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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第一章 ビィとマカン
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ビィの帰郷

 本日より投稿開始します。

 縁がありましたら読んでいただけると幸いですm(_ _)m

  ◇


 俺は眼前に広がる光景になんとも形容しがたい思いが湧き上がってきて立ちすくんでいた。

 夕陽に赤く染められているのは荒れ果てた村の跡地だ。

 原型を留めている家など一軒もなく、とてつもない力によって倒壊させられた家、なんらかの理由で出火して焼け落ちた家などがポツポツと点在している。

 かつて人々が頻繁に歩いた通りには雑草が生い茂り、ずっと長いこと人の往来がなかったことが一目でわかった。


 ロンデ。

 ここにあった村の名前だ。

 魔族の侵攻の第一波によってあっさりと無くなってしまった俺の生まれ故郷。

 いったい何が起きたかもよくわからないままに逃げ出してから15年たった春。

 何度も帰りたいと願った地にようやく俺は戻ってきたのである。




 あの日、家族も友人も故郷も全てを失った俺は兵士になった。

 魔族との戦争が激化している最中、多くの人間が殺され、家を失って逃げ惑っていることを知り、いてもたってもいられなくなったからだ。

 まだ10歳にも満たない年齢だったために、最初の頃は戦場に出ることなく炊事や洗濯といった雑用や物資の運搬などの手伝いをさせられていたが、度重なる敗戦による重度の人手不足によって子供といえども意欲のあるものはすぐに槍を持たされて戦場に送り込まれるようになった。

 幸いというべきか、俺は運が良かったのだろう。

 俺のいた数々の戦場は比較的優勢を保ちやすい場所であることが多く、魔族相手にちょっとした勝利をあげることも少なくなかった。撤退戦も多かったが、所属する軍が壊滅するようなことは一度もなかった。

 おかげで10年以上もの間戦い続けながらも5体満足で故郷に帰ってこれた。これは幸運と言って良いだろう。


「ビィせんせ、どした?」


「ああ、悪い」


 俺は後ろに佇む少女に一言謝罪した。


 その娘の名はマカン。薄い水色の髪に爛々とした碧い瞳が特徴的なおっとりとした子供。年の頃はたぶん10歳前ぐらいだ。

 旅に適した身丈にあった服とズボンは擦り切れ薄汚れているが、整った顔立ちとスラリとした体つきから少女であることは誰の目にも明らかだろう。

 そんな幼い少女であるマカンは俺の胸ぐらいまでしかない自分の背丈を越える大きな荷袋を背負っている。誰もが一度は我が目を疑うようなその姿からもわかるように、見た目と違いかなりの力持ちの少女だが、目的地についたなら早く荷を下ろさせてと目が訴えていた。


「雨風が凌げそうな建物があればよかったんだがな。とりあえずもうちょっとだけいこうか」


「おけ」


 ビィせんせ、というのはビィ先生。ビィが俺の名前だ。

 終戦後に兵士を辞めた俺はそれからも色々あって、今はこの少女マカンの保護者兼教師という立場だった。

 服装はサイズこそ違えどマカンと似たり寄ったりだが、腰に下げた物々しい剣と背中の槍が俺の存在感を一際引きあげていることだろう。


 俺は自分でいうのもなんだが優秀な兵士だった。

 まだ若いと言い張れる年齢だが戦場ではベテランだ。配属された先では多くの戦友や上司が次々と死んでいったこともあり、気がつけばちょっとした立場にもなっていた。これでも価値のよくわからない勲章もいくつか頂いたし、兵士を辞める決断を下した時には強く引き止められたり当家に仕えないかといったお誘いも多く、それらを断るのが大変だったぐらいである。


「ビィせんせ、どっち?」


「……とりあえず、あっちかな? たぶんあそこにあるのが俺の実家だ」


 村の全てが記憶のままとは程遠い。

 俺はマカンを連れて自分の家だったと思しき場所まできていた。


 ああ、ここだ。

 家は扉は原型がなく一部しか残っておらず、壁も1面が倒壊している。かろうじて屋根はまだ部分的に残っていたがいつ崩れてくるかわからないような状態なので家としてはすでに死んでいる。

 そんな姿であったが俺はここが自分の家だったと確信した。

 頭の中には両親と一緒に生活した子供の頃の記憶が蘇ってきて、思わず目頭が熱くなった。それから先の記憶が殺し殺されての連続でしかなかったのでなおさら懐かしく思うのだ。


