住まいを探そう
◇
陽が昇り始めた頃に目が覚めた。
目線を下げるとマカンのボサボサ頭が見える。いつも通りまだ寝ているようだ。
子供の就寝は早く、眠りは深く、起きるのは遅い。これも健全な育ち方なのだろう。
夜中には寝返りをうったりでなんだかんだ何度も目を覚ましているが、そのたびにマカンの位置がずれていた。だというのに起きた時にはなぜか寝いった時と同じ姿勢に戻っているのは少し不思議に感じる。最後どうやってこの姿勢になるのか、途中から寝直さないで観察しようかと思ったこともあるが、なぜだかいつも眠気が襲ってきてしまうのだった。
マカンは今も俺の服にしがみついて寝息をたてている。起こさないように注意しながら手をほどいて1人で起床した。
朝露が地面を濡らしひんやりとした湿気が漂う中、少し体をほぐしながら周囲を見回した。危険度からいうと森の中やその近辺での野営はあまりするべきではないのだが、朝のこの空気の清涼感はなかなか捨てがたい魅力がある。生まれ故郷に帰ってきたという実感もあわさって気持ちの良い朝だった。
『おはよう、ビィ。昨夜はお楽しみでしたね』
一瞬で色々とだいなしにされた気分だよ。
『まさか息子がこんな小さな子供と同衾だなんて……。母さん、恥ずかしくってもう生きていけないわ!』
『ヨヨヨヨヨ……。私も死んであの世のご先祖様に詫びてこないと』
『うわーん、あんまりよっ。何かの間違いだと言ってっ』
それは俺のセリフだ。美しい思い出の中の両親を返せ。
「……朝っぱらからそんなくだらないこと言いに出てきたのか? というか家の外にも出れたんだな。家に縛られてるのかと思っていたけど」
『村の外には出られないけどね。あと陽の光も長時間あびてると何故だか消えちゃいそうになるから、あまり家から出たくないっていうのもある』
『うふふ。2人ともずっと家に引きこもってるのよ。おかしいわよね?』
いや全然。
「じゃあなんで出てきたんだよ。早朝とはいえもう陽は出てるぞ」
『おまえが起きて、あの子がまだ寝てるのがわかったからさ』
『どうしてもお父さんが1つだけ確認しておきたいって言ってきかないのよ』
「確認?」
『おまえはあの女の子が人間じゃないことを知っていて一緒にいるのかい?』
む。そうきたか。ちょっと意外だった。
マカンは見た目人間の少女にしか見えないのに。
前に一度街に連れて行ったこともあるけど、まず気づかれないのは実証済みだったんだけどな。
「もちろんだ。これに関しては俺たちはお互いに納得したうえで一緒にいる。あれこれ言いたくなるのはわかるけど、悪いが口を挟まないでくれ」
『……そうか。いや、ならいいんだ。おまえが決めたことなら文句はない』
「ああ……ありがとう。そう言ってくれるのは嬉しい」
なかなかマカンの正体を知って冷静に受け入れられる人間は少ないと思っている。それも仕方ないことだとは思うから、ごく少数の知人以外には秘密にしているのが現状だ。
「しかしよくわかったな? 普通わからない筈なんだけど」
『こんな体になってしまったからかな。どうも魔力の波長みたいなのでわかるんだよ』
「そうか」
『ああ。じゃあ聞きたいことは聞き終えたからもう家に戻るよ。やっぱり日中は外にいたくないからね』
『ビィ、2人で末永く幸せになってね』
いやそれは誤解だ。
2人はそう言い残して昇天するように虚空にふぅっと消えていった。まあたぶん家に戻っただけなんだろう。はっきりいって演出過多すぎる。
マカンが起き出す前に軽く剣と槍を交互に持って日課にしている素振りをした。どんなに鍛え上げたつもりになっていても修練を怠ると簡単に衰えてしまう、とは先人の言だ。
なので短い時間でも集中して鍛錬を行うことで勘を鈍らせないように心がけていた。
それが終われば朝食の準備だ。
もう遠慮することなく火を焚ける時間である。枯れ枝を集めて火をつけ、鍋に湯を沸かして簡単にスープをつくった。
マカンの方を見ると俺がいなくなったあと、毛皮の毛布を丸めて両手両脚で抱きついている。なんとなく抱き心地が気に入らないのか寝顔が険しくなってきていた。たぶんもうすぐ起きるだろう。
「……くちゃい」
起きた。
「おはよう、マカン」
「……くちゃい」
「お・は・よ・う、マカン」
「……おはよ、ビィせんせ」
朝の挨拶ぐらいはちゃんとしような。
……あ、俺、父さんたちに挨拶してないぞ。いや、あれは2人が悪い。
◇
朝食を簡単にすませた俺たちは野営跡を片付けて荷物をまとめた。
ひょっとすると今晩もこんな感じで野営する可能性も高いのだが、なんとか今日中に雨露しのげる場所を探すぞという決意もこめてのお片付けだ。もっともたいして時間がかからないからやるんだが。
「じゃ、村を見て回ろうか」
「おけ」
マカンと手をつないで村の中を歩き出す。
両親に見られるとまた何か言われそうな予感もするが、マカンは活発で奔放なところがあるので興味が惹かれるものを見つけるとフラフラといなくなってしまうことがある。土地勘のないところでそれをやられると迷子になってしまうため、それを防ぐために必要なのだ。
この子は手をつなぐのが好きな甘えん坊なので自分から手をほどいたりとかはしないからな。
