65,vsゴリ男
「それじゃあ他に知っていることは」
「も、もうありません。ほんと、です、だから」
地中から生えた竹槍によって四肢を貫かれ、動きを封じられた男が助けを求める。
だが、その言葉に帰ってきたのは、新たに生えてきた竹槍。男はその竹槍に頭を砕かれ絶命した。
脳髄が辺りに飛散するがその程度のことが気にならない程、辺りは血で赤く染まり、赤い竹林と化している。
キメラが竹槍の頂点に突き刺さったまま死んでいたり、人間だった物が全身を貫かれて息絶えていた。
はじめは十人近くいたはずの人間たちも残りわずかとなり、目の前で繰り広げられた拷問と、底が知れない怪物への恐怖ですでに戦意などかけらも残っていない。
「それじゃあ、次はあなたに聞いてみようかしら」
「ひっ」
視線を向けられた人間の一人が死への恐怖のあまり、逃走を決意して後ろに下がった瞬間、胴が半分に切り落とされた。
「情けない。我々は神のご加護を得て、戦いに来ているというのに、攻めもせずこうも簡単にやられ、挙句の果てには逃亡しようとするなど、万死に値する!」
離れているはずのカグヤでもわかるほどの怒気を放ち、額に血管を浮かべた男が、血に濡れた剣でさらに残っている仲間も切り捨てながらカグヤの方に迫ってくる。
カグヤは他のものとは違う力を感じ取り、念のため周囲に出しっぱなしにしている竹林を地中に戻した。
「あなたはそこら辺の雑兵より色々知ってそうね」
「黙れ雑木が。神の名のもとに処してやろう」
「フフフ! あんなやつのことを神だなんて笑えるわ~! ほんと人間って面白いわね」
「………神を愚弄するとは、良いだろう。この聖王会の中でも最も神を信仰し、最も強く神の力を受けた、私が、直々にお前に天罰を下してやる!」
そういうと背中から黒い針のよう物を生やし、カグヤ目掛けて打ち出す。
それと同時に男も血の付いた剣を構えて突撃する。
カグヤは冷静に飛来する針に対しては地中から竹を生やすことで防ぎ、男の剣は竹槍で受ける。
数合打ち合うが、男の太刀筋は怒りに飲まれることなく極めて鋭く隙のないもの。
カグヤが地中から不意打ちで竹槍を突き出すが即座に回避して、ほぼ無傷で済んでいる。
人間の中ではトップクラスの実力というのは過言ではないのだろう。
「もう十分だわ」
だが、所詮は人間の中ではだった。
「領域展開、月籠」
一斉に周囲に竹が生え出てくる。それはただ生えるだけでなく伸びるにつれて曲がっていき両者を中心にドーム状の空間を形成した。
完成と同時にガクンと男の動きが鈍くなり、手の中の剣も構えることもできないの代物と化している。動こうにも足の裏が地面にめり込み、一歩踏み出すことすら困難だろう。
それもそのはず、今この空間の重力は六倍とかしていた。
「く、こうなれば、神のお力に頼るしかない!」
自分の身に起きた変化に対して、男は神から授けられた力を体内で暴走させる。
全身の筋肉が膨張しキメラのように赤黒くなったかと思うと、背中以外の場所からも針が生え出てくる。無理な変化に体に激痛が走るが、そんなことを気にすることのできる知能はすでに失っていた。
「おおおおぉぉぉお、快・感・だ! 神に奉仕できる! さあぁ、天罰だぁあああ!」
「醜い姿ね、でも領域内で何秒耐えられるかしら」
「うおぉぉおぉお!」
叫びながらカグヤに向かって身一つで突撃する。生え出た竹槍を無理矢理叩き折りながら進みカグヤにたどり着けるかに思えた。
そして、その手が届く前に竹槍が全身を貫いた。
地中からだけではない、ドームを形成している竹の中から分裂して伸びてきたものもあれば、虚空から現れたものもある。
全方位から一斉に竹槍が怪物と化した男を貫く。再生など突き刺さったままの竹槍のせいで、できるはずもなく、全身から槍の生えたかのようなその姿はグロテスクなもの。
