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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第一章 ビィとマカン
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魔獣①

  ◇


 森の中を進むことしばらく。


『だいぶ近づいたね。わかるよ』


『そうね。だいぶはっきりと気配を感じるようになってきたわ』


「……正体はまだ不明だけど、これだけの距離があって何かを感じることができるっていうのはすごいな。父さんたちは感知系の魔術が使えたって訳じゃないよな?」


『魔術とか習ったこともないしねえ』


『勘は鋭い方だったと思っていたけれど。でも生前感じたようなこともない気配だし、自分でも知らなかっただけ、というよりもやっぱりこの体だからかしら?』


 スケルトンの生態なんて知らないしなあ。

 ただアンデッドは人間と違って肉眼はもとより5感そのものが失われている場合も珍しくない。その状態で行動できるのだから人間とは違う探知能力が備わっているのは間違いないのだろう、きっと。

 両親に世界がどんな風に見えていてどんな風に感じるのかレポートとれば喜ぶ学者がいるかもしれないな。


 などとのんきなことを考えていられたのもそこまでだった。


『ビィ! 動き出した!』


『これ、こっちに近づいてくるわよ!?』


『恐らく私たちに気がついたんだね!』


「距離は!?」


 唐突にあがった警戒の声に俺は剣を抜いて身構えた。向かってくるということは相手は襲ってくるつもりか?


『正確じゃないけどまだ数100メートルは離れてる気がする。いや、すごい速さだすぐに来るぞ!』


「一旦下がれ! もっと広い場所の方が迎え討ちやすい! 走れ!」


 俺の指示で全員が走り出した。

 両親スケルトンはさすがに生前のような速度では走れないらしいが、それでも踵を返す行動自体は俊敏だ。足を引っ張られないで助かる。

 先頭はマカン、最後尾を俺が務めて全力で100メートル程走り、森の中でも木々の茂っていない広い場所まで移動した。


『向こうの方が早いね。半分は距離を詰められた』


 父さんの示す方向からバサバサと鳥が飛び立つのが見えた。何かが移動するのに合わせて慌てて逃げ出した鳥たちのようだ。


「マカン、見えるか?」


「みえぬ」


 この距離にまで寄ってきている存在の魔力が見えないのか。小動物ならともかく、移動速度やこちらを感知した能力からいっても小物とは思えない。やはり魔獣か?


「じゃあ魔力視には頼るな。他の感覚を研ぎ澄まさせろ。不意をうたれるのだけは絶対に避けろ」


 魔力を持たない相手には通常の気配の辿り方に拘ると不覚をとりかねない。マカンにはそれだけは避けるように注意を促す。


「おけ」


 槍をがっしりとかまえたマカンからはいつも通りの返事がくるが、最近のこの子を見ていると本当にわかっているのか少し心配になった。


「基本的に魔獣は俺が相手をするからな。マカンだけじゃなくて父さんたちも身を守ることを優先に考えてくれ」


『わかった』


『ふふふ。ビィがどれだけ強くなったのか、次期魔王の父さんに見せてごらん』


「――まおう!?」


「いらん反応するな!」


 斧を構える母さんと家宝の魔剣を構える父さん。2人の技量は不明だが、俺より上とは考えられない。生前はとても大きな存在だった両親だったし、ただのスケルトンとも思えない存在感を持っているのでそこらの兵士に比べると強い可能性はある。

 しかし、2人がどれだけ強くても俺より上とは思えなかった。

 だてに魔族との戦争に長く深く関わって、今なお生き延びている訳ではないのだ。




 魔獣と一言でいってもその生態はさまざまだ。

 魔素をとりこんだことによる突然変異によって生まれた魔獣は、あらゆる生物から発生する可能性がある。したがって母体となる生物の生態が基となっている。

 魔王によって生み出される魔物は魔力の塊が形をなすことで虚空から出現すると言われており、つまり繁殖によって増える生物ではない。中にはオスとメスが存在して交配しだす種も存在するが、基本的には自然発生するものだと言って良い。


