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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第三章 冬の出来事
53/108

マカンは寒さに弱い

  ◇


「しぃっ!」


「えいっ!」


 早朝のすっきりとした空気の中、鋭い気勢の声が響いた。

 木剣を構えた少年が強い踏み込みで接近しようとするのを、槍を模した棒を持った少女が迎え撃つ。棒を突き、薙ぐ。少年はその間合いに入り切れずに後退を余儀なくされた。


「カルナール、うかつに後退するな! 相手の体勢が崩れていないのにそんな後退の仕方したら死ぬぞ! マカン、今のは追撃できただろうが!」


 その様子を俺は少し離れたところで腕を組みながら眺めていた。時折り指導の一手を加えるために口を出す。


「32っ、33っ――」


 少し目線をそらすと別の少女――ではなく髪を後ろで縛った長髪の少年が木剣を素振りしている。訓練をつけるようになった最初の頃に比べるとずいぶんとしっかりとした動きで回数をこなせるようになったものだ。もちろんまだまだ序の口ではあるが。


 今日は朝から実践訓練をマカン、カルナール・ロデ、エステル・カモルの弟子3人に行っていた。


 指導方針に関しては、マカンは今のところ広く浅く。色々な戦い方を覚えさせ少しずつ高めていく。最終的にはもっともマカンにあった戦法に絞るかもしれないが、今は限定するよりも可能性を広げる方が良い。

 手広い手を持つのは俺自身の強みでもある。俺には何かを極めるのは向いていなかった、というかそこまでの才はなかったが、どんな状況でも打つ手を複数持てる対応力が俺を生かしてくれたのだ。なんだかんだで正当な一番弟子であるマカンにはそれを伝えてやりたいという気持ちもあった。


 一方でカルナールは剣に絞って伸ばしていく。すでに何年もミシェン流という剣術を真面目に修練してきたのだからそれを活かしてやった方が良いだろう。だから今はより実戦向きに矯正することを方針にしていた。

 ミシェン流はお互いに剣を持った1対1の真っ向勝負に特化した剣術なので、まずは色々な武器との戦い方を学ばせている。剣とは全く違う間合いの武器を持つ相手にどのように立ち回るべきなのかを知らないと実戦では何もできずに殺されるだけになってしまう。

 加えてたまに外野からの投石という不意打ちを行うことで目の前の敵に集中しすぎないように意識の方位拡散を促す。横合いから攻撃される可能性は常に念頭においておくのが多対多の戦場の鉄則だからだ。


 最後、エステルはまだ当分は体力づくり優先だ。武器を打ち合うだけの体ができていない状態で実戦的な訓練をさせても大怪我をするだけだからな。

 多少の怪我で根をあげられては困るし痛みを覚えるのも必要なことだが、大きな怪我は逆に訓練の成果を無駄にしてしまうので無茶はさせられない。

 エステルは魔力量は一般人よりはだいぶ多く、マカンによると俺と似たような魔力量らしい。つまり魔術士を目指すのも有りなぐらいの魔力量だ。魔力を意図的にうまく活用できるようになれば案外早く本格的な訓練に入れるかもしれない。そちらの指導者がいないのが残念だ。



  ◇


「そこまで! 3人ともしばらく休憩!」


 3人とも息があがってきた頃合いを見計らって休ませることにした。


「おうビィビィ、おはようさん。なかなか盛況じゃねえか」


「ああおはようグラムスさん。けっこうな汗だな。だいぶ走り込んできたのか?」


 声をかけてきた相手は俺の剣の師匠でもあるグラムスさんだった。

 だいぶ肌寒くなってきたというのに上半身裸でうろついているある意味不審者だが、その体からはもんもんとした蒸気が上がり汗だろう水滴に包まれていた。


「おうよ。体が動かなくなった時にゃあ死ぬ時だからよ。鈍らせる訳にはいかんからな」


 戦闘訓練といえば武器を振り回したくなるのが素人ではありがちだが、実際にもっとも必要となるのは足腰の強さと持久力である。走れなくなった奴は戦場で生き残ることはできない。目の前の敵を1体倒したところで魔物の群れに飲み込まれて終わるからだ。

 グラムスさんは<剣匠>なんて大層な2つ名で呼ばれることもあるぐらいの剣術馬鹿だが、その実力は紛れもなく超一流だ。そして戦場で生き残るための強さを過不足なく備えている。

 戦争が終わった後も常在戦場の心構えを忘れず厳しい鍛錬に余念がないのは流石としか言いようがなかった。


「体拭くものねえか?」


「そこの布を使ってくれ」


「おお、んじゃ遠慮なく。……で、いつから俺の手がいるようになるんだ?」


 体の汗を拭きながらグラムスさんが尋ねてきたのは弟子たちの訓練に彼の手を借りたいという話を前にしていた件だ。


「そうだなあ……。冬の間にはと思っているが、その前にもう少しマカンには動けるようになってもらわないとなあ」


 グラムスさんの指導はきつく厳しい。ついてこれないのであれば死んでしまえと言うかのような過酷なものだった。当時は強くなれなければどのみち戦場では生き残れなかったので感謝しているが、この3人は下手すれば逃げてしまう。


