66,西方にて
世界樹の村の襲撃も四か所のうち三か所で決着が着き、残るは西方のみ。
村の戦力を集中させたことで勝利目前まで迫ったのだが、最後に現れた四人の人間の異常なまでの強さによって勝利は防がれた。
彼らが出てきてから、一方的な攻撃が続いてたが、マツが強引に一人を道連れにしたことでようやく戦力が釣り合う。だが、それは均衡状態とも言え、残る三人の戦士に攻めあぐねていた。
先ほどオリーブからの通信であとはここだけだということが伝えられ、その場の全員に消えかけていた戦いの意志と使命に再び火が灯る。
相手にしている人間たちはかなりの訓練を積んでいる様子で、一人欠けたにもかかわらず連携に隙は無い。
さらに妙な能力を使った予想外の攻撃によって、既に仲間も半数近く倒され、その中には本当の死を迎えてしまったものが五人もいる。
植物人側は八人と数で言えば勝ってはいるのだが、その中で本体であるのは三人。これだけ人数が多くては連携も十分に取れないうえ、他の五人の攻撃では決め手に欠るというのが現状だった。
戦闘、というよりも足止めのための攻撃を植物人が仕掛けている中、離れた場所では三人がタイミングを見計らっていた。
「次で仕留めないと激ヤバじゃね? もううちら限界っつーか、負傷者大量って感じぃ? だよねぇアベリア?」
「間違ってませんけど、あなたに言われると気が抜けてしまいますね。それで、どうするのかはまとまったのですかオオバコ」
「んー、とりま四発はできたけどぉ。もう一発は無理っぽい」
「そうですか。仕方ありませんね、足りない分は私がカバーします。そろそろ動けますか。ユウガオ」
「ああ、大丈夫だ。先輩方に負担かけてしまった分、頑張らないとな」
この三人が本体、殺されれば世界樹の村に戻るのではなく本当に死んでしまう三人であり、決定打を与えられる三人でもあった。
都普段から共に行動していたため、三人だけなら連携も取りなれている。
そこで分身体の五人が時間稼ぎを行い、万全の状態の三人がとどめの攻撃を行うという作戦を立てたのだが、敵の連携と能力によって返り討ちにあってしまいユウガオが負傷してしまった。
やられるわけにはいかないので三人が一度下がって、五人に時間を稼いでもらっていたのだ。
今度は、能力の相乗効果も加わる相手の連携を上回ることができないと結論づけて、今度は分断することにした。
オリーブ経由で合図を送り、それに合わせて一人を引き離してもらう。それを三人で一斉に攻撃し撃破、そのあとは残りの二人を倒すという簡潔なものだった。
三人がギリギリのところまで近づいたのを見計らって、オリーブから合図が出される。
五人が一斉に突撃した。狙いは三人の間だが、無論危険極まりない行為。それを表すように五人のうち一人が一人の男の昆虫のような長い腕に掴まれ、握り潰される。
だが、生き残った四人が接近することに成功する。
敵たちは距離を取るが、それは互いの距離をも生み出してしまうことと同じだった。
その中で一番厄介な能力を使用していた人間をアベリアたちが狙う。
三人の登場に、人間も警戒していたのだろう、即座に気付くが、連携を取らせる間を与えない。
「くらえぃ!」
オオバコが孤立した男目掛けて、頭一つ分ほどの大きさの水球を四発全て繰り出す。
その正体は粘着質を持った強酸性の液体。浴びただけでは皮膚をかぶれさせる程度のものだが、粘着性が加わることで時間と共に皮膚の下さえも溶かしていく凶悪な武器となる。
それを男は尾骶骨から伸びた獣の尾の数本で防いだ。
これでは、残念なことに溶かしきれるのは尾だけだろう。
しかし、それを悔やんでいる暇はない。
尾で男の視界がふさがれた一瞬の隙に、アベリアとユウガオが左右に分かれて挟撃の形に入る。
アベリアは腰に下げられた刀を抜き放ちながら切りかかるが、男が手にした大鎌で防がれてしまう。
だが、同時に地中から木の幹が生え、男の脚に巻き付き締め上げた。
男が拘束された足を見るよりも先に、アベリアと反対を向くと、予想道り地面に手を付けたユウガオの姿を見つける。
「行かしませんよ!」
アベリアが刀に力を籠めて男の鎌を押しながら、挑発するが男の顔に焦りは見られなかった。
嫌な予感を覚える。
このままいけばユウガオの能力で生やした蔦が全身に巻き付き、そのまま絞め殺せる。
