70,開戦
薄暗い曇り空の下、世界樹の根元から離れた森の中を星月はある場所を目指して駆け抜けていた。
横道から突然、日々野が飛び出してくるが互いに気にする様子もなく、二人は並走して走る速度は落ちない。
二人とも武器を手にしたうえで、防具や医療品などの装備も整っていた。
「日々野、アヤメはどうした!」
星月が日々野が一人だけであることに疑問を覚え、大声と共に尋ねる
作戦では日々野とアヤメは一緒に行動しているはずなので何かあったのかと疑問に思うのは不自然なことではなかった。
だが、日々野はそれに対して手全く表情を変えることなく簡単に答えた。
「アヤメはみんなのところに置いてきました」
「…理由を言え」
「俺はアヤメがいなくても戦えます。それにわざわざ敵が狙っているヒトを連れていく必要はないと思ったからです」
「ふーん。で、当のアヤメちゃんは納得してんのか?」
「皆を頼むってことで置いてきました。一応、腕輪を渡されましたけど呼ぶつもりはありません」
「騙したわけか。まあいい。お前がそれだけの働きができるっていうなら、俺も何にも言うつもりはねえよ」
星月は納得したのか、それ以上日々野と話すことを止めた。
理由はすぐにわかった。話を止めた数秒後、二人は森の中の開けた場所に出た。
不自然なまでに開けたそこにいたのは、人の男。
人が入るには厳しいこの場所に衣類や頭髪の乱れなく立っている男は、異様な空気を漂わせている。
「まさか、気付かれているとは思わなかったよ」
「わざわざ神気まで出して誘ってくれてたのに、そんなこと言うか普通?」
「誘っているつもりなんてなかったが、我の神気は漏れ出してしまうほど強いものなのだな」
癪に障る言葉と余裕そうな態度が絶対的な自身からくるものなのかは、日々野には分からない。だが、一つだけ確かに言えることは存在感だけでいえばモーテスの強さは星月を勝るであろうものだということだ。
「わざわざお招きしてくれたおかげで、こっちも準備をしてこれたが、お前は大丈夫か? 仲間の一人もいないみたいだが」
「仲間か…面白いことを言う。我と戦うのは我が創り出した兵であり駒のみ。仲間など必要ない。寧ろ我と同列にあるものなど存在せぬ」
「その兵隊共も今は補充がないのかって言ってんだ。俺たちに全部潰された後コツコツ集めてたんだろ?」
ヤヌスの挑発のどれが怒りの琴線に触れたのかわからないが、モーテスから今までとは違う、どす黒く、重い神気が放たれる。
「確かに我はお前らに一度負けた。それは認めよう。だが、お前に負けたわけではない。まして我が負けたわけではない。我の兵士たちが弱かったまでの話。そうだな、期待に添えるか分からないがこの世界で創り出した我の兵を見せてやろう」
モーテスが指を鳴らすと世界樹のから少し離れたところに穴が開いた。比喩ではない、文字通り空中に黒い穴が開いたのだ。
その中からゆっくりと姿を現したのは三体の黒く巨大な怪物達。
長く蛇のような巨体は森から頭一つ出ており、ゆっくりと世界樹の方を目指して進みだした。
「あれは、今日のために集めてきた魂を使った最高傑作、ニーズヘッグだ。なかなか良いセンスだと思わないか? それと、この世界の生き物から使っているから世界樹への干渉もできる。お前の兵士はあれを止めれるか、ヤヌス?」
ヤヌスの真剣な表情がモーテスの話すことが事実なのだと物語っている。
「それで、誰が我の相手をしてくれるのかな?」
この場の空気を掌握したモーテスは余裕そうにヤヌスに対して決断をせまる。こうしている間にもニーズヘッグが世界樹に近づいているのも一層、ヤヌスの思考を鈍らせていた。
ヤヌスの見立てではニーズヘッグはモーテスの力を与えられている。神気を持った者で無ければ倒すことはできないとみておいた方がいいだろう。単純な戦力としても世界樹の根元にいる戦闘員だけでは止めることは不可能だ。
ならばここにいる誰を向かわせるかだが、それに適するのが一人しかいないことは両者ともわかっていた。
「日々野」
「分かってます。先輩、俺たちが行きます。一人欠けますけど、この程度の相手、問題ないですよね?」
「お前言うようになったな……。だが一人であれの相手は難しいと思うぞ」
「大丈夫です。俺は一人じゃありませんから」
