98 パシリ勝三郎
森勝三郎視点です
美濃国可児郡久々利城 森可隆家臣 森勝三郎隆恒
「誰か人を甲斐へ送りたいのだが、誰を送れば良いと思う?」
殿から相談されたのは、永禄八年の九月の事。
「何用で送られますか?」
「家臣を得る為だ」
「武田家から引き抜くのですか!それは…」
武田家とは同盟を結んだばかりで、そのような事の為に、揉め事を起こす訳にはいかぬ。
「いや、流石に他家に仕えておる者を引き抜こうなどとは思うてはおらぬ」
さすがに傳兵衛様も、其処のところは理解しておられるか。
「近頃甲斐で、信玄入道が嫡男の太郎殿を廃嫡するといった話を聞いた事があるか?」
が、急に話が変わり、そのような事を言い出された。
「寡聞にして存じませぬが、どこでその様な話を?」
「あ~…僧や商人の話に良く耳を傾ければ聞こえてくる。それよりもだ、どうやら太郎殿が信玄入道に対し謀反を企んでおるらしい」
何か誤魔化された様な気もするが、その様な小事よりも大変な事を聞かされた。
「それは一大事に御座いませぬか!直ちに大殿へお知らせねば!」
「い、いや待て!!まだ確かなものではない!それを確かめに行ってもらいたいのだ。父上には、その様な不確かな噂があるとして伝える」
「な、成る程…では、武田の情勢を探る為に?」
「う、うむ。だが、より詳細な情報ならば、殿が調べられよう。もし、太郎殿が謀反を企んでおれば、それを知らぬ信玄入道でもあるまい。仮にもし、誠に謀反を起こそうとしておったとしても成功はすまい。そうなれば、側近は殺されようが、それ以外の者は蟄居や追放される者もおろう。その追放された者を美濃へ連れて来る事が出来たならば、より内情も分かろう。無論、大勢を引き抜けば目を付けられようが、一人二人ならば何も言うまい」
「ならば、なるべく地位の高い者の方がよろしゅう御座いますな」
「無論、重職にあった者の方が良いが、家臣とするならば、より能のある者の方がよい。だが、誰を送るか…槍働きにもならぬ仕事を不満を抱かずこなせる者がな…俺が行ければ良いが、そうもいかぬ」
成る程、確かに当家に限らず槍働きを望む者が多い。
しかし、他の者は皆それぞれ仕事を任されている。
「ならば某が参りましょう」
「行ってくれるか勝三郎!すまぬな。流石に新参者に任せる事は出来ぬ故、勝三郎に断られれば諦めておった」
と、殿は嬉しそうに某の手を取る。
「では、支度が整い次第、甲斐へ向かいまする」
「出来れば、曽根内匠助殿に当たってみてくれ。内匠助殿の子、周防守殿は太郎殿の乳母子。周防守殿は恐らく助かるまいが、内匠助殿ならば無事であろう。それに内匠助殿の武勇は是非とも手に入れたい」
やれやれ、結局また傳兵衛様の御病気か…気に入った者をすぐ引き入れようとなさる。
これこそが傳兵衛様の本当の目的であろうな。
「承知致しました。内匠助殿に会うて参りましょう」
「宜しく頼む。ひょっとすれば駿府へ逃れるかもしれぬがな」
やれやれ、もしもの場合は駿府まで行かねばならぬのか…
「それから、武田家に残った者、蟄居を命じられた者には手を付けるな。その者が武田家に不満を持っておろうがだ。追放された者や出奔した者だけにせよ。なるべく武田家に目を付けられぬ様にな。無理ならば直ぐに戻ってこい。期限は織田家が上洛するまでだ」
「はっ」
やれやれ他の者に傳兵衛様の我が儘を押し付ける訳にもいくまい。
そう考えていると傳兵衛様に数通の文を手渡される。
「これは?」
「一通は俺から恵林寺の快川和尚への文だ。まあ、甲斐へ行く為の口実だ」
はあ…
「次の一通は崇福寺の拍堂和尚から快川和尚への文。口実を補強する為のものだな」
崇福寺の拍堂和尚は、快川和尚の弟子だと聞いた事がある。
いつの間に手に入れておられたのか…はぁ…
「最後の一通は、曽根内匠助殿へ」
「承知致しました。では恵林寺を目指せば良いのですな?」
「いや、東光寺だ」
東光寺…恵林寺よりも大分手前だな、躑躅が崎館の近くであったか?
「謀反にしくじれば、太郎殿は東光寺に入れられよう。快川和尚は、その助命に動かれるであろう」
なるほど、快川和尚は、いずれ東光寺か躑躅が崎館に来られるか。
「あと、東光寺の近くの酒折宮に参って来てくれ。連歌発祥の地だ。俺に変わり、御利益を頼む」
…まあよい、それよりも随伴をどうするかだな…
「藤蔵をお借りします」
奥村藤蔵は急に家督を継いだ事もあり、あまり武士には向いていない様に思える。
本人も何事もなくば、遁世しようと考えていたようだ。
武功を上げることが叶わずとも、あまり気にはすまい。
あと、もう数人、誰を連れていこうか…