「ここもムリじゃね?」


「……そうだな。マカン、家で寝るのは諦めて今日も野営だ。あそこの広場で準備進めてくれ」


「おけ」


 無事な家も探せばあるかもしれないが、間もなく陽が暮れる。今日のところは見切りをつけてしまった方が良いだろう。

 俺の指示でトコトコとマカンが離れていった。2人での旅もすでに半年以上になる。そのほとんどが野外での生活だったので野営も慣れたものだ。

 全ての準備をマカンに任せきりにするつもりはなかったが、それでも俺は家の前をすぐに離れる気になれなかった。

 懐かしさとともに悲しい気持ちも増幅されて少しだけ陰鬱としながらも、俺は家の中に足を踏み入れた。




 両親は村の警備を担当している兵士だった。あの日も勇敢な両親は村に残って最後まで戦った筈だ。

 幼心に一緒に逃げてくれなかったことを当時は不満に思っていたが、今は両親のことを強く誇りに思っている。戦役を戦い抜けたのも両親あってのものだった。


 父さんも母さんも兵士だったが堅苦しい雰囲気はまったくなく、温和で場を賑やかに和ませることができる人柄だった。この家で過ごした日々には常に笑い顔が溢れていた。


『お帰り――』


 ふとそんな声が聞こえたような気がした。


『お帰りなさい。ずいぶんと遅かったわね?』


 ヤンチャ坊主だった俺は暗くなるまで外を駆け回る事が多かったから、よく両親には心配もかけたものだ。まだ夕暮れどきぐらいなら笑顔で迎えてくれたが、完全に日が落ちてから戻るとかけられる言葉は同じでも心配したというニュアンスが強まり子供心にも申し訳ない気持ちになったものだ。

 だけど今俺の頭の中で再生された母さんの声は、とくに心配したというような声色じゃなかった。

 ちょっとだけ肩から力が抜けた気がした。


 夕焼けで影が伸び薄暗くなっている屋内を進む。

 壁や天井の一部の木片が散乱していて足場は悪いが、長年様々な戦場に身を置いた俺にとっては苦になるものでもない。

 ひょいひょいと通れる場所を抜け、またいで、部屋の中程辺りに立っている柱のところにまで到達した。柱は俺の背丈よりすこし上の部分で折れてしまっているが、土台は無事のようだった。


 本当に懐かしいと思いながら柱を触った。

 腰ぐらいの高さから何本もの横線が彫ってある。


『ふふ。ずいぶん大きくなったわね』


『まったくだ。前回測った時はここだったんだぞ』


 この横線は俺の身長の記録だ。時折両親が俺の背丈を測っては大きくなったと喜んでくれたものだ。そういえばこの柱に線を彫って背丈を測りだすようになったのはいくつの頃からだったかな? さて、何がきっかけだっただろうか――


『おまえが包丁振り回してつけた傷にこの子が気付いたのがきっかけだったなあ』


『あの時は納得しましたけど、本当に浮気じゃなかったんですよね?』


『もちろんだとも。私が愛しているのはおまえだけだよ』


『アナタ……』


「…………」


 なんだろう。懐かしいを通り越して生々しいやりとりが聞こえてきた気がした。

 当時こんなやりとりを聞いた覚えがあっただろうか? まあ俺の記憶は色々あって自分でも訳わからなくなってる部分があるから、忘れてただけできっとあったのだろう。


 俺は屋内をさらに進んだ。

 リビングを抜け端の狭い廊下までくる。この先に両親の寝室と俺の部屋があったのだが、ここも壁や扉が壊れて朽ち果てようとしている。簡単には通れそうになかった。

 自分の部屋を覗いてみたかったが無理そうだ。

 俺が村を襲った魔物の群れから命からがら逃げ出した時、自分の部屋はどんな状態だっただろう。


 なんとなくは思い出せる。村やその周辺で拾った物を宝物みたいに感じて集めてきたものがたくさん置いてあった筈だ。曲がり方が格好良かった木の枝とか、河原で見つけた丸くなった石とか、昆虫の抜け殻なんてものもあったっけ。

 この歳になるとなんであんな物を大事にしてたのか不思議になるが、同時に平和を象徴していた宝物たちだったのだとも思う。

 あれらはすでに昔の遺物でしかない。この村が襲われた時に価値をなくしたガラクタだ。

 そう考えると物悲しくなってしまう。


『放っておくといくらでも物を増やしてしまっていたなあ』


『本当にねえ。たまに見えにくいところの物を処分してもぜんぜん気付いてなかったようだけれど』


『一度だけなんとかが無いって騒いだこともあっただろう?』


『ああ、確か、大事な物はおまえの胸の中にあるんだよってアナタが強引に納得させていたわね』


 ……あれ? 何か大事な思い出が汚されていっているような気がするが。

 当時はよく理解できていなかった記憶でも、呼び覚ましてみると違う一面が見えるとかそういうことなのかな?