「は、そういえばそうだったな! なら早く行ってこい。任せたぞ」
日々野はその言葉を受けとると、即座に世界樹の方に走りだす。
その後ろ姿を見送る者はいない。すでにヤヌスの意識はモーテスの方に向けられている。
「ふ、あんなガキ一人に任せるなんてヤヌス、落ちぶれたものだな」
「そんな落ちこぼれに負けたのはどこのどいつだろうな。あと言っとくが、あいつ、いやあいつらはお前の最高傑作とやらと同じくらい強いぜ」
「馬鹿め。矮小な人間が、我の作った生物よりと同じ次元なわけがなかろうが」
「馬鹿はそっちだ。まあ、お前がそれを知れるのことはないと思うけどな。彼奴の戦いが終わるよりも先に俺がお前を殺してやるから」
「くはははは、面白いことを言うな! 我を殺すだと! 今のお前如きが、それをできるわけなかろうが!」
「なら、体験してみるか?」
その言葉が合図だったのだろう、ヤヌスが会話で稼いだ間に定位置についていたリンドウ、タガヤ、ボケ、トリカブトの四人があらかじめカグヤが設置していた魔方陣に力を籠める。
モーテスは全く気付くことが出来なかったことに驚くが、ヤヌスが何をしようとしているのか気付いてからの、モーテスの動きは速かった。
即座に結界の中に封じ込められるのを回避するために空間を開き脱出しようとしたが、突如地中から竹槍が生え出てくる。
それを見たモーテスは初め、ひるむ様子もなく竹槍が突き刺さるが結界が完成する前に内側から出ようと考えていたが、甘かった。
一本目の竹槍がモーテスの胸に届いたとき、モーテスはその武器に内包されてる力にようやく気付いた。
咄嗟に体内の神気を爆発させて僅かに突き刺さりかけた竹槍を粉砕すると、そのまま足元の地面を隆起させて、残るすべての竹槍を破壊する。
それを行った時にはすでに結界が完成しきる直前、最後まで空いていた結界の穴から見たのはモーテスがこの世界で唯一虚を突かれた者の顔だった。
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閉じ切った結界は黒い半円状のドームの形をとっていた。
一先ず完成させることが出来た四人は息をつきながらも、結界維持のため流している力を弱めることはなかった。
「おい、爺。なんでお前が最後の仕上げをしたんだ。俺に任せりゃいいだろうが」
「黙れ、小童。こういうのは年長者がするものだと決まっとる。まあ、個人的に因縁のあるやつじゃったからのぉ、その面を最後に拝んでおきたいというのもあったがの」
「はぁ? 何言ってんだ、ついにボケたか?」
「おい、トリカブトも長老も言い争っている暇はなさそうだぞ」
リンドウが、二人の口論を止めている間に、タガヤも静かに立ち上がってそれを見ていた。
結界を囲むように地中から、B級映画のゾンビのように人間だった物が続々と這い出てきており、他にも森の中からキメラが出てきている。
「はめられたか」
「そうとしか思えんじゃろ。あやつの保健かもしれん」
四人とも指折りの猛者だが結界の維持を行いながら、戦闘するのは簡単なことではない。
だが、今は他の手を考える暇もない。
誰からも知られることのない四人の戦いが始まった。
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黒い膜に覆われた結界の内側は暗いように思われたが寧ろ、外よりも明るい異常な空間を形成していた。
閉鎖されてしまったことを開き直ったのかモーテスもため息をつきながらヤヌスともう一人の敵の方を向きなおす。
リン、と鈴の音をさせて、明らかな挑発といつもの蔑むような笑みと共に最後の一人、カグヤがヤヌスの後ろから現れる。
「あんな攻撃が通じるんだったら止めを刺しに行ったらよかったかしら?」
口調から見てすでにカグヤの戦闘スイッチは入っているようだ。
カグヤの挑発に青筋を立てながらも笑みを浮かべたモーテスは両手から炎を出して戦闘の体勢に入るが、それはヤヌスの方も同じだ。すでに抜き身の短剣を構えながら、姿勢を低くしている。
「今度こそ仕留めてやるよ、モーテス」
「ふ、寄せ集めの兵とそこの女で我に勝てると思うなよ」
それに対する返事にヤヌスは距離を超越した斬撃でモーテスの首を切り裂いた。




