元荘園の主人はかく語る
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冬の間の仕事といえば、村によっては家に籠もって暖をとりつつ内職に励むのみといった地域もある。
しかし比較的温暖で外に出るのが苦にならないこの村にあっては屋内に籠もる意味はない。特に復興の最中にあってやるべき仕事が山積しているのだから尚更だ。
「あービィさん、これはですな、今朝採れたやつなんですな」
朝の食事が終わった後片付けを手伝っていたら、女たちの農作業の指導をしているグーブールという爺さんが話しかけてきた。手にもったカゴには葉野菜と根菜が入っている。
「もういくらかは、料理にも使っております。んー味はどうですかな?」
「ああ今朝のあれか。不味くはないがそれ以上でもないな」
「ですなぁ。どいつも小ぶりで大きくなりそうになさそうですし、味もまー食えなくはない、程度でございますなぁ」
そう口にする爺さんの表情には予想通りと書いてある。別に期待値を大きく下回ったという訳ではないのだろう。
とりあえず食える物が収穫できた。それは立派な成果であり貴重な一歩だ。
「量はどうだ?」
「そっちもいまいちです。んー、今の畑の規模で全員が食っていけるだけの収穫量は、正直厳しいって見積もりになりますなぁ」
「それは今後もってことだよな?」
「まー、一度作ってみて土の状態はだいたいわかりましたわ。収穫量を増やすなら、あー単純に畑の面積増やすよりも、肥料を考えてやる必要がありますなぁ」
グーブールが言うには黒ウサギの糞は肥料にはなるがやはり絶対数が少なすぎるとのこと。元々希少な類の肥料なので効果の程も見てみたいということで今回は他にこれといった肥料は使わなかったが、やはりそれだけでは不足もいいところのようだった。
この冬採れる予定の野菜たちは完全に失敗することも視野に入っていた。その成果をもって村の土の状態を確認する意味合いの方が強かったという。
「肥料っていうとどうすべきだ? 任せてていいのか?」
「家畜の糞なんかは、よく使われますが、この村には牛や馬はいませんからな。ウサギはーアテにできませんしなぁ。村に来てから、あー落ち葉で堆肥を作っておいたんで、これを使うつもりでおります」
「不十分なのか?」
「堆肥っていうのは、わりと良い悪いが木々によって代わってくるんですなぁ。ここは私が住んでたところとは植生がだいぶ違いますんで、どれだけ役に立ってくれるか未知数ってことになります。んーいや、経験から言わせてもらうと、たぶんいまいちでしょうなぁ。もっと土を元気にしてくれる肥料が欲しいってのが本音でございます」
元々荘園の主人をしていたグーブールはこの村の誰よりも農業についての知識が深い。その彼がこういうのだからできる限りの手を打った方が良い案件なのだろう。
俺は農業は専門外もいいところだが、土地が枯れていては満足に作物が実らないことぐらいはさすがに知っている。今はかろうじて作れていたとしても、次も作れるとは限らない。そして痩せた土地の作物は病気やちょっとした気候の変化などにも弱く、収穫前に全滅してしまう場合だってあることぐらいは知っていた。
農業の成果は人の生き死にに関わってくるから軽視もできん。
「具体的に何か考えがあるのか?」
「あー、森のどこかにカルタボという木があるなら、太めの枝を葉付きでとってきてもらえませんでしょうか。あれは良い肥料になるそうです」
「カルタボ」
聞き覚えの無い名前だが、逆に名前を知っている樹木の種類の方が少ないのだから有るか無いかの判断はつかない。
「どんな木だ?」
「ええと……それが私も直には見たことがありませんのですなぁ」
詳しく聞くと、カルタボという木はグーブールが以前暮らしていた場所の付近では見かけない木であるそうな。しかし良い堆肥になるのは間違いないらしく、商人がその堆肥を毎年売りに来るのを購入して他の肥料に混ぜて使っていたそうだ。
その時付き合いのある商人によると温暖な南の方に生えている木だと聞いた覚えがあったため、この辺りにも生えているのではないかと思ったという。
「あーカルタボという木は、それはとてもとても力のある木なんだそうですなぁ。周辺の栄養を吸い上げてしまうらしくて、その木の周りには雑草もほとんど生えないんだとか。樹液やらを求めて虫が寄ってくるわ、葉や木の実を求めて獣や鳥が寄ってくるわで、人以外にも人気がある木だそうでございます」
「ううむ……」
情報がそれだけではなあ。葉の形やら色やら独特の特徴を教えてもらいたいところだ。
欲しいというのならとってきてやりたいが、仮にそれらしいのを見つけたところでグーブール自身が判別できないのではどうしようもないのではないだろうか。
直に知っている者がいなければ判別できんよな。
「カルタボで作った肥料を購入していたなら、カルタボから肥料を作る方法自体はわかるのか?」
「それはー特別な方法って訳ではないんで大丈夫です。任せてもらってかまいません」
「そうか……」
手に入りさえすれば確実に役に立つっていうんなら見つけてみたいな。一応父さんと母さんにでも聞いてみるか。
