47,交渉です
目を開いて初めに入ってきたのは見慣れない木目調の天井。横を向くと閉じられた障子の向こうから誰かが調理でもしているのか包丁の軽やかなリズムが聞こえてきている。
ベッドではなく直接床に敷かれた布団の中でどこか統一された和への懐かしさにふとこれが夢か死んだ後の世界なのかと思いながら、もう一度眠りの海に引き込まれそうになった時、障子が開けられて誰かが入ってきた。
「あら~、もう目が覚めたの?」
「その声は!」
意識がはっきりと覚醒し、これは現実だと漸く理解する。
出会うのはこれで三回目。戦闘時とは違い淡い色彩の着物を着て、相変わらず腰にまで届きそうな若草色の長髪の妖艶さを秘めた女性、アヤメやリンドウがタケ姉と呼んでいる植物人だ。
咄嗟に起き上がって立ち上がろうとしたが、全身に走った痛みにそのままうつぶせに倒れてしまいそうになる。
「も~、急に起き上がったらダメでしょ~。あんなに血まみれだったんだからまだ寝とかなくちゃ~」
動きにくい服装のはずなのに一畳半ほど離れたところにいたタケさんがその距離を一瞬で縮め、倒れかけていた俺を支えてくれる。
そのせいでわざとではないのだが、鼻の先が当たりそうなほど近くにかなり大きい、アヤメより優に大きな二つの果実がぶら下がっているような体制になってしまう。
心臓が急に駆けだして、顔も真っ赤に違いないと思う程熱くなっている。誰が見てもわかるであろう今の俺の心情を助けてもらったタケさんも気づいたと思ったのだが何もなかったかのように笑いながら俺を寝転がらせる。
「っ、ありがとうございます。俺はなんでここに。それよりアヤメは」
「落ち着きなさい。アヤメちゃんのことを気にしたのは良いこと、でも今はそれで充分よ。とりあえず、ここは世界樹の里から少し離れたところにある私の隠れ家。……そうね、細かいことはもう少し治ってから話そうと思ってたんだけど話せるくらいなら、まあ大丈夫かしら。質問は後で受けるからまずは聞きなさい。分かったわね」
口調が変わり、纏う雰囲気も自然とこちらの意識を整えるものに変わる。
「あの夜の私の役目はヤヌス、星月君がアヤメちゃんを捕まえるために邪魔が入らないようにすることだったの。本当ならあなたを助けず、所有者の死亡によって鎌に封じられている力が浮いたところを回収するように言われてたんだけど滝の上から落ちてきてるのを見た時、私なりに考えることもあって咄嗟に助けちゃったわけ。その後は治療をする必要があるけど誰かに見つかるわけにはいかないからここしかなかったから連れてきてそのまま今に至るわけ。大まかにいえば以上よ、質問はある?」
「あるに決まってるじゃないですか! え、星月先輩とタケさんは協力関係とかそういうのなんですか」
「一応わね。対等かどうかって言われたら怪しいけど、だからこうやってあなたが生きていることはマズイことなのよ。それは忘れないでね。他は?」
「俺の鎌を回収する理由とアヤメを連れ去った目的は」
「鎌はただ持ち主に返すだけよ。アヤメちゃんについては複雑だから教えれない」
タケさんの話し方からしてアヤメのことについては何も教えないのではなく、教えられないと言った方が正しいのかも知れない。
これ以上は追求しても無駄だと理解するが、気がかりでしかない。
「なら、どうしてタケさんは俺を助けたんですか。マズイことだって自分でも言っているのに」
「それはね、あなたに可能性を感じたからよ」
「可能性?」
淡々と答えていたタケさんの口が少しだけ迷いを表すかのように滞ったが、すぐに続きを話し始める。
