勇者とは
「もう、いいですわ。抵抗しませんからさっさと殺しなさいな」
「バカなこと言うな。それじゃなんのために殺さないように加減して叩きのめしてやったのかわからんだろうが」
ドカッとクランディの傍らに座る。この方がまだ楽だな。会話するのも億劫だが、あまりそれを悟られたくないから気力を振り絞ってでも体裁を保たないと。
「今更これ以上生き続けても仕方ないんですわよ。ユーキ様もいない、その仇も誰を殺したらいいかもわからない。……どうせこのままじゃ、何も成せない私はいつまでも生き恥を晒しているだけですわ」
「はん。それこそ今更じゃねえか。とっくに殉死というには遅すぎる。はっきり言わせてもらうがな、お前はただたんに何をすれば良いのかわからなくなって、それでも何かしてみたけど結果もでないしで色々面倒くさくなっちまってるだけだよなあ?」
戦時中に大切な家族や友人なんかを失って自暴自棄になる奴は多かった。それでもたいていの奴は時が経ったりきっかけがあればある程度は立ち直る。きっかけの一つは恋人ができたりとかな。女を知って生きる気力が湧いてきたなんてよくある話だ。
ただいつまでたっても暗い顔して、俺は死ぬまで復讐のために戦い続けてやる、みたいな奴。あまりに喪失感が大きくどうにもならないってのはそりゃあるだろう。だがな、結局そういう奴らのほとんどはそれを言い訳にして考えるのを止めちまっただけなんだ。その方が楽だからな。
ある意味やりたいことだけやって死のうってんだから、いいよな楽な人生送れてよ。羨ましいよ。
戦争やってる最中じゃ死兵が役に立つこともある。死にたい奴は魔物を道ずれにして死ねば良いってあの時は思ってたけど。今はそんな楽はさせてやらねえぞ。
「クランディ。お前は魔族が憎くてたまらないのか?」
「は? そんなの当たり前ですわ。ユーキ様が死んだのは直接的か間接的かはわかりませんが魔族がかかわってるのはほぼ間違いないんですのよ?」
魔族との戦争がなけりゃあいつが召喚されることはなかった訳だから、要因の一つに魔族の存在があるってことは間違ってはいない。それでもこいつが思ってるような直接的な理由にはほど遠いとは思うが。
「そもそもこれだけ国を荒らしまわった魔族を憎まないで何を憎めといいますの?」
ああそりゃそうだ。これも普通にわかるし共感もできる。俺たち下っ端にとっちゃ戦争の発端がどうとかそんなの関係ない話なんだよ。奴らが攻めてきて、死にたくないから戦って、それでも家族や友人が何人も殺された。そんな中で恨みを活力に変えて踏ん張ってきた連中に魔族への憎しみを捨てろなんて簡単に言える訳がない。
でもな。
「私は、ユーキ様とともに魔族を皆殺しにしてやりたかった。ユーキ様が生きていれば今頃は……」
「あいつはそんな事望んでいなかった」
「……? 何を言っていますの?」
「クランディ、あいつはな、人間のために魔族と戦ったのは事実だ。でもそれはそうしないと人間が滅ぼされるって局面だったから仕方なくだったんだ。勇者だからな」
「仕方なくですって?」
「そうだ。人間と魔族がなぜ争わないといけないのか、争いを止める方法はないのか、両者の会談の場を設けることはできないのか、なんてことを度々あっちこっちに言いまくっていたな」
勇者の御大層な演説を聞かされた奴はみな表情には出さないものの呆れていた。ありえない、できる筈がない、こいつは何を言っているんだと。
俺もそうだ。戦争の発端が人間側にあるとか、もうそんなのどうでも良く感じるぐらいに人間と魔族との関係は終わってると思っていた。
だが勇者はさらに話を拡げることに余念がなかった。当時は誰もが魔族が一方的に攻め寄せてきたんだとしか教えてなかった筈なのに、あいつは頑なに魔族をたんなる悪とは見なさなかった。
「最後にゃ人と魔族とが手を取り合って共に生きていく道があるんじゃないかって。そういう未来を目指せないのかって熱弁していたな」
「……そんな話は聞いた覚えがありませんわ」
「戦場じゃそういうことを言わないでくれって必死に頼み込んだんだよ。わかるだろ? 頼みの綱の勇者が戦いを否定するようなことを言っていたなんて前線の兵士たちに広まったらどうなるかなんて」
「…………」
