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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第二章 新住人たち
31/108

新旧の住人初顔合わせ①

  ◇


 翌日。

 予定通りオージの商隊は昼過ぎに村をたった。

 慌ただしい出立となったが、この森は夏季の間に雨が降り出すと長雨となって道がぬかるみ森から出にくくなることもあり、天気が良い間にそうそうに動いてしまった方が良いのも確かである。

 不満を口にする商隊の部下たちにそう説明して納得させてくれたようだった。

 戦友たちや商隊の人たちに「またな」と手を振り、姿が見えなくなるまで見送った。




 問題はその後だ。

 残った人員は全部で18人。一気に大所帯になってしまった。

 俺個人としてはもっと少人数でこじんまりとした生活をしていくつもりだったのだが、ジルユードの意向などもあるのだろう。これからはこのメンバーで生活していかなければならない。

 そしてここではのんきに人を遊ばせておく余裕はない。

 オージが届けてくれた物資によって当面は食うに困るということもないが、できれば最低限の自給自足ができる状態までは基盤を作る必要があるだろう。王国内はまだまだ食料が不足気味であり、商隊に頼り切る訳にはいかない。

 住む場所だって必要だ。いつまでもテントを張っての野営を続けさせるのは不味い。年中比較的温暖な方だといえども冬には厳しく冷え込む日もある。屋内で暖をとれる備えがいる。

 まずこの2つを優先して進めていき、ある程度目処がたてばその他に手を伸ばすことにすべきだった。


 ……だがそれより先にすませておくべき案件が一つだけあった。

 厄介な連中を紹介しなければならない。それを考えるとなにやら腹が痛む。

 あの3人をマカンが使役している魔物で無害だから大丈夫とか紹介して本当に納得してもらえるのだろうか。ダメな気しかしない。トラブルが起きる気しかしない。

 騒がれたらどうしよう。あんなのと一緒になんて生活できないと言われたらどうしたらいいのだ。というかどっちの味方をすればいいのだ。俺だった騒ぎたくなる気持ちはよく分かる。


 ああ、ひたすら不安だ。だが先延ばししてもいいことがないのはわかっている。何も知らせずに個別に遭遇されてしまうよりも全員がそろっている場でさっさと紹介してしまった方がいいのは明らかだ。


「うおいビィビィよう、とりあえず村の中を案内してくれよ」


 商隊を見送った後グラムスさんがそう言ってきたのはある意味必然だ。

 そして村を見て回る以上は奴らに遭遇するのも必然なのだ。一応不意の遭遇に備えて外套をはおらせているが、いつまでも隠し通せるものではない。


 俺はふうと一回大きく深呼吸して気持ちを整え覚悟を決めた。


「マカン、あの3人を連れてきてくれ」


「おけ」


 マカンに3人を呼びに行かせる。


「あの3人ってなんだ?」


「ちょっと事情があって昨日は言わなかったが、ここにいるみんなの先住民がいるんだよ。これから紹介する」


「ほほう。そんな連中がいんのかい」


 グラムスさんは多少訝しんでいるようだが、これから紹介してもらえるのなら何か言うのはそれからで良いと思ったようだった。



  ◇


 小屋の陰にボロボロの外套を着た複数人が目に入った。マカンが連れてきたのだ。まんま不審者なので放っておいたらそのうち騒ぎになるに違いない。呼んできてしまったものは仕方ない、頃合いかと思った時だ。


「みんな、集まってくれ」


 そう声を張り上げたのは俺ではなくジルユードだった。

 その声に従い広場にいた全員が集まってくる。


 この村で主導権を握って今後音頭をとっていくのは俺だが、立場上は高位貴族であるジルユードは俺にとっても目上の人間だ。さらにここには男爵家の次男であるエステル・カモルがいる。ジルユード共々にこんな場所には似つかわしくない貴族がいるのだ。

 奴隷たちは言わずもがな。俺だって本来なら畏まって恭しく対応しなければならないような高貴な身分の者が2人もいる。

 だから最初にこの村のありかたを全員に周知徹底しておくのは必要なことだった。


 集まってきた面々をひとかたまりにして座らせ、ジルユードはアルマリスとともに前面に立つ。


「みな知っていると思うが、僕はジルユード・クロインセ。クロインセ侯爵家現当主の姉にあたる者だ。こんなナリだが女だよ」


 男装の麗人であるジルユードは、男勝りではあるが別に男に憧れて女であることを捨てたとかではない。ただ幼少の頃から戦い方を学び実際に戦場に出るような女だ。ならば動きやすい格好を好むのは当然だったし、戦場で周囲に女を強調しないためにも男装に磨きをかけ、今はそれが定着してしまったにすぎない。

 珍しい例ではあると思うが、粗野な男からしたら嫌味なくらいに2枚目なので周囲の反応は好意的だった。


「これから皆が生活するこの村は名をロンデという。そこにいるビィの故郷だ。そしてこれからは名目上僕がこの村の領主となる。名目上といったのは、この村からは当面税の取り立てなども行わないし、村のありかたを決めるのも僕ではなく別の者に任せるからだ」


 そして俺を手招きする。


「この男ビィが実質的な諸君らの上司となる。ここには僕以外にも貴族である男爵家の息子エステル・カモルもいるが、ビィの指示、命令が優先され、エステルも彼に従ってもらう」


 これはかなり異例の告知といえる。戦時中ならともかく、平時において平民が貴族の上に立つなど本来あってはならないことだからだ。

 だがどこからも異論や反論はでてこなかった。エステル・カモルも含めてここに連れてこられる前に予め話が通してあったのだろう。


「なお、昨日僕とビィは婚約した。結婚の次期は未定、ちゃんとした式を上げるつもりもないが破断しなければそのうち夫婦となるだろう。そういうつもりで皆には接してもらいたい。では、ビィ、貴様からも――」


