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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第四章 勇者の変事
105/108

岩鋼女①

  ◇


「くおおおおおっ!」


 止まるな! 動け!


 一度動き出したら悠長なマネなどしていられない。クランディの振るう矛はそこらの魔物など比較にならない圧倒的な暴力だ。風を引き裂く音すら恐怖を感じさせる刃が何度も何度も体の近くを走り抜け、まったく生きた心地がしないとはこのことだ。

 俺より速さと力で勝るクランディの矛の一撃はまともに剣で正面から受けようとするのは困難だ。そんなことをすれば吹っ飛ばされるか、受け方を間違うとそのままぶった切られる。だから俺にとれる選択肢は避けるか受け流すか。

 それを可能にするためにも足を動かし的をしぼらせない必要がある。

 とにかく動いて動いてクランディの猛撃をしのぐしかない。


「ああああああああっ!」


 クランディが吠えながら矛を振るうと轟々と空気がうなり、俺の後ろの廃屋の壁が刃先に触れた瞬間派手に吹っ飛んだ。なんて威力だ。壁で少しは勢いが弱まればと思ったが、紙か何か柔らかいものでしかないようにまるで障害になっていない。


「ちぃっ」


 逆に瓦礫に足をとられそうになって焦った。止まればぶった切られる。動きながらでなければかわせない。だが動いていればそうそうやられることもない!


 クランディの欠点は技術が不足していることだ。

 矛の振り方一つとっても虚実入り混ぜてということもなく、どう動けば次はどう構えてどう振るうのかは読みやすい。

 しかも常人なら振るえない程重たい矛を武器にしていることもそれに輪をかけていた。

 この矛は重すぎる。クランディの力なら容易に持ち上げることができるし振るうことはできる。重さと強度を持った刃先は勢いがつけばあらゆるものを両断し粉砕するのはすでに実感している。恐ろしい威力だ。

 だがそれだけの矛を縦横無尽に振るうにはクランディ自身が軽すぎた。

 女にしては大柄だがそれでも俺より軽量。あれだけの重量物を振るうには単純な力だけではなく、それを支える土台の重さが必要なんだ。それがないと体が泳いでバランスを崩しやすくなる。

 クランディだって何年もこの矛を使って戦ってきたのだから扱い難さはわかっている。それでこいつが編み出した戦法が前傾姿勢で突進しながら矛を振りまわすやり方だった。普通はどっしり構えて重心を安定させるんだが、その真逆をいったんだ。

 前傾姿勢にしていれば重心は常に前。矛を振るって体が泳ぐならその勢いをそのまま利用してさらに振る。邪魔なモノはなんでもかんでも吹っ飛ばし、いよいよ倒れそうになったら矛を地面に打ち付けて体勢を戻す。クランディの戦い方はそんなデタラメな方法だ。

 こんなやり方でなぜ死なないのか不思議だったが、マカンばりの頑強さを併せ持っているというのならわからなくもない。敵と相打ちだってかまわんのだろう。


 そうして生まれ持った怪力を活かせば敵なしだったクランディは、だからこそ戦いの駆け引きというものが全くわかっていない。相手が魔物であればただ闇雲に矛を振るっていればそれで良かったし、人間相手であってもたいていの場合はそれだけで片が付く。

 だがこいつの強烈な迫力に屈せず冷静に動きを見ていれば、無駄や隙が多いことにも気づけて対処することは可能だった。


 ――簡単じゃないがな!


 一手間違えれば確実に死ぬという状況で目まぐるしい速度の攻撃をさばき続けるのは神経をすり減らす荒行だ。

 クランディに隙が見えているのに、そこに付け入るのも難しい。矛を振って体勢を崩しているのにそのリカバリーが異常に早いのだ。やってやれないことはないが、その一撃でクランディを怯ませることができなければ次の攻撃をかわせないかもしれないとくればうかつに踏み込めない。


「とっととくたばれやああああっ!」


 普段は女扱いしてほしくてあれほど言葉遣いを気にしているというのに、それがまったく頭にないぐらい頭に血が上ってしまっているクランディはまさに暴風のようだった。近くにあるモノ全てを粉砕しながら恐ろしい勢いで動き回るのだ。

