62,リンドウ覚醒
弥生が去っていった通りに残った男、リンドウは警戒したまま追手を睨みつけながら建物の上にいる追手に聞こえるくらいの声量で叫んだ。
「一つ聞きたいのだが、なぜ仕掛けてこなかった」
「ちょっとしたお礼ですよ」
帰ってこないと思っていた返事は落ち着きのある渋い声であっさりと帰ってきた。
「私は聖王会の使途と呼ばれるものの一人です。モーテス様に仕える信心深きものなのですが、ついこの間ようやく天使長、使途の中でも最もモーテス様に近いものになれたのですよ。その理由は分かっておいでですよね?」
少し考えてみるとリンドウには一つ心当たりがあった。
クラーレの一人として襲撃したあの日に戦ったゲオルオスとカーミルも天使と名乗っていた。
リンドウの持つ力のほとんどを出し切って倒した二人はかなりの強さだったことも覚えている。
「安心した。つまりお前はあいつらよりも格下ということだな」
「どうでしょうかねえ? 今の私は神のご加護をより強く受けた身です。実際にどうなのか、味わってみたはいかがでしょう!」
そういいながら地上に降りてくる使途に対して何もしないわけがない。
手にしていた槍に加え、新たに5本の槍を出すとそれらを使途に向かって撃ちだす。
槍の威力は言わずもがな、突風を起こしながら一息のうちに使途に迫る。
「甘いですねえ!」
そういいながら使途は手元に現れた錫杖を振るうと全ての槍は急激に進行方向を変えて、近くの建物に突き刺さる。
だが防がれることを予測していたリンドウは、即座に次の行動に出る。
新たに槍を出すと地面と平行に飛んでくる使徒に槍を向けた。この時点でリンドウは使途の持つ能力を"物体の進行方向に影響する"能力とみていた。それゆえに、直接的な攻撃であれば通じると考えたため、真正面から衝突するという痛み分けのような手段を取ったのだ。
だが、それは外れていた。
「な!」
手にしていた槍に、突然リンドウの持つ槍に正体不明の力がかかり、全身がその力の方向へ持っていかれる。即座に槍を手放し、転倒を防いだが、その一瞬が手遅れになった。
突撃してきた使途の錫杖がリンドウの胴を打ち、そのまま横に振りぬかれて建物の外壁に叩きつけられる。
予想外の攻撃に意識が途絶えるが、即座に使途の追撃によって覚まされる。
錫杖によってゴルフのスイングのように空中に打ち上げられると、先ほどと同じように突然全身を強い力で通りの上まで持ち上げられ、錫杖が振り下ろされ、それに従うように地面に落とされる。
舗装されたコンクリートにひびが入るほどの衝撃。リンドウの体に残されている微量の植物人の力では即座に回復しきれないダメージに、四肢を動かそうとしても反応がない。
「ハハハハ! まさかこのような者にあいつが負けるとは笑い種ですねえ! 木偶人形のように突っ立ってくれていて助かりましたよ。お陰で手間取らずに済みました」
リンドウが力尽きたと思っているのか、声を高らかに使途が近づいてくる。
「さてさて、こいつの処理はどうしたらいいのか。モーテス様に献上して、素材してもらうのも良いですし」
(素材? まさか、あの鎌は俺たちを使っていたのか!)
使途の言葉で、リンドウの中で疑問に思っていたことの一つに回答が出される。
加えて、使途がとどめを刺さずに喋ってくれていたおかげで、リンドウの肉体は何とか動かせるほどに回復してきていた。
「そうですねえ、取りあえずモーテス様のところに運びましょうか」
まとまりがついたようで使途がリンドウに手を伸ばす。リンドウが生きていることを悟られないギリギリの距離で即座にその手をつかんだ。
「な、生きているとは!」
未だ正体の読めていない攻撃をされるわけにはいかないと、捕まえた腕をこちら側に引きリンドウも立ち上がりながら、反対の手で使途の胴に掌打を捩じり込んだ。
「グボァ!!!!」
リンドウの左手が使途の鳩尾に突き刺さり、そのまま反対側に肉片を散らしながら現れる。
龍顎螺旋、力を前腕、特に手に集中させて物を掴むような掌の形で掌打を捩じり込む、リンドウの作り上げた技の一つ。本来ならばこの細い通りくらいならば50メートル先にまで竜巻を起こすのだが、今は人ひとり貫くのが限界だ。
「ゴハ、ま、まだ」
血を吐きながら何かを喋ろうとする使途から、手を抜くとリンドウと入れ替わるように地面に倒れる。
すでに使途の目からは光が感じられない。
確実に息絶えたことを確認してからその場を立ち去ろうとするが、ふらついてしまい建物に手をついて何とか立ち止まった。
すでにリンドウの体は限界を迎えている。いくら植物人の再生能力があるといっても、今のリンドウに怪我を完全に治せる力はなく、それに使う体力の消耗はかなり大きい。
「少し、休んでからいくか………」
自分の状態を十分に理解しているリンドウはそのまま近くに置いてある資材の陰に座り込んで休もうとした時だった。
