33,竜と聖人
その昔、”竜”とは台風や地震といった、大自然の脅威が具現化したものだった。
古来より自然の中に根づいていた彼等は次第に姿を変えられ、絶対的な大規模自然災害は”神の怒り”となり、森や湿地など自然そのものが人間にとって悪行を尽くし繁栄と発展を防ぐ”竜”となっていった。
しかし、そんな”竜”を殺せる者はいた。
彼等は森を切り開き、今では山を削り、その土で池を埋め、人の住める場所を範囲を広げていく。
途中で力尽きる者も少なくはなかったがために、その中の開拓に成功した一握りの者達の姿は英雄的であった。
彼等はただ農民から英雄となり、その果てには”聖人”や”悪しき竜を倒した者”として崇められ多くの人々に知れ渡ることになった。
もしも、”竜”に意思があったなら、その牙は何処に向けられ、ただの農民でしかなかった”聖人”は立ち向かえただろうか?
もしも、圧倒的な化学力によって簡単に開拓が可能だったなら、その過程に人の命を奪うかも知れない恐ろしき”竜”は誕生しただろうか?
今、それを考える時が来ているのかもしれない。
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クラーレの襲撃から三時間が経過し、街の内側の状況だけでなく外側も落ち着きだしていた。
ネイチャードの住民達は既に壁の中に逃げ込んだが、半数近いの人達が戦闘に巻き込まれたり、家の中でやり過ごそうとして見つかるなどして命を落としている。
外壁上に設置された軍の司令部にも続々と確かな情報が入ってきていた。
軍が三体、十三番隊が一体、そして聖王会から派遣された使徒が二体、植物人を倒したとのこと。確認された数は九体だったので、残すところ三体。
内、一体は西区の方で仲間と会話をしていたとの情報があったので目下捜索中。
残りの二体は他の植物人と違い、派手な行動を全くと言って良いほどしていないためなのか、どこにいるかの情報が全くないのが現状だった。
部下から耳打ちしながら伝えられた内容に安堵感はない。三体とはいえ、これまでの戦闘の記録から考えると戦況を覆す可能性は充分にある。
軍が連続して勝てているのも、不意討ちと未知の戦法に相手が戸惑っていたからと言う部分が大きい。
加えて、残る三体の動きが掴めない事から様々な予測が立てられる。
知能が高く見つからないように行動しているのか、本当はいないのか、最悪の場合は人間の姿を利用して、既にこの壁の内側に侵入しているかもしれない。
連鎖する不安に苛立ちが募るが、それ以上に苛立ちの原因は隣にいる男だ。
「しかし、勝沼元帥。先程の戦闘、聖王会の使徒は圧倒的でしたな。ノコノコ現れたのを気づかれることすらなく消し去るとは、いやはや我々ゲルトナーにもあれほどの者が居れば良いのですがなぁ!」
「蔵元総司令官殿、あれは別物と考えた方が良いと思います。私達、軍やゲルトナーに与えられた鎌の力などではない。あれこそ神の力と言うのに相応しい、神鎌などが玩具に見えてしまう程に」
「ふん、勝沼元帥は難しいことを仰りますな。危険が及ぶことが無ければそれで良し、使徒と比べて、全く彼奴らはなんだ、何が撤退だ。気に食わんわ」
襲撃から三時間経ちかけた先程、漸く到着した蔵餅は、ここから見える範囲でタイミング良く始まった使徒と二体の植物人との戦闘の一抹を話の種に興奮したように話している。
使徒と比べた部下の愚痴まで言い出す始末と危機感のない態度に、同じ上に立つ人間として勝沼は腹が立っていた。
これ以上会話をする気にもなれず、トイレを口実に司令部の仮設テントを出た。
「まったく、戦力にはなるがあんな不気味なやつらをよく信頼しきれるのか俺にはわからん……」
外壁の端に立ちネイチャードの大通り上空を文字通り、飛んでいる二つの人影を眺めながら独り言として呟く。
使徒と呼ばれている人影の背中に生えた純白の一対の羽、飾りのように動いていないにもかかわらず高度が落ちることなくその場で停滞している。
あまりの距離にせっかくの使途の顔を確認する機会だというのに性別さえもよくわからない。貴重だからと双眼鏡を置いてきてしまったことが悔やまれる。
渋い顔をしているところに新米の隊員だろう、どたどたと走ってくる足音が聞こえ振り返った。今回の作戦でこの場に残っているのは非戦闘員の役職と新米の戦闘員のみ。文官ならもう少ししとやかに走ってくると考えてのことだ。
「失礼します。報告です」
緊張した様子で初々し敬礼をしながら新米兵は赤い顔で手にしていた紙面を読み上げ始めた
「勝沼元帥、たった今通信で西区の捜索を完了とのこと。かなりの住民が西門に避難してきておりそちらの対応に移ってもよい許可を。
残念ながら植物人の姿は確認できなかったようですが、どうやら住民の情報によると植物人はある通りから西側には全く侵入しなかったようで、西側にはいないとみて間違えないと思われます」
「そうか、報告ご苦労。避難してきた者達への対応を許可するのと、隊員たちも適宜休むよう伝えてくれ」
「了解しました!」
通信施設に向かって走り去っていく新米兵の後ろ姿を見ながら勝沼は頭をひねる。
ゲルトナーが出撃するタイミングを見計らった襲撃に、人間の居住区へ類を見ない数の襲撃を考えると誰かが、確かクラーレと名乗るこの集団の指揮をとっているのに間違いはない。
しかし、生き残っている三体以外の植物人は破壊や殺人と目立つ行動をして全く統率がとれておらずどれも単独行動をしているだけであった。
目的がなく思うがままに破壊行動をしているのかと思っていたというのに、西区にだけは植物人が立ち入らなかったという。
何か思惑があるのかそれとも暴れていた植物人たちは指揮をとっていた者にとって捨て駒でしかなかったのか……。
西区には悲しいことだが特筆する施設があるとは言えない。軍の本部と確かジャガイモ畑がある程度。
となると目的があるのはこの壁の中か?