村の衛兵だった2人は俺同様に木々の名前とかそれほど詳しいとは思えないし、しかも生前の記憶は思い出深いこと以外かなり抜け落ちているそうだから期待薄だが。
「ビィ様! あ、あの、カルタボならあたしが知ってます……です」
どうすべきか考えていると思いがけない人物が会話に割って入ってきた。最初は大きな声を出してきたが、すぐ尻すぼみになってしまったのでなんだか自信なさげに思えるが。
「リール、本当か?」
「は、はいぃ。えとその、カルタボの葉と木の実は薬にもなりますので……。あああの、それほど効き目の強い薬じゃないんです、けど」
それは妹2人に付き添われたリールだった。目が不自由な彼女はそういった物探しなどでは最初から対象外のように思っていたが、よく考えてみれば薬師として働いていたのだから植物に関してそれなりに造形が深くても不思議ではないのだ。
「ああ、じゃあ以前はおまえもそれを扱っていたんだな。自分で採りに行っていたりしていたのか? ちなみにどんな薬になるんだ?」
「わっ、わっ、わっ」
そう聞くとと何故か少し慌ててしまった。見えないのに周囲の視線を気にするように見回しながらあたおたしている。2人の妹たちも何かキョトンとしているので理由はわからないようだ。
「あの……ちょっとだけ精がつく、そう……です。あ、アタシが飲むんじゃなくて、お、お年を召された方とか、えっと病気で元気が無くなった方とか、そういう人に……処方して……」
と、少し声をすぼめて教えてくれた。
活力のある木だと言うが、そういう用途にも使われるぐらいか。まあ別に恥ずかしがるような話でもないと思うがな。
純粋に弱った体に活力を与えてくれるというのなら優れた効能と言えるだろう。それほど強い効き目はないと言うが、強すぎる薬は弱りすぎた体を酷使して逆に良くない場合もある。使いやすい薬の類かもしれない。
「薬として長期保存できるのなら、堆肥作りの目的がなくても探してみる価値はあるということか」
「えっと、葉は春の青々とした新葉が一番いいです。木の実は秋頃なので、今は時期が良いとはいえないんですけど……ゴメンなさい……」
「いや謝る必要はない。そのカルタボが生えているかどうか調べて、あった上で必要なら春や秋に葉と木の実をとればいいだけだからな」
「カルタボは、たぶんアタシの荷物の中にも少しだけ残ってる、かもです。乾燥させてすり潰しているので薄れてますけど、独特の匂いがしますので、その匂いを覚えて貰えれば探す役に立つんじゃないかと……その……」
リールの荷物は彼女に残された財産だ。薬師として働いていた頃に集めていた使いきれなかった薬もその一つだろう。長持ちしないものは処分していると思うが、新天地に移される時に持ってこれるだけの薬は一緒に持ってきたようだ。
薬の有無とかあまり気にしたことはなかったが、そう言われると悪くない配慮だろう。
「レレン、ルシー、あたしの荷物の薬、わかりますか?」
「そのカルタボっていうのはわかんねーけど、リール姉ちゃんの持ってきた荷物自体は少ないから薬が入ってる容器はわかるよ」
「姉さん、すぐにとってきましょうか?」
「……ビィ様、お急ぎですか?」
「じゃあ走ってとってくる!」
「まあ待て待て慌てるな」
それまで俺たちの会話を邪魔しないようにと黙っていた妹2人だったが、話を振られ出番が来たとばかりにはしゃぎだしたので静止をかけた。
「別に急ぐ必要はない。グーブールさん、そうだろ?」
「あーもちろんです。早い方がいいに越したことはありませんが、どのみち、んー冬場は堆肥づくりには向きませんですしなぁ。時間がかかっても見つかれば幸運なつもりだったもので」
「だそうだ。カルタボ探しはブレに任せることになるだろうが、あいつ今日はもう森に出たようだし、明日の朝食時にでも用意できていれば十分だ。それまでに探してみてくれ」
ま、こういうことはブレに任せておけばいいだろう。
急ぎの要件なら俺も本腰入れて捜索に入るが、そこまで急を要する話でもないようだし。そもそも今は『渡り』についての警戒も必要だ。森に自衛手段の無い者を連れて行くことも避けたいし、村の守り手を減らすのも避けたい。
「……ん、あたしも外で薬をばらまいちゃうのはちょっと避けたいな。家にみんなで戻ってから荷物を持ってきてちょうだい」
「ビィ様とリール姉ちゃんがそれでいいならわかった」
「じゃ、ビィ様、姉さんの薬が見つかったら持ち運びやすいように準備しておきますね。実物を持ち歩いてた方がわかりやすいですよね?」
「ああそれは助かる」
リールと妹2人にも礼を言う。それからリールにはわかる範囲でカルタボの形状などについて説明を受けた。そこまで特徴的とは言わないが、知らないよりかは捜索が楽になるだろう。あとで今聞いたことをまとめて書いてブレに渡してやろう。
「お役に立てたなら、良かった、です」
別れ際、少しはにかみながらリールが笑った。
彼女は目が見えないことで普段から満足に働けないことを申し訳なく思っているようだった。ちょっとしたことでも役に立てたと思えれば本人も救われた気になるのかもしれない。




