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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第一章 ビィとマカン
15/108

食べられるかな?

  ◇


「マカン、迷子になるなよ」


「おけ」


 今日は昼過ぎからマカンと森に入っている。

 肉は先日とった猪と熊の肉が豊富にあるので狩猟が目的ではない。

 危険な動物がいないかどうかの見回りも兼ねているが、メインとなるのは野草の採取だった。


 森の植物というのはよく知れば生活を助けてくれる物が豊富にある。逆に知らないとうまく活用できないどころか、毒によって被害を被るものも少なくない。そういった知識を教えるために今日は森までやってきた。


「まず覚えないといけないのは食える物とそうでない物だな。この見分けがつくかどうかで森の中での生存性がずいぶん変わってくる」


 食える物か食えない物かの区別ができなければ目の前の宝にすら気付かないことになってしまう。それはもったいない。

 ここまでの道中マカンには事あるごとに山菜などの種類や食べ方の指導をしてきたが、植物の種類というのは多岐に渡るので教え尽くすにはまだまだかかる。特に場所が変わると生えている物も変化するのでさらにだ。


「特に注意しないといけないのはこういうやつだ」


 俺はまとまって群生している野草を2つちぎってマカンの前に出した。


「これは食えるやつだ。そしてこっちは食えない。毒がある」


「……おんなじ?」


「いや、こっちは葉の形状が少しだけ丸まってるだろ? わかんない? いや、こっちのは尖ってるし、ギザギザの数が心なし多いだろ?」


「…………?」


 マカンは眉をしかめて首をひねる。2つを何度も見比べて――ああこらっ、食べてみようとするな、毒あるって言ってるだろ!

 やっぱり見分けがなかなかつかないようだ。まあここでわからないのにわかったみたいな反応するよりずっと良い。


「見分けがつかないならそれでいい。元々この2種類は混ざり合って生えてるから、見分けがつく筈の人間が注意して選別した気になってても毒のあるのも取っちゃうこともあるからな。だからよっぽどの事がない限りこいつには手を出さない方が良い」


 山菜の中でもわりと味わい深い方なんだが、量を食べようとすると逆に食えなくなる。毒物が混じっている可能性が跳ね上がるからだ。なんていやらしい植生しているんだろうな。

 ただこういった植物は他にもいくつかある。覚えておくべきは、微妙に違う似たような植物が混在しているのならどっちかが毒ありの可能性が高いので要注意というところか。


 俺はこの手の山菜やら野草の正確な名前はほとんど知らないが、それが食えるかどうかに関してはそれなりに詳しい。

 なにしろ戦時中は飢えに苦しむなんていうのは珍しくもなんともなかったからだ。

 味方とはぐれて孤立し山を彷徨うこともあったし、大部隊であるにもかかわらず補給線を断たれて兵糧攻めにあったこともあった。

 単純に王国内で残された領土での作物の実りが悪く、王国全体が飢餓状態に陥ったこともあった。戦時中は魔族や魔物に殺された者は当然多かったが、飢えで死んだ者も少なくなかったのだ。


 そんなだったからとにかく食える物を貪欲に探した。時に毒性の物を口にして死にそうな目にあったり、実際に死んだり今でも後遺症に悩まされている戦友も何人もいるが、それでもそうやって実地で知識を蓄積していったのだ。

 魔物も美味しく食える種類なんかには詳しくなってしまった。時期によっては大群に襲われたのに逆に喜んだぐらいである。あの時は末期だったのだ。


「じゃあマカン、少しこの辺りで食べられると思った物を採って持ってきてくれ。ああもちろん口には入れるなよ。物によっては触ったりしただけでも手がかぶれる奴もあるから手袋も外すな。ちゃんと食える物を確保できたらそれが今日の晩飯だ」


「おけ」


 マカンが適当に採取している間、俺は周辺の警戒だ。マカンは気配に敏感ではあるが、何かに集中していると別の何かは見落としがちになる。

 肉食動物は近寄って来にくいとはいえ、まだ黒ウサギの恐怖を知らない奴がたまにやってきたりはするだろうし、先日の猪や熊のように警戒すべき獣もいる。猿なんかも油断ならない。軽快に近寄ってきて荷物を持ち逃げすることがある。奴らは野生の盗賊だ。

 それでもこういった大きな獣なんかは発見しやすいからまだいい方で、蛇とか虫とか小さな生き物でも危険な生き物もいるので注意したい。


「つかまえた」


 まあこの子、蛇とか虫とか素手でも平気でとっちゃうし食べちゃう訳だが。


「その蛇は毒あるから生で食うな。焼いたら大丈夫だ」


「にくげと」


 肉ならいくらでもあるだろうと思うが、蛇肉はまた別の味わいである。マカンは短剣でスパッと首を切って尻尾を持って血を抜く。手慣れている。


 それからしばらくはマカンが夢中になってどこかに行ってしまわないか注意しながらその背中を見守った。




「ビィせんせ、さいてん」


「よし。おまえが採ってきた植物を評価してやろう」


「がんばった」


「おう、お疲れ。とりあえず水飲んでおけ」


「ん」


 よく見るとけっこう汗をかいているようだったので水を飲むように指示した。水筒はマカンも持っているが、俺が持っている水筒を渡して飲ませる。マカンの水筒の中身は俺とはぐれてしまった時のいざという時のためにとっておくことにしてあるのだ。

