69.決戦前夜
破壊されて燃え尽きた家の跡と、深く抉られた地面。
それがボケの邸宅内部から、外に広がっていた。
「燃え尽きてるな」
「木造だからあっという間よ。むしろこれで済んでよかったわ」
「あたりめちゃくちゃになってるけど」
「二人とも本気だったらしいから。止めるのも大変だったんじゃない?」
アヤメは苦笑いのような顔で、日々野は申し訳なさそうにその惨状から目をそらしている。
この惨状が生み出されたのは日々野が目覚める少し前のことだった。
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「ここは……」
日々野が寝ていた部屋とは別の場所で響火は目を覚ました。
辺りを見渡すが、見覚えのない部屋。
緊張で心臓が早鐘を打つが、一度冷静になり、ここに来るまでの記憶を順番に思い出していく。
およそ中学生とは思えない判断と冷静さは、響火がゲルトナーの一員であったことを十分にう裏付けるものといっても良かった。
やがて、響火は自分が日々野との戦いの末に倒されたところまでたどり着き、ここがどこかを理解した。
「早く、逃げなくちゃ!」
ここは植物人の拠点だろうと予測した響火がとった行動はもちろん、ここからの脱出である。
幸い、拘束や見張りもない。炎刃で騒ぎを起こせば逃げることも可能と考え、部屋を飛び出そうとした時だった。
障子の向こうの廊下が騒がしくなったかと思えば、襖が勢いよく開けられ、そこにはまだ納刀状態の刀の柄を握ったアベリアが立っていた。
「炎刃!」
咄嗟に名前を叫び、神鎌を呼び出す。
次の瞬間には両の手に双剣が握られており、アベリアの足の健と首を狙って能力を発動させる。
アベリアの目の前に現れた燃える斬撃は動くことすら許さずに、その首をはねるかに思われた。
「抜刀迎撃、二連」
アベリアの腕が一瞬消えたと同時に炎刃が弾き飛ばされ、後の壁に穴を開けて火をつけた。
この事象の正体はアベリアの能力、抜刀迎撃によるものだ。
納刀状態の刀を手にしている状況下で常時発動しているカウンター。アベリアの意識に関わらず発動する抜刀を視認することをできるものは片手で数えるほどしかいない。
弱点らしい弱点と言えば、発動条件と防御にしか使えないことくらいだろう。
先の戦いでも、もしアベリアが刀を手放してさえしていなければ、ゲルトナーの男を切り殺せていたであろう。
響火は初見の相手に炎刃を見切られたことに、アベリアは迎撃が発動するまで攻撃に気付けなかったことを互いに恐怖と感じたが、それ以上にこの一合は敵対する相手だと認識するのには十分だった。
先に動いたのは響火だった。
再び炎刃を発動させるが、今回は一方をアベリアではなく反対側の壁に向かって撃つ。
アベリアも一歩踏み込むと同時に迎撃が発動して炎刃を切り伏せるが、その間に響火は壊した壁から外に出ていた。
そのまま逃がすわけがなくアベリアは燃える炎を突き破って外に出るが、そこには迫りくる炎の斬撃と敵の姿があった。
響火は逃亡が無理だと悟った。だからこそ、一人でも多く植物人を殺す、そのためにアベリアを待ち受けていたのだ。
炎の壁から出てきたアベリアに向けて炎刃を放ちながら、響火自身も時間差で切りかかる。
アベリアも驚きながらも、迎撃により炎刃を弾くことはできたが、納刀するよりも先に響火の双刃が迫る。片方は刀で防ぐことが出来たが、反対の剣がアベリアの腕を切り裂いた。
