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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第二章 新住人たち
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ジルユードは奴らを観察する

「おおい、パパさんママさん、ちょっと待ったってや。このお二方が言ってるのんてマカンちゃんのことやろ?」


「マカン?」


 また出てきた新しい名前にジルユードが首をひねった。何人魔族がここにはいるというのか。


『まあそうだろうとは分かってるんだけどね』


「マカンちゃんはどこ行ったん? 一緒ちゃうの?」


『あの子ならセイジロウさんに着せる外套を持ってくるって言ってたわよ。あ、ほらあそこ』


 スケルトンの1体が指差した方向を向くとこちらに向けて一人の少女が駆けてきているところであった。胸には黒いボロ布の束を抱いている。恐らく外套だろう。


 なぜこんなところに幼い少女がいるのかとジルユードが疑問に思うも、何か言うよりも早くその少女はジルユードとアルマリスの脇を通り抜けて行こうとした。

 そして石に躓いたのかつんのめった。足元があまりよく見えていなかったらしい。


「あっ」


 反射的にジルユードは手を伸ばしていた。

 少女が倒れるより早くその体を抱きかかえようとし――たのだが、少女マカンは倒れるよりも先に大地を蹴り上げジルユードの腕を飛び越え宙を舞った。

 空中できれいにくるりと一回転し、そしてそのままズベシと顔面から地面に落ちた。両手にはしっかりと布束を抱えたままだが、おかげで両手が使えなかったからこうなったのである。


「…………」


『…………』


「……だ、大丈夫か!?」


「…………わざと……わざとぉっ」


『いやマカンちゃん、そこは強がるところじゃないから』


『大丈夫? 怪我してない?』


 マカンはすっくと立ち上がる。少し涙ぐんでいるが大きな怪我はしていないようでジルユードとアルマリスも少々ほっとした。漫画などなら喜劇的な落ち方だが、実際には顔面や首の骨を折りかねない危険な落ち方だったのだ。

 膨大な魔力を持つマカンは、そこらの人間が常に頑強な鎧で身を守っているに等しいぐらいには頑丈である。ゆえにこの程度で怪我などはしないだが、着地に失敗したことで心に傷を負ってしまったようだった。


「いまのわざとだからっ。つぎはうまくやるからぁっ」


 この発言にどこからも突っ込みが入らないのは恐らくみんなの優しさからだろう。


『ああうん、そうだね。さ、マカンちゃん。せっかく持ってきてくれた物をセイジロウ君に渡しておあげ』


「ぐすっ、ぐすっ。……おっちゃん、はいっ」


「ああ、おおきにな」


 セイジロウも空気を読んで笑顔でそれを受け取るのだった。

 ちなみにおっちゃん呼びは何度注意してもその場では謝罪するのに一向に改善されないのですでに諦めている。教育者には物申したい気分だ。


「でもこんなくっそ暑いのにホンマにこんなの着なあかんの?」


「ビィせんせんがきろって。ひとまえにそのままでるなって」


『ちなみにお面も預かってるよ』


「顔まで隠さなあかんのかあ……」


「みられたら、ビィせんせにおこられる」


「せやなあ。でもなマカンちゃん。実はもう見られとんねん」


「…………?」


 そう指摘されてマカンは恐る恐る後ろを振り返った。ようやく先程から近くにいる二人に意識が向いたのだ。


「みられたぁっ!」


 また少し涙目になった少女を見て、ジルユードは申し訳なく感じると同時になんだか可愛いなあと思ってしまった。



  ◇


「ジル様、先程の話の流れからするとあの少女が魔王候補ということになりますが……」


「人間にしか見えないね。一見しただけでは人間と区別がつかない魔族がいるらしいという噂は聞いたことがあるが、実際に見たことはなかったし見たという人物にも会ったことはなかった」


 本当に魔族なのだろうかという疑問が当然湧く。ひょっとしたらビィは人間を魔王候補に擁立しようとしているのではないかとも思った。そんなことが可能なのかどうかはともかくとしてだ。


「しかしそうであったとしても普通の少女ではあるまいよ。ただの子供が魔王になれるわけがないからね」


 魔王がどのようにして決められるのかは知らないが、魔族が実力主義であることはわかっている。血筋が関係ないというのであれば他の魔族を納得させられるだけの力は必要なのであろう。


「……勇者の子供? いやさすがに年齢があわないか」


 そんな可能性も考えてみたが、勇者が召喚されたのは3年ほど前のことだ。立場的に女に不自由はしなかっただろうし子を残していてもおかしくはないが、少女の年齢ほど大きな子供がいるはずもない。


「……ビィ様の子供ということはありませんか?」


「年齢的になら絶対ないとは言わないけど、それだとやっぱり普通の人間ということになる。奴は優秀だが人間の域を飛び出るほどではないんだ。……だが、まあ、うん。こんなことを考えるのは野暮かもしれないね。あんな連中と仲良く接することができるからこそ魔王を目指す資格があるのかもしれない」


 視線の先では緑の魔族とスケルトン2体に少女の計4人(?)が円陣を組んで何やら相談を始めだしていた。最初こそ得体のしれない魔族たちの近くにいる少女を引き離した方が良いのかもしれないと感じたが、不思議と悪い空気が流れていないことにはすぐに気がついた。

