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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第三章 冬の出来事
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冬の夜

 ある程度目処がついたので今日から三章スタートします。

 とりあえず半ばくらいまでは連日投稿予定です。

  ◇


 パチパチと囲炉裏の中の薪が燃える音が響く。

 ここは北部の豪雪地帯などとは比べ物にならないぐらい温暖な地域ではあるが、それでも冬の夜に暖もとれないのでは凍えてしまう。

 俺が寝泊まりしているこの元馬小屋の中には暖炉がないが、代わって火がつかえるように作り上げた囲炉裏は屋内を温めるのにも湯を沸かすのにも使えたりと便利なものだ。壁は未だに隙間だらけなので熱がこもらず火が消えるとすぐに寒くなってしまうが、その分換気をあまり考える必要もないため寝ている間も気にせず火を焚べていられる。


 くしゅんっ、と隣で寝ていた女が小さくクシャミをした。

 もぞもぞと体が動いて俺の方に体を寄せてくる。


「寒いか?」


「はい、少し」


 上にかける毛布か何かをもう少し用意しておくべきだったかと少し後悔した。

 いざとなれば魔物の毛皮をかければ良いと思っていたのだが、あれは匂いが強いのでできればこういう時に使いたいものではない。

 囲炉裏から漏れてくる光の強さからいって火が消えかかっているということはないので薪を足す必要はないだろう。

 なので俺は女の体を少し強めに抱き寄せた。

 寒いのならお互いの体温で温めあえばよい。


「…………」


 女は無言で俺の体に腕を回してきた。

 毛布の下で女の何もつけていない肌が俺の肌に押し当てられる感触が熱と共に伝わってくる。

 俺は片手を動かし、近くに脱ぎ捨てていた服を掴む。冬の外出用の長衣だ。それを毛布の上から女の上にかぶせた。少しはマシになるだろう。


「ありがとうです。……ビィ様は寒くないですか?」


「ああ。慣れてる」


「……逞しいんですね」


 寒さで凍え死ぬかどうかの瀬戸際は何度も行き来した覚えがある。自然と魔力の扱い方である程度の寒さは凌げるようになってしまった。それを無意識に行えるようになっているため、俺1人であれば冬の間も小屋に火がなくても良いぐらいだ。

 マカンはここより寒い地域の出のくせに暑さだけでなく寒さにも弱いので囲炉裏を作ったが、こうなってみると作っておいて良かったのだろう。


 まあ、そうでなくても温かいものが近くにあるというのはいいものだ。

 人肌の温もりというものには安らぎを覚える。昔は現実の過酷さから逃れるために女に逃げた時もあったが、ここ最近は縁がなかったので尚更そう感じるのかもしれない。




 すぅすぅと安らかな寝息が聞こえてくるようになった。

 俺は自分にも眠気がやってくるのを待ちながらその女の寝顔をまじまじと見つめた。


 とりたてて美人ということはなく、ほっそりとした顔立ちをしている。そして顔の半面ぐらいにはうっすらと火傷の跡が残っていた。普段は長い髪で顔の大半を覆っているので目立たないが、むしろだからこそ伸ばしているのかもしれない。

 そして肌をあわせてわかったが、この火傷跡は首から上半身にも及ぶ広範なものだった。これは女がかつて火によって死にかけたことを物語っていた。この程度の跡ですんでいるのは幸運な方だろう。

 だが今は閉じられている両の目には他の者のような輝きがない。

 女は視力を失っていた。完全に見えない訳ではなく、光を感じるぐらいはできるらしいが、それはなんの慰めにもならないに違いない。


 女の肌はきめ細かく美しいにこしたことはないとは思うが、それほどまでにはこうやって女を抱く際には気にならない性分でもあった。俺自身が傷だらけの体で見る者によっては醜く映ることを自覚しているからだろうか。

 そう言えば素肌をさらした際に驚かれて距離を置かれたこともあったっけな。

 確かに一般的な美しさとは真逆のものなのだろうが、俺にとってはこの傷の一つ一つが俺が生きて戦場を駆け抜けてきた証のようなものなのだ。

 だから俺からすると他者の傷も尊重すべき経歴の一つに思えてしまう。もちろん癒せるのであれば癒やすに限るのだが。




 女の名前はリール。

 奴隷として雇われてこの村に連れてこられた1人で、かつて薬師として従軍している際に魔族の放った魔法による負傷で視力を失った経緯をもつ。

 3人姉妹の長女で歳は21だったか。妹2人も奴隷として共にこのロンデ村にやってきている。


 今こうして俺とリールが同じ毛布にくるまって肌を寄せ合い寝ているのは、つまりはそういう関係になったからだ。

 村で生活する間にお互い惹かれ合って、などという甘酸っぱい経緯などはない。かといって女に飢えた俺が適当に見繕って寝所に連れ込んだというわけでもない。

 こいつは俺の婚約者なんてものになってしまったジルユードといういいところの出のお嬢様から差し出された人身御供だ。


「女欲しさに誰彼構わず襲われてもかなわないからね。適度に発散しておくがいいよ」


 などと言ってリールを抱くことを半ば強制されたのだ。


 ジルユードとは確かに婚約をかわしたが、お互いに仲睦まじい夫婦になろうという気がないのはわかりきっていた。妾なり愛人なりは好きに囲えというお墨付きも頂いている。


 ただ一応ジルユードは自分が正妻であらなければならないという、家に対しての使命感のようなものは持っているようで、自分が第一子、できれば男の子を産まなければいけないと考えているようだった。

