60,破錠
聖王会本部の一室、白い壁の部屋。
そこの檻に閉じ込められたアヤメは備え付けられたベッドに横たわっていた。
決して脱出を諦めたわけではない。
この場所に閉じ込められてからすでに二日は経過し、(アヤメの体感の時間と朝昼夜の食事からの予測だが)思いつく限りのことをした結果だった。
(カギは開けれないし、剣も出せない。日々野はいったい何してるのかしら、早く助けに来なさいよ………)
とりあえず助けが来た時に体力がなくては元も子もない、そのために休んでおこうというわけだ。
そんなことを考えながら浅い睡眠をしばらくの間とっていた。
カチャリ
ドアの開く音がなり、アヤメは目を開けるが焦らずにゆっくりと起き上がる。
入ってきたのが誰なのか、すぐにわかったからだ。
ドスドスと品のない重い足音に続いて戦闘経験の伺える静かな足音が二つ。
それらはアヤメが閉じ込められている檻の前に来ると、重い足音の主がにやつきながら話しかける。
「や、やあ。アヤメちゃん。どうだい? そろそろ檻の外に出たくなったんじゃないのかな?」
「蔵餅。悪いけど二日程度、っていうか閉じ込められるぐらいじゃ私は降参なんて言わないから」
「僕の名前覚えてくれたんだね!」
護衛を連れた蔵餅はアヤメに名前を呼ばれたことを喜んでいるが、その前に言われたことはまるっきり聞こえていない様子。
呆れたアヤメをよそに蔵餅はポケットから一本の鍵を取り出した。
「これなんだと思う?」
「この檻の鍵だったら嬉しいんだけど」
「その通りだよ、驚いたかい? 僕と結婚してくれるなら今すぐ開けてもいいってことがわかるように持ってきたんだ」
「………別に。私からも質問するけど、日々野が死んだとほんとに思ってる?」
本当は檻の鍵を出されたときは、此奴がどれほどバカなのか呆れたが、アヤメはさも余裕があるかのように蔵餅に問いかける。
「なんだって?」
「だってあなたたちの誰も死体を確認できていないんでしょ? それに私は彼が生きているっていう確証を持っているの。だから、絶対にあなたの言いなりになるつもりはないってわけよ」
「そ、そんなはずはない! アヤメちゃんも聞いてるだろ、報告では死んでいること以外考えられない状況だったと!」
「まあ、聞いた時は驚いたけどよくよく考えれば生きている可能性も十分にあるのよね。だから貴方が何を言っても私は彼が生きてるって分かっているから無駄よ。それと、アヤメちゃんって呼ばないでくれる? 気持ち悪いのよ」
「ふっぐぅ、この」
「、! 蔵餅様、鍵を開けるのはモーテス様からやめるように言われておりますので」
「うるさい、黙れこの狂信者どもが!」
挑発的な態度と、目の前にいるはずの自分以外を思っているアヤメに蔵餅の小さな器は簡単に怒りで満たされた。
聖王会の人間であろう、護衛の二人に止められるが強引に檻の鍵を開けて中に侵入するとじわじわとアヤメに近づく。
正直なところアヤメの考えでは、会話の中で外の情報を得るの同時に好感度を下げるくらいことを考えていただけに、この広いとはいえ檻という閉鎖空間の中に入ってこられることは予想外だった。
何しろ今のアヤメは昨日モーテスに言われたように、植物人特有の能力も身体能力もない、ただの少女なのだ。このまま襲い掛かられても抵抗のしようがない。
「こんなことしていいのかしら? もしかしたらまだ剣が出せたとしたらどうするの?」
「ぐふふ、残念だけどそんなことが起きたら後ろの二人が守ってくれるはずだから。二人とも神鎌の使い手だよ、それも聖王会の中でもかなりのね」
「………なら、モーテスが黙ってないんじゃない、ここって一応神殿なんでしょ?」
「それも大丈夫だよ、なんたってモーテスは今頃世界樹のところで戦ってるだろうからね。今、何をしてもなれることはないんだ」
「ここで起きたことは私たちからモーテス様にご報告させていただきますので。それと虹の姫様、ここは一応神殿ではなく正式な神殿ですので」
「お前らは、黙ってろ! 水を差すんじゃねえ!」
口を出した護衛も蔵餅が叫ぶと、呆れた様子で口を閉じる。
もう蔵餅を止める者は誰もいない。
アヤメは何とかしようと考えるが、檻の中に武器になりそうなものなどなく、後ろへ後ろへと下がるうちに端に追いつめられてしまう。
「さあ、もう逃げれないよ。僕のものにしてあげる!」
「っ、近づくな! この人間め!」
蔵餅が強引にアヤメを抱きしめようとするが、そう簡単にはいかせない。
アヤメは抱きしめるために延ばされた腕を掴み、蔵餅の力を利用して合気道の要領で転ばせるが、蔵餅も負けじと転がったままでアヤメの足を逃がすまじと捕まえる。
その手をはがそうとアヤメも反対の足で蹴りつけるが、素足の状態での蹴りはほとんど蔵餅に効いている様子はなくズルズルと距離を詰めていく。
「抵抗しても、無駄なんだよ!」
「あのー、蔵餅様。侵入者が現れた様子なので一旦あきらめた方が」
「黙れ! それから俺を守るのがお前の役目だろうが! くそ、暴れんな!」
侵入者という言葉にアヤメの抵抗が一層強くなるが、会話の最中にアヤメの足を掴んだまま体制を整えた蔵餅がアヤメに覆いかぶさる。
あと少しすれば、その侵入者が逃げるチャンスを作ってくれるかもしれない。その希望が、蔵餅の吐く息が顔にかかる状況でもアヤメに力を与えて拮抗状態を生み出していた。
そして、そのチャンスはすぐに訪れた。
ズガッッン!