捉え方次第じゃ人間を裏切ろうとしているとすら取れるし、真摯に受け取ってしまえば魔物や魔族を殺すことに躊躇いが生じかねない内容だ。命がけで戦ってる最中にそれは悪影響にしかならん。
当時は本当に勇者が魔族と戦う気を無くさないように耳に入る情報を操作したりと苦労の連続だった。ああ、魔物と戦ってる時の方がまだ楽だった。
「魔王と戦ってる時には苦しそうだったな。魔王を説得しようとしていたんじゃないかと思う。ここで退けと。話し合いの場を持とうと。しかし恐らく魔王が頷かなかったんだろう。結局討ち取らざるをえなかった。魔王を倒して戦争を終わらせる千載一遇の好機、これを逃せば余計に双方が傷つくことになる。それはわかっていたみたいだったからな」
「…………」
「だがあいつはそれで終わりだとは思っていなかった。どんな形であれ戦争を一旦終わらせれば人間に余裕ができるから、そうしたら本格的に魔族とはどんな奴らなのかを自分で調べて、そして改めて人間と魔族との関係はどうあるべきかを模索しようとしていたみたいだ。あいつが生きていたら、今頃はさてどうなっていたことやら」
あれから3年か。勇者の変事がなかったとしても寿命が尽きている頃だ。しかし勇者のシンパ共にあいつの思想が伝わっていれば、何か大きな動きが起きていた可能性は十分ある。
「本当に……本当にユーキ様はそんなことを考えていたんですの?」
「ああ。それは間違いない」
「…………」
「……クランディ、お前の目にはあいつはどんな男に写っていた? 自分でも敵わない圧倒的な武力を持った無敵の戦士、ただそれだけか? あいつのどんなところに惹かれたんだ?」
「それは……」
「俺からしたら訳のわからん変な奴って印象が強かったな。こちらの事情なんておかまいなしに好き放題我が儘言ってきやがる。その度にこっちは右往左往させられて、ああ、すげぇ面倒な奴だった。知らなかったろ? 幻滅したか?」
「それが本当だとしても幻滅なんてしませんわっ。だってユーキ様は――」
「――良い奴、だったな」
「……ええ。とても良い方でしたわ」
ああ。良い奴だった。
自分勝手なことばかり言う迷惑な野郎だったが、根は良い奴だった。
勇者としての超人的な力を背景にすりゃ、戦争が終わるまでは好き放題やりたい放題振る舞えたのにそうしなかった。文句も多いし態度はでかかったけど、暴力で人を脅しているのは見た覚えが無い。
この力は弱い者を守るためにあるんだ、みたいなことも言っていたか。国の貧困状況だとかを気にしたり、孤児だとかを救える政策が必要だとか言いだして、誰もやらないなら自分がやるから俺に力を貸せとかなんとか。誰もお前にそんなことは期待していないっていうのに。
そういえば俺が最初に勇者と会ったのは、あいつが誤って人を殺してしまったことを泣いて遺族に詫びてたのをたまたま見た時だった。睨むだけで人を殺せそうなとんでもない圧を発してる奴がわんわん泣いてゴメンなさいと連呼しているんだ。なんだこの状況はって思ったものだ。
おかげで野郎に興味を持っちまった。
「そんな野郎が目指したもの、お前はまったく興味がわかないか?」
「……ビィ、貴方はユーキ様の遺志を継いでいるとでも言いたい訳ですの?」
「まさか。冗談じゃない。俺にあいつの代わりなんてできるものか」
そうだ。俺は別に魔族との共存を実現しようなんて思っちゃいない。マカンを魔王に擁立すればしばらくはお互い干渉せずに独立した平和がやってくると思ってるだけだ。その邪魔になるなら人間でも魔族でも排除するつもりでいるんだから、とても勇者の理想を継いでるなんてことはない。
「ただ、もう無駄に殺し合うようなことはしないでおこうとしているってだけだ」
「それがこの村の現状だと……そういうこと」
「ずいぶん特殊な状況になっちまってるがな」
というか、俺としてはそんなはっきりと魔族と関わってますみたいな形にするつもりはなかったんだ。少なくともある程度マカンを鍛えるまでは誰にも知られたくなかった。なのに両親が知性のあるアンデッドになってるわ、異世界から河童とかがやってくるわジルユードが押しかけてくるわで方針転換しなければならなくなったんだ。俺のせいじゃない。
「それじゃ私は、ユーキ様の理想に泥を塗っていたってことじゃない……。ああ、ユーキ様にあの世で合わせる顔がありませんわ」