カグヤが近づいて情報を聞き出せるか確認するが、ぶつぶつと神の名前をつぶやいているだけで会話は不可能だとわかる。
「そうねえ、これ、使っちゃいましょうか」
そういいながら着物の袖口から一つの種のようなものを出し、男の耳元に近づけると軽く力を籠める。
すると種が発芽し、生え出てきた蔦が男の耳の中に伸びていき完全に入りきると、ビクンっと男が震えたかと思うと喋るのをやめた。眼もカグヤの方向を見つめている。
「それじゃあ聞くけど、戦力はどれくらいかしら」
「は、い。神兵が五百五十体、私たちが二十三人です」
「よろしい。次はどこにどのくらいの兵力を割いてるの?」
「はい。作戦、上は北、神兵を百三十体と二名の兵、東は五十体とわ、たしを含め十三人の兵、南は神兵二百八十体と二名の兵と、ドクたー、西は残りの全ん員です」
「うーん、そろそろ限界かしら。じゃあ最後に、兵の中でも強さって違うみたいだけど、どれくらいのランクが何人いるのかしら?」
「は、い。能力のみ、しよおおできるものが、ほとんどで、すぅ。私のよぅにぃ変、身できるのは二、人。けれどそれよお強いのおおおぉぉdそdjそおdc」
「もお無理ね、じゃあご苦労様」
完全に壊れた男を見て、少し離れてから軽く手を振ると男の頭部が内部から爆発した。
頭がなくなった後、ビクッと一度だけ動いたが、男はそれっきり動かなくなる。
最後の人間も死んだことでここにいる意味もなくなり、領域を解除するとそのまま竹は枯れて倒れていく。残ったのは男とその仲間たちの死体、そして血に染まった枯れた竹林だけだった。
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「ドクター、これだけのキメラ、いえ神兵をほんとに操れているんですか?」
「何を言っているんだい! この天才にできないことがあるわけがないだろ! 全体の脳間に私の脳から送った電波で行動する機会を埋め込んだ特別性だぞ。ああ、別にお前たちも劣っているわけではないからな。なんたって、この私の作品の一つなんだから、誇って生きたまえ!」
「はあ、さいですか」
会話とは言い難い一方的な会話は一瞬で終わり再び沈黙が森の中に訪れる。
兵士、というにはあまりにも頼りがいのなさそうな線の細い青年は、キメラに乗るドクターにあまりいい印象を覚えていなかった。
ある日突然適合率がどうやらとかで聖王会に連れていかれたかと思えば、よくわからない研究の対象になり、訓練もなく流されるがままに、現在この戦場に赴いているのだから信頼感系も糞もないのは当たり前だろう。
事前に行われた簡単な説明によると、青年はドクターの指揮するキメラ部隊で、もしもの時にドクターを守って撤退するだけの役目らしい。戦闘は予想されていないとも言われていた。
しばらくして青年は自分たちの周りに濃い霧が発生していることに気付く。
不安に思い、隣のドクターに顔を向けるが、そこには先ほどまでの自信に溢れたものとは異なり、怒りがうかがえる形相で濃霧の先を睨みつけていた。
「ど、どうしたんですかドクター。もしかして敵襲ですか!」
「黙れ、凡人。まだ敵襲と決まったわけではない。キメラ共の不具合なだけかもしれないんだ」
「え、それって何かあったってことですか! ならあとはキメラだけ行かせて、僕たちは逃げたほうが」
「黙れっていてんだろうが、凡人が! いいか、今俺が考えてるんだ、お前は黙って周辺警戒しとけばいいんだよ!」
「わ、わかりました」
ドクターが怒鳴り声に青年は黙り込んで、言われた通り周辺を警戒する、というには不格好な姿勢で辺りを見ているだけといった方が的確だろう。
