444 江北調略会議
播磨へ帰る気満々だったのに、何故か江北で調略をやる羽目になってしまった。
今回は少しやり過ぎた自覚があるので、色々言われる前に播磨へ退散するつもりだったのだが…
そこそこ活躍出来ただろうし、これ以上手柄を立てて他の将からヘイトを貰うのは勘弁して欲しいところなんだけど。
まあ、メインの小谷城攻略に参戦する訳ではないから、他の同僚達の活躍の場を奪ったりしないだろうし、後で恨まれる様な事もないだろうけど。
先ずはこれからの動きを考えなければならないのだが、急に権六殿に連れてこられた為、俺の主力メンバーは親父と共に和邇に居るので、京に残っている家臣…平野右京進(長治)、大平上野介(家次)、一柳弥三右衛門(直秀)、母里雅楽助(義時)の4人と小姓の平野五郎左衛門、小西弥九郎、それに殿から軍監を命じられた堀久太郎を集める。
さて、どうするか…って、小谷城を攻めるのって何日?
「久太郎、小谷城を攻めるのは何時だ?」
幸い殿の側近である堀久太郎(秀政)が軍監を命じられているので、分からない事は久太郎に聞こう。
「間髪入れずと言いたいところですが、摂津の兵が戻るのに今暫くかかりましょう。とは言え、五日はかからぬ筈に御座います」
五日か…早いのか遅いのか。
まあ、調略をする身としては根回しが間に合わないので早いんだけどさ。
「五日か…」
「五日もあれば、東野左馬助、大谷伊賀守の両名を寝返らせられますな」
五日と聞いて、母里雅楽助は安堵した様に頷く。
「いや、儂が殿から命じられたのは江北の国人衆の調略だ。東野大谷両名だけの話ではない」
そう、殿から命じられたのは江北での調略だ。
一般的に江北とは伊香郡、浅井郡、坂田郡の三郡を指す。
伊香郡は敦賀への通り道、浅井郡はその名の通り浅井家の本拠である小谷城、坂田郡は先の戦の舞台となった姉川がある。
つまり、5日で小谷城周辺の国人衆を出来るだけ寝返らせろという命令だ。
はっきり言って無理!
殿も無茶な命令を出してくれたもんだよ、まったく!
殿も、少しは下の者の迷惑というものを考えて欲しいものだ!
「全てを調略するのは無理に御座いましょう」
平野右京進も俺と同意見だし、俺の認識が間違っている訳じゃないよな。
「ふむ、東野、大谷の両家は上野介に任せる。幾人か連れ伊香郡余呉へ向かい、時期を見て朝倉家の退路を断つ様に命じよ」
「畏まりました」
多分両家は、浅井家が追い込まれれば裏切るだろう。
浅井家と運命を共にする気もないだろうしな。
「後、調略するのであれば、やはり宮部善祥坊であろうか…」
やっぱり短い期間で調略するなら、一番に思い浮かぶのは史実でも寝返っている宮部継潤だよなぁ。
佐和山城の磯野員昌もありかもしれないけど、こっちは放っておいても寝返るだろうし。
いや、折角だし人を遣って手柄に見せかける事はした方が良いか。
「弥三右衛門、お主は佐和山城へ向かい、磯野丹波守を口説き落とせ。恐らく丹波守程の者であれば、時勢を見て既に降伏を考えておろうが、背中を押して参れ」
「はっ!」
「右京進、お主には宮部善祥坊の方を任せる」
古参で信用出来て俺の京での代理としてある程度名声のある平野右京進なら、任せても大丈夫だろう。
「…しかし、善祥坊は寝返りましょうか?」
「さて、分からぬが、望みはあろう。善祥坊は元延暦寺の僧。この前知り会うた延暦寺の僧…正教院詮舜と薬樹院全宗であったか、その二人に口添えを頼むのも良いかもしれぬ」
「成る程。承知致しました」
「うむ。降るに不安であれば此方から人質を出すと申せ」
藤吉郎も秀次を人質に出して懐柔していたし、秀次も直ぐに返されているから命の危険は無いはず。
「人質に御座いますか?」
「うむ。彦五郎を考えておるが如何であろう。養子の件は有耶無耶にしてきたが、正式に養子に迎えるというのはどうだ?」
赤松義祐から押し付けられた彦五郎の使い道…
一応、俺の養子だし、赤松家という由緒ある血筋でもある。
赤松満政からも播磨から何処かへ移せとも言われているしな。
「彦五郎殿であれば不足はありますまいが、彦五郎殿は未だ赤穂に居られます。果たして間に合いまするか?」
ああ!さっさと京へ送っておけば良かったか!
若しくは今回の戦に連れてくるべきだったか…
「弥九郎、お主の父の隆佐に、至急彦五郎を京へ連れて参るように頼んでくれ」
小姓の小西弥九郎に、小西隆佐へ使いを命じる。
「承知致しました」
しかし、5日しかないからなぁ。
間に合わないか…
「仕方ない。間に合わねば、父に弟の何れかを人質として差し出す事を頼まねばならぬか…」