それは男もわかっているはずなのだが、相変わらず焦りどころか脚の痛みすらか感じているようには思えない。
寧ろ、男の様子にアベリアのほうが不安に包まれてしまい、それが隙を生むことになった。
アベリアの意識が逸れた一瞬を狙い、男が鎌を刀がこのまま男の方に来ない方向に捨てる。
当然、鎌と刀にかかっていた力の均衡が崩れ、アエリアは男の方に倒れ込むような形で近づくことになる。
極限までに接近したこの状況では、武器を振るうことは不可能。人間にはそれ以上に最適の武器が備わっているのだからそちらを使えばいいだけの話だった。
男の拳がアベリアの腹にねじ込まれ、そのまま木々にまで飛ばされてしまう。
それを見たユウガオが生やした蔦で動きを封じようと力を籠めるが、時すでに遅し。男は手元に引き寄せた大鎌と残った尾で纏わりつく蔦を薙ぎ払い、ユウガオの方に向かってくる。
「ユウガオ、逃げて!」
アベリアが痛みをこらえて立ち上がりながら叫ぶが、膝をついた体勢からユウガオが動くまでには時間が必要だった。
男の大鎌がユウガオに振り下ろされる、そう思われたとき一つの影が割り込んでくる。
オオバコだった。
だが本来、後方からの支援や攻撃を専門としているオオバコに戦闘力など、ないに等しかった。
無情な刃がオオバコの体を袈裟切りにする。
種魂が両断されたのだろう、血が流れるよりもさきに砂のような結晶と化して消え去ってしまった。
植物人は種魂を失えば、細かな粒子となって大地に帰っていく。
死んだあとは死体も何も残らない。残したければアジサイのように別のものになるかしない。
自分として死んで何も残らないか、別の化物となり骸を残すか。
それしかない。そんな空虚な存在が自分たちなのだ。
込みあがってくる悲しみや怒りを抑えることなく剣に乗せながら、アベリアが突撃する。
男はユウガオよりもアベリアの方を危険視して突進を防ごうとするが、冷静さもない愚直な剣だが込められた力は先ほどの数倍、大鎌を弾き男の心臓を貫いた。
「グハァ!」
「まだだあ!」
苦痛の声と共に血を吐いた男の胸を真一文字に切り裂く。
心臓から肺の下を切り、体外に刀が現れた時には白刃は赤黒く染まっていた。
大鎌が手の中から滑り落ち、男もそれに続くように地面に倒れた。
辺りに静けさが戻り、アベリアの吐く息の音だけが響く。
ふらつきながらオオバコだった土に近づき、手にしたところでアベリアの手から涙がこぼれる。
少し離れたところでユウガオも涙をこらえていた。
男として泣いてはいけない。すぐにとはいかないが涙を押し殺して、慰めるためにアベリアの方に行こうとしたとき、それに気が付いた。
「アベリア!」
「え、」
アベリアの体が突き飛ばされる。
突然のことに受け身がとれずに数回転がった後、非難と共に顔を上た。
「ちょ、何するんで」
そこには、全身を尖った獣尾で貫かれたユウガオの姿があった。
「イヤアアアアアア!!!」
尾が体から抜かれ、アベリアの方に投げ捨てられる。
ユウガオの体に空いた穴から血が流れ出ているが、消えていないのでどうやら種魂は無事なようだが、この傷を癒しきれるかは分からない。
アベリアはユウガオをどうやって助けるか、考えようとしたとき何かが起き上がった気配がし、その方向を見ると男が立ち上がっていた。
胸に刻み込んだはずの傷がなくなっており、その表情は怒りに染まっている。
「俺は平等って言葉が大好きなんだよ。だから、俺を殺したお前らも一回殺されるべきだよな」
「な、なんで生きてるんですか」
「あ? これが俺の能力に決まってるでしょ。そうだなぁ、自慢がてらに教えると俺は適合率が高かったらしくて複数の改造を受けれたんだよ。一つがこの尻尾のキメラ。もう一匹はナミウズムシっていう生物をキメラ化した細胞を埋め込めたらしいんだけど………丁度心臓だったんだよねぇ、改造したのは。つまりお嬢さんが切った傷口はその細胞が治してくれたわけ。残念だったねえぇぇ!」
人が変わったように感情を表し出した男を前にアベリアは絶望を覚えた。
渾身の攻撃も再生する? 勝ち目なんてない。でも、いいか。オオバコも死んでしまった。ユウガオももう無理だろう。このまま私も殺されてしまえば、きっと一番いいんじゃないのかな?
