6,義妹
三月二十九日
「お前、本当にもう大丈夫なのか?」
「だから大丈夫だって何度も言っているだろう」
あの出来事から四日、俺は組織の方から大事をとって三日間の検査ののち自宅療養を余儀なくされ、今日再び登校していた。
検査すると傷の方は、腕は骨まであと数センチのところまで届いていたのと、腹の方は臓器を傷つけていなかったため大事に至らなかった。
治療に関しては、切り口がきれいだったことと、文目にもらった薬のおかげで想像以上に速く癒えた。
まあ、その速さのせいで逆に治療班には、何かあると怪しまれたのは、別の話だ。
「大丈夫だって言っていっても、その考え方が分からねえなあ。なんたって腕が結構深く切られたんだろう。いくら傷が治ったと言われても、普通ならもっと休むはずだろう?」
さっきから話しかけてきているのはクラスメートのゴリ男。
しっかりと肉の付いている腕に、ずっしりとした筋肉質な体、寝ぐせの付いたままの髪の毛に無精髭と、学生だと言ったら怪しまれそうなまでの身なりをしているが学生だ。
学園内で俺がゲルトナーの隊員だと知っている数少ないうちの一人で、そう言うこいつも防衛班の方に所属している。
普段はバカな発言が多いのだが珍しくゴリ男にしては、鋭いところを突いてきた。
「うるさいぞ、ゴリ男。俺も医者も大丈夫って言っているんだもういいだろう。ほら、バス来たぞ」
学園から帰るのはバスの学生がほとんどだ。
交通機関といえばバスか電車ぐらいで、この街には学園が二つしかないという理由から遠くにいる学生は皆、バスを利用している。
自家用車なんてものを、この街で持っている人はほんの一握りの富裕層のみ。
そして電車は、この街の外壁にそうように走っているので、この街の一般民はバスを足代わりとして使っている。
そのため多くの本数が走っているのでバスは空いていることが多い。
今日も例にもれず、すいてるバスに乗りこむ。ゴリ男は、その間もまだ納得いかないのかブツブツ言いながら扉を閉めようとしていた、そのとき、
「待って―――――!」
聞きなれた声が聞こえ、ゴリ男に命じる。
「閉めろ」
「だ、だがあれは、」
「閉めろ」
「あと三秒待って―!」
「チッ、そこをどけゴリ男。あと三秒しかない、俺が閉め、」
「セ―――――――フ、と!」
ゴリ男を押しのけ、扉を閉め切ろうと前に出たのと閉まりかけた扉の間から人影が飛び込んできたのは同時だった。
飛び込んできた人影に押し倒されて、後頭部をバスの固い床にぶつける。
「ひどいよ―お兄ちゃん! 愛しの妹がバスに間に合うようにはしてきたんだよ! それを気付いていたのかいなかったのか知らないけど、バスのトビラを締めてしまおうするなんて! あ、でもーもしかして飛び込んできたところをキャッチしようとしてくれていたとか! うれしい!」
人の上で長い言葉を一息で言った後も何かを言おうとしている。
今、俺の上に載っている女の子の名前は、弓飛響火。赤い色のショートヘアーをしていて表情には、まだ幼さが残っている。ほどよく焼けている肌からは、健康美という言葉が似合うだろう。
妹ではない。義妹だ。血は繋がっていない。
三年ぐらい前、森の中で生き残っていたところを助けたのが出会いだったにだが、そのままなし崩しというか、ごり押しのような感じで家族になったのだ。
この世界にきた人の中には、ディーゼルではなく森の方に飛ばされてしまった人や、家族を探してゲートをくぐってしまった人も少なくはない。そして、その多くの人が迷い死んでしまったとされている。
そのため救助する立場のゲルトナーの隊員たちの中には、日々野と響火のような境遇の人たちが他にも何組かある。
響火は自分を助けた俺を兄妹というよりも運命の人のように見ている傾向があり、そのせいで俺は、学園ではシスコンなどという不名誉なあだ名をつけられている。
「響火、そんな理由でないし、とりあえずどいてくれないか」
後頭部をさすりながら、頭を少し上げつつそういう。
「嫌だ! そしたら絶対逃げるもん!」
「だが日々野は、けがをしているんだ。どいてあげたらどうだ」
