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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第二章 新住人たち
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魔の手④

 『第六感』というギフトは所有者に危険を知らせる能力があると言われている。

 しかしそれはあくまで危険の有無を知らせるだけで、危険の内容を具体的に教えてくれるものではない。


 現在ランバーの周囲を取り囲んでいる罠の一つ一つには殺傷力というものは無いに等しい。実のところここら一帯の罠はマカンの訓練用に仕掛けた物がほとんどであり、さらに村の住人が足を踏み入れてもおかしくない場所ということもあって万が一を考えて足止め、捕縛用の罠が主となっている。

 そういう意味では『第六感』が強く働くようなものではないかもしれないが、現在俺という敵との戦闘中であることを考慮するなら罠にかかることは致命傷になりえてしまうだろう。


 そして危険があることを察知することと危険を回避できることはイコールではない。

 崖を背にした状況で敵から圧力をかけられればそれは誰もが危険を覚えることだろう。そして落ちないよう落とされないように必死に抵抗するだろう。だがだからといって絶対に落とされなくなる訳ではないのだ。

 『第六感』はあくまで崖の存在に気がつくだけ。今ランバーは自分が窮地に立たされていることを自覚した筈。それも実際には何があるのか見えない危険に囲まれている現状にだ。


「くそ! くそ! くそおっ!」


「どうした動きが硬いぞランバー!」


 今、奴の『第六感』は常時警報を鳴らし続けているに違いない。何かをやろうとしてもそのほとんどが危険に繋がる可能性がある。かすかな活路を探そうとしているだろうが、それを許すほど俺は甘くないぞ!


 先程とうって変わって今度は俺がランバーを攻め続ける。

 やはり受けの強さが光るが精細を欠いているのも事実。俺も本調子ではないが、ここは一気に押し切らせてもらう!


 ランバーは己の剣術に則って、条件反射的にこちらの攻撃を最小の動きでかわして反撃を狙う動きをとろうとする。しかしそれを『第六感』が邪魔しているのか、急遽奇妙かつ無駄にも思える動きに変わり俺の剣をキレイにかわすことができなくなっていた。

 それでもこの罠の密集地帯にあって未だに一つも罠を踏んでいないことには驚きしか感じないが、俺の攻撃全てを無傷で凌がせはしていない。致命傷にはほど遠いが、いくつかの傷を奴に負わせている。ここから加速度的に体力は削られ動きは鈍っていきそして傷は増えて隙が生まれる。徐々に、そして確実に俺はランバーを追い詰めていた。


「ギフトに頼り過ぎて自身の鍛錬が足りてねえんだよ!」


「うるっせぇっ!」


 さらに言葉で追い打ちを欠ける。冷静さを失えば失うほどこちらの術中。おまえの勝ち目は無くなっていくぞ!


 だが。


 追い込まれたためか、奴はまたもや何かをしでかした。


「なっ!?」


 突如体がわずかに軽くなったような錯覚を覚えた。これは『撹乱』が消え――いや、効果が弱まっただけ? ギフトの能力に強弱などつけられない筈だが、そんな疑問を深く考える余裕など今の俺にある筈もない。


「おらぁっ!!」


 ランバーが強く前に踏み込み守りを捨てたかのような豪快に剣を振り回してきた。活路を前に、確実に罠がないだろう俺がいる方向に見出してきたのだ。


 ここが好機とばかりに俺はランバーの長剣を己の剣で受け止めた。しかし予想外に重い一撃に俺の体は打ち崩され後方によろめかせられてしまった。


「ぐっ!」


 細身のわりに力があるとは思っていたがこれは異常だ。並の魔術士より多くの魔力を持っていたとしても素の身体能力で圧倒している俺を大きく上回るのは不自然だ。


「うははっ、馬鹿め、死ねビィッ!!」


「……ちぃ、そういうカラクリか!」


 だからこそ気がついた。


 ――こいつギフトの能力を強化するギフトを持ってやがるな!?


