58,長老
村の中で一番世界樹の近くにある屋敷。御殿や神殿といった一種の威圧感を感じさせる、その中に日々野は連行(案内)されていた。
カグヤはともかく、ロッジはどこか警戒した様子で長い廊下、そしていくつかの部屋を抜けていく。
だが、武家屋敷とでもいうのだろうか。
障子や梁、畳などはこの世界ではないはず、どこからこのような技術を取り入れたのか疑問に思う。
急に他となんら変わりない部屋の前で立ち止まった。
「ここが長老の部屋だけど、準備はいいな」
ロッジが確認を取る。
日々野は一つうなずき、肯定。それを確認したロッジが障子を開けて中に入っていく。
一歩踏み出したそこは室内でなかった。
足元は湿り気を含んだ土の感触を感じ、匂いもさっきまではみじんも感じなかったはずの独特の森のものになっている。
そして神々しさを携え、眼前に迫るような巨大な樹、世界樹の一部がそこにあった。
その根元には一人の老人が腰かけていたが、こちらに気づくと立ち上がりにこやかに笑いながら口を開いた。
「ほほ、お主が日々野か。儂は植物人の一応長をしておるボケじゃ。よろしくの。さてそれじゃあ自己紹介でも」
「この通り、ボケよ。終わり」
「ちょ、タケやい! それはひどいぞ、もうすこしオブラートに包んだというか、なんか、ほら、なんかあるじゃろが!」
「この通りだ。以上」
「これ、ロッジ! お前も何を言っとるんじゃ、なんかフォローせんか!」
一瞬にしてその笑みは崩れる。
世界樹をバックにしておきながら残念にもその老人に威厳もクソもなかった。
長い白髪とあごひげからは仙人のようにも見えるのだが、身にまとっている服が淡紅色の和服とアンバランス。
「いっそボロ布でも着といた方が仙人ぽくっていいのに」
「それを着ておったら浮浪者といわれたのじゃが、その発言は誰が言ったのじゃったかのお」
カグヤとロッジがボケのことをなめているのか、それとも本当の意味でぼけなのか。
いまいちわかっていない日々野はその場で静かに時が過ぎるのを待つしかない。
「一応参戦してない人もいるようだしな」
ボケの後ろには侍女なのだろうオレンジの髪の少女と深い青色の髪の少女の二人がただ呆れたようすで立っていたのだが、オレンジの方が何やら懐から長いものを取り出した。
そのままボケの後ろに近づくといい距離で一閃。
ぱぁん、とボケの後頭部でいい音が鳴ると倒れたボケを無視してそれ、ハリセンをしまいながら元の位置に戻っていく。
心配は不要のよう。
叩かれたところをさすりながらボケは普通に立ち上がった
「ひどいのお、もう少し優しくしてくれんか」
「それだと元の話に戻ってこないので。早く進んでください」
「仕方ないの。まあ日々野とやら実のところを言うとのぉ、お主がここに来る理由はわかっておるのじゃ。そのうえで今からあるものを見てほしいのじゃが、良いかの? それさえ見れば真実を知れる。儂も説明が楽になるでのぉ」
ゆっくりとだが有無を言わさぬ強い意志が感じられる老人の言葉に、ゾクッとするが気のせいではないようだ。さっきまで軽い口を叩いていたロッジは何か覚えがあるのだろう、冷や汗を浮かべている。
「色々と詳しく話してほしいんですけど、それは面倒だってことですか?」
「そういうことじゃ。信用できんかもしれんがおとなしく従ってほしいのぉ。ってこれでは悪者のようじゃなあ」
「長老?」
調子に乗りかけたボケの後ろで再びハリセンが頭をのぞかせる。それを見て焦るという、軽い様子を見て日々野は本心ではだめだとわかっていながらも尋ねてしまった。
「もし、俺が近づいた途端に鎌を振るう、なんてことを考えたりしないんですか? こんな風に」
日々野が手元に鎌を出しながら発したその質問に空間が凍る。
ボケの後ろにいた二人が短剣と弓を構え、あからさまな殺気が日々野に向けてくるが、それに応じるかのようにロッジも手に例の爆弾を出した。カグヤも目が細まり戦闘時の表情になっていく。
明らかな戦闘態勢。
だが、一人だけ、ボケだけはさっきまでとは変わらない軽い様子で怯えているかのような態度を取った。
