45,死
遅くなってすみません
逃げてきた森の奥で先輩に出会い、訳も分からないまま痛みは感じない。それは、俺が刺されたかのように思ってしまうほどの殺気、まだ先輩は動いてすらいなかった。
だが、その怯んだ一瞬の隙に2人が動いた。
スローに映る世界の中で初めに目に入ったのは視界の外からアヤメの剣だった。三本が星月先輩に向かって行き、残る四本が俺と先輩との間を遮るように飛来する。
それと同時に先輩が片方でアヤメの攻撃を防ぎながら、もう片方の短剣で突いてくる。ガラスの砕ける音と共にアヤメの剣の二本は容易く貫かれたが残りの二本が何とか止めた。
「おー、まさか予測されたとはなあ。なんで分かったのか後学の為にも教えてくれよ」
「初めから警戒してたからって言いたいけど殺気のおかげよ。確信したのは話の中で私の剣が全部で七本って言ったでしょ。残念だけど私が七本目の剣を出せたことを知ってるのは昨日あの戦いにいたアネモネとトリカブト、後はあのフードの男だけ、つまりあなたがフードの男だったっことよ」
「あーそこかあ。確かに嬉しくてツイ言っちゃったてたな。でもそれだけで俺の方まで剣を飛ばすのは酷くないか?」
「それだけあなたのことを警戒してるって事よ。知り合いの嫌いな奴に似てたって言うのもあるけど」
アヤメが俺の前に立ち、剣を構える。ある程度距離を取ったところで先輩も普段は見せない冷たく鋭利な表情を浮かべながら、短剣の片方を腰に戻して一刀になった短剣を向けてくる。
「先輩、なんですよね」
「そうだけど、どうした? 何でこんなことするかわからないってか?」
なぜ同じ追われている身でありながら戦おうとするのか分からない。理由を教えてくれるみたいなので、アヤメが速く鎌を出せと言っているようだが無視して先輩に頷いた。
「それはだな。日々野、少し予定が変わっただけだ」
「予定って何の」
「お前らには関係のないことだ」
話はそこで打ち切られた。
小さな短剣一本を体の前に構えながら体位を低くして一瞬のうちに距離を縮めてくる。
それをアヤメが五本になってしまった剣で迎え撃つ。一手どころか数手遅れていた俺はアヤメが時間を稼いでくれているうちに、先輩と戦うことに腹を決めて鎌を呼んだ。
「尾喰龍鎌!」
呼びかけに答えるように手元に一振りの鎌が現る。それを握りしめて力が満ちるのを確認するより先に、アヤメと先輩が戦う側面に回り込み大きく振りかぶる。
アヤメの剣を弾いた勢いにまかせてそのまま後退させ、俺の鎌を正面から受けずに鎌の腹をなぞるようにして軌道をそらされてしまい、体勢が崩れたところを首元目がけて短剣が振られた。
金属特有の冷たさが項に迫るが、この打ち合いとも呼べない一合の間ではまだアヤメが剣を操って援護できる状態ではないのは分かっているが。だから自分でどうにかするしかない。
一度鎌を消して地面に向かって倒れこみ短剣が到達するまでの時間を稼ぎながらも、その勢いを利用してブレイクダンスをイメージした後ろ蹴りを先輩目がけて繰り出す。
さすがの先輩もがら空きの胴への蹴りは避けたかったのかざわざ短剣を持つ腕を下げて防がれる。足の裏からに強い衝撃を感じたがそのままもう一度距離を取って引き直しとなる。
今度はアヤメと肩を並べる位置になる。俺にとっては2度も命の危機になるほどの戦闘だったというのに相変わらず余裕な態度で先輩は手の中で短剣を回して遊んでいる。自分の中で考えていた以上の彼我の差に先輩が普段の戦いで本気で戦っていなかったことが嫌でもわかってしまう。
「今ので実力が分かったなら、あきらめて鎌と彼女置いて失せろ」
「嫌だって言ったらどうしますか?」
「……お前を殺すしかないだろうな、だから降参しろよ」
俺の命は本当にどうでもいい、あくまで邪魔をするなら殺したくはないけど殺すってことか。垣間見た先輩らしいところに戦わなければいけないと心が痛む。
だが、アヤメを渡せと言われたのにそんなことを気にしてハイそうですかと頷けるわけがない。むしろ倒す決意は上がってきた。予定だか計画だか知らないけどもそれを阻止してしまえば戦う理由はなくなる。
「悪いけど引き下がる気も負ける気もありません。だから、ここからはズルさせてもらいますね」
宣戦布告は上々、視線を横に向けるとすでに何をしたいかをわかってくれていたアヤメと目が合った。
さっきから気づいていたことが一つある。
感覚の鋭敏化、死角からの攻撃への対応、アヤメとの上手すぎる連携、何が起きているのか結論は出せていたが、このアイコンタクトで確信した。
無意識にだが俺はアヤメとのテレパシーを常時展開していたのだ。
それだけじゃない、いまならわかるが自分たちの意思であれができる!