疲労しきっていたリンドウだが、長年の戦士としての勘はまだ働いていた。背後で現れた脅威に素早く物陰に転がり込んだ。
それは使途の背中から脱皮するように現れた。
使途のものであろう血液をまとった赤黒い肉体の真ん中にはリンドウの一撃によって空いた風穴があり、そこからはドロドロと粘性をもった液体が流れ出ている。ゆっくりと全身を使途の体だった物から抜き出すと、その巨体を2,3度震わし2本の足で立ち上がった。
巨大な猿のように見えるが、背中から2対4本の腕が生えている様は蜘蛛のよう。
その見た目から感じられる恐ろしさだけではなく、内側に秘められている強さにリンドウは隠れながら冷や汗を流す。先ほどの使途より強いのは確かだろう、もしかすると最強の使途と呼ばれていたゲオルギオスよりも強いかもしれない。
まだリンドウには気づいていないようすなのは幸運なことだと、極限まで呼吸を抑えて気配を殺していく。今戦えば確実に死ぬだろう。
怪物もリンドウを探しているのか辺りを見渡していたかと思うとある方向を向いたまま止まった。
「ニンゲン、女、破壊タイショウ………」
「!」
怪物が見たのは弥生の逃げて行った方向だった。
使途の記憶が残っていたのかは分からないが、この怪物が女の後を追って大通りに出たとしたら大勢の人間が巻き込まれることになる。が、それはリンドウにとっては何の関係もないことだった。問題なのはその中に自分をかくまってくれている鈴が含まれていることだ。
リンドウにわずかにだが緊張が走る。
「見つけたぁ」
怪物が振り返った。
リンドウの隠れていた資材が粉々に砕かれながら怪物の腕が出てくる。
リンドウは攻撃に対して自動的に攻撃を受け流すも、逃がしきれなかった衝撃が腕を襲い限界を迎えていた骨にとどめを刺された。
両腕から発された鈍い音を聞きながら、地面を蹴って距離を取ろうとするも、怪物のほうが早かった。
怪物の持つ6つの拳がマシンガンのようにリンドウに襲い掛かる。
腕は壊れて防御もできず、6本の腕から繰り出される変則的かつ高速の打撃にリンドウはなされるがまま受け続けるしかない。
胸、肩、顔面、横腹、頭部、鳩尾。上半身を余すとこなく殴られるうちにリンドウの意識は遠のいていく。
(ここまでか………)
すでに痛みは感じなくなっている。
視界も中心部から暗く、さらには遠くの景色を見ているようになっていく。
植物人として何度か死んで、別の種魂から蘇るということは経験していたが、今本当の生物としての死がそこにあることを察していた。
全てをあきらめてこのまま意識をゆだねようとした時、脳裏に最後の走馬燈が写しだされた。
「………まだだ」
自分でもわからないうちに声がでていた。
怪物の拳の1つが顔を打つ一瞬前に、全ての力を籠めて左足で地面を蹴り上げる。
受け身を取るかのように自らの体を倒れこませることによって怪物の拳をかわし、右足で怪物の顎をとらえた。高速で行われた一連の攻撃に怪物は反応することはできず、生じた回転エネルギーを乗せた蹴りがクリーンヒット、巨体が後ろにのけぞり後退して転倒を防ぐ。
突然の反撃に怪物は警戒してリンドウを見るが、リンドウは怪物のほうを気にする様子もなく、うっすらと笑っていた。
「まさか、俺がここまで思っていたとはな」
リンドウは笑いながら自分の体に起きている変化に震えていた。
本来不可逆的なものであるはずの種魂の力が全盛期の時以上に大きくなっており、力の質も変化しているのがわかる。
それと同時に自分の力の根源についての知識が流れ込んでくる。
森を守り、人々に崇められながらも時に命を奪いあっていた。光沢を持った鱗に覆われた表皮は業物と呼ばれた真剣を弾き、降り注ぐ火球程度では焦げもしない。強靭な四肢と尾で害するモノを薙ぎ払い、背の大翼で大空をどこまでも飛んでいた。
(これが俺の前世、いやもう一つの姿でもあるのか)
「神の障害となりかねない者は、殺す!」
先ほどの言葉はすべて使途の演技だったよう。怪物の姿をしてても理性を失っていなかったようだ。
死に体だった男に気力が満ちていく恐怖を耐え切れなくなった元使途が先手を打った。
黒色の地面が砕け散り、怪物の体がリンドウのもとに現れた。ただただ脚力だけに任せた瞬間移動のような動き、その加速度は振るわれた拳に乗っている。
今回の拳はさっきまでのものをマシンガンと例えるなら、一撃必殺のキャノン砲。右の拳に全体重を籠めて、リンドウを頭目掛けて振るわれる。
それをリンドウは柳のようにかわして、一歩怪物の拳の範囲に入り込み三連打。怪物の悲鳴とともにゴムのように硬い怪物の肉体にリンドウの拳の跡がくっきりと現れたが、一メートル程下がるだけで倒れはしない。