「おお、怖いことを言うのぉ。そんなことをしてはここに来た意味がなくなってしまうじゃろう? 何も殺される心配などしとらんわ。ほれ二人もどうどう」
張り詰めた空気の中でも気にすることなく後ろの二人の武器をしまうように促すと悔しそうに従って武器をしまう。
日々野ももとより戦うつもりなどなかったのでその流れにのって鎌を消した。
「それじゃあよいかの。日々野とやらはこっちに来てくれ」
少し騒がしくしてしまったからにはここは大人しくいうことを聞くべきだろうと、二人を置いて世界樹の根本にいるボケの近くに歩み寄っていくが、付き添いの少女は日々野を警戒してしまったようだ。
武器をいつでも抜けるように全身に気を巡らせているのがわかる。
そんなことも気にせずにボケは日々野を世界樹の根本に座るよう、掌でポンポンとさっきまで自分が座っていたところを叩いている。
「それじゃあ始めようかのぉ。おおそうじゃった、この子たちはシオンとヒナゲシ。今から少し手を貸してもらうから傍におるが気にする出でないぞ」
「………ヒナゲシです」
「………シオンです」
気にするなと言っても、名乗りから不機嫌丸出しの二人に警戒しない方がおかしい。
とはいえこうなったのは日々野自身のせいだ。それになんやかんやでこの二人はボケの言うことを聞いているよう。そう考えるといきなり攻撃されることはないだろう。
日々野が根に腰かけるとその両隣にシオンとヒナゲシが座ってきた。
「そうじゃ、次第に眠りに落ちるようになると思うが、その波に逆らわず目を閉じろ。良いな」
そして、ボケが日々野の正面に立ち忠告をした後、何かぶつぶつと口の中で唱え始めた。
カグヤの訓練を受けたときの感覚にも似ているが、どこか深く静かなものだ。
それ以上は頭が回らなかった。
ボケに言われた通り、眠りに落ちる時のように思考が鈍くなっていき瞼も重くなっていく。
ゆったりと、ゆったりと、ゆったりと、気づけば日々野は眠ってしまっていた。
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人混みが生み出す混ざり合ってよくわからない声。
信号待ちの車のエンジンの音と、高らかになる歩行者信号の青を知らせる鳥のような電子音。
目を覚ましたそこに広がっていたのは記憶に残っている元の世界の景色。景色だけでない、音も匂いもこの都会の空気もかつて感じていたものと何一つ変わりない。
ただただこの状況に呆然と道の片隅で立ち尽くすしかない。
「………夢じゃないのか。まさか帰ってきたのか」
「少し外れておるな。夢でもないし現実でもない。ましてや帰ってもおらんよ」
つい口から洩れてしまったその言葉に答えたのは、いつの間にか傍にいたボケだった。
浮かべている笑みはさっきまでとは変わりのもの、間違いなくボケ本人だろう。
ボケはその答えを示すかのように、道を歩く人に向けて急に腕を伸ばした、が次の瞬間その通行人はボケの腕をすり抜けていき何事もなかったかのようにそのまま歩いて行ってしまった。
「ここは世界樹の記憶の中じゃ。儂らはそれをのぞき込み、追体験しておるところじゃ」
「世界樹の記憶の中………え、でも、まさか」
「そう、今お主が思った通りじゃ。頭の回転が速くて助かるわい」
世界樹の記憶、自分の記憶の中にある景色、この二つが示し合わせることなど一つしかない。
そしてその答えに日々野は気づいてしまった。
ボケは人ごみの中を歩いている一人の人を指さし、答えを、真実を告げた。
「ここは今から二百年ほど前の景色。言い換えるとお主らが元の世界と呼んでいる景色じゃ」
指さす先、そこにいたのは紛れもなく四年前の自分自身の姿だった。
読んでいただき有難うございます。
次回の更新は3月になるかも知れません。
てかなると思います。
一応頑張って行きたいと思うので待って頂けると嬉しくです。
ちなみについ先日、もう一つの作品も更新してます。
良ければ読んでみて下さい! 現在4話目です。