ドクターの怒りの原因は先ほどから途切れているキメラたちの信号にあった。
離れた場所にいるキメラたちから次々と信号が途絶えたり、視界が不鮮明になったかと思えば指揮が効かなくなる。
植物人に攻撃を受けていることも考えてはいたが、奇妙なことにどのキメラからも死亡の反応が返って来ておらず、機器の故障とも捉えられることが判断を鈍らせていた。
「っ、ドクター、敵の気配が」
青年が震えた声で言う。
ここにきてようやくドクターの心にも恐怖心が沸き起こった。
キメラたちはまだ半数以上残っている。ここまで近づかれていることもそうだが、それ以上にすぐそこにいる何かの存在をすべてのキメラが感知できていない。
高度な知能を持っているだけに謎の存在がどれほどの脅威であるかを青年以上に理解してしまったのだ。
「お前、俺を守るのが仕事だろ! 良いか、俺が撤退するまで時間を稼げ!」
「そ、そんなあ! 僕だって逃げたいですよ」
「はあ、お前みたいなやつが生き残ったって何になるんだ? ここは俺を優先するべきだ!」
「ほほ、騒ぐでないぞ。若人たちよ」
老人、ボケの声が霧の向こう側から響いた。
言い争っていた二人の口が堅く閉じられ、声の方向を見ようとするがわからない。はっきりと声がしたはずなのに、どこから聞こえたのかわからないのだ。
「儂を探しておるのじゃったら、あきらめなされ。おぬしらにはムリじゃぞい」
「ま、待て。俺たちはまだ戦闘は行っていない! このまま街に戻るからここは見逃してくれないか!」
ドクターが姿の見えない相手に対して交渉を仕掛けてみる。
二人を含めキメラたちもはまだ戦闘を行っていないというのは事実。
打算的ではあるが、これだけの数がいれば姿の見えない相手も戦闘を避けたく思い、逃がしてくれるかと考えての言葉だった。
「そうじゃのぉ。確かにおぬしらはまだ戦闘しとらんかったし………」
「だろ! なら、俺たちを見逃して」
「じゃが、残念じゃったな。今の儂は機嫌が悪い、この場の全員死んでもらう」
帰ってきたのは無情な死刑告知。
同時にドクターの脳内にキメラたちの死亡反応が無数に響き渡る。
「お前がこの怪物どもを作ったと抜かしていたな?」
「それが、どうしたんだよ! 俺の知識を生かしただけだぞ、誰の迷惑もかけちゃいない」
「………儂らだけでなく、同族の肉も使ってこんな怪物を生み出しよって。そのような外道に生きる価値などない」
すでにキメラの数は百を切った。
だがひしひしと怒りが伝わってきているにもかかわらず、相変わらず敵の居場所をドクターと青年はつかめない。
このままでは殺される、そう思ったドクターはあきらめて奥の手を発動させた。
ドクターの手のひらから黒いピアノ線のような触手が伸び傍にいた青年の体に巻き付く。
驚いた顔をしたが、それも一瞬。
触手が青年の体内に侵入し、体内を吸い取り残ったのは干からびた死体だけ。
その間に残っていたキメラたちがドクターの元に集結し、全身から伸びている触手に自らを捧げた。
キメラたちも青年と同じ最期を迎え、吸い取られた栄養は根元であるドクターの体に運んでいく。
肉体は元の数倍にまで肥大し、細かった触手も一本一本が人の腕程のはある太さに変化している。
「っくく、これがキメラの最終形態といったところか? 醜いのは致し方ないが、こうなったからにはお前の負けは決まったよう物だ!」
先ほどまでの怯えとは一転して強気な態度になったかと思えば、そのまま触手を全方向に振り抜いた。見た目以上の伸縮性と硬度を併せ持った触手が木々をなぎ倒し、ドクターを中心に十メートルほどの開けた土地を作り出していく。
そして、その過程で触手の先端に敵の感触を得た。
「捕まえたぁあ」
「グホッ!」
