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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第四章 勇者の変事
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クランディ、物申す

 クランディの後について歩いていく。住人の数が少なく、働いている場所も限られている村の中では人がいない場所の方が圧倒的に多い。俺とクランディは誰かに遭遇することもなく村の端にある廃屋の近くにまでやってきた。


 こんなところまでやってきた意図は明確だ。人目につかないところで話がしたい、というのが第一だろう。それは聞かれると不味い内容という意味もあるかもしれないが、どちらかというと俺の味方を除外したいという理由に違いない。先日みたいに3人がかりになるのはさすがに不利だと思ったんだろう。

 その予想を裏付けるように、クランディはさらに廃屋に近づいてその陰へと入る。俺もここまで来たのだからついて行ってやるが、一応話をするのが目的なのだから不用意に近づきすぎることだけはしない。いざという時に逃げられる距離を保たないと危険だと感じていた。


「クランディはミクレアとは意外と仲が良さそうだな」


 付近に目をやりつつ、警戒心をあげながらクランディより先に軽く話題を振ることにした。


「はあ? そう見えます?」


「まあな」


 最初はむしろ逆に見えていたんだが、そのわりにミクレアの言うことを真摯に受け止めようとしたように思えたからな。


「特別仲が良いとは思っていませんわよ。ただ意外と言われるのも心外ですわね。別に彼女を嫌う理由もありませんし、しばらく交流する期間がありましたもの」


「リードについてはどう思っているんだ?」


「ユーキ様の血を引いているんですもの。そりゃ可愛いですわよ」


 何当たり前のことを聞いているんだという反応だ。ミクレアに嫉妬みたいな感情はないのだろうかと思うも、それを尋ねるのはたぶん踏み込みすぎだ。


「そんなことを聞いてどういうつもりですの?」


「なに。たいした意図はない。ここしばらくお前が俺のことを聞きまわってるらしんで、俺も少しはお前のことを知っておこうかと思っただけだ」


「ふうん。まあいいですわ」


 クランディは廃屋の壁にもたれかかった。屋根も壁もすでにいくらか倒壊している建物に危ないマネをと思ったが、仮に崩れてきてもこいつがどうこうなる姿が想像できなかったので注意を促す気にもなれん。


「ビィ、貴方、ずいぶんと良い身分になりましたわね」


「そう見えるか?」


「見えますわよ。ええ、見えますとも。そういえばここが貴方の故郷だと言ってましたわね?」


「ああ。魔族が侵攻してくるまではここで暮らしていた」


「ただの田舎育ちの平民だった貴方が、今では大戦を勝利に導いた英雄として称えられ、高名な大貴族のお嬢様を嫁に迎えて貴族の仲間入りとか。できすぎですわね」


「なるほど。そう言われると確かに良い身分になったものだ。とはいえ自分で望んだことでもないんだがな」


「ふん。白々しい」


「あ? どういう意味だ?」


「どういう意味も何も、全て貴方の描いた絵図の通りになっているのではなくて? それとも、この程度ではまだ満足できていないということかしらね」


 クランディが笑った。人を虚仮にするような嘲笑の笑みだ。


「何が言いたいんだ、クランディ」


「そうですわね。この際単刀直入に言いますわ。ビィ――」


 背すじが凍るような寒気がした。


「ユーキ様を殺したのは貴方ですわね?」




 勇者であるマツヤマ・ユーキの死因は謎に包まれている。

 変事が起きたあの晩、宴の席で暴れまわってその場にいた人々を誰かれかまわず殺しまくった無敵の勇者が、明くる日には血まみれの死体となって発見された。それが半ば公的な事実となっている。

 ただ本当にそうだったのかに関しては疑っている者もいる。なにぶん被害が被害なだけに状況は混乱を極め、噂に大きな尾ひれがついて国内を駆け巡ったのだ。王宮からの通達は事件のずっと後だったこともあり、市井における噂との乖離はどちらがより真実に近いのかという憶測をさらに産む。

 そうして王宮からの公表後も色んな噂が流れた。

 当時の噂の中には勇者生存説なんかもあった筈で、勇者は幽閉されているとかいう話を信じている者にも俺はあったことがある。

 みんな魔王すら倒した勇者があっけなく、しかも何故かもわからない死に方をしたなんて言われても簡単に信じられなかったんだろう。

 他には勇者は自分の世界に帰ったのだ、なんてのもあったな。神官どもの言う『死ねば魂は元の世界へと戻る』説が正しければ正解かもしらん。俺はそんなことないと思っているけどな。


 で、困ったことに勇者は誰かに討ち取られたのだという噂もまた多い。

 死んだ魔王の呪いで、とかいうのはまだ良いんだが、陛下と相打ちになったなんてのは陛下を美化しすぎだし、大魔術士ダンクルマンが、なんてのもある。これのひどいところは、死者の半数はダンクルマンの魔術で勇者の巻き添えになって死んだなんていうんだから笑えん。

