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100万回転生したネコ02話
なんと怠惰な時であろうか。
惰弱であるとバカにしていた家猫の暮らしは、実際に私の精神を腐らせるのに十分な力があった。そしてそれを心地良いと思う。
発情期になり、外へ出ると、以前よりも多くの女どもが寄ってくる。
人間が弱いから、自分達に合わせて私まで清潔に手入れしてくるのだが、それが良いらしい。
外で暮らしていた時には分からぬ事であった。
しかし、確かに女からしてみれば清潔な男の方が良いであろう。病気で死ぬ同胞は多いのだ。
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私はとうとう齢20歳を数えてしまった。恐るべき事だ。
以前の人生の倍である。
怠惰に過ごしていたため、それほど特徴的な思い出は無いのだが、我が僕の家族に子供が生まれて、それが成体に成長するまでの過程を見れたのは非常に興味深い事だった。
私が赤子の頃、ちょうど生まれた人間のオスの子供が、あれほど大きく成長するとは。
たかが僕の子供ではあるものの、同じ時を同じ場所で過ごした。兄弟の様な気さえしてくる。
確か、その様に言っていた家猫の長老が居た。
その時は、長く生きて頭がおかしくなったんじゃ無いかと思ったものだが、今はあの長老の気持ちが分かる。
これは良いものだ。
私はそれからも更に生きて、とうとう僕、いや、兄弟の結婚式に出席した。
人間というのは概ね1人の伴侶を選び、繁殖する。
非効率に見えるが、年中発情期なのだから、これは当然と言える。人間が増えすぎるとこちらとしても管理が難しい。彼らは彼らはなりに我々の事を考えて生殖している様だ。
その儀式が、結婚式というものだ。
もはやうまく動かぬ体を僕に抱えてもらい、私は兄弟が番う者と並ぶ姿を見た。
なんと言えばいいのか、心の底から湧き上がるものがあった。
ああ、人生とはかくも良きものであったのか。
私は歩く。
思いの外楽しくて長居し過ぎた。まだ足が動くうちに行かねばならぬ。
私は歩く。
兄弟の番は腹が膨らんでいた。兄弟の子であるなら、私にとっても家族である。
私は歩く。
家族の出産に立ち会えぬなど、家猫でなければ惜しいとは思えぬ事だった。
私は歩く。
100万回生きたネコ。あの伝記に記された者も、この様な気持ちであったのだろうか。
ゴツゴツと肉球に当たる骨の感触がふっと途切れた。
ここが私の場所である。
体を横たえた。
願わくば、再び生まれ変わる事を。
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かくして私の願いは果たされた。
再び家猫として生まれ変わった。
しかし、目が開き、恐るべき事態に陥っている事に気付いた。
私はメスになっていたのだ。
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