60 地団駄
宮田光次視点です
尾張国 小牧山城 木下藤吉郎邸 宮田喜七郎光次
「伊賀守も伊賀守じゃ!儂が猿啄城を調略しようかという時に、あっさり龍興めに城を返しおった!おかげで、多治見修理との話し合いが無駄になったわ!」
殿が悔しそうに叫ぶ。
猿啄城の多治見修理との交渉の途中、稲葉山城を奪っていた伊賀伊賀守が、旧主である一色右兵衛大夫に城を明け渡してしまった為に、多治見修理が態度を変えてしまい、手柄を逃してしまったのだ。
「城を龍興に返すくらいなら、儂の話に乗って、殿に城を差し出せばよいものを!おかげで、城攻めをした五郎左殿と与兵衛殿に手柄を取られてしもうたわ!」
怒りがおさまらないのも無理はないか…結局、力攻めになり、丹羽五郎左衛門様と河尻与兵衛様に手柄を奪われてしまった。
「過ぎたことを言っても仕方あるまい。宇留摩調略の功はあるのだ、それで我慢しておけ」
殿の与力となっている蜂須賀彦右衛門様が宥めておられる。
「しかし、それも傳兵衛殿の手柄の方が大きかろう」
伊賀守との交渉が上手くいかずに、森傳兵衛様の二城調略に割り込んだ形となったが、傳兵衛様は瞬く間に伊木山城の伊木清兵衛殿を口説き落として、殿が調略中の大沢次郎左衛門殿に圧をかけられた。
殿の手柄となってはいるが、傳兵衛殿に手柄を譲られた感は否めまい。
「そうは言うが藤吉郎、清兵衛と次郎左衛門では、説得に掛かる手間も変わって当然であろう」
彦右衛門様の言葉は尤もだが…
「そんな事はわかっておる!じゃが問題は、周りからどう見られるかじゃ。間違いなく儂より傳兵衛殿の方が評判はよかろう」
まあ、それはそうであろうな。
「そうだな。だが、傳兵衛殿もお主に手柄を譲ってくれたのだろう? 猿啄城の事も手を引いて、お主に任せてくれておる」
彦右衛門様が諭されたが、殿の腹立ちはおさまらないらしい。
「兄者」
「どうした、小一郎?」
と、そこへ殿の弟である小一郎様がやってくる。
「生駒八右衛門殿が、土田城の生駒甚助殿を味方に引き入れたそうです」
「ほう、それは言っては悪いが八右衛門殿にしては珍しい手柄じゃのう。殿から調略を命じられておったのかのう?」
土田城を調略するという話を聞いていなかったので、八右衛門様が自ら率先して、調略したのであろうか?
もしそうならば、確かに八右衛門様らしくはない。
「いや、どうやら八右衛門殿は話を通しただけで、実際には傳兵衛殿が動かれたらしい。手柄は八右衛門殿に譲られたとか」
「またしても傳兵衛殿に、してやられたのか!」
小一郎様の話を聞いた殿が、顔を真っ赤にして地団駄を踏む。
「まるで猿啄城の調略は出来ぬと知っておったかの様な動きにも見えるか」
その呟きに、皆が一斉に彦右衛門様を見る。
「伊賀守に通じておると?」
「いや、それはあるまい。もしそうならば、お主が出来なんだ稲葉山城の明け渡しを傳兵衛殿が行っておろう。伊賀守もわざわざ右兵衛大夫に返さず、上総介様に明け渡しておろう」
それはそうだ。
もし通じておれば、そのような大手柄を立てぬわけがない。
「そうじゃろうな。はぁ、まったく物凄い強運の持ち主じゃな。肖りたいものじゃ…」
殿はそのすぐ後に、傳兵衛様を通じて、加治田城の佐藤紀伊守殿が織田家に臣従したという話を聞いて、再び地団駄を踏んでおられた。




