3,出会い
同日 森の中
すでに作戦開始から三、四時間は経っている。
今、俺は前回コッソリと目をつけていた山道の探索をしながら先に進んでいた。雨上がりのため、道はぬかるんでおり何度か足をとられそうになる。
すでに、熊などと何度かの戦闘も終え緊張感と気力も切れかかっていた。
そこにピピッ、電子音と共に通信が入る。
「他我矢だ。現在D地点のポイント二十三で、木人七体を発見。俺以外に霧立と星月が向かっているが、これそうか」
「了解です。ここからだったら、十五分、いやニ十分ぐらいで着くと思います」
この暗がりの中と泥濘んだ地面を考えての時間だった。
隊長からの通信にそう答え、通信を切ると意識を集中させる。森の木々を鳴らす風の音と葉から落ちる水滴、自分の心臓の鼓動、感じるのはそれだけになる。
他我矢隊長に加え、ほかの二人もいるから余裕だと思うが、もしものために行くべきと心の中で決めた後、息を大きく吸い気持ちを整えてから鍵となる言葉を口にする。
「こい、尾喰龍鎌」
声に呼応するかのように、何もなかったはずの空間から一振りの鎌が現れる、身長よりも大きく大体二メートルちょい。
先端には、銃剣のように短めナイフが付いており、持ち手には収納のような切れ目もある。
神から与えられたとされている、現在、唯一植物人たちの種魂を破壊できる武器”神鎌”。ゲルトナーが庭師と称されている理由の一つでもある。
その鎌を握ると身体の奥から四肢の隅々まで力のようなものが満ちていくのを感じる。
神から与えられた鎌、さすがというか特殊な力が備わっていてこの身体能力の強化もその力の一つである。
その力が満ちてゆく感覚と共に駆けだそうとしたその時であった。
ズドドドドドドドドドドン!!!!!
地中から鋭利に光る刃物のように先端をとがらした竹が地面を割り、面をなして生えてくる。
危うく、気づくのが一瞬でも遅ければ落とし穴の罠にかかった獣のように体中を貫かれて絶命していただろう。
そのさまを表すように耳をかすめた竹槍によって暗視スコープは壊され、右の太ももは二センチほど切られている。
鎌の力によって傷口から伝わる痛みは緩和され、底上げされている再生力は悪化を防いでくれている。だが、痛いものは痛い。
「誰だよ、こんな危ないことをするのは。危うく死んでしまうところだったじゃないかよ」
「あら、ごめんなさい。一瞬で仕留めてあげようと思っていたのに」
非難に対する答えは、ついさっきまで行こうとしていた山道の奥から聞こえてくる。
雲居に隠れた月の光がわずかに声の主を照らした。薄っすらと見えた声の主は、若草色をした長髪に和服の似合いそうな立ち姿の一人の女性。武器どころか防具の一つも持っていない。
だが、明らかにその言動などから、こちらに対して攻撃を仕掛けてきたものだろう。
その様なことを考えていると、相手は何かに気づいたようにこちらに話しかけてくる。
「その鎌……、あなたゲルトナーとかいう組織の一員かしら?」
「そうだけどそっちは、植物人だろ。一つ聞いていいか?」
「その呼ばれ方は、気に入らないわね。だけど、冥土に行く者の言うことぐらい聞いてあげましょう」
顔を少し不満そうに歪める相手に対していつもの言葉を言う。
「おまえ、なぜ戦うんだ? やめようとは、思えないのか?」
「そんなこと知らないわ。戦わなければいけないから戦っているだけ。
それより、あなたたちの方が理由はわかってるはずじゃないかしら」
間髪入れずにそう言い返されてしまった。ほんの少しでも希望を持っていた俺の心がかげり、風が吹く。
雲が流れて月明かりが視界を照らした。
「そうか……じゃあ戦うしかないか」
そうぼそりとつぶやいた直後、それが合図だったかのように地中から次々と竹やりが鋭く突き出してきた。
地中から飛び出す一本一本が必殺の攻撃、青々と静かに光り意志を持つ一つの生命体のようにも思う。
本数の多さと、その位置によって攻撃に出る前に回避に徹さなければならない。