 対象が一度に一つのギフトしか強化できないから剣を打ち合いだしてから『魅了』が弱まり、そして『撹乱』が弱まった。今はさしずめ筋力なりを強化するギフトでも強化したのか。憶測だがそう間違ってはいまい。


 俺は崩された体勢を戻す一瞬で動揺を鎮め思考をまとめあげた。

 こちらに生まれた隙はわずかだがその隙をランバーがつかない筈がない。つくことができるなら、な。


「んなっ!?」


 俺に追撃を入れる前にランバーの体がつんのめった。片脚を小さな落とし穴にはまらせてしまったのだ。

 あまりに反応しまくる警報を無視する形で己の直感を信じたのだろう。


 俺がいる場所なら罠が無いと思い込んだのがおまえの敗因だ。俺が罠で自爆しないようにどれだけ神経すり減らして動いていたのか、まったく気が付かなったようだな。



「『第六感』持ちとやりあうのは初めてじゃないんでな!」


「ま、待てっ!!」


 待つ訳がない!


 剣を振るう――。

 ランバーも咄嗟に体をそらして逃げようとするが、すでに俺の剣の間合いから逃げられる距離ではない。


 次の瞬間、俺の剣はランバーの胸部を深々と斬り裂いていた。1撃で命を絶つ致命傷だ。

 それを証明するようにランバーは間違いなく即死した。

 さきほどまで感じていた『魅了』と『撹乱』の影響が消え去ったことで俺はそう確信した。




 血の海に沈んだランバーを見下ろす。

 本当なら生かして捕らえてなぜジルユードを狙おうとしたのか吐かせるべきなのだが、俺はこいつを捕らえることを選択しなかった。

 そんな余裕が無かったというのも事実だが、なによりこいつのギフトはやっかいすぎる。捕らえた後に誰かが懐柔されても問題だし、脱出に有用なギフトを持っている可能性も高い。捕らえることにリスクが高すぎるのだ。


 だからこいつは確実に殺す。そう決めた。手加減抜きで。


「ランバー、最後に教えておいてやる。おまえの持っていたギフト、少なくとも『魅了』と『強奪』の二つはカースギフトだ。――で、おまえ、オーレム・クロインセのギフト『蘇生』を持ってるだろう?」


 そう声をかけながら注意深くランバーの全身に視線を這わせた。


 俺が口にした内容は実のところ確証がある訳ではなかった。ただ間違っていたならランバーは死んだまま。もし俺の声が聞こえていたというのなら、つまりそういうことだ。

 そして『蘇生』によって生き返るのに必要な時間は肉体の損傷度合いによって変わる。致命傷を負っているのは当然だが、例えば5体がバラバラになって離れた場所に散乱しているような場合はかなり時間がかかる。しかし裂傷程度であればそれほどの時間を有すことはない。


 ピクリ、とランバーの体がわずかに動くのを確認。

 再び『撹乱』による影響で体に重圧がかかったかのような感覚に襲われる。と同時に俺の剣は振り下ろされた。

 ランバーは咄嗟に身をよじって逃げようとするが無駄なあがきだ。俺の剣はランバーの頭部に叩きつけられ、一撃のもとに断ち割った。 


 今度こそ殺した。


「おまえと違っていたぶるような真似をしなかっただけ感謝しろ」


 すでに聞こえていないのを承知でそう告げてやった。



  ◇


「さて、何か見つかるか。探すぐらいはしておくか」


 尋問するべきだったのだがそちらは諦めた上でなので駄目元だ。何も見つからなかったとしても仕方ない。

 とりあえず罠に囲まれた状態ではいつ俺がそれを踏んでしまうかわからない。自分の罠で自縛されるとかなったら恥でしかないので先にランバーの体を引きずって罠地帯から離れた。


 それからランバーの体の脇にしゃがみ込み、何かありそうな場所をまさぐっていく。


 血まみれの死人の体をあさるのは気持ちの良いものではないが、戦場で戦友の遺品を回収するために似たようなことは何度も経験しているので躊躇はない。


 何か身分や誰かとのつながりを立証するような物が見つかれば良いのだが。


「……この短剣……クロインセ家の家紋?」


 ああ、オーレム・クロインセの持っていた短剣だ。

 こいつ貴族から奪った品を堂々と持ち歩いていたのか……。いや、そういえばジルユードに会いに来た口実がオーレムの遺言だったな。ならばこれを持って『魅了』の力と合わせて使えば強い信憑性を持つ、か。


 ……遺品ぐらいは届けてやるか。


 短剣以外はこれといって目に留まる物は見つからなかった。

 後はランバーが放り捨てた荷物だ。何かあるとしたらあちらだな。

 それと死体の処理も考えないといけないか。『魅了』は切れたとはいえランバーに対して魅了されていたという事実が消える訳じゃあない。グラムスさんとかが死体を見つけて食って掛かってくると面倒だ。埋めるかマカンに燃やさせるか。それとも死んだ責任をジルユードに押し付けてやろうか。


