫉妬の一つでもされるなどと気持ちの悪いことを考えてはいるまいな?」


「その発想が俺からしたら気持ち悪いんだよ」


 あいつの歪んだあれこれを説明するのも億劫なのでわざわざ言わないが、そもそもシスティの大本命は俺じゃなくておまえなんだけどな。


「優秀な魔術士を家に取り込むメリットは大きい。なぜ拒む?」


「端的に言うと思考回路がぶっ飛んだ幼児体型に興味がない」


「僕に言わせれば貴様の歪んだ性癖に興味はない。……が、形だけの結婚をして以後相手にもされず子も成せないではシスティの立場もなかろう。変に関係を悪くするだけになってしまいかねないからね、無理強いするつもりはない」


 じゃあこの話はこれで終わりでいいよな、と思ったところで追撃がきた。


「しかし前向きに検討せよ。システィを避けるのはよせ。最低限、あれの使い方をはっきりさせろ。わかったな?」


「……わかったよ」


 くそ、ジルユードが言うことの方が正論だけに反論し辛い!

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