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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第四章 勇者の変事
101/108

アルマリスの調査報告

◇◇◇◇◇◇



  ◇


 ジルユードの身の周りの世話をしている侍女のアルマリスはいつも主人に付きっ切りという訳ではない。ロンデ村にやってきた当初こそジルユードの身を案じて離れることは珍しかったが、徐々に村の中での安全が確保されてきてからは単独で行動することも多くなっていた。

 それはもちろんジルユードの指示であったり許可を受けてのことだ。アルマリスが単独で動くのは主に情報収集や連絡要員としてである。


 そして現在アルマリスが時間を割いているのはミクレア一行についての調査であった。

 これは新参者であるミクレアたちが村の住人たちとの間にトラブルを起こさないかどうか、うまく馴染めているのかどうかといったことを調べるのが目的である。なにより少人数による対立や喧嘩というのは表に出てこないことも珍しくないため、ジルユードのそばにいては気づけないこともある。

 ジルユードにとって困るのはミクレアたちが村の生活に馴染めず、自分たちだけで派閥のようなものを作ってしまうことだった。人が集まれば幾つかのグループが生まれることは避けられないのだが、新旧の住人による分裂は対立の元になりかねない。特に片方は奴隷という最下級の立場の者たちが主となるため、貴族の出であるミクレアやその周囲の者が奴隷である彼女らを見下すような態度をとりかねない懸念があった。


「思いの他、うまくやれているようです」


 アルマリスが調べた限りでは特に気になる問題も起きず、ミクレアたちは次第に村の暮らしに馴染みだしていた。

 ミクレアが貴族としての立場を追われてからすでに3年ほど経過していることもあり、以前は持っていた気位の高さがなりを潜めていたのが良かったのだろう。未だ貴族に返り咲く未来を夢描いている可能性はあるが、今はとにかく息子のリードを健やかに育て上げることに重点を置いているため、そのリードの世話を助けてくれる女たちには自然と頭が下がるようだった。


 村で暮らす条件としてミクレアも働くことを要求されていることもあり、ずっとリードの世話にかまけることは許されない。そんな状況でも誰かがリードを目端に捉えて気にかけてくれているというのは非常にありがたいことだとミクレアは感じていた。

 このリードの世話に関して最も手を尽くしていたのはラビオラであった。

 奴隷の女の中でも年長組に入るラビオラは人に厳しく口が悪いという印象を与えがちだが、その実周りの者たちをよく見て気を配ることに長けていた。リードに関してもそれは当てはまり、時に注意を促して人を動かしたりして、リードが危険なことをしないように備えたりもしていた。


「このバカ! 昨日も言ったろ、ボースに後ろから近寄るんじゃないよ! 蹴られて死にたいのかい!?」


「ふえええええんっ」


 ただし子供相手にも遠慮なくきつい言葉を投げかけるため、ラビオラが相手を大切に想うがゆえに厳しいのだということを知らなければ子供嫌いなのかと思うかもしれない。

 さらにラビオラは出来の悪い尻を蹴っ飛ばす女である。その剣幕はリードだけではなく元貴族であるミクレアにも向けられることが多々あった。母子ともどもラビオラに嫌われているのかもしれないとミクレアが思ったとしても無理からぬことだっただろう。

 そのことで一度それとなく様子を伺っていたアルマリスに相談があった。できればジルユードの耳に入れてラビオラと距離を置きたいと考えたのだ。


「ラビオラは、御自身の子供を3人とも亡くされています」


「……そうなのですか?」


「ええ」


 その時にアルマリスはラビオラがどういう人物なのかを語って聞かせた。ビィの元へ送る人選にはオージも気を配っており、可能な限り過去や人となりは調べてある。アルマリスはその情報を共有されていた。


「彼女の夫は兵士として戦場に赴かれて亡くなられ、子供は怪我、病気、飢えでそれぞれ亡くなられたそうです」


 10年を超す戦争の最中では特別珍しいことではなかった。しかしそれは当事者の気持ちが軽くなる要因にはなりえない。特に最後に残った末の息子が痩せこけて弱って死んでいく様を見送ったラビオラの絶望は計り知れなかった。もうこの世に救いはないのだと思ったことだろう。

 だがラビオラはそこから立ち直った。


「ラビオラはその後王都で孤児院の運営に関わるようになりました。とても厳しく子供を躾け、子供たちからはとても恐れられていたようです」


「……想像がつきます」


「ですが孤児院がかろうじて潰れずにいたのはラビオラの力が大きかったと聞いています。彼女が方々に走り回って頭を下げ、物やお金に仕事を探し、最低限必要なものを必死に確保していたからだそうです。彼女が奴隷となった時の身売り金も全額孤児院に渡されています」


 戦時中の孤児院の運営に関われば当然次から次へと悲劇に見舞われることもあった。その度に決意を新たにした。これ以上の犠牲を出さないようにと。

 ラビオラの厳しさは失うことへの怖さから来ている。甘い考えが不幸を招く。それを実感しているから他者に対してもきつく当たるのだ。けっして嫌っているからとかではない。


「彼女は真剣に周囲の者の身を案じているからこそああなのです。ジル様もラビオラのそういう面を信頼されております。ミクレア、きつい物言いに怖れや反発を抱くのはわかりますが、一つ一つを真摯に受け止めなさい。叱られないように努めなさい。こう言ってはなんですが、あの程度は例えば軍の在り方などに比べれば生易しい物言いにすぎませんよ」