赤い血がアベリアの腕から流れ、痛みが走る。だが、アベリアも負けじと刀に一層力を籠め響火の体勢を崩すと、横から胴を蹴り飛ばした。響火の体は不意を突かれたために数メートル後ろにまで転がり、ようやく止まった時にはアベリアの方も立て直していた。
ここまでの戦闘で響火はアベリアの抜刀迎撃の弱点を見破っているため、波状攻撃を仕掛ける考え。
アベリアも先ほどの斬り合いで見破られていることを予測して、尚抜刀の姿勢で響火の攻撃を待つ。
そして、響火が攻めるべく、突撃した時だった。
「そこまで」
声と共に二人の地面が抉り飛ばされた。無論、二人の体は地面と共に飛ばされた後、地面にたたきつけられる。
突然の乱入者に二人は立ち上がろうとするも、頭を鉈の峰で叩きつけられるのが先だった。
「アベリア……命令違反……ダメ」
「何で、何んでですか! だってこいつは攻めてきた人間の仲間なんですよ! それなら殺してもいいじゃないですか!」
「ダメなものはダメ。それに……この子は誰も殺してない。あと……ボケが呼んでた」
「クッ……わかりました」
アベリアは悔しそうに、響火を睨みつけながら去っていった。
「霧立さん。ですよね」
「ん。正解」
響火はアベリアが叱られている間に侵入者が同じ人間であり、兄と同じ隊の人であることに気付いた。
「次に……響火ちゃん。ここで……戦闘は禁止」
「待ってください! どうして人間で、しかもゲルトナーの霧立さんが植物人と一緒にいるんですか!」
「逃げてきただけ。他にも……人いる。だから、戦闘はダメ」
「でも、植物人は人間を殺してるんだよ! 私の両親だって殺された! だから殺さなくちゃダメなんだよ!」
響火は引き下がることをせずに霧立に一層熱くなりながら迫る。植え付けられた先入観と親が殺されたことが戦闘を禁止することに強く反対する意思を強くしていた。
霧立もその気迫に口を閉ざす。
だが、瞳はより冷たさを増していた。
「私の姉は……人に殺された」
「え? そうなんですか」
「うん。……じゃあ、私はヒトを殺してもいいの? 違うよね? じゃあ、同じでしょ? あなたが親を植物人に殺されたからと言って、殺していい理由には……ならない」
「でも、人間と植物人は違う」
「何が違うの? 見た目も構造も考えも同じなのに。もう一度聞くけど、何が違うの?」
「なら、どうしたらいいんですか! 私はどうしたら」
「……知らない。あなたには……まだ……日々野がいるでしょ?」
「いるけど……でもママとパパは……」
「はぁ。取りあえず……他の人のところに行く。あと戦闘は……禁止。破ったら……殺す。日々野を。分かった?」
「うう。……分かりました。でも、お兄ちゃんが起きたら教えてください。話したいことがあるので」
「ん」
一先ず、了承は得られたので、霧立はすでに近くで待機していた者に響火の案内を頼み、連れて行ってもらうのだった。
しかし、霧立はその後をついていこうとはせず、後ろを振り返って声をかけた。
「で、何か……用ですか? ……ボケさん」
「ほほ、気付いとるとはさすがじゃの!」
何もないはずの空間からボケが現れた。
見つけられたというにも関わらずボケはニコニコとしているが、反対に霧立の方は無表情から不機嫌なものになっていく。
「アベリアさん……の方は、もう終わった……の?」
「今話しとるところじゃが、根が真面目じゃし、友人をなくした直後じゃったからのぉ。まあ正当防衛じゃし問題はなかろう」
「そう。なら……話は終わり」
「いやいや、まだ始まっとらんぞ!」
霧立の不機嫌度が上がった!