 少しだけ哀愁を感じていた気持ちがひっこんでしまった。

 俺はボリボリと頬をかいて踵を返した。いいかげんマカンを手伝わなければならない。少し奇妙な心持ちだが、泣きそうな面をしているよりよっぽどいいだろう。


『ところでさっきからこの子ぜんぜん返事しないね?』


『こんな無口な子じゃなかった筈なのに……』


「…………」


 食事の準備はまだマカンに任せるのは怖いからな。それぐらいは陽があるうちに早めにすませておこう。


『……ねえ、ひょっとしてうちの子じゃないんじゃないかしら?』


『ああ、そう言われてみればそうかも。どことなく面影がある気がしてたんだが、よく見たらそれほど似ていないかな』


『そうよね。あの子なら家に帰ってきてこんな陰鬱とした表情なんてしている筈ないわ』


「…………」


 ……なんだろう。

 さすがにこの幻聴少しおかしくないか? 俺の思い出とか全く関係ない話をしだしているようなんだが。


『あー、でも、そんなこともないぞ。向かいのフィーちゃんが嫁入りの報告しにきた時なんてこんな顔をしてた覚えがある』


『フィーちゃんには懐いていたものね。大きくなったら僕のお嫁さんになってとか何度も言ってたわね』


「…………」


『そうそう。フィーちゃんもよく面倒みてくれてたなあ』


『でもフィーちゃん、実はこの子がいつもおっぱい触りにくるの嫌がっていたのよねえ』


『マセてたものなあ。誰に似たんだか』


『誰ってもう、アナタしかいないじゃない』


『おいおい、私はいつも良識ある行動を心がけてきたつもりだよ』


『あらそうだったかしら? まだ小さかった頃に水浴びしていたのを覗きにきていたの知っているのよ?』


『ちょ、ちょっとおまえ、気付いていたのか?』


『当然でしょ。だって――』


「…………いつまで続くんだ、これ!?」


 さすがにおかしいだろうが!?


『あらやっと反応したわ』


『まったく。なんでまた知らん顔を通そうとするんだろうな』


「――なんでこんな妙な声が聞こえてくるんだ? 俺の頭がおかしくなったのか?」


 俺は薄暗い室内を見回した。

 さっきからまるでそこに俺の両親がいるかのような声が頭に響いてくる。実際の肉声ではありえない。しかし俺の妄想の産物にしては生々しすぎる。

 そこに何かいるとしか思えない現象だった。

 そして事実そこにいた。


 ――黒い影だ。


 ぼんやりと、日陰とほとんど同化して視認するのも難しかったが、確かにいる。2体。魔力の塊のような黒い影がそこにぼんやりとたたずんでいた。


「ゴースト!?」


『惜しいけど違う。私たちはこの地に縛られてるファントムだよ』


 ゴーストとファントム。ともに死んだ人間の魂が魔力をまとって意思をもった霊体を指す。2つの違いは存在理由とでも言おうか。ゴーストは優秀な魔術士など強い魔力を持った者が死後なりやすく、基本的には生前の行動に縛られることが多い。

 一方でファントムは強い未練を残して死んだ者がその未練を果たさんがために仮初めの霊体となって動き出したものを指す。もともと霊体を維持できる魔力が乏しい者はその際に魔力の豊富な大地などから魔力を借り受けて霊体を構成することがあるため、土地に縛られそこからあまり離れられなくなるケースが多い。

 またゴーストが基本的には自然消滅することがないのとは逆に、ファントムの場合は未練を果たすことで束縛から解かれ魂はあの世に行くと言われている。

 ただ土地に縛られたファントムは、その場ではけっして果たせない未練を持ち続けて永遠に苦しみ続けることになることも多いらしい。


「……そんな嘘だろ? まさか、父さん、母さん……なのか?」


 すぐには信じがたいことだった。

 しかし先程の俺の頭に届いたやりとりは他人のものとは思えなかった。

 そもそも俺の秘匿したい過去を知っているというだけでも他人である筈がない。むしろあかの他人にまで知られていたら恥ずかしくて表へ顔を出せない。


『そうだよ。ようやく会えたね』


『きっと無事に帰ってきてくれると信じてたわ……』


 その2体のファントムからはとても温かい思念が届いてきた。

 普通の人間ならきっとこの2人の姿もよく見えず、声が聞こえることもないだろう。それぐらいにか細い存在感しかもたない2人だったが、思い出の詰まったこの場所で出会った俺にはもう疑いようがなかった。


「父さん、母さん……」


 たまらず目に涙が浮かんできた。

 ああ、抱きしめたい。なのにもう2人にはそんな肉体がないのだ。今のこの気持ちがとてももどかしい。

 ……だから今はこの一言だけ伝えておこう。


「――ただいま。遅くなってゴメン」


『ええ、お帰りなさい』


『よく戻ってきたね。お帰り、ヒロシ』


 ……

 …………

 ………………?


「え、ヒロシって誰?」

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