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78,三位一体

 目を覚ました時には、船ではなく砂の大地のうえだった。

 近くにはピラミッドがたち、遠くの方にはビル群が見える。

 だが、この世界の主であるウロボロスの姿はどこにもない。

「本当にいなくなったのかよ、アイツ」

 自分の中に感じるのはウロボロスの力だけで、魂のつながりも声も聞こえない。

 話をしたのは数日の間だが、この世界に来てからお世話になっていたのだが、何のお礼も言えずに消えてしまった。

 いや、もしかすると、押し付けられたのかもしれない。

 世界を救え。

 それに文句も礼の言葉もを一つも言わせるない、これまで力を貸してやった駄賃代わりに去っていった。

 そう考えたほうが彼奴(ウロボロス)らしい。

 フッ、と鼻で笑いながら鎌を手元に出して、一振りする。

 振るう力は、ウロボロスから力を借りていた時と変わらない。

 むしろ、自分の力として使える今の方が力の流れがスムーズだ。

 何度か鎌を振るいながら感覚を調節していると、後ろで砂を踏む足音が聞こえた。

「で、元気は有り余ってるようで良いけれど、そろそろ説明いいかしら?」

「十分なほどに。そういえばここに来るのは初めてだっけ」

「ええ。こんな細かい砂の地面で歩きにくい場所、来たことないわ」

 アヤメがスカートの裾に着いた砂をはらいながら、ため息をつく。

「ここは……そうだな、ウロボロスの力で作り出した別の世界。世界樹の折れ口を塞ぐことと被害が大きくなることを防ぐために展開した。アヤメも一緒にいるのは、まあ俺一人じゃ無理そうだと思ったからな」

