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54,弱者の理由

お久しぶりです。

 すべてがあいまいなこの空間に風はない。

 されど、砂漠の砂は巻き上がり一面を霧のように覆う。


 その広い世界で日々野はひたすらに鎌を振るっていた。

 ウロボロスが作り出した障壁は固く、すでに一時間が経過したが傷一つ付けられていない状況。

 掌のしびれや筋肉の痛みは自然治癒していくが、集中力の維持や圧倒的な存在への挑戦と無力感によって精神的な限界が訪れていた。

 

「そろそろ諦めたらどうだ。自分の力量では我の障壁を破れぬことをとうに気づいておるだろう」

「・・・」


 つまらなさそうに薄目を開けたウロボロスが日々野に声をかけるが無論返事などない。

 もちろん聞こえてはいるが、返事をする余裕などなかった。

 今攻撃の手を止めてしまえば、次に鎌を振るいだすのがいつになるのか自分でもわからない。あきらめるという甘い考えすら明確に浮かんできてしまいそうで恐ろしいのだ。


「いつまでも攻撃を続けていればいつか破ることができるなど考えるな。修復速度のほうが早いぞ。まさか力が衰えているのがわかっておらんのか?」

「・・・」


 日々野の内心を読んでいるかのように両者の間ではわかりきっている事実をはっきりと口にしていく。

 けれどもやむことなく続く弱い攻撃にウロボロスは苛立ちを覚えていた。これまで自分に挑んでくるものは強者しかいなかった。生死をかけた血が騒ぐ戦い、驚嘆に値する奇抜な能力や技術、そして力と名声を手に入れようとする欲望の手先達、それらと比べれば想像を絶するに弱い日々野の攻撃は言わばハエの羽音のように煩わしいものでしかなかったのだ。


「何の覚悟もなく言われるがままに契約を結びに来たのだろう、いい加減諦めたらどうだ?」

「・・・断る」

「そうか。ならばせめてもの救いだ、きっかけを作ってやろう」


 障壁の内側すれすれのところに尾を振るう、それに伴って起こった風圧が日々野の体に押し付け10メートル程吹き飛ばす。

 鎌は手から離れ、体は受け身すら取らずに転がって行きしばらくしても立ち上がる様子はない。

 そんな無様な姿を見てウロボロスはとどめをさす。


「傷つけられず、立ちあがることもできず、言い返すことすらできない。これでわかったろう、自分がどれだけ弱いかを。わかったのなら早くこの世界から去れ」

「・・・黙れよ」


 その言葉と初めて発された殺気に一瞬だがウロボロスの動きが止まった。

 ゆっくりと拳を握りしめながら日々野は立ち上がり、そのまま一歩ずつ砂に足を取られながらも着実に障壁に近づいていく。 


「俺が弱い?そりゃそうだよ、俺はただの人間だよ。戦闘センスだって特技だって何にもない、今だってこんなこと止めたいって思ってる。植物人と戦って勝ってたのは誰かのおかげだ、アヤメのおかげだったり。だけどアヤメが捕まってんだよ。めちゃくちゃ相手は強いんだよ。少しだけだけど修行して強くなったと思ったけど、結局俺は弱い。だけど俺は約束したんだ。この世界を変えるって、今度は助けるって。でも今は何よりもアヤメを助けたい」


 支離滅裂な言葉としての正しさもあやふやに思いの丈を一方的にしゃべりながら障壁の前、初めの位置に戻ってくると握りしめた拳を振りかぶって叫んだ。


「だからお前の力が必要なんだよ、ウロボロス!アヤメを守れる力が!」


 そして一直線に振り下ろした。

 鈍い音が響き障壁とぶつかった拳の皮がめくれ血が流れ出る。

 口に出した言葉に感情が緩んだのか日々野の目からは悔しさの、無力さへの涙がこぼれていた。


「ふ、開き直ったか」


 日々野の独白をただ淡々と聞いていた様子のウロボロスが口を開いた。


「お前は弱いのか」

「ああ」

「ほしいのは守る力、それも一人だけを守る力がか」

「ああ」


 短く簡潔な質問、いや再確認に日々野はただ返事をするだけ。

 竜の表情など初対面の日々野にわかるはずもなく、無表情(に日々野にはみえる)のままのウロボロスがどのような決断を下すかを待つしかない。


「ク、ク、ク、ククハハハハハ」


 小さな笑い声がウロボロスから聞こえた。

 それもすぐに大きなものへと変わり、障壁も霧散していく。


「うむ、その心よく見えた。弱者がゆえに我の力を欲し、守るべきは世界ではなく恋した女とは面白い。いいだろう、契約を結び我の力を貸してやろう」

「ほ、本当か」

「うむ、では、そうだな。手を出せ」


 いわれた通りにてを差し出すとウロボロスの顔が近づき鼻先があてられる。

 そのとたん光が、などは起こらなかったが日々野の中に何か大きな力が流れ込んでくることだけは赤い目をしていてもはっきりと感じ取れていた。


「これで契約は完了だ。それでは早く行け、救いたい女がいるのだろう?」

「ああ。でも、いいのかよ。いまいち実感がわかないというか、どこが良かったのかわからない的な」 

「面倒なことをいうな、契約を結んだことに変わりはないだろ、ほれ準備はできた、送り返すぞ」


 打ち切るような形でこの世界に来た時と似た感覚が日々野を襲い、そしてすぐに意識は消え去った。それと同時に日々野の姿も消えウロボロスだけが砂上の上に残された。


次回より新章入ります!

来週も投稿予定です。

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