 俺はそんなことを考えながらその場を離れようとした。


 明確な油断だった。




 それに気付かされたのは足首を掴まれて引き倒された瞬間だ。


「なに!?」


「ふははははっ! ビィィィィッ!!」


「ランバー!? 馬鹿な!?」


 生きている筈がない! 『蘇生』のギフトによる復活は一度使えばしばらく使えない筈、それだってかなり破格の能力だ。他に類似のギフトまで持っている筈が――ギフトの強化能力か!?


 気がついた時には手遅れだった。

 血まみれのランバーが踊りかかってくるのを倒れたまま蹴り飛ばそうとするも、再び発動された『撹乱』によって動きが鈍りそれを果たせず、そのまま馬乗りされてしまった。


「死ねぇっ!」


「ぐっ……!」


 ランバーは上から拳を奮って殴打してくる。体勢が悪すぎてかわしきれない! 1発2発と食らうたびに意識が飛びそうになるのを歯を食いしばって耐える。このままでは不味いが、逆にある程度殴られることは覚悟して回避に専念することを止め、左手でオーレムの短剣を鞘から抜き反撃に出た。


「見え見えなんだよっ!」


 だがやはりこんな体勢では力も入らず勢いも乗らない。ランバーの姿勢を崩せればと思ったが、なんなく短剣を握っていた左手を掴まれてしまった。


「ほらほらほら、さっきまでの威勢はどうしたビィッ!?」


 ランバーは力任せに両手で短剣の向きを変えて俺の顔に刃先を突き立てようと力を入れてきた。そうはさせじと俺も右手でランバーの腕を掴み両手での抵抗を試みるが、筋力をギフトで強化しているのだろうランバーの方が今は力が強い。じわじわと短剣が迫ってくる。


「うおおおおおっ!」


 声に力をこめて必死の抵抗を試みるが、これは抗えそうもなかった。もはや自力での脱出は困難に思えた。


 まさかこんなことになるとは。油断した自分が悪いとはいえ、あまりにも不甲斐なさすぎる。

 悔しくて仕方なかった。恥ずかしくて仕方なかった。今後この事を思い出しては落ち込んでしまいそうだ。


 まさかまさか――俺が弟子に頼ることになるなんて!


「!」


 ランバーが何かに気付いた。

 短剣に込められていた力が抜けたことを感じ取った瞬間、俺はランバーを逃さないためにさっきまでとは逆にランバーの体を引き寄せ声を張り上げた。


「マカン、やれっ!」


「おけっ!」


 小柄ながらも魔力によって強化されたマカンの脚力による速度は獣の突進を思わせる。


「子供が何をっ!」


 『撹乱』が強化されたことを感じた。これだけの差違を知らずに突然受ければ一瞬体が満足に動かせなくなるに違いない。全力で走っていたマカンが転倒して自爆することを狙ったのだ。


 だが無駄だ。


 ――目の前で血しぶきが舞った。


 突貫してきたマカンの繰り出した槍により刺突をかわせず、脇から胸を串刺しにされたランバーはそのまま俺の上から突き飛ばされ地面に倒れた。


「な……ん……で……」


 目から生気が抜けていくランバーの口から漏れたのは疑問の声。マカンの動きにまったく陰りが出なかったのが納得できないようだな。だが俺にとっては疑問も何もない。

 マカンの持つ魔力は俺やランバーとは比べ物にならないほど膨大だ。この子の抗魔力は常人を遥かに上回っている。『魅了』や『撹乱』なんかがマカンに通用するとは全く思っていなかった。




「…………」


 ランバーがピクリとも動かなくなった。

 見た目は致命傷だから死んでいるのが当たり前なのだが……本当に死んだのか?


「ビィせんせ、だいじょぶ?」


「ああ……助かった。良くやった、マカン」


 もっと何か言えとばかりに俺を見つめてくるマカンを無視し、ランバーから視線を背けないで警戒を続ける。さてこいつ、どうしてくれよう。


 とりあえず首を跳ねて胴体から離してどうなるか観察するか。『蘇生』が有効ならくっつこうとする筈だからわかるだろう。

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