「その考えは正解みたいね。あの虫だけなら何とかなったかもしれないけど、さすがにあれと一人で戦うのは大変そうだし」

 アヤメの視線を追って目を向けると、かなりの速度で黒い蛇のような細長い巨体がビルを倒壊させながら二人の方に向かってくるのが見えた。

 圧倒的に大きさが違っているが、てらてらと光る竜麟や、大きな顎は数時間前に倒したニーズヘッグに酷似していた。

 大きく違うのはあちらには太くがっしりとした四本の脚がある〝龍"だったのだが、こちらは北欧神話にあるとおりの蛇の姿をした〝竜"という点。

「さしずめニーズヘッグの完全体といったところかな?」

「そうなの? 大きいだけで、さっきの方が強そうだったけど」

「……まあ脚がなくなってるから、大きく動かせるのは頭と尾だけだもんな。そう考えた楽っちゃ楽か」

 アヤメの考えにも一理あると頷く。

 だが、サイズが大きくなった分、単純に鱗が厚くなり耐久性が増しているだろうし、攻撃を回避しにくくなるという利点をニーズヘッグは得ている。

 どちらにしろ気を緩めてはならない。

「で、どうするの? ここに来るまで待っとく?」

「待つ必要はないよ。こっちから仕掛ける」

 そういってアヤメに手を握る。

 いきなり手を握られたことに驚いたようだが、気にしないようにしつつ、こちらから念話(テレパシー)を繋いでこれからすることを伝えた。

「じゃあ、空間跳躍(とぶ)ぞ」

 一歩前に出ると、そこは砂の地面ではなく硬いコンクリートの感触。ニーズヘッグがすぐそこまで迫るマンションの屋上に立っていた。

 ウロボロスから受け継いだのは単純な力だけでない。この世界の在り方やモーテスや星月先輩のいた世界の事、能力の効率的な使い方、そして何ができるか。

 その中には、今行った空間跳躍のやり方も含まれている。

 不意を突いた形で現れたことでニーズヘッグはこちらに気付いているだろうが、勢いの付いた歩みは止められない。

対してこちらは戦闘態勢に入っている。

 屋上のアスファルトが割れるほどの踏み込みで数歩の助走をつけると屋上から、鎌首をこちらに向けているところのニーズヘッグ目掛けて跳んだ。

 あまりにも巨大なニーズヘッグの体躯故に、ビルの上から攻撃を仕掛けたはずだが、一秒にも満たない間に攻撃圏内に入る。

 それでも僅かに落下の勢いがついた大振りの一撃を、がら空きの背に叩きつけた。

「な、」

 鈍い感触と共に、刃が弾かれる。

 切断の能力も発動させていたはずだが、現に刃は弾かれた。

 二の手を打つよりも先にニーズヘッグの反撃が行われる。

 暴れ出した巨体のうねりに飲まれることを回避すべく、硬い鱗の並んだ背を蹴り、傍のビルの中へガラス窓を割りながら転がり込む。

『アヤメ、無事か』

『大丈夫だけど、あれ硬すぎない! 突き立てようとしたのが一本折れたんだけど!』

『俺の方も刃が弾かれた、ヤバいな。多分、単純に硬いわけじゃない。何かの能力による防御だと思うんだが』

 念話の途中で大きな揺れと共にビルが傾いた。

 外をのぞかなくとも、今いるビルが倒れかけていることは想像につく。

 入ってきた方向とは反対に向かって走り、壁を切り壊して外に飛び出す。

『何か思いついた?』

 アヤメから念話で声が聞こえた。

 返事を返そうとしたその瞬間、後ろのビルを突き崩してニーズヘッグが現れる。

 赤々とぎらついた双眸が日々野を捉えた。


Gyaaaaaaooooooo!!!!!!

 

 肌がひりつくほどの叫びをあげながら、日々野を飲み込もうと大きく顎を開き、細長い胴を伸ばしてくる。

 向こうのビルまではかなりの距離がある、おそらく届かない。

 咄嗟にニーズヘッグが破壊したビルのコンクリート片を蹴り上げ、一気に高度を上げた。

 回避されたにもかかわらず、日々野がいた場所をニーズヘッグが通過する。

 日々野から見えるのは、頭部が別のビルに突っ込んで胴だけだ。

『一撃で無理なら、何度でもやるか、もしくは鱗で守られてないところを狙うくらいしか思いつかないけど』

『やっぱりそれしかないわよね。じゃあこっちで合わせるから、頼んだわよ!』

 言葉と共に花弁の剣が三振り、日々野の傍に飛来する。

 残る六本の剣の半分をこちらに回してもらえるとは、感謝しなければならない。

 空を舞う花弁の剣は日々野の思うように動く。

 二本の花弁の剣を掴み、落下位置と速度を調節に任せてニーズヘッグの背に着地。

 そのまま止まらず首元まで走り、薄くこすったような跡が付いた鱗、先ほどの一撃を加えた部位に持ち替えた鎌を振り下ろす。

 生物の表皮に打ち付けたとは思えない鈍い音が鳴り鎌の刃が弾き返されるが、間髪入れずに花弁の剣で切りつける。

 最後に、鎌を返す動きで切りつける。

 ピキリと鱗にヒビが入ったところでニーズヘッグの背が日々野の体を撥ね飛ばす。

 振り返った頭で日々野を睨みつけてくるが、気にしない。

 攻撃に回していない花弁の剣を柄を握りしめ、ニーズヘッグの背に戻るように操った。

 そのままヒビの入った鱗に花弁の剣を突き立てる。

 先ほどアヤメが折れたといっていた物と同じ花弁の剣だが、今度はニーズヘッグの肉に届いた。


Aaaaaaahhh!!!!!


