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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第一章 ビィとマカン
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水浴び

  ◇


 パチパチと焚き火がたてる音が耳を叩く。脱いだ服を乾かしながら一緒に暖もとるのに焚き火は最適だ。


「…………」


 川辺に座ったマカンが無言で蜂蜜を食べていた。舐めているというより食べている。

 蜂の巣を切り分けて蜜の溜まっている部分にかぶりつく。クチャクチャ音が聞こえてくるのは巣の一部や蜂の幼虫ごと頂いているからだ。


 俺はそれを横目で眺めながら巣から蜂蜜を水筒の中に移していた。

 巣を水没させてしまったが、蜜の粘度が高いのであまり影響はなかったようだ。その分移し替えには苦労しているが、これでしばらく甘味が味わえるのでこれぐらいの苦労はなんてことはない。

 蜂蜜はそれなりに日持ちするので水筒を1つ潰す価値はある。


「…………」


 マカンがこちらをじぃっと見つめていた。

 周囲には食い散らかした巣の破片が散乱している。分け与えた物は全て腹にいれてしまったようだ。


「今日はこれ以上はダメだ」


「……けち」


「けちじゃない」


 言いながら手を止めてマカンの口元を布でぬぐってやった。手も拭いてやろうとしたが、マカンはそれを拒否して自分で手を舐めだした。せめてあとこれぐらいは味わいたいようだ。


「マカン。着替えの入った荷物を持ってきてくれ。どうせならもう水浴びと洗濯をしてしまおう」


 この辺りの気候は一年通して比較的高めだ。冬になっても雪なんてめったに降らない土地で、春になったばかりの今頃の季節だと泳ぐにはまだ早いが水浴びぐらいは普通にできる。

 俺はずぶ濡れになったため一足先に衣類を脱いでほとんど裸に近い格好になっているが、火にあたりながら作業をしていたのですでに体は温まっていた。ふたたび水に浸かるのにも抵抗はない。


「おけ」


 立ち上がって走り出そうとしたマカンの腕を掴んで一旦引き止め、改めて両手を布で拭いてから送り出した。

 ベトベトの手で荷物に触ってほしくなかった。



  ◇


「ここいらは水深は浅いから流されることはない。あっちはちょっと深いから行くなよ」


「おけ」


 俺とマカンは川の端に腰を降ろした。

 二人とも裸だ。俺は一応の嗜みとして腰に布を一枚巻いているがマカンは全裸である。

 あまり羞恥心はないようで隠そうともしないし俺からしても意識するような年齢ではないのだが、少しだけ気になるのはマカンがツルツルペタンだということだ。

 これぐらいの年頃ならもう少し成長の兆しがでていてもよさそうなものだが。先日母さんにも言われたが、本当に将来性が無さそうな可哀想な体型である。

 背丈は年齢相応だから余計にそう思うのかもしれない。食うに困らせてはいないし痩せている訳ではなく筋肉はついてきているのでこれはもうどうしようもないのだろう。辛い思いをするかもしれないが強く生きてほしい。


「ビィせんせ、あらって」


「おう」


 俺の前にチョコンと座ったマカンに頭から水をかけてやってから洗い粉をふりかけた。植物から作られたというこの洗い粉は汚れがよく落ちる優れものだが、頻繁に使いすぎると人によっては肌が赤く腫れ上がることもあるらしく注意がいる。毎日の使用はあまりお勧めできないとのことだ。

 俺たちみたいにたまにしか体を洗わない者にはあんまり関係ない注意事項だ。


 ガシガシと少しだけ爪をたててマカンの髪に洗い粉を塗り込んでいった。本来ならこれでいくらか泡立つのだが、汚れがひどい今はほとんど泡立たない。

 一度桶で水をすくって豪快に洗い流してからもう一度洗い粉をふりかけた。ガシガシ。今度は泡立つ。

 マカンは髪が短いからこうやって洗ってやるのも楽なものだが、将来的にはどうなるのだろうか。伸ばすんだろうか。今から心配しても仕方ないんだけどさ。

 戦闘技術を叩き込んでる立場から言わせてもらうと髪は短い方がいいに決まっている。ただ以前知り合いの女に同じ理由で髪を切れと言ったらひっぱたかれた。「髪は女の命なのよ!」みたいなことを言われたわけだ。以後、髪の長さには触れないことにしている。


「次背中いくぞー」


「おー」


 布地に洗い粉をまぶして先に泡立ててからマカンの背中に当てた。ゴシゴシゴシ。


「いたいたいた」


 マカンが可愛らしく悲鳴をあげた。久しぶりにさっぱりさせてやるとばかりに力をこめて垢こすりだ。痛かろう。でも逃げないのは偉いと思う。


「せんせ、も、もういっ」


「もうちょっと我慢しろ」


「こうた、こうたいっ!」


「はいはい。もうちょっと、もうちょっと。……はい、終わりっ」


 少しマカンの背中が赤くなったがこれぐらいでいいんだ。キレイになったぞ喜べ。


 次はマカンが交代だと言い張るので二人とも向きを変えて俺が背中をマカンにさらした。

 さっきのお返しとばかりにマカンが力の限り俺の背中をこすりだす。この子は魔力が多いだけあって年齢のわりには力が強いが、これぐらいはぜんぜん平気だ。むしろいい刺激で気持ち良いぐらいである。