諦めがアベリアを支配していく。
「そうか。じゃあ良かった」
そんなアベリアの絶望を断ち切るかのようにユウガオが立ち上がった。
まだ再生が終わっていない傷口から、血が流れ出ているにも拘らず、笑っていた。
「何だ? 自殺願望でもあるやつだったか? それともみんなで仲良く死ねた方がいいって考えでも生まれたのかな?」
「アベリア! 悪いが俺は先にオオバコのとこに行く! けどなあ、お前は生きろよ。俺たちが見れなかった世界を見てきてくれ! もう一度言うぞ、お前は俺らの分も生きろよ!」
「ユウガオ? なんで、私はもう無理です。勝てる気がしません」
「大丈夫だ。お前は生きれる!」
「何言ってるのかな。お前を殺したあと、そいつも殺すに決まってるでしょ?」
「どうだろうな。お前じゃ俺を殺せないかもしれないぜ?」
「は、なら俺に殺されるってことをわからせてやるよ!」
「ユウガオ!」
アベリアのユウガオを呼ぶ声で大鎌が振り下ろされた。
大鎌はユウガオの肩口から入り種魂を砕く直前、今更のようにユウガオが動き、種魂が砕かれるのをかわす。
だが、そのまま大鎌がユウガオの体を切り裂いていくことに変わりはなく、大鎌は難なく全身を両断しユウガオの体から出てくる。
その瞬間をユウガオは待っていた。
残る種魂の力を回復ではなく、奥の手の発動に込めながら目の前の男の体に触れ、発動。
「汝に下すは罪過の天秤、受けろ『罪傷』!」
ユウガオの言葉が男の体に響き、一斉に複数の穴と傷、そして全身を両断する二本の裂傷が交差して刻み込まれる。
穴のなかには心臓を穿っているものもあり、切り札ともいえる再生細胞は失われた。
もし残っていたとしてもこれだけの傷を修復することは難しいだろう。
男の体は胴の裂傷によって四分割され崩れ落ちていった。
その光景と仲間の持っていた奥の手に驚愕しているアベリアにユウガオが振り返って笑いかけると種魂の力を使い果たしたのだろう、さらさらと砂と化して消え去ってしまった。
「ユウガオ、あなたまでなんでいなくなるんですか。オオバコもいなくなったのに。なんで二人が、なにが悪いのよ。村守って、わけわかんない戦いして。一緒に旅でもしたいって、村長から聞いた冒険しようって言ってたのに」
呆然としたままアベリアは思ったことをすべて吐き出していく。
残りの二体も倒さなければいけないのに、そのようなことも忘れて叫んでいた。
「ユウガオー、オオバコー! なんで二人とも死んじゃったのー!!」
「そんなの人間のせいに決まってんだろがよぉ」
いきなり話しかけながら、ガサガサと茂みの中から二人組が出てくる。
涙を流しながら武器を構えることもしないまま、声の方を向いて目を見開く。
二人が誰なのかアベリアは知っていた。
「向こうの奴らは、殺しといたけど雑魚いなぁ、あそこにいたの全員。毒に気付かないまま戦い続けてバタンキューとか、爆笑もんだぜマジで!」
「グスッ………全員?」
「おお。分身体だし、死んでも問題ないだろ?」
その言葉にアベリアの涙が止まる。
本気で言う男、トリカブトに寒気と仲間を思わないことへの怒りが悲しみの中に生まれてきた。
そして、トリカブトはとんでもないことを言った。
「てかお前らも雑魚すぎだろ。いや復活は笑うしかないけど、もうちょい強くなれよ」
「お、お前、私たちの戦いを見てたのか」
「うん。最後の方だけな」
「ならなんで助けてくれなかったの! もしかしたらユウガオも助かったかも」
「甘ったれんなよ。つか俺のせいじゃないだろ。弱かっただけだろ、お前らが」
考えるよりも先にアベリアはトリカブトに切りかかろうとしていた。
だが、その剣は届かなかった。
踏み出した足の力が抜けたところをトリカブトの後ろにいたアネモネが迫り、一撃で昏倒させられる。
気を失ったアベリアをアネモネは受け止めることなどせず、そのまま地面に倒れるのを見てからトリカブトの方を向き、
「殺しますかぁ、トリカブト様?」
艶のある声でさらりとトリカブトに尋ねる。
