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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第四章 勇者の変事
102/108

執着

◇◇◇◇◇◇



  ◇


 ミクレアたちが村で暮らすようになってしばらくの時が過ぎた。

 彼女たちや彼らは今のところ大きな騒動を起こすでもなく、それなりに村の生活に溶け込んでいるようにも思える。

 父さんたちやセイジロウはまだ敬遠されているようだが、無理に距離を詰めさせようとして衝突するよりかは時間をかけてでも少しずつ近づいてくれれば良いと思っている。あのおかしな連中相手なら興味は引かれるだろうしな。


 俺は俺でやることが多いこともあって全員とは深く関われていないが、時折り誰かしらからミクレアたちについての話を聞くようにしていた。

 アルマリスがミクレアたちを警戒して動いていたのでそこが情報源であることが多かったが、今日は夜半小屋にやってきたリールから寝物語代わりに話を聞いた。

 ちなみに今夜は良い感じに雲が空を覆い星明りもない夜なので、マカンはグラムスさんに頼んで地獄の夜間訓練を実施している。暗い所でどれだけ機敏に長時間動けるかっていうのは生存力に大きく関わる能力だ。存分に鍛えられてくれ。


「で、クランディのことなんだが」


「……あい」


 隣で寝転がっているリールの頭を抱き寄せその髪をなでる。気持ち良さそうに身を委ねてくるが、まだ少し恥じらいが感じられていつまでも初々しい。目がほとんど見えていないのに人から見られることにはずいぶんと意識してしまうらしく、未だに肌を晒す段階で戸惑いが消えない女だ。もっとも肌を重ねている時はずいぶんと大胆にもなったがな。本人的にはそれでますます事後に恥ずかしがる訳だが。


「あいつ、俺のことを色々聞きまわってるって?」


「えと、そうみたいです」


 ミクレアたちの中で唯一村に馴染めていないようなのがクランディだった。

 仕事をしていない訳ではない。怪力を活かして木材の切り出しや運搬といった力仕事はかなりの量を毎日こなしてくれているらしく、監督しているロットミル爺さんも驚いていた。

 ただ奴隷の女たちとの交流に問題がある。まあ戦場帰りの脳筋女と金のために身を売った奴隷たちとでは価値観や物の考え方には大きな相違があるんだろう。話が合わない上にクランディが厳ついこともあって奴隷たちも委縮し、聞かれたことには答えるが積極的に話しかけたりとかしにくいようだ。

 それをクランディがどう思っているかはわからないが、ミクレアたちがいるので孤立している訳でもない。だから別段悪いことになっているとまでは言えない。


 しかしそんなだから、クランディが誰かに持ち出す話題がだいたい俺のことであるということが目立つのだ。


「で、リールにはどんなことを聞いたんだ?」


「そうですね……。あの、ビィ様をどう思うか、とか」


「どう答えたんだ?」


「え、えっとぉ、それはあの……素敵な方ですって。ほ、本当にそう思ってますからっ」


 疑ってはいないが、例えどんな風に俺を評したとしてもこの場では褒めたと言うしかない。そう受け止められるかもしれないと思ったリールが少しムキになったのが可愛く感じて、くくっと笑ってしまった。


「あいつはどんな反応を?」


「あの……ルシーが、あたしのことをビィ様の愛人だって言っちゃったんです。いつか自分たちもビィ様の女になるってまで言い出して、ですね……。そしたらクランディさん、しかめっ面してたらしいです。なんだか気に入らない感じで、『あいつはどこでも女をとっかえひっかえしてるな』みたいな事を……」


「…………」


「あ、あたしが言ったんじゃ……! あ、でも、ビィ様がみんなから好かれるのは当然なのでっ」


「…………」


「ど、どうせなら、あのあたしの妹たちもど、どうぞ!」


「落ち着け」


「あぅぅ……ゴメンなさい、です」


 いかんいかん。俺の顔が見えてればそうでもなかったと思うが、リールは目が不自由だから少し考えこんだことで俺が機嫌を損ねたとか思ってしまったんだろう。冗談めかして頬を指でついてやると顔を赤らめてうつむいた。


 それにしても、クランディがそんなことを。

 俺とあいつの関係はもちろん男女のそれじゃない。容姿体格性格のどれをとっても趣味じゃないし、知り合ってすぐにクランディは勇者に傾倒していたしな。

 そしてクランディと顔を合わせたのは決まって戦場だった。村や街じゃないんだ。クランディの近くで女を口説いたりそれに近いことをした覚えはない。

 だというのにあいつが俺の女関係について知っているようなことを口走ったのは何故だ?