 だからそれまでは俺の欲求を制御する必要があると考えたのだろう。そうでなければ俺が奴隷の女全員を手当り次第に孕ませかねないと懸念しているらしい。


 呆れてものも言えなくなったが、ジルユードを襲ったことがある身としては何を言ってもろくに聞き入れては貰えないのは理解していた。

 それに別に女が抱きたくないというわけでもない。婚約者殿が他の女を抱いた方が良いというのならそれに従うのも一興だろう。


 そしてリールにその白羽の矢が立った。


 リールは目が不自由であるため満足に働くことができない。もとからそれを承知で妹2人が姉の分も働くという奴隷契約になっているし、その契約金も契約内容のわりに比較的安価になっている。

 そして目が不自由になってからリールは月のものがこないようになってしまったらしく、つまりは子供ができない体になっていた。

 これは体にも傷ができた結果なのか、精神的な障害がもたらしたのか、その辺りは俺は医者でもなんでもないのでわからないが、とにかくジルユードの思う人材に適していたということになる。


 そして俺に抱かれることでリールはこの村での立ち位置が定まる。

 村の公的な領主はジルユードだが、実質的な指導者である俺の寵愛を受けるという立場だ。さらに一応ジルユードの侍女見習いのような立場でもある。

 他の奴隷たちからは穀潰しのように思われていたかもしれないが、こうなってしまえば表立って罵られることはないだろう。


 主人が奴隷を抱くというのは立場をかさにきて強権を振りかざしての無理強い的な意味合いが強いイメージもあるが、実際にはそんなことはない。

 奴隷は自由を売る代わりに生活の保証をもらう。こういう性的な奉仕業務を受け入れるかどうかも奴隷契約時に個人個人が判断している。だからといって好き好んで体を差し出してくる者が全てでないのは当然だが、将来的な安定のために主人とそういう関係になることを望んでいる者も多いのだ。

 さらに仮に子供ができたとしてもその子供の生活の保証も雇用主にかかってくる。具体的にいうと子供の生死に関わらず何年にわたってこれこれの額を奴隷に支払う、というような取り決めがあったりするため、意外と主人も奴隷に手を出すのには覚悟がいるのである。


 俺はリーン王国でも有数の侯爵家が後ろ盾になっている名高い英雄らしいので将来性は抜群に思えるだろう。俺に気に入られればそれだけ奴隷契約期間が満了した後の生活も安泰になる可能性が高まる。10年という長期契約が終わった後に新たな生活を始めたり結婚相手を探すより、俺とねんごろになってしまった方がありがたい、らしい。

 だからリールを抱いた時に「できればそのうち妹たちも」みたいな話をされてしまい、思わず苦笑した。



  ◇


 リールを抱くことになった経緯はともかく、女を抱くのは久しぶりだったので満足感はある。ただ少々物足りないのも事実だった。何度も肌を重ねた相手であるならともかく、初めて抱く女となれば気を使わざるをえないからだ。

 もしここで溜まっていた性欲を一気に発散させようと強引な行いでもしようものなら、リールからジルユードの奴にそのことが伝わり、それみたことかというような反応をされるのが目に見えている。俺は別に女に乱暴したりするのが好きな訳でもないがあいつはそう思っていなさそうだからな。

 そう考えるとリールとは良好な関係になった方が良さそうだった。


 そのためにも色々と考えることがある。

 この小屋は女と抱き合うようなことを想定していないので色々と不足している。暖ひとつとってもそうだが、声がもれたり隙間から覗かれるのも面倒だ。そういうことをしでかしそうな女に心当たりがあるのが憎らしい。冬の間にもう少し補強改造すべきだろうか。


 さらにいえばマカンの問題がある。

 あいつを厄介者扱いするつもりはないが、さすがに女を抱く時に一緒にいる訳にもいかない。

 なら今晩はどうしているのかといえば、女性用に作った家、より正確に言うとジルユードのところに泊まりにいっている。元々あいつが誘ったのだ。

 マカンがいつまでも俺にべったりというのも困ったものなので離れて寝る機会を持つのはかまわない。


 かといってなあ……。それが頻繁になるのも考えものだ。

 マカンが餌付けされてジルユードに懐きつつあるのは知っているが、それが好ましいかというと悩みどころだからだ。

 ジルユードが本当に俺のやることを妨害する気がないというのであれば問題ないのだが、何かしらの意趣返しを考えている可能性が高いと踏んでいる。あまりマカンが懐きすぎて俺の言うことを聞かなくなってしまうような事態になれば困ったことになるのは明らかだった。


「……交流に時間を割くべきか」


 マカンと他の奴隷の女たちとの交流を勧めるべきだろうか。ついでに一緒に寝泊まりするように。

 今はまだ子供だからいいが、いつまでも俺と一緒に寝泊まりさせる訳にもいかないだろうしな。このロンデ村で何年も過ごすのなら、女性たちの中でのそういう生活習慣に早くから慣れさせておくべきかもしれない。


「ふぁ……」


 他にも冬の間にあいつに何を教えようか、などなどを考えていたらいつの間にか眠りに落ちていた。

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