 一方で魔獣は全て繁殖によって生まれる。

 魔素をとりこむことができるようになる可能性があるのが、まだ生まれる前の弱い体の新生児しかいないからだ。

 つまりそこら辺の動物が突然魔獣と化すのではなく、赤子として出産、もしくか卵から孵った時点ですでに魔獣なのである。

 生態が母体にひきずられる以上は成長速度もまちまちだ。例えば人間のように大人になるまで長い年月を必要とする生物が母体ならば、強い力を振るえるようになるまでにも相応の時間がかかる。

 だから将来脅威となりうる魔獣だろうとも、生まれたてであればそれほど怖いこともない。

 もし両親が感じたのが魔獣だったとしても、それが生後すぐに感知してくれていたとしたなら討伐難易度は低くなる見積もりだった。


 しかしやはり甘かったようだ。


 距離が近付くにつれ、俺にもその気配というか存在感を感じられるようになってきた。でかく力強い何かが木々を揺らし俺たちの眼前に現れた。



  ◇


 ガサリと音を立てて眼前の木の枝の上にそいつは立っていた。

 姿は全身長い毛だらけの2足歩行の生物。少し腰や長い手足が人間よりも曲がっており、身を縮めて行動することに向いているような形態をしていた。ちらりちらりと見える細長い尻尾は2本あり、普通の獣ではないことを表している。

 そんな獣が今にも飛び出そうな赤く染まったかと思えるほど血走ったギョロ目でこちらを睨みつけてきていた。


「……猿か」


 中でも大型の猿なのだろう。その大きさはすでに俺と大差ないサイズにまで成長している。これがすでに成長しきっているのか、それともまだ大きくなるのかはわからないが、今でも十分脅威になりうる大きさだ。


 元々猿というのは人間よりも握力と腕力が強い動物だ。木に捕まり手足で体重を支え続けながら飛び跳ねることすら可能とするのはその力によるからだ。人間大の大きさの猿ならば仮に本気で握手でもしようものなら容易にこちらの手を握りつぶせてしまうだろう。

 理想を言うなら接近されるまえに遠距離から仕留めてしまうのが良いのだが、生憎こちらにはそういった攻撃手段がない。油断なく身構え木上の相手の出方を待つ。


「ホォ! ホォ! ホォ!」


 そうしていると猿の魔獣は口をすぼめて甲高い声で鳴き声をあげた。

 それと同時に――大気が震えた!


『ビィ!』


「避けろ!」


 口から何かを吐き出した。いや、射出したのだ!

 それは視認し辛いほどの小さな何かだ。それが強弓の矢の如く飛来し、俺たちが飛び退いた後の大地に穴をうがった。地面にはっきりわかる程の穴をあけるなんて、そうとうな威力だ。まともにくらってはただでは済まない。


「ホォ! ホォ! ホォ!」


 奴はそれを溜めもなく連発してくる。


「わっ、わっ、わっ」


「マカン! 木の陰に入れ!」


 広い場所の方が対処しやすいと移動したのが思いっきり裏目に出てしまった。視界の悪い場所で強襲を受けるのは避けられたが、相手に遠距離攻撃手段があるとなると話は変わってきてしまう。


『ビィ! お前も逃げなさい!』


「俺は大丈夫だ!」


 父さんも退避行動をとりながら俺を心配してきてくれるが、これぐらいであれば避けられる。数度の射撃で猿の口の向きから射撃方向を読めることがわかったからだ。ならば俺は前に残って相手の注意を惹くべきだ。

 かといってただ突っ立っているだけというのも能がない。

 俺は足もとの小石を拾って魔獣に向けて投擲した。

 投石のコントロールには自信があるが、じっくり構えて投げた訳ではなかったので速度は鈍った。ひらりと避けられてしまった。


「ホォ! ホォ! ホォ!」


 だが注意はこちらに向いたようだ。口から射出される攻撃が俺に集中しだした。


「ホォ! ホォ! ホォ! ――ホォホォホォホォホォホォホォホォホォホォホォホォホォホォ!!」


「多すぎだろう!?」


 俺めがけて無数の弾丸が襲いかかってきた。さすがに射線を見切って避けるとかそういう場合ではなくなってしまい俺も大きく動き回って的を散らす。一発一発の面積が小さく、高い角度から打ち出されているからなんとか――避けられる! これが平面を埋め尽くされていたらどうなっていたことか。