すかさず距離を詰めてリンドウが一撃を叩き込むも、自らの腕を一本犠牲にして防ぎきる。反撃として背中の腕たちがリンドウを全方位から狙うがバックステップで回避。
「足りない、さらなる進化を、神の力を!」
モーテスが呼びかけに応じたのか、はたまた怪物となってなお神を信じる使途の思いが形になったのかわからないが、背中の腕のうち二つの手首が落ちたかと思うと、砲口のようなものに変わった。
危険を感じリンドウが槍を出したのと、砲口から黒い塊が打ち出されたのはほぼ同時だった。
塊はリンドウに届くどころか打ち出されてすぐに爆発した。だが、その中から無数の小さな球がショットガンさながらに広がってくる。通りを埋め尽くすような球数に加え、互いにぶつかりあって複雑化する弾道と跳弾によって、防ぐ手立てはない。
リンドウは手にした槍を水平に構え、怪物となった使途目掛けて突撃する。
防御を捨てきったリンドウの体に被弾した銃弾によって、あちこちから赤い血が飛び散るが即座に回復させていき、屈みこんで砲撃の姿勢をとっていた使途の頭部に槍を突き出した。
だが、怪物は強靭な頭蓋骨と全身の筋肉を緩めることで槍の威力を減衰させて凌ぐ。突き刺さったままの槍を背中の腕で掴むと、まだ槍から手を放していなかったリンドウに押し返して投げ飛ばした。
空中で刃先の欠けた槍を消して、着地する。両者の距離は元通りになったが、怪物のほうには遠距離の攻撃手段を手に入れたことと腕が一本潰れた点が変化している。
一息の間の後、再びリンドウが怪物に迫る。今回は怪物のほうも砲撃ではなく突進の攻撃をとってきたかに思えた。
怪物の顔に笑みが浮かんだ。
直後、リンドウの皮膚の下で何かが弾ける。全身に起こった激痛と衝撃にリンドウの姿勢が崩れ、そこに怪物の拳が届いた。
重い一撃がリンドウの胴を打つ。さらには回復の隙を与えさせないためだろう、頭上から決定打とすべくアームハンマーを振り下ろした。
怪物の攻撃はリンドウの頭部を捉え、姿が消えた。
「な、」
「終わりだ」
消えたはずのリンドウが怪物の背後に現れた。
驚愕する怪物の背に手を密着させる。冷たいその手のひらを怪物が死神の鎌のようだと感じたのは一瞬だった。
「破獄・龍戒!」
ズンッ、とその空間一帯を揺らした音がなり、怪物の体が爆散した。
言葉通りの爆散、血液と骨肉が通りの壁や地面に飛び散る。リンドウはそれらを叩き落して飛沫の一つも浴びていない、汚れているのは手と足先だけだ。
「悪いが、俺が鈴を守るためにはこんなところで死ぬわけにはいかないんでな」
答えるはずのない肉片に言ったのではない、覚悟を、自分が死の淵から戻ってこれた理由をリンドウが自身に言っただけだ。
戦いを終えたリンドウがこの場に止まるのはリスクしかない、すぐにアヤメの関係者の後を追おうと静かに走り出した。
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「というわけで、俺が此奴を匿っているわけだ」
「こいつじゃないって、いい加減、弥生って呼んでよ!」
一旦、話に区切りがつけられる。
ここまでの話として大まかにアヤメのなかで整理すると、リンドウの力に変化があったのは理由があった、そしてどうやら人間が新たな力、それもリンドウに危険といわせるほどの力を手に入れたということの二つのことがどうやら重要とみて良いだろう。
「それで、あの日々野の先輩が一緒にいる理由がまだだけど」
「………ヤヌス、星月と合流したのはその後だ。あいつとは多少関りがあってな。お前を助ける点で協力、とはいっても俺はここを拠点として防衛して、実働部隊としてあいつらが動いていた」
「あいつ等ってことはほかにも協力者がいるってこと!」
「ああ、お前もしてる人達だ、もうすぐ戻ってくるだろう」
意味ありげににやりと笑いながらアヤメにそう告げる。
アヤメも少し考えてみるが、思いつく相手がいないこととすぐに入口の開く音が鳴ったせいで結論は出なかった。
「たっだいまー! リンドウ、説明しといてくれたか?」
「まだ途中だが、実際にあってもらったほうがいいんじゃないか?」
「そうだな。おーい、二人とも入って来てくれぃ!」
アヤメが来たときと同じように、突然ドアの向こう側から現れた星月に続いて二人が入ってくる。
片方は小柄でフードを目深に被った少女で、もう一方は身の詰まった色黒の男。
二人ともリンドウが言ったようにアヤメが知っている人間だった。
色黒の男の方がアヤメに近づいて手を差し出してくる。
「日々野の属する部隊の隊長を務めている、他我矢だ」
「………霧立、よろしく」
差し出されたてと共に自己紹介をしてくる。
敵意は感じられず、アヤメも自然に差し出された手を取って、初めて気付いた。
「あなた、まさか」
「ああ、こういったほうが分かりやすいか。俺の名前はタガヤサン、とは言っても純粋な植物人ではないがな」