クランディはぐっと手を目に押し付けた。涙が出るのを抑えるためみたいだ。勇者のことを思って動いてきたのに、実は勇者の意に反することをしでかしてしまっていたということがショックなんだろう。
「だからって死にたいとか言い出すなよ。この村で働くから置いてくれと言ったからにはしっかり働いて貢献しろ。何か生きる理由が欲しいってんならミクレアやリードのためだと思え。あの2人はこれから過酷な人生歩まにゃならんかもしれんのだからな。助けてやれよ」
「……ミクレアと、リードが……」
「勇者の威光を利用したいって奴に狙われてるんだ。相手は力のある大貴族。しばらくは大丈夫だろうが、いつここに匿っていることが知られないとも限らん」
「その時、貴方は?」
「状況次第だ。なんとも言えん。俺には俺のやるべきことがある」
「……はあ。わかりましたわ。全部を納得した訳じゃありませんけれど、今日のところは貴方の口車に乗せられてさしあげます」
「そうかい。そりゃどうも」
ああやれやれ。これでどうやら一つ山を越えたか。
「しかしいいんですの? 私貴方を殺そうとしたんですのよ? それに、ビィの父親を名乗ってるスケルトンも……」
「お前が何かもめ事起こすのは最初っから想定してたことだ。悪いと思ってるならその分馬車馬のように働け」
俺がすぐに回復しない怪我を負ったのは痛いが、クランディが労働力として期待できるのであればマカンたちの指導はグラムスさんにしばらく任せてもいいだろう。
ちらりと横を見る。
頭部と胸の辺りの骨を粉々に粉砕されてピクリとも動かなくなった父さん……。
「それとクランディ、俺の両親はとうの昔に死んでる。気にすることはない」
「貴方がそう言うならいいですけど。あの妙なスケルトンたちとは仲が良いと聞いていましたのに、案外冷めてるんですのね?」
「構いすぎると調子に乗って変なことしでかしだすからな。一歩引いてるぐらいがちょうど良いんだよ」
「それはどういう……」
クランディにあっちを見ろとくいっと顎で一方を指し示した。
俺たちが話し合ってる間にどこかに行っていた母さんが胸に何かを抱えて走って戻ってきていた。
そして投擲フォーム。
『アナターっ、新しい顔よっ!』
くるくる回って飛んできた物体が父さんの体にぶつかっていくつかの骨の欠片を飛散させるも、どこかに跳ねるでもなくすぽっとその場に収まった。
『――シャキーン! 復っ活!』
そして新しい頭蓋骨を乗せた父さんの体がすくっと立ち上がった。
『ふう、やれやれ。それにしても大変な目にあったなあ。死ぬかと思ったよ』
死んでるけどな。
「は……? あれ、どういうことですの?」
「見た通りだ。骨が砕けた程度じゃせいぜい動けなくなるぐらいなんだ」
「……私も今までスケルトンとは何度も戦ったことありますけれど、頭を潰しても平気だった覚えがありませんわ。それともあれらも放っておけば復活してたということ?」
「いや、あいつらが例外ってだけだから、まあ気にするな」
「気にするなと言われましても……」
父さんのことは確証はなかったがやっぱりなという展開だった。
なにしろ最初に会った時はスケルトンじゃなくてファントムだったんだ。父さん母さんのアンデッドとしての正体は今も魔力によって魂を固定化された霊体というやつだ。骨はあくまで皮というか殻みたいなものか。
前に自分の骨じゃないだとか交換できるような事まで言ってたからな。粉みじんにされようが霊体にダメージを受けなければ滅びやしないだろうと思ってた。
だから敵として相対すのであればクランディより魔術士のシスティの方が相性はいいだろう。
『んもう心配させないでよアナタ。でも念のために替えを用意しておいて良かったわね』
『まったくだ。で、どうだい。以前よりハンサムかな? なんだか胸がスカスカするけれど』
胸のところの骨も砕けたせいで数が足りてねえからな。
『うふふ。アナタは変わらず良い男よ』
『母さん……』
『アナタ……』
「……なんだか馬鹿らしくなってきましたわね。もう気にするのは止めますわ」
「そうしてくれ」
抱き合うスケルトンという反応に困る絵面を前にクランディが溜め息をついた。気持ちはわかる。
ただな、こういうバカなところに助けられる時もあるんだ。
意外というこういう連中のおかげで誰かに迷惑かけられても余計な苦労を背負わされても、なんとかしてやろうって気になるのかもしれない。