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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第一章 ビィとマカン
19/108

未知との遭遇①

◇◇◇◇◇◇



  ◇


 魔獣と遭遇した翌日。

 マカンは一人で川にでかけてきていた。

 保護者であるビィは今日は小屋で療養している。先日の魔獣との戦いで使った『超加速』の魔術は鍛えられたビィの体にもかなりの負担を強いるため、魔術を使った翌日は余裕があればゆっくり休むことにしているのだ。


「…………つれぬ」


 朝から川に釣り竿をもって出かけたはいいものの、昼過ぎになっても釣果はゼロであった。

 マカンは釣りはやったことはあるが得意ではない。落ち着きのある子ではないので、こうやってじっとひたすら魚がかかるのを待つのが苦手なのだ。

 川辺に腰を降ろし水面をパチャパチャと足で蹴って不満を表す。流れの強い川ならいざしらず、比較的おだやかな川でのこういう行為がよけいに魚を遠ざけているのだが、止める者が誰もいないのでどうにもならなかった。


 今日はビィが小屋の中でゴロゴロしてる日なので最初は一日勉学に励もうという提案がされたのだが、雨が降ってる訳でもないのに引きこもるのは嫌だったマカンは逃げ出そうとした。

 それなら魚を釣ってきてくれ、というのが交換条件としてビィから出された本日のミッションだ。

 適当に何匹か釣ってしまえばあとは自由時間。そう考えてすぐに了解してしまったマカンは迂闊であった。


「……えさわるい?」


 何度目かの糸の先の確認であった。

 釣り糸の先に針に刺されてぶらさがっているのはそこらの石の下にいたミミズの仲間の小さな虫だ。この川にいる魚は片手でもつかめるぐらいのサイズなのであまり大きな餌には食いつかないだろうが、これぐらいの虫なら食べられないことはないだろう。

 だが未だに食い逃げはおろか一度も食いつかれた形跡もない。


「まずい?」


 そう思ったら試しに食べてみるのが野生児マカンである。


「……ねっちょりしていてそれでいてこくがない」


 食をそそる論評ではなかったが、マカンの結論は一応食べられる、だった。

 マカンの味覚と魚の味覚が一緒の訳がないのだが、マカンは餌に問題はないと判断した。

 ここいらの魚は川底の藻などを主食としているものが多いが虫を食べるものもきちんといる。しかしそれらの魚は水の動きの大小で餌か敵かを察知するので、マカンのような落ち着きがない釣り方をしていても寄ってこないのであった。


「……げせぬ」


 そう言いながらまたパチャパチャと水面を蹴る。

 少しは落ち着きをもって挑むということを知って欲しい、というビィの狙いは今日も達成されそうになかった。



  ◇


 いい加減マカンが飽きてきて、いかに釣る以外の方法で魚を獲るかという方法に考えが傾きだしていた頃、妙なものをマカンは発見した。


 川上の方、距離としては20メートルかそこらだろう。そこに見たこともない奇妙な生き物がいた。

 2足歩行の人型だ。

 全身は緑色で頭部には髪らしきものも見える。だがその頭頂部は禿げ上がり、陽光を眩しく反射している。さらに特徴的なのは鳥を連想させる尖ったクチバシに、背中には大きな盾のような何かを背負っているように見えることだ。

 挙動は不審で落ち着きなくキョロキョロと辺りを見回している。


「あれ、まぞく……?」


 疑問系だった。マカンの目はその謎の生物が平均的な人間よりも大きな魔力を持っていることが見えていたが、それでもマカンの同族ほどではない。

 この大陸の人型の生物は大別すると人間と魔族に分類されるので人間とは思えない以上は魔族なのだろうが、マカンは魔族の中での別種族に関してはそれほど知識をもっていなかった。

 まずマカンの知らない魔族で良いのだろう。しかしならば友好的である、とは限らない。なぜならばマカンの故郷は他の魔族の襲撃を受けたこともある。だからマカンがすべきは警戒しつつ観察することだった。

 いざとなったら村に走って戻ってビィを呼ぶ。

 安全を第一とするなら今の時点で村に戻るべきなのだが、あいにくとマカンの中にそこまで未知の脅威を恐れる思考はなかった。この辺りの判断が甘いのはビィの指導不足と言える。


 そうやってマカンが緑の魔族の動向を見守っていると、相手もマカンのことに気がついたようだった。

 しばらく目があった緊張した状態が続いたが、相手の方がしびれを切らしたのか先に動き出した。

 大きく手を振りながらゆっくりとマカンの方に向けて歩いてきた。警戒しないでくれという意思表示のようだ。

 だからといって警戒しない訳にもいかない。マカンは今は武器は短剣しか持っていないが、いつでも抜けるように位置を確認しておく。いざとなれば川辺であるなら魔法を使ってもいい。

 そうやって身構えていると緑の魔族は躊躇することなくどんどんと近付いてきていた。

 マカンは見た目ただの人間の少女だ。物騒な大きな武器の類も見えないので相手からしてみれば変に恐れる必要もなさそうだからだろうか。

 ただ魔族と人間の関係性を考えれば、人間に友好的に接してくるのは少々不自然でもある。マカンはそのことを念頭に、警戒心を緩めることなく緑の魔族と向かい合った。


「やあやあそこなちいこいお嬢ちゃん。ちょいと道を聞いてもええかな?」


 そんな警戒心などいざしらず、緑の魔族は少々変わったイントネーションの口調で案外気さくに話しかけてきた。


「みち?」


 村に行きたいのだろうか、とマカンは思った。

 そういえばもうすぐ先生が知り合いの行商人がやってくると言っていた覚えがある。ひょっとしたらこのおかしな魔族がそうなのだろうか、などと考えたことをビィが知ったら恐らくまた説教されたことだろう。