 嫉妬? それはない、よな。それにリールのことだけを指して言った言葉でもない。俺のことを調べていたのはこの村に来てからじゃないってことか。

 だとするときっかけはなんだ? 村で俺がしていることが気になって、では順番が変だ。


「他には何か聞かれたか?」


「ああえと、ジルユード様とのことも聞かれましたです」


 それも女関係か。


「ビィ様はジルユード様ともとっても仲が良くって、良い夫婦になると思いますって答えました」


「……ああ、そうか」


 まあ人前でいがみ合ってるところは見せないようにお互い気をつけているしな。2人きりに近い状況だと嫌味の類や腹立たしくなることもよく言われるが。


「クランディさん、それもあんまり面白くないみたいな感じで……その、ちょっと印象悪かったかも、です……」


 レレンやルシーの言によるとリールは滅多なことでは人のことを悪く言わないらしい。そこら辺は自分を守るためにという理由もあるとは思うし今のもきつい言い方という訳でもないが、それでもこういう評し方は珍しいに違いない。それだけクランディの物言いが穏やかじゃなかったということなんだろう。


「あのビィ様……?」


「なんだ?」


「クランディさんと以前何かあったんですか? その……ゴニョゴニョ……」


 言いにくそうに小声で呟いていたが俺の耳はそれを拾っていた。俺がクランディを相手にしなかった、ようは言い寄られて振ったんじゃないかと。


「あのな……。あいつとはそういう関係じゃない」


「……そう、ですか……」


 仮にそういう理由で嫉妬されてるとかだとリールやジルユードが危険な目にあっていたかもしれん。そう考えるとお互いに異性として惹かれなかったのは幸いだった。

 ただ俺からしたらそう断言できるが、俺のことを聞きまわっているというクランディの様子から周りからはそんな風に思えても仕方ないよな。妙な執着心を持たれている感じだし。やはりその理由は気になる。


「他、変なこと聞かれてないか?」


「あの、これ、あたしじゃないんですけど、レレンが色々聞かれたそうです。旦那様たちやセイジロウさんのことをあれこれ聞かれたって言ってました」


 それに関してはおかしなことではないな。父さんたちがこの村でどんな立ち位置にいるのかとか、村の皆はどう思っているのかが気になるのは当然だ。似たようなことを他の連中も聞かれたと言っていたな。


「それで、レレンが、あたしに聞いてきたら、よくわからないって答えた方がいいって言ってきて」


「うん?」


「レレン、旦那様も奥様も大事な方々ですって答えたそうなんです。そしたらクランディさん、すごく怖かったって……」


「ああ、それは悪いことをしたな」


 村の皆にしても父さんたちの扱いは難しいだろう。スケルトンといえども俺の両親だ。気味が悪かろうが無碍には扱えない。しかしそんなこと知ったこっちゃないクランディからすれば、アンデッドに親密な雰囲気を抱くなんていうのは頭がおかしいとしか映らないかもしれん。


「いえ、あの、それでなんでも、ビィ様のことをひどく悪しざまにも言ってたらしい、です。人間よりも魔族が大事なんてありえない、みたいな……」


「…………」


 そう捉えるか。

 ……誤解なんだが、あいつが話し合えばわかってくれるかね? それにどのみち全部を話すなんてことはできっこない。

 このまま時間が解決してくれる、なんて期待しない方がいいんだろうな。


 寒気がするようなろくでもないことになりそうな気がしてならない。


「ビィ様……?」


「あー、悪い」


 少しリールを抱く腕に力がこもってしまったのが伝わったんだろう。訝し気にリールがこちらに顔を向けてきた。


「いえ、その……」


 腕の力を緩めてもリールは離れることなく、むしろぎゅっと体を俺に押し付けてきた。柔らかな肌と胸のふくらみが否応なく意識させられる。


「ん、なんだ? 寝る前にもう一度とおねだりしているのか?」


「あ、あうあう……」


 冗談めかして笑いかけると恥ずかしがってうつむいてしまった。本当はリールからしたら俺から求められたと感じて、どうぞという意思表示のつもりだったに違いない。

 からかわれたのはわかっているだろうが、怒るに怒れないでこういう反応になるんだ。はは、可愛いものだ。


「……も、もう一度、お願いしてもいいですか?」


「ほう? ああ、もちろんだ」


 しかし恥ずかしがるだけでなく、段々と行為に積極性が出てきたな。良いことだ。



  ◇


 クランディの動向に気を配りつつもまた幾日か経過した。


「ビィ。ちょっと面を貸していただけます? 2人だけで話がしたいんですの」


 見計らったように日中俺が1人になったタイミングでクランディから接触をとってきた。

 無意識に腰に手をあて剣の存在を確認していた。俺の命を預けてきた相棒は確かにそこにあるが、なんだかいつもより頼りなく感じた。クランディは鎧もつけず獲物も手にしていないが、余裕で人を殴り殺せる女だからな。素手だからといって気を抜いて良い相手じゃあない。


「……いいだろう」


 危険な予感がしまくっている。

 しかしこいつとの確執にケリをつけるには一度は必要なリスクだろう。

 俺は腹をくくってクランディの後についていった。

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