「あっちのカモルの嬢ちゃんはともかく、そこで打ち合ってた2人はそこそこ動けてたじゃねえか」


 その一言に俺は首を振る。ちなみにエステルが嬢ちゃん呼ばわりされていたが、グラムスさんはエステルが男だと知った上でそう呼んでいるのだ。


「いやあまだまだだな。特にマカンは……もうちょっとなんとかしないと」


「そうか? あの歳であれだけ動けりゃたいしたもんだと思うがね。おまえより筋が良さそうじゃねえか」


「筋が良いのは間違いないんだが、寒さに弱すぎて動きがぎこちなさすぎるんだよ。ここまで動けなくなるとはなあ……」


 そう呟きながら着ぶくれしたマカンに残念な目を向けてやった。先程の模擬戦もマカン本来の動きならもっとカルナールを圧倒できた筈なのに。


「あの子はここより寒い地域の生まれの筈なのになぜだ」


「どこだよ? 北の方か?」


「ああー、なんだっけかな。地名は出てこないが、まあ北の方だな。山の上の集落の出なんだよ」


 マカンが魔族であることを知らないグラムスさんに詳しく話す訳にはいかないのだが、マカンの故郷は境界山脈の山の上にある。春も半ばを過ぎた時期でも雪が残っているような風土だった。


「寒さうんぬんじゃあっちの2人は元気そうだな」


 一方でエステルとカルナールの2人は比較的薄着でまだ余裕がある。2人の故郷であるカモル男爵領は大陸北部の寒冷地なので、温暖な南部地域の冬など寒いうちに入らないのだろう。

 肌寒さを感じるようになってきだしてもこの2人が寒いと口にしたのを聞いた覚えがなかった。マカンにも見習ってもらいたいものである。


「さむさむ……ぶるぶる……あっ」


 マカンに視線を向けていたら懐から黒ウサギが出てきた。熱源として抱きかかえていたらしい。


「あいつ糞ウサギに好かれてんなあ」


 それだけじゃなくて舐められてる気がしてならないんだけどな。しつこくまだ抱こうとしたら顔面に蹴りをくらってるし。


 ちなみにこの時期の黒ウサギは夏場に比べるとずいぶんと長毛になっておりフサフサだ。マカンじゃなくても抱きかかえたくなるのは仕方ないだろう。下手にかまいすぎるとこのウサギは死んでしまうので注意がいるが。


「さむさむ……」


「ま、マカンちゃん、ちょっ……」


 ウサギに逃げられたマカンが次にとった行動はエステルに抱きつくことだった。しかも服の中に入ろうとするものだからエステルが慌てて離そうとしている。もっとも、拒絶されたぐらいで諦めるほどマカンは物分りが良くはない。

 エステルの護衛でもあるカルナールも最近は慣れてきたのかこういう行動を止めなくなってきていた。

 よく知らない人が見れば可愛い少女同士の絡み合いだが、実際はいたいけな少年に襲いかかる次期魔王を目指す少女の図である。


「おい、ぼちぼち休憩終わりだ。再開しろ」



  ◇


「……こりゃダメだな」


「ああ……」


 グラムスさんの呟きには俺も同意せざるをえなかった。休憩後のマカンの動きはさらに悪かったのだ。

 熱源である黒ウサギに逃げられ、さらに汗が冷えたせいかますます体が寒さに震えている。激しく動けば気にならなくなるだろうが、そこまでなかなかいかないようでカルナールに一方的に攻められていた。これではカルナールの修行にならない。


「マカンのやつは魔力量だけなら俺より遥かに上なんだけどなあ」


 俺やグラムスさんが寒さに強いのは魔力の巡りによって熱を生み出し、かつ自身の放熱を適度に抑えているからだ。これが自然にできるようになれば裸で雪に埋まったままで一晩すごすぐらいはなんとか耐えられる。

 ただこのやり方は暑さに対しては役立たずなので俺も夏の暑さは堪える。魔術でも炎、つまり熱を生み出すよりも、氷という冷気を生み出す方がずっと難しいらしいし、そういうものなのだろう。


 ただマカンほどの大魔力を使いこなせれば俺よりずっと融通がきくかもしれないし、少なくとも寒さに凍えるなんてなくなるはずだ。


「魔術士の娘っ子に指導させたらどうだよ? 夏場は氷を生み出すのにけっこういっぱいいっぱいだったみたいだったが、今ならもうそこまで必要ねえから余力あんだろ?」


「……いやー、それを考えなかった訳じゃないんだが、あいつにものを頼むのは怖い」


「なんだそりゃ?」


「グラムスさん、システィと結婚する気ないか? お勧めはしないが仲人はしてやる」


「おいビィビィよぉ、冗談はよせ。あんなか細い小娘抱けるかってんだ。俺はもっとこう、がっしりした女が好みだって知ってんだろうが」


「……だよなあ」


 俺とは多少好みは違うが、グラムスさんも女なら誰でもいいってタイプじゃない。まあシスティからしてもグラムスさんは好みじゃないとは思うから冗談ではあるんだが。……俺以外で誰か良い相手を見つけて欲しいというのは本音だ。


「とにかくシスティへの借りは高くつくから頼りたくないんだよ」


「よくわからんな……。じゃあ俺が指導に加わるのは春になってからかよ?」


「うーん、そうなるかもしれんが、マカンのこの欠点はなるべく早くなんとかしたい」


 魔力の扱いに関して論理的な指導は俺には向いていないのも確かだ。自分ができるからといってそれをうまく説明できるかというとこれが意外と難しい。

 しかしだからといって放置もできない。


 頭ではシスティに指導を頼むべきだというのはわかっているが、やはりそれは素直に肯定することもできなかった。


 ならば仕方ない。


 多少荒療治になるが、俺流実践方式でマカンには寒さに抗う力の使い方を覚えてもらうとしようか。あの子は丈夫だから死にはしないだろう。きっと。

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