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72,茨と騎士と虹の姫

「ウロボロス! 合図したら即座に貸せ!」

五分(ごぶ)の力で数秒ならば反動なしで使えるが』

「いや、全力で一瞬だ。不意を突いて一撃で倒す」

『…どうなっても知らんぞ』


 その会話の直後、日々野は目の前に迫る岸壁から飛び出した。

 風が全身を打ち、目を開けるのがつらくなるが、視界にニーズヘッグの姿を捉えたと同時にウロボロスの力を全力にまで引き上げる。


「今だ!」


 呼び声と共に全身を満たしウロボロスの力が全て込められた蹴りは、日々野の落下している方向を変えてニーズヘッグの方に飛んでいく。その様子は砲弾さながら。

 押しのけられる空気が圧として遅いかかるが、そんなことを気にする暇もなく手にしている鎌に消滅の力を籠める。

 ぐんぐんと大きくなっていくニーズヘッグの下では、火花や土煙が起こり、歩みを食い止めようと戦っている者たちの剣劇が聞こえる気がするように感じるのは一瞬。

 日々野の接近に気付いたのかニーズヘッグが首を動かしたときには黒鎌の刃は首と思われる場所に触れていた。

 瞬間、ウロボロスの能力が発動する。

 鎌の黒い影が接触部位を伝ってそのままニーズヘッグを覆っていきいき、全てを追いつくした後、何もなかったかのように消滅した。

 まさしく一瞬の出来事。

 それまでニーズヘッグを相手取っていた植物人の仲間たちも満身創痍の体で、何が起きたのか理解できるはずもなく、唖然としている。

 その中に日々野がニーズヘッグに激突した衝撃も消滅させて、地面に着地した。

 呆気にとられていた戦士達もニーズヘッグを倒した人影の正体に気付くと、すぐに駆け寄って話しかけてくる。


「あの、アヤメの彼氏さんですよね。助かりました、自分たちだけじゃ足止めも限界でしたので」

「いやほんとです。でも、空を飛んでくるなんて思わなかったですよ」

「ていうか、あの化物を一撃ってヤバくねえか、もし敵だったらなんて、考えたくねえな」


 大半のものが畏怖と感謝の目と共に話しかけてくるが、数人はこそこそと日々野の傍から逃げるように木々の影に入ってしまう。

 だが、そんなことを気にする気など起きず、それよりも日々野は手近なところにいた一人に尋ねる。


「なあ、アヤメは別のところか?」

「え? ちょっと待ってくださいよ。…あ、はい。そうみたいです。残る一体とまだ交戦中みたいだけど、苦戦してるみたいだね。どうやら三体の中で一番厄介みたい。すでに何人かやられてる」


 いきなり尋ねたにもかかわらず嫌な顔一つせずに植物人の少年は答えてくれる。

 やけにタイムリーな内容と、何か受け取ったような話し方に日々野はつい思ったことを口にしてしまった。


「……なんか電波でも受け取った感じ?」

「え? いやいや違いますよ! 僕そんなキャラじゃありませんし、そうか、彼氏さんはオリーブと連絡できないんでしたね。なら、オリーブさんに直接つなぎよう言っときます」

「悪い、助かる」


 日々野の言葉に少年は照れた様子で頭を掻く。


「いえいえ、礼なんていいですよ。仲間ですし。それより早く行ってください。お恥ずかしい話、今動ける戦力は彼氏さんぐらいなんで、…頼みました」

「ああ、了解した」


 最後の言葉は重みが違った。

 彼らの中で無傷のものなどおらず、もしモーテスの兵がまだいたのなら戦闘は不可能に近く、逃げることも難しいだろう。にもかかわらず、早く行けと言える彼の覚悟が日々野に響かないはずがなかった。

 短く答えると日々野は残った一体の元へ駆ける。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『……野さん、オリーブです。聞こえてますか!』