『ビィ!?』


 あ、やばい、父さんたちの方まで逃げてきちまったよ。

 猿の乱射範囲に父さんたちが入ってしまったのだ。


「ホォホォホォホォホォホォホォホォ!」


『あーっ!』


『ちょっと待ってぇ!?』


 父さんたちがこの弾丸の嵐を全て避けきれる訳もなく何発かの直撃をくらってしまった。

 と、そう見えたのだが……


「ホォホォ……ホォ?」


『あ、あっぶな! 隙間、骨の隙間を何か通ったよ!?』


『母さん骨が一本折れちゃったわ! 痛くないけど、これ治るのかしら!?』


 意外と平気そうだった。

 この手の攻撃とは相性いいんだなスケルトンって。


「キィィィィィィィィィィィィ!!!」


 猿の魔獣はどうやら苛立っているようだ。

 あの射撃乱舞は集団の中に撃ち込まれでもしたらどれだけの被害がでるかわからない恐ろしい攻撃手段だ。しかしそれが通じない相手にこの猿はどういう手段にでるのか。


「アアアアアアアアアアアアア!!!」


 突如猿は木を飛び降りた。

 いや、なんだ!? 木の上にも残っているだと!?

 一匹しかしないように見えたのに、気がつくと2匹になっていた。そしてそのうちの1匹が俺に向けて突進してきた。

 来てくれるなら好都合だ。これを迎え討つ。

 だが俺は木上に残っていたもう一匹の挙動も見逃す訳にはいかなかった。こいつがさらに射撃をしかけてくるのか、それとも――動いた!

 木の裏に回ったが、飛び跳ねるのが見えた。別の木へと飛び移り、そこからさらに連続で飛び回り移動を続けている。

 俺が猿を目で追えたのはそこまでだ。素早く前に出て剣を一閃した。愚直にまっすぐ突き進んできた猿に鋭い一振りを叩き込む。

 すると俺の剣は猿の体をすり抜け、そして猿の魔獣の姿がかき消えてしまった。


『幻覚か!? 狙いはあの子だ!』


 幻影による分身みたいな能力だったのか! こちらは囮だったのだ。


 恐らく本体だろう猿が、俺たちが走るよりもずっと早い速度で木々の間を跳んで向かった先にいるのはマカンだ!


『マカンちゃん! 逃げて!』


 母さんの悲鳴にも似た声にマカンも一度は逃げようとした。しかし移動速度が違いすぎる。背中を見せるよりも正面から迎え討つことを選択したのは勇敢ではあった。だが無謀だった。

 木から飛び降り駆け寄ってきた猿にめがけてマカンが槍を突き出す。その速度は咄嗟にとった行動にしては素早く的確だったが、猿の魔獣にしてみればなんの脅威でもなかったようだ。


「!?」


 猿は片手でマカンの槍を掴んで一瞬で外側へ穂先の向きを変えた。


「!!」


 マカンの眼前で真っ赤な炎が膨れ上がる。俺が森の中では使うなと厳命していた炎の魔法を危機感から発動してしまったのだ。だがとんでもないことにそれも通じなかった。


「ウホォ!」


 膨れ上がったように見えた火炎が一瞬で魔獣の口の中に吸い込まれてしまったのだ。


「あああ!?」


 もはやマカンには打つ手がなかった。

 魔獣は牙を剥き出した大口を拡げながらマカンに躍り掛り――やらせんっ!!

 次の瞬間、およそ10メートルの距離を刹那で駆け抜けた俺の剣の一振りにより魔獣の頭部が宙を舞った。


 鮮血が飛び散る前に頭部を切り離された胴体を蹴り飛ばしてマカンから引き剥がす。近くの木にぶちあたった体からは首のキレイな切断面からおびただしい量の血が吹き出した。


「木から降りた時点でおまえの負けだ」


 俺は猿の死体に向けて思わずそう呟いていた。

 ……まったくヒヤヒヤさせてくれる。

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