「ヤダヤダヤダこのままがいい~」
駄々を言い続けた響花だったが最終的にバスの運転手さんに注意され、席に着いた。
「そういえば聞いていなかったが、その腕誰にやられたんだ?」
走り出したバスの座席に座ってしばらく、ゴリ男が聞いてきた。
「お前って確か凄く強いって言われてたと思うんだが、そんなに強い奴だったのか?」
「いやーあれだ、弘法も筆の誤りとかいうだろ。そんな感じでちょっとヘマしただけだ」
それに何となく答え、反対側に座る響花に目を向けると頬を膨らましながらこちらをにらんでいる。
「リスかなんかの真似か?あんまし似てないぞ」
「ちがうよ!色々言ってるけどお兄ちゃん、うっかりミスでやられちゃっただなんて怪しいよ! 本当は、敵がかわいい女の子だったからとかでしょ。こんなにかわいい妹がいるのに………、妹の目からは浮気をごまかせないんだからね!」
渾身のジョークを飛ばしたが、返ってきた言葉にひやりとする。
それもその場を見ていたかのように当てやがった。なんて恐ろしい子だ。
「そ、そんなことあるわけがないに決まっているだろ。あと、言っておくが浮気でもなければ、お前と付き合うことはないから俺が誰と付き合おうとも絶対に浮気ではない」
「ホント~?」
「あ、ああ本当だとも。天と地に誓ってもいいぞ、あと妹にも」
「ふ~ん、本当かなあ」
追求を止めないつもりなのか、ジト~とした目はまだこちらを見続けている。
普段はさっぱりとした性格なのに、こういうときの粘りはめちゃくちゃ強い。
それから逃れる方法を、冷や汗かきつつ模索しているところに、助け船がきた。
「お、日々野妹、もうすぐ降りるバス停に止まるぞ。そろそろ、話をやめといた方がいいぞ」
ゴリ男は、分かっていないようだが現状で考えられる最高の一手を打ってくれた。
そのおかげで響火は、渋々という感じで荷物を持って降車の準備をし始める。
「言っとくけどお兄ちゃん、まだ信じた訳じゃないだよ! それに、ほかの女の子に一目惚れみたいなことになっていたらダメだよ、お兄ちゃんの未練を、いつかふりきって私がもらうんだからね! それじゃ、バイバーイ」
最後の最後までひやりとさせてくれる。
満開の笑顔で手を振りながらバスを降り、ドアが閉まって姿が見えなくなった。
「ハハハ、いい妹に愛されてるなあ」
「マジでそう思っているならゴリ男、お前の頭を疑うぞ? お前知ってるはずだろ、あいつの怖さを…」
出会って間もない頃は、今より恐ろしいところがあった。
俺に告白してきた女子をしめに行こうとしていたり(当時九さい)いわゆる白馬の王子様のような人である俺を、将来の夫としようとしている線がある。
世間体とか、相性の問題とかでなく、詳しくは知らないが、ここの法律上一度同じ戸籍に入ったことがある人とは婚約できないのだ。
このことを知っているのだが、未だに響火の考えは変わっていない。
それ以前に俺はカノジョを忘れることはできないだろう。
ゴリ男はそのことを分かっているのに、冗談なのかそのようなことを言い続けている。
「ハハハハ、まあ妹が心配してくれているのは、いいじゃないか。クラスメイトから羨ましそうに見られてるしなあ。……それよりも、植物人に対する恨みがさらに増えたな、ダチを傷つけられたっていうのがな。俺も神鎌を使えたなら、この手であいつらを切り倒せるのによお」
「……ああ、そうだな」
話の途中から口調が変わる。
ゴリ男は、初めて会った時から植物人に対する強い憎しみを持っている。
理由は、知らないが時折ゴリ男がこぼす愚痴や言葉の中に暗さを感じ、目をそらしながら何となく答えている。
俺は自分の心を押しつぶし、隠して偽った言葉をかける。
「まあ、お前も都市防衛班として十分役に立ってると思うぞ、そのおかげでこっちは、背中の事なんて気にせず戦えてるからなあ」
「そうだな、そうだよなハハハハハ」
その後は、たわいもない話(最近の流行だとかオカルトとか)をして停留所までの時間を過ごした。
次回
人間の街でアヤメと日々野が話し合い。最初の所はアヤメ目線 新キャラ トリカブト登場! 読んでみてね。