 ニーズヘッグが大きな叫び声をあげる。

 痛みのせいではない。ニーズヘッグの巨体だと花弁の剣は、棘が刺さった程度の痛みにしか感じない。

 叫びの理由は怒りだ。

 小さなものが自身の体を飛び回り、傷つけてきた。いや、傷つけられたことに対して怒りを覚えたのかもしれない。

 全身の鱗が獣の毛のように逆立つと、ニーズヘッグの体に雷光が走った。

 ニーズヘッグが本格的な攻撃に転じたのだった。

 空気が震え、無事だったビルの窓のガラスが割れていくほどの覇気が放たれる。

「本気を出すのが遅いな、ニーズヘッグ」

 そんな状況のなか、日々野は馬鹿にしたような口調で呟きつつ、鎌を体と垂直に、剣道で言うところの正眼の構えを取る。

 日々野の呟きに込められた(あざけ)りの意志を感じ取ったのか、ニーズヘッグは自信の背に立つ不遜な存在を殺すべく、大きく開かれた咢から(イカズチ)を放った。

 超常的に発言した雷撃であっても、速度は光速に及ばずとも、それに比するものだ。

 雷の先に立つ日々野は動ずることなく

 引く動作の中に遠心力を加えることで威力を発揮する鎌だが、今の構えでは行うことが出来ない。

 それもそのはず。

 この構え方に意味はないからだ。

「残念、あっちが本命だ」

 日々野の姿が転移によって消える。

 ニーズヘッグの巨体は有利な影響を与えるのは確かだ。

 だが、それは日々野とアヤメ、攻める側にとっても同じ話。

 故にニーズヘッグの背に乗った日々野へ全意識を向けていたニーズヘッグは、今まで真下のビルから飛び出したアヤメに気付くことはなかった。

 花弁の剣が狙ったのは竜種における絶対の弱点、首にある一枚の鱗、逆鱗。

 雷光を放った反動で回避が間に合わない。

 花弁の剣が逆鱗を砕き、太い首元に突き刺さった。

「咲きなさい、虹凛」

 周囲に舞っていた残りの花弁の剣が、逆鱗に突き刺さった剣と共鳴するように光輝き、逆鱗に開いた傷口からニーズヘッグの首を切り裂いた。

 直径にして1メートルは超えているだろう、太い首の断面を見せながら落ちていく頭部の前に日々野のが現れる。

 そのままズルりと地面に落ちていく頭の正中に鎌を振り抜いた。

 兜割と呼ぶにふさわしい、一撃がニーズヘッグの頭部を両断する。

 黒い血を撒き散らしながら、落ちていく頭部と分かたれ胴が砂を巻き上げた。

 砂が収まりかけた向こう側で手を振るアヤメの方に数歩進んだところで、何かに引っ掛かったかのように日々野の足が止まった。

 違和感に視界を下に向けると、日々野の心臓を貫く長い爪が見えた。

 するりとと爪が抜かれると、傷口から血が噴き出してくる。

 ぬくもりを持って流れ出たはずの血が冷えていく。そこでようやく攻撃されたことに気付いた。

 全身から力が抜けていき、止まることなく倒れていく。

 その事実を日々野は他人事のような感覚でわかる。

 横で倒れていく日々野を助けるか、それとも敵に向かうか。アヤメは一秒にも満たない思考の後、日々野を助けることを選ぶ。

 だが、それは背後の敵に絶好の機会を与えることになるのは明白だった。

 それでも、アヤメは日々野を抱き込むように跳んだ。それ以外の選択肢はなかった。

 背後の敵は、冷静だった。ケガをした日々野を抱きかかえているせいでアヤメの飛んだ速度は、人間と同じほど遅い。

 狙いをつける必要はなかった。だが、男は全霊を注ぎ、その爪をアヤメの種魂があるだろう位置を狙って伸ばした。

 ドスリと鈍い音をたてて、黒曜石のように黒く血濡れた爪が二人を貫く。

 二人を嬲るように体を揺らした後、爪が振り抜かれ、二人の体は地面に落ちた。

 柔らかな砂のクッションが二人を優しく受け止め、そのまま体の半分ほどが沈んでいく。

 目の前で横たわるアヤメに手を伸ばそうとするも、自重を持ち上げるほどの力が入らない。唇を動かして声をかけようとするが、絞り出されたのは僅かな吐息だけ。

 砂を踏み固めながら近づいてくる敵の気配も、乾いた風の暗色も薄れていき、そのまま日々野の意識は闇に落ちていった。


 ニーズヘッグの肉が裂け、男が現れた。

 大蛇の体液と血で汚れた姿は、新たな誕生のように神々しい様に捉えられると同時に、寄生バチが宿主から羽化するかのような生々しい様でもあった。

 一糸まとわぬ姿の男、モーテスの両手は鋭い針のように変形していたが、すぐに元の形に戻っていく。

 そしてニーズヘッグの亡骸を一瞬で吸収する(喰らう)と、そのまま何事もなかったかのように歩き出した。

 動かなくなった日々野とアヤメの姿を見下ろしながら、モーテスは悦に浸っていた。

 心臓を潰した日々野の命はもって数分。酸素の供給が止まり、脳が壊死するのが先か、血を流しすぎて死ぬかのどちらが早いか。

 アヤメも種魂が砕かれている。残されたこれは死体とも言い難い、土になるまでのタイムラグで生じた現実のバグ、残滓、ただの抜け殻だ。

「みたか、ゴミども、所詮はその程度の外傷で死ぬ無力な虫けらが。お前たちはここで死んで終わりだ! 世界の力を利用すれば、そこの虹の女神の力も必要のない。遂に、我は完全復活だ!」