 どういう関係かはわからないが、何かしらの仲間意識をもった集まりであるのは確かだろう。


「ジル様。あの者たちは人目に姿を晒してしまったことを隠したい様子。場合によっては卑劣な手段にでることも考えられます。一旦ここは離れましょう」


「いやアルマリス、言いたいことはもっともだがその必要はないと見た」


 目撃者が邪魔になるならなんらかの方法で口を封じようとするのは当然の思考だ。そこには殺害といった悪意ある行為も含まれる。護衛であるアルマリスが警戒するのは当然だった。

 しかしジルユードはそのような心配をしていなかった。

 悪意に対しての警戒が薄く甘いと言われればそうであろう。

 だが少しだけ顛末が気になったのだ。見られたと涙目になっていた少女がこの後どのような対応をとるのかが。


「ちょっとだけ面白くなってきたと思わないかい?」


 どうやら主人が魔王候補の少女に興味が湧いてきてしまったらしいことを察し、アルマリスはそっと嘆息した。




 一方でマカン・グループ。相談の結論が出たようで、円陣を解いてジルユードたちの顔色を伺うように恐る恐る揉み手で近づいてきた。ジルユードは愛想笑いのつもりなのか卑屈な笑みを浮かべているセイジロウに不気味なものを感じて一歩後ずさった。


「おねがい」


「ほう……」


 第一声を出してきたのはマカンと呼ばれた少女だった。てっきりセイジロウが何やら言ってくるのかと思っていたが、少女の可愛らしさを前面に出してくる作戦にでたようだ。


「わいろ? でみなかったことにしてください」


「賄賂とはまた露骨にでたね」


 少し苦笑したジルユードだったが、アルマリスが心配していたような強硬手段には出てこないようで少し安心していた。

 元よりジルユードは立場上ビィの事情を理解して支援する側である。ビィに対しての不信感などは拭えていないが、セイジロウやスケルトンたちのことを商隊の面々に吹聴して良からぬ噂を広めるつもりなど毛頭ない。だからこそ余裕をもってマカンたちに接することができていた。


「それでお嬢さん、僕にいったい何を差し出すと言うんだい?」


「これ……」


 袋から取り出されたのは虫だった。ウネウネと活きが良い青虫だ。


「あなたジル様になんてものをっ」


「いや、アルマリス。戦場では食糧難の折りにこういったものを食べる場合もあったと聞く。我らにその機会が無かったのは幸運だっただけだ。だからといって食べたくはないが……」


 どうやら不評なようだとマカンはしょんぼりとしてしまった。そして一度出した虫を袋に戻すのも面倒とばかりにむしゃむしゃ食べてしまう。


「……前から思ってたんやけど、マカンちゃん、それって美味いんか?」


「まずい」


「不味いんか……」


「おっちゃん、たべる?」


「遠慮しとくわ。せめて美味しい物を勧めてくれへん?」


「うまいのはあげない」


「…………」


 今度ビィに指導方針について文句を言ってやろうと思うセイジロウだった。




『ふふふ。マカンちゃんの賄賂を退けたか。しかしあの子は我々四天王の中で最年少。マカンちゃんはまだ視野が狭いからね。最初から本命は私だったのさ』


 マカンの差し出した賄賂が拒否られたのを受け、次は自分の番だとばかりに出てきたのはスケルトン夫婦である。

 マカン以上に物など持っていなさそうな二人だがその顔は自信に満ちていた。当然誰もスケルトンの表情なんてわからない訳だが。


『はい本日の賄賂は――ジャジャン! これ!』


『ア、アナタ……それを出しちゃうの!?』


 その骨の手の平に握られて差し出されたのは別の一本の骨だった。


「……なんのつもりだい?」


『おっと呆れないでほしいね。一見するとただの人骨に見えるかもしれないけどそうじゃないんだ。なんとこの骨はね……私の骨なんだよ』


「…………なんだって?」


『実は今私の体を構成している骨は元々他人の骨だったみたいなんだよね。それも一人二人じゃなくてもっと複数人分が入り混じってるみたいで、ところどころ太さもまちまちだし、動きもぎこちないからおかしいなあとは思ってたんだ。だけど最近になって見つけたのさ。自分自身の骨をね』


『やっぱり自分の体ってわかるものよね』


『残念ながら魔物にでも食い散らかされたのか見つかったのはまだほんの一部なんだ。でもね、これは私にとって間違いなくかけがえのないものでね。これを他人に譲るというのは文字通り身を切るようなものなんだ。……わかるだろう?』


「わからないからそんな物欲しくないよ」


 ジルユードはバッサリと切り捨てた。当然である。


『そんな物だって!? 本気で言っているのかい!?』


「だいたい貰ったところでどうしろというんだ……」


『そりゃ部屋にインテリアとして飾るとか、夜寝る時に抱いて寝るとか用途は多岐に渡ると思うんだ』


『待って! 抱きかかえて寝て欲しいとか、それって浮気!?』


『ば、馬鹿っ、そんなんじゃないよ!』


「…………」


「……ジル様。私少々アンデッドというものがわからなくなってまいりました」


「僕もだよ」


 2人の反応はしごく当然のものである。

 このやりとりで理解できたという奴がいるならそうとう頭がおかしいだろうとジルユードは思った。

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