触手がギリギリとボケを締め上げながら、空中に持ち上げる。
締め付けの強さはかなりのもので、ボケは抜け出すどころか能力によって展開していた霧が晴れてしまうほどだ。ボキリと骨が折れる音がはっきりと鳴った。
だが、自身の知性を侮辱されたドクターの怒りはこの程度では終わらない。
さらに数本の触手を伸ばし、ボケの四肢を捩じりつける。
抵抗ができるわけもなく手足の筋線維が千切れ、力が入らなくなる。あまりの激痛にだろうボケの口からも悲鳴が上がった。
「あはっはははは、分かったかこれが天才を、俺を侮辱した報いだ!」
「………く、こ」
「なんだ、最後に詫びるつもりにでもなったか?」
うめき声と共に何かを言おうとするボケを、勝利を確信したドクターが顔の近くまで触手を下げて顔を覗き込む。
少し触手が緩められ数秒、ようやく苦しそうなボケの唇が震えながら開かれた。
「満足か? 外道が」
ゾクッとドクターの全身を殺気が走った。
即座にこの老人を絞め殺そうと触手に力を籠めた途端、触手の中の老人が霧と化して消え去る。
そして、ようやく気付いた。自分の周囲に濃い霧が出ていることを。
「言ったじゃろうが。お前に儂は捉えれぬと」
声のした方に、振り替えるよりも先に触手を振るうが空を切るだけ。
現れては消え、現れては消えゆく気配に残らず打ち付け、最後には当たりを付けずに触手を振り回した。
「くそおおおおおおおおおおおおおおおおお」
すでに限界だった。
恐怖だけではない、自身の誇るものを完全に砕かれ、圧倒的強さと戦場に飲まれた男に訪れる最期は当然のものだった。
「霧葬」
最後はドクターの真正面からボケの声が聞こえた。
そこに確実にいることには気付けたのだが、その時にはまとわりついた霧が外側では体を動かせないよう凝固し、内側からは呼吸器を始めに全身を破壊していた。
うめき声の一つも出ないまま、静かに口から血を流れ出ながら、ドクターの体が地面に倒れる。
だが、そこにボケの姿はない。
果たして本体のボケがこの場にいたのか、それともドクターの相手をしたのはただの霧で作られた虚像だったのか、それはボケにしかわからないことだ。
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世界樹の村周辺の森 北側
焼け跡が残る森の一角で日々野はロッジが戻ってくるのを待っていた。
隣には響火がスヤスヤと眠っていた。それを見守るように、隣で切り株にもたれ掛かっているが、別にさぼっているわけではない。ウロボロスの力を過剰にしようした代償を受けた身を休めるためである。
ロッジが戦闘しているのは響き渡る爆発音で察しているが今の日々野が行ったとしても邪魔になるだろうし、無防備な響火を放ってはいけない。
それに加えて、キメラぐらいであれば遅れはとらないだろうという考えもあった。
だが、その考えは甘かった。
数分に満たない時間だけ目をつぶって体を騙したあとに、爆発音だけでなく別の音も混ざってきていることに気付く。
日々野はゆっくりと立ち上がりながら全身に力を行き渡らせて戦闘の体制にすると、響火をかばうように前に立った。
森の奥で爆炎が光り、同時に人影が飛んでくる。
砲弾のようなそれを受け止めるも、あまりの勢いの強さに日々野ごと数メートル後ろに下がってしまう。
腕の中の人影の正体は満身創痍のロッジだった。
全身に自分の爆発でついたのだろう火傷の跡があるが、それはさほどダメージにはなっていない。熱を持っているところを見ると、何らかの理由から先ほどの爆発で自ら受けたのものなのだろう。
問題なのは全身の打撲魂の方だ。特にひどいのは胸部に受けた一撃で青を通り越してどす黒くなっており、肋骨と肺もやられたのか呼吸がどこかおかしくなっている。