 そう、本当に色々あるんだよ。4男だったベークルッサ陛下の反乱説みたいのとかな。


「そんな噂を信じてんのか?」


 俺もその噂は耳にかすめたぐらいはある。実際に俺に勇者が殺せたのかどうかは考慮せず、なんだかんだ勇者と一緒にいることが多かった俺はそういう噂の的にしやすかった、というただそれぐらいの理由だろう。俺が宴に参加していた生き残りみたいに思われてたりもしていたしな。

 まったくなんて無責任な。もしも最初に言いだした奴が特定できたなら牢にぶち込んでやりたい。


「あら、否定しますの?」


「当たり前だろうが。お前は知らんのだろうが、そもそも俺はその現場にすらいなかったんだよ。意識が無いまま王都の治療院に放り込まれてたんだ。目覚めてから変事が起きたと聞いてどれだけ驚いたことか」


 勇者が魔王を討ったらしいタイミングで意識を失い、目を覚ましたら王城が魔族に襲撃を受けただのと大騒ぎになってたものな。


「でも勇者様を殺したのはビィ、貴方でしょう?」


「おい、さっきから違うと言っているだろう」


「口ではなんとでも言えますわね。治療院に居たとかいいながら、実は宴会場に忍び込んでいたのではなくて? そういうの得意でしょう、貴方」


「適当なことを言うのはいい加減にしろ。それとも何か根拠があって言ってるのか?」


「もちろん、ありますわ」


「なに?」


「だって、ユーキ様を殺せた可能性があるのは貴方だけなんですもの。あの私ですら到底かなわないと思わせられたユーキ様が討たれることがあるとしたら、それは正面からではなく油断している時に不意をつかれてとしか考えられませんわ。――ねえビィ。友達面してユーキ様に近づいていた貴方にユーキ様はかなり気を許しておられましたわよね? 私知ってますのよ。貴方がとても騙し討ちがお好きなことを」


「ひどい言いがかりもあったもんだな」


 馬鹿らしくて苦笑も出ねえ。俺が魔物を統率していた魔族の部隊をあの手この手で狙い撃ちしていたってのをそんな風にとるのかこいつ。冗談じゃないぞ。どんだけ神経すり減らして王国の勝利のために働いてたって思うんだ。


「お前の言っていることは根拠でもなんでもねえ。たんなる妄想って言うんだ」


「……あくまで、白を切るんですの?」


「事実無根だからな。勇者の死因は俺も詳しく知らん。関わってもない。それが事実だ」


「――しらばっくれてんじゃありませんわよビィ! 私が何も知らないとでも思って!?」


 いや知るかよ。全部お前の妄想だって言ってるんだろうが。いったいこいつは何でここまで俺が勇者を殺したことにしたがるんだ? あいつは本当に俺のあずかり知らないところで死んだんだっていうのに……。

 くそっ、勇者の奴、死んでからも俺に迷惑ばっかりかけやがる。


「何度も言うが俺は勇者を殺してなんていない。落ち着いて話を聞け!」


 まだクランディの口調はですますを通している。冷静なところが残ってるってことだ。とはいえ脳筋女だからあまり人の話を聞かないのはここまでのやりとりでも明らかなんだが、それでも説得を諦めるには早すぎる。できるだけ実力行使的な展開は避けたい。

 クランディは一つ深呼吸というか溜め息をつき、俺に背中を見せてうなだれるような恰好で廃屋の壁に手をついた。壁は腐った木材とはいえ手をついたそこがなんだかパキパキ音がしているのが気になるが、きっと落ち着こうとしているのだと思いたい。


「…………私、この3年、調べましたのよ」


 何をとは聞くまい。勇者の死の真相についてだろう。だがそれで何がわかったっていうんだ。


「ユーキ様が死んだ状況、殺せた可能性のある人物、その動機など調べられる限り調べましたわ」


「……俺に動悸があるって?」


 殺せた可能性についてはさっき言ってたからな。バカみたいな内容だったが。


「最初はわかりませんでしたわ。でも今ならはっきりわかりますわよ。だってユーキ様が死んで一番得をしたのって貴方ですもの」


「得をした? バカを言うな。勇者が死んだことで俺がどれだけ迷惑被ったと思ってんだよ」


 だがそういう視点で変事について考えたことはなかったな。そもそも俺はあれが謀略の類で何か大きな陰謀の結果だとかはまったく思っていない。勇者の考え無しの行動が全ての原因だと思ってるからだ。


 しかしそうか陰謀だと考えれば、確かに得したように見える人間はいるだろう。例えばベークルッサ陛下だ。

 陛下は本来王位を継げるような立場ではなかった。それが継承権が上の王子たちが全員勇者に殺されたことでリーン王国の頂点に立つことができたという見方もできる。

 そして俺はそのベークルッサ陛下を多少なり御助けして信頼を得ているが、その前後を理解していなければ、俺が陛下のために邪魔者を消したのではないかという風にも見えるのかもしれない。

 もっともベークルッサ陛下がそれを喜んでいたとは到底思えないが。こんな斜陽の王国の王位を継いだって辛いだけだろう。それを理解していればバカげた妄想だとわかる筈だが、クランディには求められんか。


「貴方英雄になったじゃありませんか」


「そんなこと――」


「ユーキ様こそが英雄と呼ばれ称えられるのが当たり前なのにっ、貴方がっ、それをかっさらったっ」

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