「…………」


 ラビオラに対して反発を抱いている者は他にもいるが、奴隷となった者は全員が今までに一度は過酷な環境に身を置いているため耐性ができている。ミクレアにはそれがなかったが、だからといってこの程度のことで泣き言をいうなど間違いだ。アルマリスはジルユードに報告する必要性すら認めなかった。


 ミクレアは突き放されたと感じたが、アルマリスの言に反論はできなかった。実際問題リードの世話を皆が焼いてくれているのは事実であり助かっている。そしてそれを指示しているのはラビオラなのだ。

 そしてラビオラにこっぴどく叱られることによって、他の女たちから同情されたり愚痴を聞かされたりといった交流も生まれる。リードという小さな子供がいることも人と交わるには良いきっかけとなり、なんだかんだでミクレアは孤立することなく居場所を確立していっていた。




 ミクレア以外のメンバーはどうかというと、男3人は村に溶け込むのは早かった。

 ガーランは貴重な男手としてこき使われている。軽薄そうではあるが気さくな人柄はグラムスたちには簡単に受け入れられ、軽口を叩きながら毎日真面目に仕事に取り組んでいる。


 ビストンはすでに初老で力仕事には向かないが、長年執事として働いた経験から事務仕事に長けており、ジルユードの政策の手伝いをするようになっていた。今まではアルマリスがそれを担っていたが、彼女は本来そのような仕事をする立場になく得意でもない。ビストンの能力が信頼できることがわかったこともアルマリスがジルユードのそばを離れて動きやすくなった要因でもあった。


 クランディの弟であるキオも立派な労働力だ。まだ8歳の少年にすぎないが、クランディと同じく見た目にそぐわない腕力を発揮している。

 そして最近の傾向ではマカンと競って何かをしていることが多かった。


「うおら、くおおおっ、どうだどうだあっ!」


「ふぬぬっ」


 今日は取っ組み合って相手を転ばす勝負をしていた。


 キオは村に来てからすぐにビィの弟子であるマカンに目を付け、力比べを挑み敗北した。年齢でいえばマカンの方が上だが体格的には大差ない。しかしキオは負けるとは思っていなかった。でかい顔をしてやろうと自信満々に挑んでの敗北に大いにへこみ、それからこうしてマカンと張り合うようになったのだ。

 単純な力の強さでいえばマカンの方が若干上なのだが、力の使い方でいえばキオの方がうまかった。今日の勝負でも力の逃し方や強弱の緩急が絶妙でマカンを翻弄する。これは経験の差だ。キオは自分よりも遥かに力強いクランディに何度も挑んできた。力押し一辺倒では勝てない相手がいることは体が理解している。

 一方でマカンも負けてはいない。キオを押し倒そうとしては体勢を崩され逆に窮地に陥りそうになるが、すんでのところで踏みとどまってしのぐという粘りの強さを発揮していた。地力ではマカンが勝っているためキオの消耗も大きく勝敗は日によって違ってくる。


「まさかマカンとこんな風に競い合える子供がいるとはなあ。さすがあのクランディの弟というべきか」


「ビィ様はあの子供も鍛えるおつもりですか?」


「そのつもりはなかったんだが、マカンにとって良い刺激になりそうだからそれも良いかもな。本人が望めばだが」


 アルマリスが見る限りクランディは圧倒的な怪力頼りの猪武者だ。強者ではあるが隙もある。しかしそこにビィやグラムスの技巧が加わればどうなるか。

 とんでもない戦士が生まれかねない。

 それはマカンの将来の可能性であり、そしてキオの未来像でもあるのかもしれない。


「おっしゃああっ!」


 マカンが豪快に投げ飛ばされた。そしてキオがガッツポーズ。


「……ぐぬぬ」


「よし、負けたマカンは約束通り夕食の肉をキオに譲ってやるんだぞ」


「だがことわるっ」


「おい、ずるいぞマカン!」


「安心しろキオ。こいつに拒否する権利はない」


「ふえぇ、アルねえちゃ、たすけてぇ。マカンはにくくいてえ」


「ではビィ様に挑んでみてはどうですか? 勝ってビィ様から奪ってごらんなさいまし」


「挑んできてもいいが、その場合負けたら猛特訓追加だ」


「お、おう……」


 チラリとビィの顔を見るマカン。自信なさげなその表情には、肉は食いたいが猛特訓は嫌だとはっきり書いてあった。

 が、そこでキオが背中を押してきた。


「マカンー! 2対1だ!」


「お、おけっ!」


 ビィの背後から襲い掛かったキオ。2人だったら勝てるかもしれないと判断して正面から挑むマカン。勝負の行方は――


「…………(もぐもぐ)」


「…………(もぐもぐ)」


 夕食時、声をあげる気力もなく疲労のため震える手で料理を口に押し込んだマカンとキオは、食べ終わったところで力尽きてぐっすり眠りの世界へ旅立った。




 無邪気な子供ということもあり、気負うことなく一番村の生活に馴染んでいたのはキオだろう。クランディの弟ということで警戒していたアルマリスだったが、どうやら問題なさそうだと判断した。ここまではだ。

 しかし一番の警戒対象であるクランディだけは別であった。


「……やはり未だ何やら腹に抱えていますか」


 危険だ。

 アルマリスはどうにもそう感じずにはいられなかった。

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