「た、助かったぜ、日々野」
「ああ、お前はお疲れ見たいだな」
「はは、馬鹿言え。まだ、やれるに、決まってんだろ」
ロッジはまともに喋れてもいないにも関わらず、日々野を突き飛ばして一人で立とうとする。
その様子を見て、安心した様子で日々野はロッジの肩を掴んで。
「そうか、なら頼んだ」
力ずくで投げ飛ばした。
いきなりのことにロッジは受け身を取れなかったが、日々野の技術によってダメージを受けることなく、ただ地面を転がっていき、切り株にぶつかって止まった。
そしてその切り株のすぐそばにいた人を見て、日々野が何をしようとしているのかを理解したロッジは日々野の方を向くが、日々野は後ろ姿を見せたまま動かない。
「頼む。響火を村に連れて行ってくれ」
「……!」
「お前も行くんだよ。分かってんだろ、自分が足手まといになるって」
きつい口調でそう言い切ると日々野はロッジが先ほどまで戦っていた森の方へと進んで行く。
それを止めることはロッジにはできない。
自分はいいようにやられ、自滅同然の至近距離の爆発も効かなかった。
悔しいが自分では足止めにもならない、ここは消耗している日々野に戦ってもらうしかないのだ。
「死ぬんじゃねえぞ、日々野」
願いにも近い言葉を吐き出しながら、託された日々野の妹を担ぐと村のほうに残る力を振り絞って駆けだした。
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木々の間を抜けて走りながら神鎌を召喚する。
鎌からの力は普段よりも良く馴染んでいた。
「ウロボロス、もう一回耐えられると思うか」
〔また、我の使うつもりか? 一度経験した力に酔いしれたか? それとも甘えか?〕
「違う。ただ使えるのに、ケチして使わなくて失敗するのは避けたいからだ。それでどうなんだよ。俺の器は耐えられるのかよ」
〔フ、そんなこと知らぬわ。お前の器の大きさなど唯識外のことだ〕
「……そうだな。使ってみなくちゃわかんないよな」
覚悟は決まった。
木々の合間に立ったままの人影を見つけ、飛び出しながら鎌を握る腕を伸ばす。
そのまま黒い毛皮のようなもので覆われた体目掛けて大ぶりの一撃を振るおうとしたところで、危険を察知し、即座に方向を変えて振るわれた拳と衝突させた。
発生した衝撃波が強風を起こし木々を大きく揺らす。
そこで止まることなく一度鎌を手放して、相手が体制を崩したところに蹴りを一撃入れるが、そのまま押し潰そうとしてきたのをかわすためにさらなる攻撃は不能となる。
蹴りをくらわした足でそのまま敵を足場として飛びのくように距離を取った。
空中でバク転して手をつきながら着地、神鎌を再度召喚して構えなおしたときには、敵もその巨体を起こしていた。
そこで初めて自分が戦っていたのが誰なのかに気付いた。
「久しぶりだな、日々野」
相手も日々野のことに気が付いたのか声をかけてくる。
その声は落ち着いているかのように思えるが、まったく感情が込められておらず、今までのその人のことを知っていたがだけに日々野の全身に寒気が走った。
「ああ、そうだな。なあ、ゴリ男。お前は自分でその姿を望んだのかよ」
「俺自身がようやく力を手にできるんだ。多少姿が変わるくらいどうってことないに決まってるだろ」
そういいながらゴリ男は黒い剛毛に覆われた太い腕を持ち上げて見せつけてくる。
その腕は人間とはかけ離れた筋肉質なもので、ゴリラやオラウータンのようなものに近い。
そのまま地面を殴りつけると拳がめり込むだけでなく、周囲の地面まで持ち上がった。桁外れの一撃だ。
この行為はゴリ男にとって自分の柄多力を誇示するためのパフォーマンスの一種だったのだろう。だが、戦場での経験が次の一手を分けた。