まるで未来を見ているかのように足を置いた場所から回避出来るか出来ないかの、ぎりぎりの速度で飛び出してきていた。鎌の力がなければ今までの攻撃は、全て俺を殺せていただろう。
若草色の長髪女は、まったく動かず馬鹿にしたような笑み浮かべながら逃げ回る俺を見ながら言ってくる。
「あらあら、小動物みたいに逃げ回っちゃって、かわいいわね~」
確かに次々とかわした先から竹槍が体を貫かんと飛び出てくる。やられるのかも時間の問題、竹槍が飛び出すたびに自分の体をかすめて、傷が増えていく。
どの竹やりも一本一本微妙に異なる向き、角度で生えてきて進路を阻害していた。
敵は攻撃の速度や性能に反して、疲労している様子はない。今まで戦ってきた者たちのほとんどは、植物人の持つ能力を使うたびにかなりの体力を使うため武器を複数つかう敵はいないはずだった。
これらのことから、この竹やりの弱点を考え日々野は、自分のひらめきを信じてを行動に移す。
ヒュン、カーン
鎌を地中から飛び出してきた竹やりに対して振るい、切り落とす。
「ぐっ!」
行きつく暇もなく次の狂槍が降りぬいた左手を深くえぐるように突き刺さる。だが先ほどまでのように研ぎ澄まして狙われた一撃でない、ずれたものに変わり一瞬の停滞が生まれる。
自然と笑みがこぼれてくる。その一瞬のうちに先ほどまで逃げていた方向とは反対、つまり竹を操る女のほうに向かって一歩踏み出す。
先ほどまで、絶え間なく続いていたはずの攻撃が止まり、自分の考えが正しかったことに心の中で小さくガッツポーズ。
逃げている姿が一望できそうな高台という立ち位置、自分の動きを誘導、もしくは先読みしているかのような整った攻撃に加えて疲労していないかのような様子……。
これらのことから、日々野は敵の攻撃は、あらかじめ計算されつくし、未来視をしているかのようなレベルで設置されているのだと予想した。
事実、その考えが正しいと言っているかのように一歩踏み出しているその足元からは何の攻撃もなく、相手の計算しつくされていたであろう設置攻撃の内側から逃れ出たことを確信する。
今が好機とみて鎌をうえに振りかぶりながら跳び上がる。
向かう先から悪あがきといえるほどの数本の竹やりがコチラめがけ急激に生え、飛ばしてくる。先ほどまでの攻撃などとは、比べほどにもならない程お粗末な攻撃。
軌道は予測できる。対抗策を講じるため鎌の力を目覚めさせるための言葉を呟く
「gann,apeiron起動、星をも喰らい、すべてを戻せ」
その瞬間、鎌から月あかりすら飲み込むように漆黒の闇のような何かが吹き出し、鎌をコーティングするかのように広がっていく。
その闇こそがこの鎌の力だ。飛来してきた竹やりに、闇が触れたとたん初めからなかったかのように消してしまう。
鎌から伸びていた闇はその竹やりを数本消した途端、現れた時と同じように唐突に鎌へと吸い込まれるかのように消えていった。一連の光景にようやく疲労を見せた若草色の長髪女は、驚きを隠すかのように微笑を浮かべた。
「いい線いってるけれども、ざんねんだったわね」
女の口から出た言葉に驚く。
既に日々野の体は、地上から五メートルは、離れた高さまで跳びあがってから落下を始めている。先ほどの力は、もう使えないし予想外の攻撃に対処できる手段は、ないことはないが使えるかといえば使えない。まあ倒すことぐらいは出来る、敵対者の核を切るのは余裕だろう。そう思っていた。
そんな俺をあざ笑うかのような一撃が横腹に突き刺さる。体の中心まで届く衝撃に全身が悲鳴を上げながらぶっ飛ばされ、地面にワンバウンドしてから大木にぶつかりようやく止まった。
回る視界の中、少し離れた木の陰から攻撃を仕掛けてきたであろう者の姿を見る。
それにぎりぎりで、手を打つことができたかどうかも気になった。
木の裏から出てきたその姿を見た瞬間、時間が止まったような錯覚をし、息が止まった。
次回
遂にヒロイン登場!