 少しでも大きな隙をつくろうと何度か石つぶてを投じてみたが、クランディはかわしもせず当たっても意に介さないので効果があがらない。顔にも一発当たったんだがそれでも無視だ。目に当たればさすがに怯むだろうが、クランディから逃げ回っている状態ではそこまで正確なコントロールはできそうもなかった。


「くぁっ!」


 体を沈めて顔目掛けて横なぎされた矛を剣で打ち上げ気味に当ててわずかに起動を上にそらした。それだけで俺の腕には一瞬痺れが走る。

 もうどれだけこんなギリギリ凌ぐ状況を続けているのか。体力的にはまだいけるが集中力の方が先に切れそうだ。

 時折り視界の端にアルマリスが入ってくるが、俺たちの間に割って入ることができずに困っているようだ。極力気配を殺してなんとか一撃入れられないかと画策しているようだが、俺としては迂闊にクランディの攻撃圏内に入らないでくれた方がありがたい。巻き込まれて死なれては困るからな。

 だが俺がいよいよ危ないとなれば無茶を承知でクランディに仕掛けかねない。それまでには活路を見いださないといかん。


「ビィ! ユーキ様のかたきっ! 死ねぇっ!」


「っ! 違うっつってんだろうがあっ!」


 ああもう、くそったれが! いい加減にしろこの脳筋女! お前のそれはたんなる八つ当たりだってんだよ!


 ああ腹が立つ! なんで俺がこいつの癇癪に付き合わされてこんな目に合わされなければならないのか。どうしてそれで俺はこいつを殺さないようになんて自分に縛りをかけているんだ。これで殺されたらとんだ道化だぞ。『超加速』を使って首を跳ね飛ばしてやりたい衝動がわきあがってくる。

 が、ダメだ。そんなことはしてやらん。


 こいつが俺に難癖つけて凶行に及んだのは勇者が死んだ憤りをぶつけるためだってのは間違っていないだろう。しかし多分それだけじゃない。勇者のために戦って死にたいとでも思ってるんじゃないのか? 何をどうあがいたって勇者が生きかえったりはしないんだ。仇を討ったところで満たされやしないんだ。

 戦争中、家族や恋人といった大切な相手を亡くして自暴自棄になってた奴らを何人も見てきた。もう幸せだった日々は戻ってこない、立ち直れないと絶望したあいつらはこぞって魔物の群れに突貫かけていった。例え一度や二度生き残れたとしても、死ぬまでそれを続けるんだ。

 クランディからはそいつらと同じような何かを受ける。

 でもこいつはそう簡単には死ねないよな。自殺するってガラでもない。だから俺に殺してくれって言っている気がしてならない。


 ――冗談じゃない。俺をそんなことに利用するな! へこませて生き恥さらさせてやるからな、死にたいならその後自殺でもしろ!


 おい勇者よ、わかってんのか? またお前絡みだ。またお前のせいで俺は苦労を背負わされている。知らん間に死んだかと思えばそれでさらに俺に迷惑かけるとか、どんだけ俺はお前の世話を焼かないといけないんだよ。どうせなら死ぬ前に一発ぐらいぶん殴らせやがれっ。



  ◇


 実力が近い、あるいは格上の相手との戦いは早期決着か持久戦か、だいたいどちらかになる。早期決着の場合は正面から戦うのではなく後ろから襲うとかそんなやつだ。だから今の俺は持久戦に臨んでいる。なにも打つ手がなくて逃げ回っている訳じゃあない。


「ああああああああっ! ちょこまかとぉっ!」


「はっ。ぶん回すしか能がねえのかクランディ!」


 持久戦に持ち込むとどう有利に働くのか。

 相手の方により体力を消耗させることができれば段々と動きがにぶくなる。疲労から隙だらけになってくれれば最上だ。まあ簡単にそうなってくれる相手なら、そもそも持久戦に持ち込まなければならない程苦戦しないだろうがな。

 その点で言えばクランディは厄介だ。こいつ相手だと回避に徹していても消耗が激しい。重い武器を振り回しているクランディの方が消耗している筈だが、こいつは体力に関しても俺よりそうとう上なんだろう。未だ動きに陰りが見えない。


 しかしだったら持久戦は失敗なのかというとそんなことはない。

 逃げながらも俺はクランディの動きを観察し分析し頭の中で勝つための方策を練り上げていく。戦闘が長引けば長引くほどより確度の高い予測が可能となり、俺の取りうる手段とその予測が噛み合い勝率が跳ね上がる瞬間がやってくる。その時が勝負をかける時だ。

 力はあるが技術の拙いクランディの攻撃は最初から単調で読みやすいが、しかしある意味何度も繰り返して体に覚え込ませた最適化された動きでもある。その突出した速さと安定性は脅威だった。

 だがこいつはそれでは俺に通じないということがわかってきた。焦れてきたな。工夫したいよな。そして俺がお前のどんな攻撃に対して若干かわしにくそうにして次の動作が遅れがちになるのかもわかったよな?