「うおっと、大丈夫です」


 日々野が森の中を進みだして数分後、オリーブの声がいきなり頭の中に響いた。

 突然のことに驚き、気にぶつかりそうになったが何とか回避しながら返事をする。


『こちら…アヤメさんの他に、六名が向かい…したがすでに四名取り込ま…ています』

「取り込まれてる?」

『はい。相手の能…を伝えますと今のところ、小型キメラを生み出す、触れた相手を取り込み能力を奪う、再生、毒噴射。これらに加えて取り込まれた四名の能力が確認されてます。それだけでなく、ロッジさんたちの報告によるとニーズヘッグには知性があるようで、奥の手のように能力を隠している可能性も考えられます。というか、実際そのような戦い方をしたようです』

「へ~、アイツが一体倒したんですね」

『そっちも話しておきますと、アベリア、霧立、最後に君の妹さんを咥えた四名が倒したそうです。なんでも霧立さんが神気を遣えたらしく倒せたとか』

「霧立、アイツいつの間に神気使えるようになってるんだ…」

『話を戻させてもらいます。現状は一人負傷してしまい、それをアヤメさんともう一人がカバーしながら戦っています』

「分かった。俺が着くまでは持つんだよな?」

『およそですが…』

「了解しました。なら、一度通信を切ってもいいですか、集中したいので」


 日々野の頼みにオリーブの通信が切れる。

 およそ、その言葉が意味していることは間に合わない可能性があることだとすぐにわかる。

 だが、およそではダメだ。

 確実に間に合うだけの速度が、力が必要なのだ。


「ウロボロス!」

『馬鹿か。今使えば持たない可能性もあるぞ! すでに先ほどの反動で言葉を発するのも辛そうだというのに』

「無理をしなければ手に入れられないっていたのは誰か忘れたのか? 頼む、間に合うだけの力を貸してくれ」

『…どうなっても知らぬぞ』


 ウロボロスから鎌を媒介として日々野の全身に莫大な力と、それに伴う負荷が同時に流れ込んでくる。

 膨張した血管に流れ込んだ血液の熱と加速するシナプス伝達。

 満ちる力は知覚する世界の拡張を実感させて、日々野の肉体を加速させた。

 自身が感じている速度は緩慢なものになったが、はたから見れば風しか見えない速度で駆けていく日々野はオリーブの計算を大きく塗り替え、アヤメのもとに届かせようとしていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 アヤメは、負傷した仲間たちをまだ戦うことのできるイバラと共にかばいながら迫るキメラの群れを相手取っていた。

 すでに辺りはキメラの死骸で埋め尽くされていたが、新たなキメラの数は収まるところを知らず無尽蔵に生み出されている。

 アヤメたちの疲労が増すにつれ戦力さは明確なものになっていった。

 負傷者たちは自分たちの残る力を振り絞って周囲に蔦や木の枝を張り巡らすことで少しでもアヤメたちの負担を減らそうとしている。

 それでも、以前ニーズヘッグの優勢に変わりはなかった。


「切りがないわね、こいつら! 本体を先に潰した方がいいんじゃないの、イバラさん!」


 アヤメが飛びかかってきた二体の人型のキメラを、花弁の剣で切り裂きながら提案する。

 少しだけイバラの方を見ると、アヤメに負けず、集まって来たキメラを手の中の鞭を操って纏えて縛り上げ、そのまま力任せに絞め殺していた。

 

「そうねえ、でも、今だけでも手一杯じゃないの?」


 イバラが少し低い声でアヤメの提案に答えるが、どうやら肯定的ではないようだ。

 アヤメも少しムッとしながら、言い返そうとした時、黒い影が迫っているのに気づいた。


「ほらあ、新しく大きい子も来たみたいだしねえ」


 イバラの言葉の意味はそのままだった。

 ニーズヘッグが趣向を変えたのか、人型のキメラではなく、大型の肉食獣であろうキメラが二人の前に現れる。

 ニーズヘッグの巨大さ故に案なく見えてしまうが、全長は八メートルはくだらない大物。口からはみ出した巨大な牙のせいで呼吸音が一層大きく聞こえてきた。

 流石にこのサイズを作るのには時間がかかるのだろう、二体目を作る様子はなく、アヤメたちの方を見て目を細めているだけだ。


「数でダメなら、個の力。考え方まで飼い主に似てるわね」

「みてみて、尻尾は蛇みたいよ。あれみたい、キマイラだったかしらあ」

「たしかにそっくりね。まさか、知っててだしてたりして」


 アヤメもイバラもあまり警戒する様子がなく、戦闘に関係のあるのかないのかわからないことを話していた。

 その様子に舐められたと思ったのかは分からないが、キマイラ型のキメラは空に一つ吼えてから突撃してくる。

 速度はなかなかのものだが、アヤメの剣で捉えられない程ではない。

 四肢の付け目と首を狙って五本の剣が飛翔する。

 そのまま、剣は狙った位置に突き刺さるかに思えた。アヤメの剣の切れ味だけでなく、キメラ自身の移動エネルギーもかかっているはずだが、五本とも鈍い音と共に弾かれてしまう。


