67,再会
目を開いたとき、日々野は朝と夜が混ざり合った空の下に立っていた。
夢かとも思ったが、風で巻き上げられた砂が頬にチクチクとした痛みを感じさせ、夢ではないことを伝えてくる。
落ち着いて周囲を見渡すと、すぐにこの場所がどこなのかを思い出し、この世界の主を名前を呼んだ。
「ウロボロス、いるんだろ!」
そびえ立つ四角推の頂点に向けて叫んだ日々野の声が消えてしばらくすると、空間が歪みウロボロスが現れた。
契約をした後は鎌の中から話しかけられることのみだったたので、日々野と直接会うのはこれで二度目だ。
「一つ聞きたいんだが、俺は死んだのか?」
「植物状態といったところか。現実の肉体は再生されているが、我の力を使った代償である魂の修復が間に合っておらん」
「とりあえず死んでないってことだな。よかったよかった」
回答にひとまず安心した様子を見せる日々野。
ウロボロスはそんな様子の日々野をじっと見つめていた。
その目には今までのように、試すような視線や蔑んだ感情は感じられない。すべてを見透かしたかのように静かな視線だった。
日々野もその視線に気づいたのかは分からないが、安どの表情を浮かべて、自分の握りしめた拳を見たまま口を開く。
「……なあ、俺はまだ人間か?」
焦るでも恐れるわけでもなく、ただ落ち着いてウロボロスに問いかける。
その表情には返ってくるであろう答えを理解したうえで、あえて聞く、確認を取るかのようなものが含まれていた。
それに対して、ウロボロスも特別なことではない、当たり障りのないことのように答える。
「お前はすでにヒトではない。植物の力に加え、我の力も混ざり合っている。故に、今のお前は何者でもない、新たな生命体といってもいいだろう」
ゆっくりと伝えられた答えを聞いても、日々野の心が乱れるようなことはない。
むしろ今まで感じていた正体不明の変化に明確な回答を得ることができ、安心している方だ。
神鎌の力というだけでは納得のいかない自身の再生力や身体能力の向上、魂などという不確定なものを感知することのできる感覚。
これらがヒトから別のものへ変わりゆく過程であったというのなら、納得がいく。
「そっか。やっぱしそうだったんだな」
「ああ。でなければ我の力に耐えられるはずがなかろう」
「それは魂の容量が大きいとか、相性が良かったとかかと思ってたんだけど。違うかったのか」
「……元が木偶ではどれだけ強固にしようと、神の力に耐えることは叶わん」
「認めろよ、素質があったって」
日々野が茶々を入れたが、さらっとウロボロスはそれを無視して空を見上げた。
「お前は一人だけを救うための力が欲しいと言ったな。人の身も捨て、友を切り、それでもまだ力が必要か」
「ああ、まだ強くなりたい。本当なら俺は彼奴に殺されてたはずなんだ。だけど、お前に助けられてる」
「なんだ? 殺されていた方が良かったとでも言うかの?」
「いや、違う。俺が、俺自身が殺すべきだったって言ってるんだ。それができなかったのは俺にまだ力が足りてなかったからだろ? だから俺には、まだお前が必要だ。もう少しだけ、頼む」
「ふ、人間如きが我に命令か」
「いや、懇願だよ。俺もお前も、あと一回ぐらいいけるだろ?」
「………それにも気付いているとはな」
両者の間に流れる空気が変わった。
ウロボロスから冷えつくような神気が放たれるが、日々野はひるむことなく続きを話す。
「俺自身のことは言うでもないけど、まさかお前ももうボロボロだったとはな、ウロボロス」
「少なくとも、お前よりはマシだ」
「………それは聞かなくても分かってる。一回ってところは否定してくれないんだな」
ウロボロスは相変わらず、どこか達観した様子で空を見上げているだけ。
返事が返ってくる前に、日々野の視界が急激に歪み、意識が引っ張られる。
契約を結びに来た前回と同じなら現実世界に戻るのだろう、日々野はウロボロスに別れを告げようとしたが、先に体の感覚が離れてしまい地面に膝をつく。
視界は一面砂色に埋め尽くされ、完全に向こう側に帰る、その一瞬前にウロボロスの声が聞こえた。
「次が最後の戦いになるだろう。蹴りを付けるぞ、日々野」
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目を開いたとき、今度は日々野は見覚えのない天井の下で横になっていた。
すでに全身の傷は癒えており気力も十分に満ちている。眠っていたのはウロボロスの言っていた魂の回復のためだったのだろう。
寝たままの体勢で体の調子を確かめてから、ふと、首を横に向けて飛び上がりかけた。
