61,神聖兵
聖王会による指名手配が出されてから二日後、ディーゼルの中心部でもある聖王会前の広場には多くの住民が集まっていた。
最近の事件に怯えている住民たちを救うかのように、その日の朝、神からの言葉があるとの放送があったのだ。
街の住民全員が集まっているのではと思うほどの人垣には土の街の住民の顔もちらほらと見られた。そして、広場の端の方、なんとか演説台の上が見えるかというところに弥生は立っていた。
弥生はこの集会が開かれると聞いた時、指名手配されたアヤメがもしすでに捕まっていたとしたら、この集会は捕まえた人物の処刑をする場であるという可能性を考えた。
そうなるといてもたってもいられなくなり、半ば衝動的に家を飛び出してきた。だが広場に着いてみると、自分には何もできないという事実、そしてすでに集まってきていた人々の嬉々とした雰囲気にそれ以上前に進めなくなってしまっているわけだった。
日が高くなり始めた頃、演説台に聖王会の中でもかなり上の位であり、ゲルトナーの1番隊隊長でもあるユナンが上がってきた。
それを見た住民たちは次第に静まっていき、視線がユナンに集中していったところでマイクを口元に近づけて話し始める。
「ご機嫌よう。いきなりですが、本日の集会はこの戦いを終わらせる聖王会の新たなる戦力をお披露目するべくこの機会を設けました。それでは入場してもらいましょう」
それを合図に壇上にぞろぞろと二十人ほどが上がってくる。
壇上に並んだ人たちは、性別年齢はバラバラでゲルトナーの隊員もいれば軍や聖王会の戦闘部隊、さらには数人だけだがそれらに所属していない民間人までおり、共通点など一見見当たらなかった。
「ここにいる者達がどれほどの能力を持っているのか、そしてどのような能力であるのか不安と期待を抱いてらっしゃるでしょう。丁寧にご説明するの良いですが、実際に見てもらいましょう」
そういってユナンは2、3歩踏み込むと壇上から100m以上ありそうな広場の端まで跳んだ。
人々は驚きで声をあげながらユナンの動きを追って後ろを振り向き、今度は悲鳴を上げた。
そこにいたのは植物人が駒として使う木人達。
人々が思い出したのは先日のクラーレ襲撃の恐怖。我先に逃げようとするも、気づけば広場を囲むようにぞくぞくと現れ、混乱は増す一方。
「皆様、ご安心ください。すぐに終わります」
ユナンが手にしたマイクでその場にいる人たちに何でもないようにそう伝えた。
だが、その間に木人はユナンに向かって巨木ともいえる腕を振るっている。
そのままトレントの腕がユナンに直撃、ユナンの体は側道に生える街灯の柱に叩きつけられ、手にしていたマイクが破損して放送機器から甲高い音が鳴り響いく。
一瞬の沈黙が広場を包むが、すぐに再び人々の悲鳴が上がり始める。
誰もが逃げようとするも周囲は木人で囲まれている逃げ場のない状況。
ユナンを倒したひときわ大きな木人が重い足音とともに人々に近づき、先ほどと同じように腕を一振りしようとしたとたん、黒い針のようなものが木人を貫いた。
刺された部分から黒い何かが染み出すかのように木人を覆っていき、それが全身を包むと木人は朽ちたかのように崩れてしまった。
「先ほどの攻撃を受けてみましたが、私はこのように動けております。さらには攻撃面もこのように」
何もなかったかのように崩れ落ちていく木人の後ろから出てきたユナンに残っている木人が一斉にかかるが、ユナンは振り向かずに背中を丸める。
直後、丸めた背から針鼠のように先ほどの黒い針が飛び出し、木人を一人残らず貫く。貫かれた木人は先ほどと同じように朽ちて崩れ落ちた。
「ご覧になれた住民の方々、ほかの場所でも同じように仲間たちが木人をいとも簡単に倒していることでしょう」
そこまでをユナンの近く、見える範囲にいた人々に言うと演説台の方へ跳んで戻っていく。他のところからも同じように戦闘をして何人かの神聖兵が壇上に戻ってきていた。
着地したユナンに用意されていた替えのマイクが差し出され、続きを話す。
「これで我々、神聖兵のお披露目はおしまいです。ですが、もう一つ重大なお知らせがあります。それは世今度こそ世界樹への攻撃を始めるということだ!」
その声にこたえるように上空に羽音が響き渡り、視界が暗くなる。見上げるとそこには黒い蜂や鳥の姿をした神兵が空を埋め尽くすほど現れていた。
地中からはクラーレが襲撃してきたときにいたアリの神兵、どこに隠れていたのか街の方からは犬の神兵まで広場に現れている。
「モーテス様が与えてくださった神兵はここにいる者だけでなく、すでに半数が世界樹に向かっている! それに加え神の力を身に宿した我ら、神聖兵の存在がこの戦いを終わらし、元の世界に戻る道を開こう!」
「ほんとか、俺たちついに帰れるのか」
「これだけの戦力だぞ! 植物人共も全滅できるだろ!」
「よっしゃ!!!! 聖王会頑張ってくれ!」
「モーテス様万歳!! モーテス様万歳!!!!」
ユナンの宣言に広場が先ほどまでのざわめきを忘れて沸き立った。
隣の知らない人と抱き合って喜ぶ人もいれば、モーテスの名前を叫びながら涙を流す人も珍しくない。