地面を殴るなどという隙の多い行為をしておいて、どうだ、といわんばかりに顔を上げたゴリ男の目に飛び込んできたのは、すぐそこまで接近してきて鎌を振るった日々野の姿だった。
「シッ!」
鋭く吐いた息とともに鎌の刃がゴリ男の首筋目掛けて振り下ろされる。
それに反応したゴリ男は地面ごと拳を持ち上げてきて鎌を防ごうとした。
飛び散った土によって、日々野が鎌の能力を発動させるのが遅れる。自らの剛腕を盾にしたゴリ男はそのおかげで消滅せずに済み、さらには長毛と硬直させた筋肉のおかげで鎌の刃は皮一枚のところで防ぎきった。
返す合はゴリ男が先手を取った。
鎌を防がれた日々野がこのまま能力を発動させるか、一度距離を取って仕切りなおすか迷ったのに対してゴリ男は、シンプルに反対の腕で日々野の胴を狙いに行く。
空気を割りながら繰り出された剛拳が日々野の胴へと吸い込まれていき、直撃する。
鈍い音と共に日々野の体が宙に放物線を描いたかと思いきや、地面に落下する前に体勢を取り直してなんなく着地した。
殴られたはずの右の横腹から黒い影が下がっていくところを見ると、拳が当たる直前で能力発動のために準備していたウロボロスの力を防御に回したのだろう。加えて、地面を蹴って衝撃を逃がしながら受けたこともあって、さらに軽減されている。
この間、四秒。
互いに負わせた僅かな傷もすでに両者ともに癒えており、四秒前と何も変わっていないといってもいいだろう。
「まさか、迷いなく殺しに来るとは思わなかったぜ、日々野。俺の口上を聞く前に仕掛けてきたのもだけど、甘いお前のことだからもう少し話をして、説得でもしてくれるのかと思ってたのによ」
「俺としては、お前は説得なんかしたところで行く耳持たないどころか、騙し討ちの糧にしてくると思ってな」
「ハハハハ、確かに俺ならそうするだろう。よくわかってるな、日々野」
「そりゃそうだろ。四年間、同級生として過ごしてたんだからな」
その言葉にゴリ男が笑うことを止めて日々野の方を見つめた。
だが、何も喋りかけない。日々野の雰囲気がまだ何か話すものだとわかっているから。
「だけど、お前も気付いてんだろ?」
日々野が再び鎌を後ろに振りぬくために構えながら、ゴリ男に問いかける。
二人の間に沈黙と緊張が張り詰める。この時間が永遠に感じる錯覚を覚えかけたところで日々野が口を開く。
「俺、お前のこと結構嫌いだったんだ」
「奇遇だな。俺もだ」
爆発。
両者ともに接近戦を仕掛けるべく、地面を蹴りつけて加速、一瞬の間に互いの武器が届く距離にまで迫る。
日々野はウロボロスの力をさらに引き出した。黒い文様が鎌を握る手の先まで走り、全身の感覚が拡張される。削られていく魂を感じながら、巻き起こる突風や地形の僅かな起伏、更新されていく互いの身体情報、全てを感じ取って最適解を叩きつけていく。
ゴリ男も己の中につけられていた枷を壊した。平滑筋、心筋、骨格筋etc…全てが肥大し全身が二回り大きくなる。加えて眼球が赤く染まり、独自の世界を捉え始める。敵しか見えない、日々野以外のすべては視界から消え去り、視神経が日々野の動きだけに働くことによって、眼球運動と筋肉の動きから行動を読み取っていく。
その戦いは人外のもの。
かわし切れなかった日々野の鎌がゴリ男の腕を切り裂き、傷口から黒い血が飛び散ったかと思いきや、次の瞬間にはゴリ男の拳が日々野を掠め、豪速の拳に付与された空気の刃で皮膚を裂いていく。
時間とともに増えていく傷跡は同数。
泥仕合にも似た戦闘が最後の時までこのまま続くように見えたが、日々野の表情がだんだんと歪んでいく。
日々野は苦悶の表情を浮かべているのに対して、赤い瞳をしたゴリ男は初めから変わらず狂気ににも似た満面の笑み。