何をしようとしたのか分かっているのか口角を片方吊り上げる先輩を今だけは無視して、互いに伸ばし合った手を掴んだとたん周囲を光の柱に包みこまれる。
「たく、面白いことしてくれるなぁ、お前らは!」
歓喜の色が混じった声を上げながら先輩は初めて崩されていない短剣の構えを取った。
俺、いや俺たちの方もこの状況への適応を終えて得物を出す。
「アヤメ」
〔わかってる! 花よ〕
復活した花弁の剣7本全てがソードピットとして空中に現れる。今回は前のように俺の武器としては
は使わない。
俺も鎌を出すとそれを手にする前に持ち手を外して捨て、テールイーターの本体とも言える鎌の刃のみにして剣であるかのように構える。
剣と呼ぶにもお粗末なもので一体化の影響で伝わってくるアヤメの戦えるのかと怪しむ気持ちもわかるが、あれから色々試して分かったのだ。これがこいつの会るべき姿だと。
一体化に加えテールイーター本来の力を身にして今度はこちらから仕掛ける。
「La borrar起動、切り裂けテールイーター!」
黒い刃状の影を先輩目がけて打ち出す。その刃が有する特性は元と同じく最初に触れたものを消滅させる防御不能な一撃。もし防ごうとしたら武器が確実に破壊される。
このことは同じ部隊であった先輩はもちろん知っている。だから、この攻撃を防ぐことはせずに回避を取るはず。影の軌道からして後退か前進のどちらかだが、前には俺たちが背後にはアヤメの剣があり挟み撃ちにできる。
こっちの間合いに入るあと少しといったところで先輩が動いた。
視線はこちらに向けたままで後ろに足を滑らす。それに対してアヤメが花弁の剣を向かわせる。狙いは急所ではなく手首や関節部だ。
前を向いたままの先輩は背後に剣が迫ってきていることに気づいたのか、後ろに向かっていた足を一瞬止めてすぐそこに迫っている俺たちを無視して振り返り短剣を振るった。
三十センチにも満たない短剣では七か所をバラバラに狙い来る剣を防げるはずがない、だが上半身を中心に迫ってきていた花弁の剣四本を剣戟の音が一つしか聞こえない内に切り刻み無効化し、下半身に来ていたものは肌に触れると同時に動きを取りかすり傷しか受けなかった。
先輩が流れるようにそのままターンして向き直したときには俺たちの剣はすでに振りぬかれている。
ギャッン
刃と刃がぶつかり合い鈍い金属音が鳴り、上から体重を乗せた大剣が先輩ごと短剣を押しつぶそうとする。その隙に残っていた花弁の剣を首筋に当てて動きを封じた。
「俺たちの勝ちですね。まず、予定の内容を教えてください」
どんなに高速で動けても動けなければ意味がない。故に俺たちの勝ちは決まった。
剣を握る拳の力を緩めることなく、情報を聞き出すために話しかける。
さすがの先輩もこの状況にどこか諦めたような雰囲気を出しながら、花弁の剣が肉に食い込むにもにも関わらず首だけ挙げて返事をした。
「勝ちか、悪いな」
言い終わると同時に先輩の姿が無くなる。
移動でも気配を殺したのでも視界が防がれたのでもない、言葉通り消えたのだ。
そして周囲を探す必要すらなく飄々と視線の先に立っていた。
「残念だけどお前らと俺じゃあ次元が違うんだよ。だから、かすり傷でも負わせれたのは喜んでいいと思う、だからマジで相手してやるよ」
そう言いながら今まで使おうともしなかった対となるもう一本の短剣を抜いた。
手数でようやく押せていたのに二本、いや本当に戦うつもりならどうしようもない。
「そうだな。でも少しは当てれる位の力はつけてるんなら少しだけ教えてやる」
急にどうしたのか構えを解いて二本の短剣ごとだらりと腕を下ろすと話し始めた。隙があるように思うが話の内容も気になるので、アヤメから許可をもらって警戒を解くことなく話を聞く。
「さっきまで何で片方の短剣しか使わなかったと思う? 長さも同じで戦いにくい二刀流だったのもあるけどそれだけじゃない。お前ら人間にとっては未知の領域とか二元論だとかいろいろあんだけど結論いえば、これだけは使いたくなかったからなんだよ。もう一つ、これは忠告なんだが戦闘中に相手がしゃべり出したら何かしてると思っといた方がいいぞ」
ゆっくりと円を描くように短剣を振るうとその道筋をたどるように金色の跡が現れたのが見えた時には全て手遅れだった。
「虚光」
先輩の声が聞こえたように思った次の瞬間、内臓も含めた全身に突き刺さるような痛みと衝撃が俺だけに伝わる。それだけでなくアヤメと別れた生身の状態のまま空中を飛ばされていくのを感じ、そのまましばらくして遠く下流の川岸に叩きつけられた。
痛みに声すら出ずに息をしようとするも肺が傷ついているのか溺れた時のような苦しみが出てくるだけだ。
「もしかして生きてるか?」
本当に驚いたような声と一緒に動かせない視界に先輩の足が見えた。具体的な距離は分からないが移動するのが早すぎるだろう。
痛みは一向に引くことがないが妙に頭だけが冴えてくきた。
どこか動かないか指の先まで必死に意志を送るが何の感覚も帰ってこない。
そうしていると先輩がしゃがみこんで目を見てくる。生きているの確認だったのか生きていることが分かると服の一部を持つとどこかに引き摺っていき始めた。
次第に耳に入ってきたのは莫大な水量が落ちる音と肌には独特の湿気が張り付いてくる。まさかと思ったが襟首に持ち替えられて吊り上げられた足元に地面は存在しなかった。
滝。滝つぼなど見えないくらいの大きさ。地球にあったどれ比べ物にならないだろう。河の下流まで来たという事か。ここから落とされれば時間など関係もなく即死だろう。
「安心しろ、あの子のことをどうこうするつもりはない。だから、皆のために死んでくれ」
その言葉を最後に手が離した先輩の顔は眉を顰めて苦しそうだった。
残り7日