「そうなんや。ワイどうも道に迷うてしもうたみたいでな。気がついたら見たこともないとこ出とったわ。カワシノ町いうとこ行きたいんやけど、どっちか知っとる?」


「カワシノまち……。しらぬ」


「ありゃ? なんや知らへんのか。あんなでかい商店街のある町ここらじゃ珍しい筈なんやけどな。まあええわ。そんなら交番の場所だけでも教えてくれへん?」


「こうばん……? しらぬ」


「え? マジか? 交番もないんか? ああ、ちゃうねんちゃうねん。ゴメンな、交番いうのはうちらの村の言い方やったかな。確か人間の町じゃなんて言うんやったか……。あー、あれやお巡りさんがおるとこ教えてくれへん?」


「おまわりさん……?」


「あれ、これもわからん? 参ったなあ。なあお嬢ちゃん、ほんじゃ大人の人がいるとこ連れて行ってくれへん? 近くに住んどるんやろ?」


「おとないる。ビィせんせ」


「せやろ。ほな頼むわ」


「……おけ」


 マカンはこの変な口調の緑の魔族を素直に連れて行っていいものか少しだけ悩んだが、ひょっとしたらビィの客かもしれないと思ってしまったのでそれに頷くのだった。

 一応は何かあった時、ビィと一緒にいた方が心強いと思ったからでもあったが。



  ◇


「なんやさびれたところやな? あっちこっちボロボロやん。何があったん? というかカワシノ町との間にこんな所があったなんてホンマ知らんかったわ」


 若干距離をとりつつも、普通に会話ができるぐらいの間合いでマカンと緑の魔族は連れ立って村までやってきた。その時の第一声だ。


「なにが? せんそう?」


 この魔族は何を言ってるのだろうかとマカンは思う。村を滅ぼしたのは魔族だ。確かにこの村が襲われたのはマカンが生まれるよりも前。緑の魔族の年齢はよくわからないが、ひょっとしたらまだ生まれていなかったかもしれない。それでも戦争自体は2年前まで続いていたのだ。人族の国、リーン王国にその痕跡が色濃く残っているのは当たり前である。それを知らないというのはありえるのだろうか。


「はあ、戦争? …………は? 戦争!? それいつの話やねん!? 爺ちゃんたちの世代やないか。カッパ王国の未来を切り開くための戦いやーいうてたけど、実際にはくっそくだらん理由やったらしいけど」


「…………?」


 どうしてこんなにも話が通じないのだろう。少し前まであった人間と魔族の争いも知らないような口ぶりにさすがにマカンも何かおかしいと思いだした。いや、最初から違和感ばかり感じていたので今更でもあったが。


「ああ、知らんか? 歴史はちゃんと勉強しとかなあかんで。過去いうのはこれからの未来に失敗せえへんための貴重な資料やからな」


「れきしはむずい」


「まあそうやな。覚えることいっぱいあるもんな。歴代の偉い人の名前とか事件とかな、ワイもよう覚えてへんわ。トクガッパ将軍20代全員の名前とか、一字違いとかでほとんど同じやん。もっとわかり易うせえ言うねん。なあ?」


「…………」


 話についていけない、ということはよくわかったマカンだった。


「でもこんなとこにホンマに人住んでんの? なんやろう、ここひょっとして隠し村かなんかなん? ワイちょっと不安になってきたわ。できれば人間やのうて河童仲間がいるとこがよかったなあ。でもおらなさそうやなあ」


「かっぱ、まぞく?」


「魔族て……。お嬢ちゃん、ちょっと偏った教育受けてへんか? そりゃ人間からしたら妖怪いうのもようわからんとこあるとは思うけど、もうずっと長いこと交流しとるんやから変な呼び方すんのやめてえや。……なあ、ひょっとして河童見たことないん?」


「ない」


「マジかあ……。ホンマなんやねん、なんでカワシノ町みたいな都会に来る途中でこんなド田舎に来てもうたみたいなことになっとるんやろ。ホンマなんやねん」


 マカンの受け答えに緑の魔族はいちいちショックを受けているようだった。それはマカンにしても同じことで、どうにもこの魔族のいうことは全くもって理解し辛い。

 妖怪というのはなんだろうか。魔族の中には他の種族と同列視されることを嫌い、独自の呼び名に拘る種族もあると聞いたことがあるが、そういうことだろうか。などと考えながらも、マカンはこの緑の魔族にだんだんと興味がわいてきていることを自覚していた。


「かっぱのおっちゃん、ここ」


 そうやってお互いよくわからない会話をしながらビィと一緒に住んでいる小屋の前までやってきた。


 おそらくビィはすでに自分たちに気がついているだろう、とは思ったがそれは口には出さなかった。この緑の魔族がおかしなことをしようものならビィは即座に行動に出る筈だ。それをわざわざ教えて警戒させる必要などない。


「おっちゃんはやめてえな。ワイまだ20過ぎたとこやで。そりゃ姉ちゃんのガキどもにはおっちゃんおっちゃん呼ばれるけど、他の子にそう呼ばれたら普通に傷つくわ」


「ごめん……」


「ええんやで。ちゃんと謝れんのはええ子やな。……そういやお嬢ちゃん名前なんて言うんや?」


「マカン」


「マカン言うんか。変な名……やのうてええ名前やな。わかるわ、キラキラネームいうやつやな。最近そんなんばっかりや。でも気に入らんかったらお役所行ったら変えられるからな? 一応覚えておきな?」


「…………?」


「ああ、ワイか? そやな、マカンちゃんに名乗らせて名乗らへんのもおかしいわな。ワイはセイジロウや。タガッパ・セイジロウいうねん」

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