そんな空気の中で弥生だけが青ざめながらその場から逃げ出した。
その行動を周囲の人が気にすることはなかった。きっとここに来ていない家族に伝えに行ったのだろうとか、それ以前に喜びのあまり走っていく他人など気にしていなかったのかもしれない。
だが、舞台上にいたユナンはそれに気づいていた。
「反神者のあぶり出しもできるとは、さすがモーテス様完璧です!」
ぼそりと呟くと後ろに並んでいた中の一人に向けて顎を動かし、命令された男はひっそりと壇上を降りて弥生が逃げた方角に消えた。
いつもより静かな街の中の、さらに人の少ない道を選んで、弥生は走っていた。
大通りは広場での話を知った人たちが歓喜を叫んでいるからだ。
今はそんな声を聴きたくない。とにかく自分の家に帰って状況を整理しようと走る弥生を遮るかのように曲がり角から何かが飛び出してきた。
弥生は咄嗟に影をぶつからないように止まろうとするも、考え込んでいたせいで足が絡まって転んでしまう。
結果としては曲がり角に差し掛かる前に止まれたことは止まれたので相手にぶつかることはなく、弥生はとりあえずぶつかりかけたことを謝りながら立ち上がろうとした。
「す、すみません! 急いでいたので」
弥生の謝罪に対しての返事はなかった。
代わりに弥生の耳に届いたのはカチカチと牙を鳴らす音。
曲がり角の向こうから姿を現したのはついさっき広場で見たアリの神兵。
まだ立ち上がっていない弥生の方に近づいてくるが、黒く光る複眼からは戦いを経験していない弥生でもわかる敵意が感じられた。
「キイイイイイイィイイ」
アリの神兵が上げた声で、弥生の硬直が解けた。小さくも鋭い牙が目の前に近づいているのを見てすぐに後ろに避けて立ち上がる。
空を切った牙をもう一度開き、走ってきた道を逃げだしたアヤメを神兵が追いかける。
人が少ない道を選んで逃げていたことが仇をなして、助けを求めるにしてもこの細い一直線の道に人影はない。
(だめ、追いつかれる!)
走り続けていた弥生の体力は既に限界。
反対に人間サイズのアリの神兵はかなりの速度で迫ってきている。
あきらめかけたその時、弥生の向かう先から見知らぬ男が走って来る。
助かるかもしれない、弥生がそう思ったのは一瞬だけだった。
「逃げて! こっちに来ちゃだめ!」
叫んだ言葉は助けを求めることではなかった。
深く考えることなどしなくても、もし弥生が誰かに助けを求めたとしたら、それはその誰かを危険にさらして死なせるかもしれないということ。
それと同時に自ら危険と分かっていながら誰かのために立ち向かう少女のことを思い出した。
ゆえに弥生はこちらに向かってくる男に危険を知らせたのだ。
だが男は止まらない、むしろ加速している。
そして、男が跳んだ。
弥生の頭を越え、かざした手に一振りの槍が現れる。
「フッ!」
男が息を吐きながら槍の穂先をアリの神兵の頭に貫き、コンクリートの地面に突き刺さった。
アリの神兵は頭を刺された後も、しばらくの間は足を動かして逃げ出そうとしていたが、次第に力を失っていき動かなくなる。
神兵が死んだことを確認して男は、槍を地面から抜き取って、ようやく弥生の方を見た。
弥生を見図ろうとするかのような鋭い眼光に、後ろへ引き下がりそうになるもその足を抑え込んで男に尋ねた。
「もしかして………植物人の方ですか?」
「いや、違う」
「なら、アヤメちゃんが今どうしてるか知りませんか」
「………そういうことか。あいつのほかに人間い知られてるってことぐらい報告できなかったのかよ」
アヤメの名前を聞いた男はあきれた様子で頭を掻きながらため息をついた。
「あなたも植物人の方なんですね」
「ああ。アヤメが何かしら面倒かけて追われる羽目になってんだろ? そうだな………しばらくの間どこかに隠れるか、いっそ捕まってしまうかのどちらかだが………」
「あの、別にアヤメちゃんが直接原因ではないと思うんです。さっきの集会から逃げ出したのが問題だったのかもしれませんし、そしたら私自身のせいですし、そんな迷惑はかけられません」
「逃げた理由はアヤメの正体を知っていたからだろう。第一にただの人間一人が逃げられると思っているのか? 今ですら殺されそうになっていただろ」
男の言葉はほぼ正しい。
弥生としてもそれに従うのが得策だとわかっているが、果たしてこの植物人にとってはどうだろうかと考えてしまう。
アヤメがしてしまった失態を何とかするつもりで、助けられるのはどこか間違っている。というかそれを考えたうえで了承してしまうと、まるで弥生がアヤメのことを迷惑と思っているかのようにも捉えられる。
「喋りすぎたか」
男が唐突にそういうと槍を構え建物の上を見た。
つられてその視線の先を見ると人影が一つある。
「追手がほかにもいたようだな。良いか、この道をまっすぐ進んで大通りに出ろ。そこに俺の連れがいるはずだ。一緒に逃げろ」
「でも、あなたはどうするんですか!」
「問題ない。それ以上にお前がいると足手まといになる」
すでに男の意識は弥生に向けられていない。
ここでも自分は何もできない。自分の無力さに歯を食いしばりながら生は大通りのほうへ走りだした。