「え」


 まさかの出来事に、このまま手にした二本の剣で応戦するか一度回避するかの判断が鈍ってしまったアヤメの前にキマイラ型キメラが迫る。

 両者を遮るものは何もない。だが、一つの大きな影が直線に割り込んできた


「私に、任せなさい!」


 イバラだった。

 ズンと鈍く重い音と共に腰を低く構えて、真正面からキマイラ型キメラを受け止めるかのように激突する。

 イバラお両足が地面に沈み込み、鍛え上げられた太い上腕からは血管が浮きだすが、数センチ後ろに押し込まれただけでキメラの動きを止めた。


「まだだぁ、ドリャァァァア!!!!!!」


 そのままイバラは一歩、キメラの方に踏み込んだかと思うと、力ずくで投げ飛ばした。

 まさか、キメラも投げられるとは思っていなかったのだろう。なされるがままに地面に叩きつけられ。


「…お疲れ様です」

「やだ、アヤメちゃん! 聞いちゃった? さっきの掛け声」


 アヤメがごつい背筋を宿したイバラの背に感謝の言葉を述べると、恥ずかしそうにふりかえった。

 はだけた上半身は、放漫な乳房、のように見える胸襟と六つどころではない割れ方をしている腹筋があらわになっている。

 流石に無傷とはいかなかったのか、数か所キメラの爪跡と噛まれたの跡から血が流れている。

 それだけ済んでいることは以上でしかないのだが、鍛え上げた鋼の肉体は獣の牙を通さなかったということなのだろう。


「それより、アヤメちゃん。さっきのハグで分かったんだけど、どうやらあのワンちゃん、アジサイ君の能力を持っているみたいよお」

「ハグで分かったっていうのは無視していいのよね。取りあえず、私の剣が弾かれた理由が分かってよかったわ。それにしても不断の能力持ちって厄介なのが出てきたわね」


 イバラに並ぶように立つアヤメの視線の先には、首を振りながら起き上がってくるキマイラ型キメラ。

 アヤメが浮かべる暗い表情がどれだけ深刻な状況なのかを分かりやすく表していた。

 だが、二人の脳内に暗雲を払うかのように通信が入ってくる。


『二人とも、生きてますか!』

「オリーブ、いきなりどうしたの」

『朗報です。今、日々野さんがそちらに向かってます! 予想以上の速度ですので予定時刻は分かりませんが、来てくれます!』

「聞いたわよね、日々野が向かってるって!」

「ピンチに駆けつけてくれる彼氏さんだなんて、焼けちゃうわねえ」


 一転して明るく活気を取り戻したアヤメにイバラが茶々を入れながら鞭を構えた。

 すでに、キマイラ型キメラは起き上がっている。先ほどなら絶望といえるであろう状況。

 だが、アヤメは戦意を失っていない。七本の剣を手元に集めて戦う気は十分。

 アヤメが飛び出そうとしたところで、イバラの手がアヤメの肩を掴まえた。


「いきなりどうしたのよ! 今が攻め時よ!」

「もう、アヤメちゃんはおてんば姫ね。こんなワンちゃんは私に任せて、ナイトが来るのを待ってたらいいのお」


 そういうと、腕から出した鞭でアヤメの体を縛って動けなくしてしまう

 そのままアヤメを負傷者たちの近くに転がすと一人、キマイラ型キメラの方に進んでいこうとした。


「私だけ縛っても意味ないの分かってるのに…どういうつもり、イバラ」

「無駄なことをするのは美しくないってことよお。…悪いけど私はここらでお休みさせてもらうわあ」

「ちょっと、イバラ! 待ちなさい!」


 イバラが何をしようとしているか理解したアヤメはすぐに、空中に浮かぶ剣を操って自分を縛る茨を切るが、すぐに地中から生え出た新たな茨に縛られてしまう。

 そして、アヤメが茨を切り取るのが間に合う前に、イバラが能力を発動した。


「お休みなさい、茨の眠繭(プリンセスofソーム)