決してボケがウザイからだけでなく、断檀刃を使った反動で意識を保っているのが危うくなってきているのだ。
「早く……話せ」
「せっかちじゃの。聞きたいのはさっきの話で気になったことなんじゃが、お前さんはあの子のようにヒトを憎んではおらんのか? 厳密には殺した人間のことを」
ボケは軽い口調でとんでもないことを霧立に問いかけた。
霧立も一瞬驚いたように目を開くと、少し笑って口を開いた。
「ないよ。……だって、もう殺してるから。あとは……モーテスだけ」
「ホホ! まさか、そう来るとはのぉ! ならば、なぜあの子にもいってやらんかったんじゃ。そのことを」
「教える必要が……ないから。私も……殺したのは、正当防衛……だから」
それだけ言うと、これ以上話をする気はないのか霧立はボケを無視して母屋の方に向かって行った。
去り行く霧立の後ろ姿を見るボケに、普段のような笑みはなかった。
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「で、次はどこに連れてくんだ?」
「普通にみんなが集まっているところよ。あれだけの人数を面倒見れるところが長老の家しかないから。まあ、こことは別棟にはなるけどね」
響火とアベリア、霧立が作り出した惨劇を見た後、日々野はアヤメの案内で元の目的であるディーゼルの人たちが集まっている部屋に向かっていた。
アヤメの言うとおり、ボケの家が十分に広いのを現在進行形で実感していた。別棟に行くだけでも数分は歩くほどだ。
素人の日々野でも増改築や修繕の跡をいくつも見つけられるので、見た目以上にかなりの年数を重ねて今の形になったのだろう。
次第に人の声が聞こえてきて、ここ当たりなのだろうと予想がついた。
「ここよ」
「案内ありがとう。……一応聞いときたいんだけど、衝突が起こったりしなかった? 響火とアベリアさんの例もあることだし」
「あのね、そんな心配する暇があったら、さっさと入って確かめなさい!」
アヤメが障子を開きながら日々野を中に連れ込む。日々野は咄嗟に目をつむってしまったが、室内の騒がしさに恐る恐る目を開けて部屋の中を見た。
電灯の代わりに天井に設置された謎の明かりが照らす室内は、酒を酌み交わす者や何か共通の話題でもあったのだろうか大声で笑いながら話す者などで賑わっていた。
その中には人間ではない、植物人も混ざっていたが誰も気にする様子などなく関わり合っていた。
「みんな、笑ってるな」
「ええ。初めの方はお互い警戒してたんだけど、同じ釜の飯を食べたら家族とかいうじゃない。食事の準備をしたり、つられて私たちも食べたりしてるうちに、こんな風になったわけ」
「凄いな……でも、なんて言うか、俺たちがしたかったのってこういうことだよな。案外簡単にできるものだったのかな」
「多分、簡単じゃないと思うわよ。ここにいる人たちが元から私たちに対して悪い感情を持ってなかったのもあるし、食事のことだけじゃなく、あそこら辺の人がきっかけを作ってくれたのもあるかもね」
そういってアヤメは特に盛り上がっている一角を指さした。
そこにはわざわざ町から持ってきたのか、一升瓶に入った酒を酌み交わして楽しそうに話す集団があった。ふと日々野はその中でも、ひときわ赤い顔をしている男性の顔を見て驚いた。
「あれ、うどん屋のオッサンじゃん!」
「ええ、あの人がリンドウと何人かの人にお酒を進めて、そこからどっちも巻き込んでるうちに、他の若い人も安心したのかしら、お互いに話しかけるようになって、今に至るわけ」
「おい、日々野! 起きたんなら代わりにガキどもの相手してくれ! 限界だ!」
「ねー、もっかい花火出してー」
「もっかい、もっかい!」
「次は怪獣ごっこしてー! そんでさっきみたいに分身してー」
「ちょ、お前らいい加減人の上に乗ってくんなぁ」
「……ほら、ロッジもああやって子供たちと仲良く遊んであげてたり、リンドウなんかはお酒から逃げた先で叔母さま方に人気だし」
ロッジは子供たちにのしかかられ、おねだりされている。子供たちのいう、花火とはロッジが能力の爆弾を工夫して色を付けたものを試しに見せたところ、今のように大人気になれたようだ。
少し離れたところではリンドウがもくもくと出されてくる食事を食べていた。寡黙な様子と渋い顔がどうやら叔母さま達にドストライクだったよう。
それと背中合わせの机では、鈴が植物人であろう女性たちに囲まれてリンドウとの関係や状況についての恋バナなるもので盛り上がっている。せめて、リンドウから少し離れた場所でしろよと日々野は思ったがスルーした。いつぞやにアヤメとの将来について茶化された仕返しだ。もっと顔を赤くするがいいなどと考えていたのだ。
「そっか、でも最後にこう言うのが見れてよかったな」
「ちょっと、最後とかいうのやめなさいよ。明日も明後日もその先も、別の世界で見れるはずでしょ」
「……そうだな。じゃあ、俺らも混ざるか、楽しそうだしな!」
今度は日々野がアヤメの手を引きながら、空いているスペースに入っていった。
二人に気付いた周囲の人が冷やかしに来たり、ロッジが見捨てた復讐に来たり、日々野に気付いた響火が突撃してきたりと一層の盛り上がりを見ながら、夜は更けていった。