それに対してトリカブトも、別に殺すといったことを気にする様子もなく返事をした。
「いや、ボケへの手土産にしよ。殺したら何かとめんどくさいし」
「私が責任を負うので殺しても大丈夫ですよ?」
「でも手土産にするから。さすがに首持っていっても村に入れてもらえないでしょ」
「確かにそうですね。なら木人に運ばせますか」
そういってアネモネは木人を一体生み出し、アベリアを担がせる。
「そんじゃあ、行きますか! 目指すは世界樹! あいつらも来てっかなぁ~」
トリカブトの号令にアネモネと木人も拳を上げて返事をしてから、後を続いて進みだした。
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「これで全滅か……まあ暇つぶしにはなった」
世界樹付近の森から遠く離れた森の中でモーテスは一人、戦況を楽しみながら観察していた。
自分の軍勢が全滅したというのに全く悔しそうでもないのは、初めから勝てるなど考えていなかったからだ。
今回の攻撃はモーテスの中で扱いが面倒になってきた研究者を処分し、世界樹を守る戦力を少しでも削ることを目的としていたため、その点だけで見れば合格ということだろう。
「欲を言えば、アイツがどう出るか確認したかったが……ウロボロスの所有者を見れただけで満足すべきだな」
それだけ言うと立ち上がり空間に穴を開けて潜り抜ける。
潜り抜けた先は建物の中、ディーゼルにある聖王会の神殿。モーテスは満足そうに備え付けられた豪華な椅子に座って様々なことを思い浮かべる。
研究者に作らせたキメラと虹の女神。そしてこの世界に落ち延びてから数百年かけて溜めた力。
モーテスが元の世界に戻るためのカギは手の中に揃ったも同然だった。
ついにやけてしまった顔を直そうとしたとき、外の様子がやけに騒がしいことに気が付いた。
「モーテス様、ご報告があってまいりました!」
「入れ」
「失礼します」
一人の男が入ってくるがモーテスはふといつも男と違うことに気が付いたが、世界樹に向かわせたのだったと独り納得する。
「して、我にようとはなんだ」
「申し上げにくいのですが、モーテス様が不在の間に侵入者がありまして」
「ほう、まさかこの神前に侵入しようとしたものがいるとはな、それでどの程度の被害が出た」
「まだ、正確には分かっておりませんが、あの、戦闘員は全滅しました」
「は?」
「ほ、本当に恐ろしいやつだったんです! 急に現れたかと思うと、次々と殺していき」
「よいよいで、それで他には何もなかったんだな」
この時点ではモーテスは全く怒りを覚えていなかった。
所詮この教会にいる人間など本人たちは選ばれていると思っているが、モーテスからしてみれば扱いやすい捨て駒でしかなかった。
何よりそのようなことができる侵入者など予想ができる。そこから尻尾を掴めただけ必要な犠牲とも考えていたからだ。
「じ、実は、モーテス様が捉えられた女が連れ去られました」
「は?」
モーテスから凍えそうな神気が放たれ、使いの男はさらに縮み上がった。
「もう一度、言え」
「お、おんなが、侵入者に、連れ去られ、しかし! 今鋭意捜索中でして」
「もういい」
必死に弁解する男の言葉を切り上げさせて、立ち上がる。
頭の中は怒りでむしろ冷たく、冷静になっていく。
男の方に近づき肩を叩くと、男は飛び跳ねたがそれにモーテスは優しく微笑みかけた。
「用なしだ」
言葉と共に男が消えて、そこには小さな光の粒だけが残った。
モーテスはその光の粒をつかみ取り口の中に放り込み二、三度で噛み砕き飲み込んだ。
そのまま扉を開けて外に出ると、協会内の人々が我先に言葉を求めてやってくるが、その一つも耳には入ってこない。
今、モーテスの中にあるのは怒りだけだった。
「ヤヌスめ、やってくれたな」
軽く振った手に連動してその場の人間がすべて、先ほどと同じ光の粒に変わり、モーテスに取り込まれる。
その怒りに答えるように協会の地下で何かが蠢き出した。