 そう――ここだ!


「死ねぇぇっ!」


 クランディの攻撃でもっともかわしにくいのが足元を狙って横に切り払う攻撃だ。受け止める手段のない俺は足元を狙われれば飛んでかわすか後ろに逃げるかするしかない。俺はわずかに体を沈め、飛ぶための溜めをつくる。

 そこでお前は、


「ぇやっ!」


 さらに一歩踏み込んで矛の起動を横一線から斜め上へと強引に修正する。ああこれは避けられない。飛んだところで両断される。そういう位置取りだった。完璧だ。読み通りだ!


「くおおおっ!!」


「んなぁっ!?」


 ガィィィィィン! 金属同士が激しく衝突した音が耳を叩き猛烈な衝撃が手から全身にまで伝わってきた。が、俺は剣を打ち上げクランディの矛を上方へ弾き飛ばすことに成功した。

 できないと思ってただろうがな、甘い! 無詠唱の『筋力強化』の魔術でわずかな間ならこういう芸当ができるだけの力が出せるんだよ! 魔術とは無縁なお前にはこういう強化は予想できまい。

 そしてセオリーを外した無理な姿勢からの一撃、それをさらに予想だにしなかっただろう俺の剣撃ではね上げられさすがのクランディも体勢を崩され意識にも一瞬の硬直を見せた。十分すぎる隙だった。


 手から剣を放す。痺れもあるが次の一撃に剣は不要だ。態勢整わないクランディの懐にさっと入り込み、右こぶしを固めて渾身の一撃を腹へと叩きこんだ。


「ごっぼぉっ!?」


 <岩鋼女>と呼ばれ刃物ですら簡単には通さない頑強なクランディが苦痛の声をあげた。何されたかわかんねえだろ。きっとお前はなんで殴られた程度でこんなにも痛いのかわからんだろう。

 俺は武器戦闘だけじゃなくて徒手格闘も師匠を見つけて相応の訓練を積んでいる。実際に活用することは珍しいが、武器が無い状態で戦う場面も想定してきていたからな。

 その訓練で会得した中にかなり珍しい拳打があった。その名は『通拳』。クリティカルなんて呼び方もするらしい。

 『通拳』は拳を打ち込むほぼ同時に相手の体に自身の魔力も打ち込む技で、打ち込んだ魔力が相手の体の魔力を掻き乱し、ほんの一瞬、わずかな範囲だけ魔力による強化を消滅させ素の状態を露出させる。効果はすぐ消えるが同時に打ち込んだ拳打の威力は相手の想像を絶するものになるという仕組みだ。

 ずっと魔力の鎧に守られていたようなお前にはたまらんだろうクランディ? 習得しつつも用途が限定的すぎて使い道が乏しい技だ。そのうちマカンが成長して俺が殴っても平気な顔をしだしたら使うこともあるだろうと思っていたんだが、まさか実戦で活用する日が来るとはな。


 さしものクランディも『通拳』は跳ね返すことができず身をよじらせる。今の俺はまだ『筋力強化』の効果が続いている。『超加速』に比べればそこまで大きな強化ではないが、元々俺は強化無しでも人を殴り殺せるだけの力がある。しかし魔力の強化を剥がれても鍛えられた肉体を持つクランディには痛打とはなっても必殺足りえない。


「おおおっ!」


 だからもう一撃! 沈め!


「ごおっ!」


 ――っ!?


「ビィ様っ!」


 一瞬、意識が飛んだ。

 気が付いた時は土に顔を押し付けていた。地面に倒れていたんだ。右腕と頭がひどく痛み視界が歪んでいる。


「やってくれたじゃないかよ、ビィィィィィィィ!」


 かろうじて思考力は戻ってきたが、視界がおかしく体がまともに動かない俺に向け、クランディの怒声が叩きこまれた。

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