 地中から生え出た無数の茨が負傷者とアヤメを包み込んでいく。

 茨の蔦同士が何重にも折り重なった繭の強度は合金を凌ぐ。それだけでなく何よりもの強みは茨が枯れるまで何度でも修復されることだろう。百年でも持つ鉄壁の城塞と称していいほどだ。

 中に閉じ込められたアヤメは拘束を解くと、すぐに繭を切りつけて脱出を試みるがそれがかなうことはない。


「イバラのやつ、一人で戦うつもりなの…、う」


 ようやく、イバラが何をしようとしているのか理解して力が抜けた瞬間、不意に睡魔がアヤメに襲い掛かってきて、よろけてしまう。

 これも茨の眠繭の効果である。中に閉じ込められたものは、耐えることのできない睡魔に襲われ眠りに落ちてしまう。目覚めることは繭が解かれるまでは決してない。更に、回復促進の効果もあるので負傷者たちには嬉しいことだが、アヤメには余計なお世話だ。


「まだ、よ。私、がこんなことで諦める、わけには…」


 思いとは裏腹にアヤメの脳内は睡魔で覆われていった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「さて、これで準備は良いわね」

「グルァワァァァァァァ!!」

「はいはい。すぐに相手してあげるわよ、ワンちゃん」


 完成した繭を確認してからイバラは、投げ飛ばされた怒りをぶつけようとしているのだろうキマイラ型キメラに対して鞭を打ち付ける。

 鞭の音で攻撃対象を明確にイバラに定めたキマイラ型キメラは先ほどと同じように一直線に突撃するが、イバラは受けるようなことはせずに回避してから手にした鞭でその巨体を締め上げるために巻き付けた。

 だが、キマイラ型キメラの筋力は相当のもの。締め上げようとした絡めたイバラの鞭を逆に利用して、体ごと反対方向に体を振るうことでイバラを投げ飛ばした。

 即座に鞭をほどいて受け身を取ろうとしたイバラだが、それよりも先にキマイラ型キメラが追撃を仕掛ける。空中では回避することが難しいことを本能で理解しての行動であった

 だが、イバラも幾千の戦場を経験してきた強者。全身を捩じることでキマイラ型キメラお予測する落下軌道から体を動かすと、鞭を反撃に出る。

 突き出される狂爪を避けて、顔面に鞭の一打を打ち込む。切断ではないイバラの攻撃は不断の能力を透過して棘が突き刺さり、黒い血が吹き出した。

 キマイラ型キメラはひるんだのか悲鳴を上げて、以後気を留める。イバラもすでに次の一手に思考を向け始めていた時だった。


「くはぁ!」


 突如、イバラのふくらはぎに激痛が走る。

 咄嗟に手元に引き戻した鞭で足元を狙って鞭を振るうも、素早い動きでかわされるが姿は見えた。

 戦闘の中でイバラは相手の姿を忘れてしまっていた。キマイラ型キメラの尾についたもう一体の敵のことを。

 未知の攻撃の正体は、蛇。本体の肉食獣の部分に意識が集中してしまったその隙をついてイバラに噛みついてきたのだろう。

 ふくらはぎに走る激痛は、数秒の間に痺れを伴って太もものあたりにまで広がってくる。

 距離を取って着地するが、諸劇に耐え切れず膝をついてしまう。毒の周りがあまりにも早すぎる。数分のうちに全身に回って動けなくなってしまうだろう。


「これは、不味いな…」


 つい、元の口調が出てしまうイバラだが聞くものは誰もいない。

 キマイラ型キメラのだけが、ゆっくりと獲物が弱るのを待ちながら鞭の射程圏外でイバラを狙っているだけ。

 この毒を受けた状態で戦っても勝てないことを悟りながらも、イバラは立ち上がる。


「じゃあ、最後の悪あがきさせてもらいましょうか」


 まだ立ち上がり戦意を失っていないイバラの姿は、勝利を確信したいたはずのキマイラ型キメラを焦らせた。

 毒で死を待つ獲物だが、一刻も早く止めを刺すためにキマイラ型キメラは三度目の突撃を決める。

 イバラはすでに受け止めることはおろか、それを避けるだけの俊敏な動きすら出来ない。故に、奥の手で真正面から受けて立つ。


「罪人に死を、茨の十字架(ローゼンクインツ)