「彼の目的はモーテスを殺すこと。だけど私は今のままじゃ勝てる見込みは少ないと思ってる。あなたがアヤメに抱いているのと同じように私もヤヌスに死んでほしくない、だから少しでも戦力になりうるあなたを生かして決戦の時に戦ってもらいたいの。ずるいかも知れないけどこれを了承してくれないのなら予定道理、死んでもらうしかない。お願い、彼のために戦ってくれないかしら」
そう言って頭を深々と下げる。
話を聞いた後だからと言うこともあるかもしれないが、その姿には何の悪意も殺意も思惑も感じれない。タケさんの言った俺とアヤメが信じあい、思い合うようにただ星月先輩を助けたいという純粋な思いだけだろう。
動くたびに電流が走るかのような痛みが全身に起こるが歯を食いしばって上体を起こしタケさんに向き合うような体勢になって、俺も頭を下げた。
「俺もアヤメを助けたい。それに植物人と人間がいがみ合うこんな世界を変えたい。だけど、今の俺じゃ何も出来ない」
自分で言いながらも悔しさのあまり唇をかみしめて自分自身への怒りを抑え込む。弱いのは言い訳の出来ない事実だ。
リンドウとの戦いの時も星月先輩との時もアヤメの足を引っ張って邪魔になっていたに違いない。
「だから俺を強くして下さい。モーテスを倒せるとか、誰よりも強くなるとかは望みません。ただ、何があってもアヤメを守れるくらい俺を強くして下さい。それが星月先輩とタケさんの戦力になる条件です」
既に頭を上げているタケさんは何も言わない。
逃げの手段を教えて欲しいなどというような奴はいらないと思われたら、このまま首を落とされる。
真白な布団を見たまま加速していく心臓の鼓動だけを数えて反応を待った。
「日々野君、顔を上げて」
感覚的には長い時間が経ってからいわれた通りに顔をあげると、なぜかタケさんは涙ぐんでいた。
「協力してくれるって言ってくれるのは分かってたけど、アヤメちゃんがこんなに思われてることが嬉しくて、つい、涙が」
目尻に溜まった涙を拭きながらどれほどアヤメのことを本当の姉妹のように思っているのか分かるような話を聞くと、アヤメがタケ姉と呼んでいるのも良くわかる。まあ、前半のことは聞かなかったことにしよう。
ひとまず、鼻をかんだりして落ち着くとタケさんは初めの様なあからさまに穏やかな態度ではなく、本当に仲間であるかのように警戒もせず話を再開した。
「とりあえず協力してくれるのは本当に助かるわ。それで、強くなりたいっていうのだけど元から鍛えさせることはするつもりだったけど厳しめにしても良いってことよね」
「はい。ビシビシ鍛えてもらって結構です」
「良かった! 本人がやる気なのもいいことだし、時間もなかったから助かるわ。なら、明日からね」
「・・・・・はい?」
「だから、明日から鍛えていくから今日中に怪我直してね」
「いや、さすがに明日までに直せとか無理です。それ出来たら人間やめてますよ」
「大丈夫大丈夫、何とかなってるわよ。それより”タケさん“なんて私のこと呼びにくいでしょ? ヤヌスみたいに私のことはカグヤって呼んでくれたらいいから、それじゃあ、お休み~」
それだけ言うと障子を閉じて部屋から出て行ってしまう。
色々聞きたいが立ち上がって歩いていく程の気力も残っていない。
ていうかカグヤって、先輩、竹だからって適当な名前を付けすぎだろと思ったけど本人が気に入っているみたいだし良しとしよう。タケさんと呼びにくいのも事実だし。
「アヤメ大丈夫かな」
布団に入ってから自分の腕に着けている腕輪の事を思い出した。
これがあると言うことはまだ生きているのは確かだが、前みたいにこれを中継地点にして空間を跳んでくるのは出来ない状況下にいると言うことだろう。
考えていたら切りがない。
とりあえず今は明日に備えて眠ることにしよう。
次回の更新は取りあえず次の土曜日です。