ゴリ男は敵である者は殺せる、そういう人間だった。
友として付き合ってきた日々野に対しても同情も加減もない。なぜなら自分とは異なると十全にわかっていたから。
日々野にも響火のときのような迷いはない。
互いに根底にあるものが違いすぎた。
日々野が植物人と共に行くことを決めた時点で、いつか殺しあう日が来るだろうと覚悟は決めていた。よく知っている中だからこそ、このことはよく理解していた。
だから、この胸の痛みは悲しみでも心に反することをしているからでもない。
そうでなければ勝つことはできない。
「どうした、もう限界か!」
日々野の鎌の鈍りはゴリ男に発言の余裕すら与えてしまう。
だが、日々野はそれに対して言い返すこともできないまま、両者の鎌と拳のぶつかり合いは加速していく。
そして、ゴリ男が先に決定打を繰り出した。
自ら腕の筋収縮を緩め、鎌の刃が通ったところを硬化して捉える。なんの因果かその手は日々野がアヤメと戦った時に取ったものと同じだった。
動きが止まった日々野の正中線にゴリ男が剛腕を一息で三度叩き込む。
内臓が飛び出そうになるほどの衝撃が防御を貫通して肉体に響き渡った。
そのまま吹き飛ばされた日々野の体は木の幹に叩きつけられ、閉じられた唇から血が吹き出る。
日々野にとどめの鉄拳を下すべく、飛び込んでくるゴリ男の姿がゆっくりとコマ送りになる視界の中に見えたがそれ以上日々野の意識が持たなかった。
脱力した日々野の体は重力に従って地面に落ちていく。
「………れの勝…だ! …々野!」
日々野まであと数歩のところまで来ると勝利を確信したゴリ男が何かを叫びながら拳を振りかぶった。
このままいけば、動かない日々野の頭が砕かれるのは確実。避けようのない未来の出来事。
日々野の体が跳ね上がった。
ゴリ男の拳が届く寸前で木の幹を蹴り、ギリギリのところで回避。
そのまま拳を突き出して無防備になったゴリ男の頭の方に手が延ばされる。
『障壁蛇穿』
何かを感じ取り咄嗟に頭を傾けた直後、不可視の何かがゴリ男の側頭部を喰い千切っていった。失われた部分から大量の血が噴き出す。
痛みを感じるよりも先に距離を取ろうとしたところで、日々野と目が合う。
だが、その瞳の奥からは別者の存在を感じ取った。
「お前、誰だ!」
『答える義理はない』
その声を聴いたときには、ゴリ男の体に温かいものが流れていた。
ゆっくりと顔を下ろしてみてみると、胸に大きく穿たれた穴が開いている。
穴の内側から黒い血が湧きだしてくるが、再生の兆しは一向に見られない。頭部の傷も修復されていないことに今更気付く
そこまでを理解したところで全身の力がゆっくりと抜けていき、そのまま地に倒れて息絶えた。
倒れたゴリ男の姿を見ていた日々野が急に血を吐いた。
だが、苦しそうな顔をするどころか頬を少し上げる。
『この程度で限界の肉体で、大口を叩いたものだ』
体に残っているダメージを読み取っていきながら、日々野の口でウロボロスが話す。
限界がきて意識を手放した日々野に代わって、体を使っているのはウロボロスだった。
だが、一瞬とはいえウロボロス本人が日々野の体でその力を使った反動は大きい。
その証拠にウロボロスが戻ると、使用者のいない日々野の体は本来そうなるべきだったようにゴリ男の横に倒れていった。
技紹介
on,ziverdelen:ウロボロスの基本的な能力は消滅、そして分断。この技は分断の能力を利用したもので、混ざり合った存在の中から一つを切り分ける技。前回の話では響火とキメラを切る際にこの技を使っていた。残念ながらゴリ男の場合は完全に一つとなっていたため、この能力は使用できなかった。別にウロボロスが容赦なかった訳ではない。日々野もそれについては気付いていた。