 残るすべてのイバラの力を地中に流し込んだかと思えば、地響きと共に巨大な茨の蔦がキマイラ型キメラの進行方向に生え出てくる。

 それを避けようとした先にさらにもう一本、さらに別の場所からも生え出て、気付けばキマイラ型キメラの逃げ道を完全に塞いでいた。

 蔦の一本がキマイラ型キメラを狙い、それを回避するが別の一本が足に巻き付いてくる。それを噛み千切った時には、すでに別の蔦が巻き付いていた。

 負けじと新たな蔦も噛み千切っていくが、ふとキマイラ型キメラは気付く。すでに全身が蔦で絞められ、動かせているのも首だけだということに。

 そして、残りの蔦が首輪のように顔の自由すら奪った。


「チェックメイトよ、ワンちゃん」


 その言葉が引き金だった。

 空中に持ち上げられたキマイラ型キメラを、地中から生え出た最後の一本がその体を貫く。止めに縛り上げていた蔦が力を増して、全身を潰した。

 辺りに血肉が飛び散るようなことは起きず、全身から絞り出された黒い血は心臓を穿った最後の蔦を伝って地面に池を成す。イバラの美意識で編み出された技の最後にふさわしいだろう。

 力を使い切ったイバラは繭を背に倒れ込んでしまう。

 もうすぐ毒が全身に回り、死に至らしめる。だが、それよりも先に別の理由で死ぬかもしれないが。


 地響きと共に、巨大な影が木々をなぎ倒しながら現れる。

 突然だが、人型キメラとの戦闘でアヤメがほとんどの相手を切っていたが、それは単にアヤメの方がイバラよりも強いわけではない

 イバラは別の役割を果たしていたのだ。それは地中に張り巡らせた、イバラの蔦で不意打ちの警戒と、それを利用したニーズヘッグの足止めだ。

 つまり、イバラが力を使い切った今、何が起きるのかは目に見えているだろう。


 自分を止めるものがなくなったニーズヘッグが、死を待つイバラの前に現れる。

 始まる前から勝敗は見えており、茨は戦う気すら起きないが負けたとは思っていなかった。

 キマイラ型キメラを倒し、相手の戦力を削り、負傷者とアヤメは援軍が来るまでの間ならば繭に守られる。

 それだけでイバラは満足に死ねる、はずだった。

 ニーズヘッグに続いて森の中から出てくる、獣を見るまでは。


「うそでしょ、まだいるの」


 森の中から出てきたのは、先ほど倒したはずのキマイラ型キメラとは別個体が数体出てくる。

 戦闘の間ニーズヘッグが手を出さないのは、新たな兵を生み出せるだけの力を残していないと考えていたが、それは全くの見当違いだった。

 ニーズヘッグは次の準備をしていただけだった。更に言うならば、イバラを最大限に絶望させられるだけの準備を。


 ニーズヘッグの思惑通り、イバラの心は完全に折れた。

 それだけでなく、わざわざキマイラ型キメラと変わって、イバラのとどめを刺そうとしてくる。

 イバラに動くだけの気力も体力も残っていない。

 目の前に迫るキマイラ型キメラの牙が自分の種魂を砕くのを諦めて傍観するほど、諦めていたイバラの耳に、声が響いた。


「穿て、虹華七連!」


 七色の光線が繭を打ち破りながら、イバラの頬を掠めてキマイラ型キメラの頭部を消し飛ばしたかと思えば、繭に空いた穴から一人が飛び出してくる。


「あのねえ、イバラ。私、守ってもらうようなお姫様じゃないし。どっちかと言えば、あなたの言うように、おてんば姫のほうがあってるわよ」

「アヤメちゃん! どうやって」


 イバラの驚きも無理はない。

 繭を破ったこともだが、なぜ眠りに落ちていないのかも驚いた理由の一つだったが、それはアヤメを見て一目でわかった。

 アヤメが周囲に浮かべている剣には新しくまだ乾いていない血。そして、アヤメの足には治りかけの傷の

跡がある。

 つまりは自らを切る痛みで無理矢理意識を保っていた他にない。植物人の治癒力で治ってしまっている傷が何か所もあるだろう。