 俺はマカンの小さな手が背中で一生懸命上下するのを感じながら、鼻歌を唄いながら自分の髪を洗い出した。髪は背丈の問題というより、マカンは平気で目に洗い粉入れてくるので任せないことにしている。




 その後手足を洗った後は洗濯タイム。

 長らく洗ってないといっても元々数はたいしたことがない。旅なんてものをしていると所持品は少なくせざるをえないからだ。だからこそ不潔な状態になってしまうのだが。

 洗濯自体は二人で手分けしてやればすぐにすんだ。干す方が大変そうだ。

 どこに干すのか考えていなかったが、良さそうな場所はあっただろうか? 昔は物干し台がある家も珍しくなかっただろうが、それが残っているのを期待はできない。

 いつも通り適当に木の枝にでもひっかけるべきかと思うが、ここで野営する訳ではないのでとりあえずまとめて抱えて移動することにした。袋に入れるとまた臭いが移る。


「どうせなら朝から水浴びすればよかったな」


「そかも」


 日が暮れだしてきた。ちゃんと干せたとしても今日中に洗濯物が乾くのは期待しない方が良さそうだ。

 さすがに裸のまま過ごすわけにはいかないので上下一着だけ焚き火にあてて速攻で乾かして着てみたが、まだ内側が湿っていて気持ち悪かった。マカンが「ひゃー」とか言ってる。



  ◇


 寝床にしようと考えていた馬小屋の前に戻ってきた。見回してみると良さそうな間隔で木が2本生えているのが目に入ったので、そこにロープをわたして洗濯物を吊るした。

 考えてみると本来昼からやる予定だった家探しがぜんぜん進んでいない。豪快に順番を間違えてしまった。今日中に壁をでっちあげるところまではやりたかったのだが。


「じゅんびおけ」


 昨日の二の舞にはすまいとマカンはさっそく食事のための焚き火の準備に入っている。もう他の作業をする気はなさそうだ。

 今晩もやっぱり半ば野宿になるのは避けられないか。


「マカン、飯の用意をするから、その間にあの小屋の中の物を適当に片しておいてくれ」


「てきと?」


「端に寄せるとかでもいいよ。腐ってる枯れ草とかあると嫌だからな。今日中にムリそうなら今日も外で寝るしかないからできればがんばれ。いつもの臭いにまみれて寝たくないだろ?」


「……がんば」


 マカンもせっかく体と服を洗ったばかりなので臭くないところで寝たいようだった。


 幸い小屋の中の掃除は簡単に終わったようだ。年数が立ちすぎているので腐敗を通り越して風化してしまっていたのだろう。俺が食事の用意をすませてマカンを呼びに行こうとした時にちょうどやりきった顔をしたマカンが戻ってきた。


「ご苦労さん。飯にしよう」


「ごはん!」


 ろくな食材がない状態ではあるが、やはり温かい食事の方が美味い。

 個人的には戦時中のろくでもない食生活を経験しているので食材が乏しいことにも慣れているが、こうやって子供の世話を焼いていると少しでも美味い飯を食わせてやりたくなる。明日はそこらの捜索もがんばろう。




 暗くなったら火を消すので今日も早めの就寝だ。

 馬小屋周りにはいつも通り魔物の乾燥した糞をばらまいてきた。

 マカンと二人並んで毛皮にくるまる。


「くちゃい……」


「いつもの事なんだから我慢しろ」


 さすがに毛皮は乾かないと困るから洗わなかったからな。こいつが一番の悪臭の元だったか……。洗ったところで完全には匂いもとれないだろうし、魔物の匂いが残っているからこそ野営の時の役にたつのだから無臭になられても困る。

 新しい毛布か何かも調達したいなあ。

 睡眠で疲れがしっかりとれるように寝具はまともなものを用意したい。


 まあそれでもまずはやっぱり壁か。最低限、障害になるべき壁があれば動物等に寝込みを襲われる心配はなくなる。俺もマカンも壁を壊して何かが接近してきたのに気付かないというほど鈍感ではない。だからそれができればもっと夜は安心して寝られるし、火を焚いて夜更かしもできる。

 居住地計画の第一歩はそこからだな。


 この馬小屋を居住地っぽく仕立て上げるのは難しくはないが、暖炉などもないし屋根は薄く壁もどう考えてもハリボテにしかならない。寒さには弱い仕上がりにせざるをえない。

 幸い今は春だ。これから当分は暖かな日々が続くので隙間風に震えるような心配はまだいらないので当面はなんとかなる。

 長期的にみればもっと色々と用意しなければならないが、それは物資が届いてからでいいだろう。


 ぎゅっとしがみついてくるマカンの頭を抱きかかえていつも通り翌日のプランを考えていたらいつの間にか眠ってしまっていた。

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