村と一口に言っても規模は様々。
人数もそうだが、村が保有する畑の面積がそのまま村の規模に直結するため、広いところだと数キロに及ぶ範囲になる。
ただこのロンデ村はそういう意味では非常に小さい。
畑の面積は村人が養える程度でしかないし、森からやってくる野生動物や魔物の侵入を防ぐための柵を張り巡らせる必然性からあまり大きくはできなかったという理由もあった。
それでも俺が覚えている限りでは以前は100人以上の村人が暮らしていた筈だ。家の数は数十はあるし、家同士の距離も離れている。朝早くから動き出したのに全てを見て回る頃には昼をすぎてしまっていた。
「……予想はしてたが全滅か」
「そうな」
無事な家は一軒もなかった。
村周辺の柵も残っている部分の方が少ないぐらいだし、当時の魔物の襲撃による被害状況が容易に想像できてしまう。あの日、俺はよく無事に村から逃げ延びられたものだと本気で思った。
「ましなの」
「……仕方ないかなあ」
だから比較的損傷がましな建物を補修するという案を採用するのはほぼ確定なのだ。
しかしそれにしたって候補が少ない。
住まいを選ぶ上で注目したいポイントは屋根だ。
穴が空いているぐらいならいいのだが、いつ崩壊して落ちてくるかわからないような家には住めない。そのためには比較的屋根の損傷が少ない家を探す必要がある。
魔物の突撃などによってほぼ全ての家の壁には大穴が空いていたりするのだが、屋根自体に突撃かましたりとかいうことはほとんどなかった筈だ。ただ、ならば無事なのかというとそうでもない。
壁や柱が砕け、折れたことによって支えを失った屋根が歪み亀裂が走り崩壊へと至る。だからある意味、そうそうに一部が崩壊して落ちてしまっていた方が屋根全体へのダメージは少なくすんでいる場合もある。
そういう点まで含めて慎重に吟味を進めたのだが、正直補修しても住めそうな家はなかった。
より正確にいうなら人手が足りないのでできる補修も限られている。本格的な修理までは自信がない。
「こいつをなんとかする……しかないかな」
最終的になんとかできそうな気がしたのは――馬小屋だった。
家ですらなかった。
正直もう少しなんとかならないものかと思ったが、もっとも屋根の損傷が少ないのが馬小屋だったのだ。
ロンデ村では馬を数頭飼っていたし、木材の輸送のために馬車の往来が頻繁にあったため馬小屋も複数建てられていた。
馬小屋はもともと吹き抜け構造になっているので屋根自体も軽量に作られていて、壁の損傷も少ない。というか壁自体が少ないのだが。あと床も土がむき出しで雑草が生い茂っている。
しかし屋根を補修するよりも壁らしきものをでっち上げる方が楽なのは確かだった。撤去しなければならない邪魔な破材なども少ない。現時点で住みやすいとはとてもいえない環境だが、ゼロから住まいを構築するよりかは幾分マシだろうとは思う。
正直言えばもう少し良好な物件を希望したい。
しかし屋根と壁のある安心して眠れる環境づくりは急務だ。その2点の確保だけでも野営するよりずっと楽になるのも確かである。ここは妥協すべき案件なのだろう。
「よし、じゃあ次は使える物がないかの捜索と回収だな」
各家々を回って壁や床代わりにできそうな素材の回収や、工具の類がないかも調べたい。他にもここで暮らしていくのに便利そうな物を物色するつもりだ。
他人の家を漁るのは盗賊行為のようでもあるが、すでに15年前に滅んだ村だ。当時生き残ったのは俺以外は数名しかいないし、今もまだ生きているのかも疑問だった。家をあさっても文句を言われることはないだろう。
「ビィせんせっ」
さっそく近くの家からとりかかろうとするも、マカンが強めに服の袖をひっぱって一方を指さした。
「あれほしい」
「……言うと思った」
マカンが指さしたのは村のはずれ近くにある家の方向だ。
そこにある廃屋はかなり崩壊が進んでいるので屋内に入るのも大変そうだが、マカンが目を奪われる物が1つだけあったのである。
蜂の巣だった。
蜂のつくる巣の中に蓄えられる蜜はとても美味な甘露である。お子ちゃまでなくとも大枚はたいて購入したくなるような嗜好品といえる。俺も好きだ。欲しいと思うことに異論はない。
ただ蜂の巣採取は危険だ。
その巣を守ろうとする蜂の大群に襲われることが確定している。
俺は蜂の専門家ではないので種類とか詳しくは知らないが、人を容易に殺してしまうような恐ろしい蜂だっている。兵士時代、10人ほどの複数の部隊に分かれて森の中で行動していた時に1つの部隊が蜂の大群に襲われ、3人の死者を出したことは未だ記憶に残っている。助けにいっても巻き込まれるだけでろくな救援ができないということもあって手出しできなかったのも辛かった。
あの時は蜂の巣を獲ろうとした訳でなく近くを通りかかっただけだったらしいが、奴らは異様に殺意が高い点も要注意なのだ。
そういう経験を踏まえると蜂の巣なんてそっとしておくべきではないかと思う。
幸いこれから住もうと思っている馬小屋からは距離が離れている。注意していれば襲われる事態にはならなさそうだ。
「がんば」
なのに俺が蜂の巣を採るのはすでにマカンの中では確定しているようだった。
……しかたねえ、やるか。