「私の方が強かっただけよ。後は任せて、負傷者は繭の中に入っときなさい」

「でも、まだこんなに」


 自分のことは全く気にしていない様子でアヤメは言うが、イバラの方も分かりましたとすんなり入る気になれない。

 何しろアヤメが倒したのはすでに十近くいるうちの一体だけ。

 ニーズヘッグを含めてまだ敵は多いというのにどこから一人で戦えるという自身が湧いてきているのかイバラには理解できなかった。

 イバラがアヤメの考えを理解する前に、キマイラ型キメラが同時にアヤメに飛び掛かってくる。

 だがアヤメはイバラの方を向いたままで、反撃どころか剣を構えようとすらしない。それどころかアヤメの顔には笑顔が浮かんでいた。


「だって、彼が来てるから」


 キマイラ型キメラたちがアヤメまで数十センチのところまで迫った時、黒い槍状の影が飛来して一分も違うことなくキマイラ型キメラたちの心臓を貫いたかと思えば、そのまま死骸と共に消えていく。

 一泊遅れて森の中からアヤメとイバラの前に、すでに入れ墨のような模様を浮かべている状態の日々野が飛び出てきた。

 

「間に合ったみたいだな、アヤメ」

「イバラのお陰だけどね」

「きついなあ、これでも急いだんだけど」

「それより、何時の間に入れ墨なんてしたの? イメチェン?」


 イバラの前で二人は戦場とは思えない落ち着いた空気で話をしている。

 それがイバラが苦戦したキマイラ型キメラをいとも簡単に倒せる実力からくるものなのか、それとも互いがいれば問題ないという信頼や絆といったものなのかは当事者の二人以外にはわからない。

 ただ、イバラは大人しく繭の中で休もうと思えるほどの二人の姿に、つい笑みを漏らしてしまう。


「私がいなくても別に大丈夫そうね。二人とも頼んだわぁん」

「分かったから、早く休みなさい。私たちなら敵なしよ」


 イバラを蹴るようにして繭の中に入れると自動修復でアヤメが破った後が塞がっていき、元道りシェルターのような形状になった。


「そろそろ敵も待ての限界みたいだけど、どうする?」

「雑魚は日々野が一掃して、ニーズヘッグは二人で倒せばいいでしょ」

「丸投げかよ、まあいいけどさ」


 二人を警戒していたキマイラ型キメラ達が遂に自分たちの方向に向けらた殺気に怯んだのか後ずさりする。

 だが、それを見たニーズヘッグが近くいた一体を尾で叩き潰した。

 それを見たキマイラ型キメラ達は自棄になったようで日々野とアヤメに向かってくるが、何の手も打っていなければ良い的でしかない。


「穿て、La borra」


 先ほどと同じ黒い槍が日々野の周りに現れるとキマイラ型キメラに向かって飛んでいく。

 回避しようとした個体もいたが、槍は無情にも速度を増して突き刺さる。その後は同じようにチリと化して消え去る。


「日々野…何か強すぎない」

「これが俺の本気だったってことだよ。ほらさっさとニーズヘッグも片付けちゃおう」

「ええ…わかったわ」


 キマイラ型キメラがこれほどまでに早くやられると思っていなかったのだろうか、ニーズヘッグは自分尾法に近づいてくる二人に驚いた様子を一瞬見せるが、怒りがわき上がってきたのか鋭く息を吐きながら威嚇してくる。

 だが、二人の態度は変わらない。

 ニーズヘッグであろうとキマイラ型キメラであろうと、倒せる確信があることに変わりはなかった。

 なぜなら日々野はアヤメの、アヤメは日々野の実力が数日前と比べて跳ね上がっていることを悟っていたから。

 

「それじゃ、倒しますか」

「ええ。早く倒して負傷者たちを治療しなくちゃいけないからね」


 そういって二人は武器を構えた。


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