 そう叫んで、両の掌を空に向ける。モーテスの全身にはヤヌスと戦った時よりも、かの地に生まれ落ちたときよりも力が満ち溢れていた。

 世界の外側を流れるエネルギーを吸収することで、モーテスの体には肉体や魂が許容できる上限までエネルギーが蓄積されている。副作用なのか、モーテスの外見も老年の巌な男から瑞々しい青年へと変化していく。全盛期といっても間違えないだろう。

 辺りの空気がどこか荒々しいものになっていく。

 ウロボロスの力を借りていた日々野が意識を失ったことで、この領域は崩壊を始めていた。

 彼方に見えていた地平線は砂ぼこりを上げながら縮小してきており、荘厳な建築物たちは世界の軋みに耐え切れず、崩壊していく。

 モーテスは軋む空間に自身の中の溢れんばかりの力を放った。さも傷口を広げるその行為に、壊れかけた空間の空に小さなヒビが入る。小さなヒビは、蜘蛛の巣のように、そのまま放射線状に、より広く細かく空に刻まれていき、やがてガラスを砕くかのような甲高い高音と共に空に穴が開いた。

 穴の向こう側に除くのは、領域外の空。世界樹の村の真上。

 モーテスは一度だけ地面に転がった二人に視線を向けて、鼻で笑った。

 最大の戦力であるヤヌスは、結界と反動で動けない。

 残ったゲルトナーや植物人もこれまでの戦闘で疲弊し、戦えるだけの力は残っていない。

 復活したモーテスを倒せる可能性は二人だけだった。

 だが、その二人は倒れた。

 

 (ヤヌス)は絶え、希望は(日々野とアヤメ)消え、残ったのは僅かな戦士だけ。

 そして絶望(モーテス)が、世界に戻ってしまった。








~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 何もない。

 そこには何もない。

 光も音も熱も感じない、無の世界。

 だがそんな中でも、一つだけ感じるものがあった。

 すぐ近くで消えゆく命の鼓動。

 それが日々野のものだとすぐにわかった。

 何もしなければこのまま消えていくだろう。だが何かしたら、この無の世界で生きることになってしまうのではないか。何も感じられないアヤメはただ、考えた。

「なら、このままでもいいか」

 もう一度、なにも感じないように目を閉じた。

 このまま二人消えてしまえば、これ以上戦う必要もない。

 すでに世界樹の村で、人間と私たちが共に手をつなぐ光景を見た。

 なら、それで十分じゃない。

 モーテスに負けて再びあの時に戻る可能性も、敗北の中消えゆく絶望も知ることはない。

 そうだ。このまま終わらせてしまえば、全力を尽くし、夢を見たまま幕を下ろせる。

 その考えにクスリと笑うと、アヤメは再び目を開いた。

「でも、こんな弱気じゃ怒られちゃうか」

 日々野がいる方向に手を伸ばした。

 黒一色の視界では本当にそこに日々野がいるか分かるはずもない。

 だが、アヤメにはそこに日々野がいると、分かっていた。

 指先で触れ、自分の中の全てを日々野に託すように意識すると熱いものが、自分の体から日々野の方へと流れていく。

 それが人間の定義する、魂というものなのか、想いや願いといったものなのかもわからない。

 種魂が砕かれているのに、まだこうして活動できているのは分からない。そして日々野に送っているものが全て無くなった時、終わることはどこかで理解していた。

「じゃあね、日々野」

 最後に口にした言葉は誰にも聞こえていない。

 そうして、アヤメの体は闇の中、土へと変わっていった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 地上に向けようと動かされたモーテスの腕を、ガッと何者かがつかんだ。

「適当な事、ぬかしてんじゃねえよ。モーテス」

 静かに落ち着いた声だった。その奥底には静かに燃える怒りを灯しながら、誰かにバレない様押し殺す、低い淡々とした声だった。

 空間を裂いて、彼は現れた。

 背中に背負っているものは数えきれない思い。受け継いだのはこの場にもいない仲間の思い。

 モーテスも、地上にいる仲間の誰も動けぬ中、日々野はゆっくりと虹の剣先をモーテスに向けた。

「俺たちがお前のふざけた計画(シナリオ)終わらせてやる」

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