 俺は水を生成する魔術は必死に覚えたので水不足で困ることはめったにない。だから水筒が空になってもかまわない。


 マカンが水を飲んで汗をぬぐっている間に俺は手早く採点だ。


「…………」


 最初に一応マカンには食べられると思う物を採ってこいといったのだが、色とりどりのキノコなんかも入っていてけっこうなチャレンジ精神を垣間見た。さすがとしか言いようがない。


「ビィせんせ、けっか」


「んじゃ結果を発表します」


「どきどき」


「採取植物18品なので18点満点。そのうち食べられるのは――7点だけだ。落第です」


「…………なじぇ?」


 いや、なんで? じゃないよ。怪訝な顔をするな。


「これとこれは論外。俺みたいな普通の人間はもとより、おまえでも死にかねないぐらいヤバイ」


「…………」


「これとこれとこれは……まあ腹を下すぐらいですむ。毒というより人間が食うに適してないんだな。消化不良起こしてそのまんま出てくる」


「…………」


「この3つは弱いが毒がある。もっともこいつは茎の部分は食えるからおまけでOKにしてやった」


「…………」


「で、こっちの4種類のキノコ。こいつは毒がある。この3つは色からして危険すぎるから。キノコ系は素人が一番手をだしちゃいけない典型だから、食べたことある奴以外はよせ」


 さすがに全てのキノコを実食して知識を得ているわけではないが、外れ確率が高すぎるのでカラフルなのには手を出すべきではないぐらいは考えて欲しかった。実は派手な色でも食べられる物や、逆に地味な色なのに毒の強い種類なんかもあるんだが、そういうところを踏まえてもキノコは危険なのだ。

 そういうことは今までマカンに何度か説明していたのだが。

 しかし今日は珍しくマカンが食い下がった。


「これとこれ、じいちゃがくっていいって」


「は? いやいやどっちも毒あるから」


「いっしょならいいってっ」


「……マジかあ?」


 つまりお互いの毒性を打ち消してしまう食い合わせだと言いたいようだ。確かにそういった組み合わせはいくつか存在するらしい。反対に一緒に食べると良くない物なんかもある。


「ああ、そうか。だったら俺の知識不足だ」


「……ごうかく?」


「いや、それでもこの2つが危険なキノコだっていうのは変わらん。一緒に食べるべき比率もわからんし。今回はこの2つは除外ということにしておこう」


「……ごうかく?」


「16点満点中、7点だから不合格だ」


 明確な合格ラインなんか最初から決めてないけど半分越えてないからダメということにしておこう。というか本当なら1種類でも食えない物を口にしてしまうのは良くないので満点を目指してもらいたい。


「不合格だから今晩は肉少なめで山菜メインにしようか」


「…………こ……これでっ」


 そう言ってマカンが差し出してきたのは何種類かの虫とさっきの蛇。それといつ捕まえたのかまんまるい瞳でこちらを見ている黒ウサギだった。

 どうやらこれらを食える物にカウントしろと言っているようである。


「……ウサギは放してあげなさい。そいつたぶんもう歳で長くないやつだから」


「……りっぱにおつとめしておいで」


 黒ウサギはこちらを何度か振り返りながら森の奥の方に跳ねていった。マカンはそれを手を振って見送っている。まるでマカンとウサギの間には奇妙な友情が結ばれているかのようだった。食材にカウントしようとしていたわけだが。



  ◇


 帰り道のこと。

 マカンに先導させてあっちにふらふらこっちにふらふら。相変わらず帰り道を覚えない困った子だ。

 それでも今日は俺がわかる範囲から出ない限りはマカンにがんばらせた。


「うううう……」


 ぐずりながらさっきから何度か同じ場所を行き来している。どっちが正解か確信が持てないのだ。

 チラリチラリと俺の表情を伺っているが答えは教えてあげない。


 マカンに今日の試験の追試を出した。

 ちゃんと村まで俺を先導するという内容だ。

 俺がアウトを宣言した時点で追試終了。今日の夕食は山菜メインの少し味気ない食事になることだろう。

 それを恐れてギブアップもできないが、しかし道に迷ってしまっても同様なのである。


「さあどっちだマカン。日が暮れる前には帰りたいからタイムアップもあるからなー」


「こ……こっち?」


「そっちでいいのか? 本当にいいのか?」


「……じつはこっち?」


「ほうそうきたか。なるほど勇敢だな」


「うううううう……」


 子供を虐めるのは趣味ではないが、これも教育の一貫だ。時に失敗してペナルティをくらえば記憶に残りやすいのでその経験を次に活かしやすくなる。

 俺は戦闘訓練の時に失敗するたびに何度も殴られたが、その度に次はそうならないように必死に努力したものだ。


 だからその日の夕食にはマカンに山盛りの山菜を食わせてやった。蛇肉は俺がほぼ全部食べた。ごちそうさまでした。

 マカンが食事中ずっと恨めしい目を向けてきていたが、これも愛のムチというやつなのだ。


「ビィせんせのゆうしゃあ……」


 だからその物言いは止めろ。

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