『――待ったああああああっ!!』


 ジルユードから俺が挨拶を引き継ごうというタイミングで乱入者が現れた。現れてしまった。

 その場にいる全員に声とは違う何かが届いたのだ。


「なんだ!?」


 当然場は騒然となる。俺は頭が痛くなった。


『ちょっとダメよ、アナタ!』


「あかんてパパさん!」


 暴走した相手を静止しようという声も聞こえたが手遅れだ。なんでもっと早く止めなかった。


『いいや、これは聞き逃がせないよ。婚約、結婚だって? ビィ、どうしてそんな大事なことを親にまで内緒にしていたんだい!?』


 ボロい外套で姿を隠した怪しげな面をつけた謎の人物が小屋の陰から姿を表し、俺に詰め寄ってきた。

 グラムスさんたちが剣に手をかけて立ち上がったが、そちらには手の平を向けて動かないように静止をかけて牽制した。


『そりゃ話だけ聞いていればおめでたいことだよ。素直に祝福の言葉を贈るべきなんだろう。でもいきなりすぎて納得できないよ。ビィ、おまえいったい何があったんだい!?』


「待て待て、なんでそんなにいきりたっているんだ?」


 今更無関係を装っても意味がないどころか、それをやると俺や貴族に不躾に近寄ってきた不審者を斬り殺さないといけない流れにもなりかねない。正直面倒どころの話ではなくなってきてしまったが、俺は素直に父さんの動きに応じることにした。


『ジルユードさんは確かに美人だ。中性的な格好良さはそりゃあ普通は惹かれるかもしれない。でもビィ、おまえの好みとは合致しない筈だろう!? おまえはもっとおっとりとした可愛らしくて、そしてなにより最も大切なのはお胸の大きな女性が好きな筈じゃないか! むしろおっぱい小さい女性は異性として見れないだろう!?』


 ああまあそうだな、という声がグラムスさんから聞こえてきたし概ね間違ってはいないが、だからどうしたというんだ。わざわざこの場で詰問するような内容か。

 というか俺の幼少期しか知らない父さんになんでこうもしっかり女性の好みを把握されているんだ。まあガキの頃から俺の好みが変わっていないという事なんだろうが。


『だいたいこの前当分結婚も子供も作らないと言ってたばかりだ。これは陰謀の匂いがするね! ジルユードさん、アナタはひょっとしてビィを脅迫するか何らかの手段で正気を失わせているんじゃないのかい!?』


 間違っていないのがなんとも複雑な気持ちになるが、おいおい高位貴族のジルユードにまで魔手を伸ばすな、本当に斬り殺さなきゃいけなくなるだろうが。


「おい――」


「一つ訂正させていただきます」


 父さんとジルユードの間には当然とばかりに側仕えのアルマリスが割って入る。この女は見かけによらず凶暴だ。敵と断定されると不味い。


「ジル様はサラシを巻いて押さえつけているので目立たないだけでお胸は大きゅうございます」


「アルマリス!」


『あれ、そうなのかい? ならいいや』


「いいのかよ!?」


 そこだけがそんなに大事なところだったのか!?

 見ろよ、この場のなんとも形容しがたい訳解んない空気感。どうやって収集つけたらいいんだ。


『いや申し訳ない。息子の事となるとついつい頭に存在しない血が昇ってしまうようで。冷静になってみるととんだ御無礼を働きました。ほら、ビィ、おまえも謝って』


「なんで俺が」


『息子ともども深く謝罪いたします。お詫びに私の骨の一本ぐらいならお譲りさせていただきます』


「いらん」


 そりゃそうだ。何言ってんだこいつ。


「……それよりも、息子だと? どういう意味だい?」


 あ、いかんそこに食いつかれた。


『ああ申し遅れました。私、ビィの父です。そしてあそこにいる同じような格好している片方が妻です』


「なに?」


 どよめきが起きる。奴隷たちはどうか知らないが、ジルユードやグラムスさんたちは俺の両親がすでに死んでいることを知っているからだ。


『つまり将来はジルユードさんの義理の両親になるわけですね』


「なん……だと……」


『パパって呼んでくれてもいいんだよ?』


「いやもういい加減黙れ」


 俺はジルユードにずいずいと近寄ろうとする父さんの首根っこを掴まえて引き剥がした。その際に仮面が外れて骸骨の顔がむき出しになってしまった。なんでもっとちゃんと固定していないんだ!


「スケルトン! アンデッドだと!?」


 ダメだ、事態がどんどん悪化していく。

 グラムスさんが剣を抜いてしまった。さっき静止したのにそれを忘れて臨戦態勢を通り越し、瞬く間に距離を詰めて父さんに斬りかかった。


「待てっていうのにっ!」


 俺は躊躇なくグラムスさんを本気で蹴り飛ばした。


「おいビィビィッ!?」


 まさか俺に蹴られるとは思ってなかったらしく、ろくに反応できずにグラムスさんは地面を転がった。すまないとは思うが非常事態だ。

 そしてジルユードとアルマリスが父さんに攻撃をしかけないかと意識を向けたが、どうやらそのつもりはないらしい。

 ……やっぱりな。さっきから何か違和感があると思ったら、この2人が父さんのことをあんまり警戒していないんだ。もちろんアルマリスは気を抜いている訳ではないが、それにしたって落ち着きすぎだ。

 そしてこういう場でいつも率先して飛び込んでくる不肖の弟子がいやに大人しいのも気になっていた。その答えは概ね予想がつく。


 マカンには後でじっくり話を聞く必要があるだろう。

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