侵入者によって部屋の扉が破壊され、反対側の壁に突き刺さる。
通信によって侵入者の存在を知って数秒後の出来事、何より外での戦闘の気配が感じられなかったことが護衛の二人を一瞬のうちに戦闘態勢に引き上げた。
「たく、これで何部屋目だよ。………もうちょい部屋数少なくしろよ、宴会部屋とか作ってさぁ」
ぼやきながらドアがあった空間から現れる男に向かって、一人がレイピア型の神鎌を手に突撃。
その速度はすさまじく、比喩ではなく一瞬のうちに侵入者を貫くまで数センチのところまで達する。
が、その剣先はそのまま何もないはずの空間に突き刺さったかのように止まった。
護衛はこの一撃で決まると考えていたため、次の手など考えていなかった。そのまま侵入者が振るった短剣に喉元を掻っ切られ絶命する。
遅れて開きかけた傷口から、血が噴き出る前に侵入者が動いた。すでに息絶えた護衛を避けながら、残るもう一人の護衛に向かって短剣を投げつける。
大剣型の神鎌の背で投げつけられた短剣を防ぎ、そのまま横薙ぎで接近してくる侵入者を両断しようと振るったが、甲高い金属音とともに大剣が止められた。侵入者が予備なのかもう一本の短剣を抜き、それが大剣とぶつかりあって止めていたのだ。
ギャギャギャ、と刃と刃を合わせたまま侵入者が護衛に接近する。どれだけ力を籠めようとも短剣はびくともせず、最後には大剣の方が押し飛ばされ、そのまま護衛は先ほどと同じように首元を両断され一生を終えた。
侵入者が部屋に現れてからここまで、わずか十秒にも満たなかった。
「さて、取り合えず回収しとくか」
ぶつぶつと何かを言いながら、侵入者は護衛達の神鎌を素手で触れ、その途端に神鎌は砂のように崩れていく。
わけのわからない、何が起きているのか理解不能な光景にアヤメを襲っていたはずの蔵餅はさっきまでのアヤメのように檻の隅で固まっている。
だが、アヤメは神鎌に触れようと動く侵入者の顔をみた。
「あなたは、星月、先輩でしたか?」
「ん? 日々野から名前聞かされてたか? ああ、今回は安心してくれていいぞ。別にお前を殺しに来たわけじゃないから、むしろ助けに来たって方が正しいからな」
「………あんまり信用できないんですけど」
「まあそうだろうなあ、俺のせいでここに捕まって危うく貞操の危機にさらされたわけだし。なら、これで信用してもらおう!」
そういうと檻の方へ近づいて触れる。するといっしゅんバチッと光が出た後、神鎌と同じように崩れ落ちていく。
それに従ってアヤメの封じられていた能力が戻ってきているのがわかった。
「そこで伸びてるのはどうする? 殺しとくか?」
「………いえ、放置しておきます」
「そうかそうか、んじゃここから脱出しようと思うんだけど、お手をよろし?」
すっとアヤメに向かって星月が手を差し出す。
アヤメは断ろうかとも思うが、星月の目が許そうとしていないことははっきりと分かった
疑心感と無性に腹が立つが何か脱出の手段があるのだろうと、この底が知れない星月という男へ手を差し出す。
「それじゃ、行きまーす。ほい到着」
「え、ここって」
星月が言うが早いか景色が一変する。
白一色だった部屋から見覚えのある定食店の店内、そしてそこにいる何人かの人の中にはよく知っている顔もいくつかあった。相手もアヤメの姿を見るや立ち上がって駆け寄ってくる。
「そう、私の家だよ。久しぶりアヤメ」
「アヤメちゃーーーーん! 無事だったのね。ほんとよかった、心配したんだから!」
「えええ、リンちゃんに弥生先輩! ていうかこれって」
「いわゆる瞬間移動ってこと、それじゃあもう一人拾ってくるから。その間に二人から説明してもらっといて」
「え、ちょっと待って」
だが待つことなく星月の姿は消えてしまう。
弥生に抱きしめられているアヤメが追いかけれるわけがない。どうやら言われた通りにここで説明を受けるしかないらしいと。
アヤメは落ちついた様子のリンに目配せするも、苦笑いしか返ってこない。おとなしく抱擁を受けてあげて、とでも言いたげだ。
だが、抱擁を強制的に辞めさせるべく手が伸びてきて、弥生を持ち上げてアヤメから引きはがした。
「説明ができないから離れろ」
「リンドウ! そっちも無事みたいで良かったわ」
「ああ、特に問題はなかった。そこに座れ、リンもだ、時間がない」
「はいはい。とか言ってるけど本当は、問題だらけだったんだけどね」
リンドウは弥生をリンの隣の椅子に座らせ、アヤメにはその反対側に座るように指示する。
「それで、何があったのか教えて貰える?」
「モーテスが昨日、世界樹に向かった。戦力は村にいる奴らと同等かそれ以上だろう。長老の“霧”を破る手段を得ていたとしたら最悪の場合もあり得る」
リンドウの口から話された現状は悲劇的なものだった。