日々野のすぐ隣でアヤメが添い寝をしていたのだ。
無防備に眠っているアヤメは流れた白銀の長髪の間から薄い桃色のうなじが覗き、スヤスヤと静かな寝息に併せて双丘が揺れている状況。
アヤメの色香と再会の感動で胸が高まってしまうが、とにかく今はクールダウン。
一先ず、眠っているアヤメを起こさないようゆっくりと布団から出ようとしたが、遅かった。
緊張が伝わったのか、単純に目が覚めただけなのかは、わからないがアヤメの目がぱっちりと開き、アヤメを見ていた日々野と目が合う。
「あー、取りあえず久しぶり、アヤメ」
「…、日々野!」
「ちょ、待、」
起き抜けの頭で日々野を認識した途端、アヤメが日々野に飛びつき、そのまま布団に押し倒した。
日々野もアヤメを押しのけるわけにもいかないので、大人しく上に乗られたままの体勢で動かない。別に僥倖で棚ぼたなどと思っているからではない。
「捕まってるとき死んだって言われても、生きてるってわかってから。でも村についたとき、村長から半日寝たまま起きないって聞いて心配したんだからね」
日々野の肩口に頭を埋めたままアヤメが涙気味の声で言う。
その言葉に日々野の胸が高鳴る。腹部に当たる柔らかな感触に持っていた、やましい感情も消え去った。
すっと、自然に頭を撫でると、顔を上げたアヤメを見つめて、ただ思ったことを口にした。
「ゴメン。でも、大丈夫だから。もう絶対にアヤメを離したりしないから」
そのまま、両腕で抱きしめる。
二人の顔と顔との距離など数センチ程、唇がゆっくりと近づいてしまうのは仕方のないこと。
だが、残り指一本分、動くだけで触れ合ってしまいそうな距離まで近づいたところで、両者の動きはピタリと止まった。
まずは日々野が腕を解き、ゆっくりとアヤメが、その後に日々野も何事もなかったかのように立ち上がり、僅かに隙間の空いた障子を見た。
「そこの覗き魔、三秒以内に出て来い。さ」
「「すいませんでしたぁ!!!」」
障子が勢いよく開かれ、ロッジとボケがスライディング土下座で登場する。
一応、足音がいくつか聞こえるので逃亡を選択した者もいるよう。
カグヤだけがにこやかな表情で廊下に立っているが、藪をつついても出てくるのは蛇どころではなく鬼だと二人は知っているので、何も見ていないと華麗にスルー。
日々野は鎌を出して二人の前に立った。
「な、なあ日々野。正直者より逃げたやつを追った方がいいんじゃないのか?」
「花弁の剣に追わせてるから大丈夫よ」
「ははは、そうか、いや、まあ取りあえず日々野。俺たち一緒に戦った仲じゃん? さすがに鎌は止めとか」
鎌がロッジの頭部に振り下ろされる。
鎌の切断能力を0にすると、なんでも切り裂く鎌も立派な鈍器に早変わり。
落下速度×重量×振り下ろす力+直撃=ロッジは畳に顔面を埋め込むことになった。
「安心しろ、峰打ちだ」
意味を間違えているその言葉を聞くべきロッジの意識はすでにない。
死んではないだろうと、何事もなかったかのように隣の老人のほうを向く。
「で、村長。言いたいことはありますか?」
「うむ。もうちょい気付かれなければ、良いとこまで見れたかと思うと残念じゃわい」
「死ね!」
アヤメが残っていた剣で正直者のボケの首を切り落とした。
その光景に日々野が、流石にやりすぎなのではと青ざめかけたがボケの姿が霧になって霧散していき、そこボケがいたという痕跡は消え去る。
「ボケ長老の能力だから。ほんと面倒というか、止めてほしいわよ」
「あれが偽物って、……ボケ長老すごい人なんだな」
「褒めても調子にのるだけどね。で、タケ姉は何してるのか聞いてもいい?」
アヤメが遂に我慢できなくなり、いつも通りの笑みでこちらを見ているカグヤに話しかけた。
びくつく日々野を気にすることなくカグヤがゆっくりと二人の方に歩み寄ってくる。
二人の前に来るとまずは日々野の頭に手をのせて、優しく話しかけた。
「まず、日々野君。よく生き返ったわね」
「あ、ありがとうございます」
「うん。それから二人とも大事なお話があるからついてきてくれる?」
「あの、それよりも今の状況を教えてもらってもいいですか? アヤメがここにいたり、戦いはどうなったのか知りたいですし」
「それもそうね。じゃあ移動しながらでも話しましょうか?」
「分かりました」
日々野が返事をするとカグヤはすぐに廊下の方に歩き出し、一度だけ振り返った。ついてこいということだろう。
日々野とアヤメは一度だけ目を合わせてうなずくと、すでに先を行ってしまったカグヤの後を追った。




