37 万が一に備えて
八月になって、清須に赴く。
尾藤源内がまだ織田伊勢守家に仕えていた頃。
殿が率いる清須の軍勢に攻められ遠江へ逃れる時に、一番下の子は乳母に連れられ、乳母の実家である御器所村へと逃れたという話を思い出したからだ。
源内が御器所村の乳母の所へ使いを出し、引き取りに行くのだが、ついでとばかりに俺も戸田へ行くと理由をつけて、清須まで一緒に行く。
大分遠回りになるが…
この後、清須の屋敷でしばらく休んでから、戸田へ向かう予定となっている。
屋敷で休んでいると、前田又左衛門殿が訪ねてくる。
「これは又左衛門殿、禁が解けてなによりで御座います。して、本日は如何されました?」
森部の戦いでの活躍で出仕停止が解けてから、まだ会っていなかったので、お祝いの言葉をかける。
「おお!小太郎!清須におったか、丁度良い!
某の友人が、婚儀を行う事になってな、良い酒を融通してもらおうと思い参った次第」
「なれば、後程そちらへ一樽届けさせましょう」
「おお、忝ない。これで友人の面目も立つ。妻の家が、あまり乗り気ではない故に、小太郎から酒を出してくれれば、少しは見る目も変わろう」
嬉しそうに言うが、森家関係ないよ?出世に利用されても困るんですけど…
あくまで俺個人の裁量だからね。
「御免!こちらは木下藤吉郎殿のお宅か?」
一緒に付いてきた堀尾茂助が、長屋を訪ねる。
「おお!小太郎、こちらだ。助かった」
中から又左衛門殿が呼びかけてくる。隣にいる小男が秀吉かな?
「又左衛門殿、此方が新郎の方ですか?」
「ああ、某の友人で木下藤吉郎と申す。藤吉郎、此方は森三左衛門様の御嫡男、小太郎殿だ。お主の婚礼の為に澄み酒を用意していただいた」
すると藤吉郎は、恐縮したように感謝を述べる。
「某のような者の為に誠に忝ない。この御恩はいつか必ず御返しいたします」
「なに、構いませぬ。又左衛門殿のご友人に恥を掻かせる訳にはまいりませんから。
何より藤吉郎殿は人の上に立ちそうな予感が致します。
某の予感はよく当たります故、出世払いは大いに期待出来ますよ」
いや、本当に。今の俺なら、尾張美濃辺りでなら、三國志の許劭、司馬徽、龐徳公以上の人物鑑定ができると思います!
「なんと!!ありがたいお言葉!必ずやご期待に沿って一国一城の主となり、小太郎殿のお役に立ちましょうぞ!」
子供の俺にもへりくだってくるとは…
本気で感動してくれているのか、子供の俺を通して親父に胡麻を擂っているのかわからないな、流石だ。
まあ、貧乏な下っぱ時代に、婚礼の祝いを出しているのは、後々秀吉が天下を取ってしまった場合に、有利に働くはず。
少なくとも、嫁の寧々殿の印象は良くなるし、口利きも期待出来るだろう。
織田家存続を目指しながらも、豊臣の天下でも生き残れるように、手は打っておこう。
秀吉の出世を手助けして感謝されつつ、実は史実と見比べれば、足をひっぱっているというのがベストだな。