いや、それなら隠密行動をとった方が成功率は上がるはずる、この様なことをしては逆に警戒が高まってしまう。
答えはいくら考えても出てこない。
もしもに備えて外壁の門だけは何があっても開けないこととディーゼル内の警備を強化するよう伝えてくるか。
結果として出たのはそれだけだが、とりあえずは本部に連絡するために外壁の下にある通信機のもとへと壁に取り付けられている階段を下りていった。
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同時刻 土の街
やけに多い軍の隊員たちの捜索の目を抜け、リンドウは中央通りまで戻ってきていた。
派手な戦闘は終わり周囲からは家が燃えてはじける音と崩れる音、それと木々の燃える独特のにおいが鼻についた。
仲間は全滅か。足元に転がる三つの仲間のものであろう骸と異様な静けさにそう思い、意識を張りながら誰なのかを確認する。
うち一つは肩口から胴を抉られてはいるがその巨体と顔からかろうじてアジサイだと分かる。だが、残りの二つは高音で焼かれたかのように黒焦げで所々欠けていて見当もつかない。同じように焦げている場所が通りのどこにもないのが不自然極まりない。
こんな街中で自然には発生しないほどの火力だったと推測しても、そのような仲間の能力など聞いたこともない。もし、人間がそんな兵器を持っていたとしたら、今まで使用しなかったのが不自然だ。使っていないかった理由が巨大な兵器だとしたらこの場にあるはずだし、最悪新兵器という事も考えられるがそうだとしたら勝ち目がない。
「もしや、トリカブトが言っていた使徒」
その時、突如頭上に起こった気配にバックステップに近い動きでその場から離れたのと空から光の柱が落ちてきたのはほぼ同時。三つの骸は跡形もなく塵とかして消え、柱によって熱された空気が熱風となりリンドウに吹き付ける。
注意を払っていたから気づくことのできた攻撃に冷や汗が頬を伝うが拭う事よりも先に空を見上げ攻撃の出どころを見上げる。
街の壁をバックに浮かんでいたのは人間でも植物人でもない、背中に羽を生やした二つの人影。
鳥肌が立ち、ゲルトナーの隊員などとは比べ物にならないと、今までの経験がリンドウに訴えてくる。その存在感と先ほどの光の柱、使徒とみて間違えない。
小さかった人影もだんだんと大きくなり、一応は攻撃可能な圏内にまで入ってきている。両者攻撃はいつでもできる。
出し惜しみするつもりはない、両端に刃の付いた槍を手から出して次の攻撃に備える。
「まさか、最大出力の天柱を躱すとはねえ。ゲオルオス、あいつ少しはやるようだよ? どうするおじさんもやる?」
「油断するなよ、カーミル。それだけのものを宿しているという事だ。確実に仕留めなくては示しがつかん。俺もやる」
戦闘における優位を崩すつもりはないようで、一定の高度からゲオルギオスとカーミルの二人が下がってくることはなかったが、端から同じ土俵で戦えると思っていない。それよりもすでに戦闘は始まっている、会話をするのを見たリンドウは手にした槍からお返しとばかりに衝撃波を穿つ。日々野やオトギリ達に放ったものとは違い、不意を突く速度重視の一撃、狙いはカーミルと呼ばれた若い方で音速に近いそれは光の柱に並ぶ速度のはずだった。
「油断をするなといったはずだぞ」
だがそれは、老年のゲオルギオスが発動させた半透明の薄い黄色の障壁に防がれて届くことはなかった。
速攻とはいえ竜槍の生吹を難なく防がれたことに一瞬硬直してしまう。
その隙を逃すはずなくカーミルが両手をリンドウに向けると先ほどの柱、“天柱”と比べると小ぶりで一本五十センチほどのものを数本打ちだす。
衝撃波と全く同じ速度で迫る柱を致命傷になりそうなものから優先して槍を振るい軌道をそらすが、手の甲とふくらはぎの二か所に傷を負ってしまう。
それだけで終わることなく雨のように次々と降り注いでくる光の柱をかわし、槍で弾き防いでいく。初めの一手から全く体に掠ることなく防戦を続けるリンドウと、柱が尽きる様子を見せないカーミルとは一進一退どころか戦況が動く様子はない。
「ノーマルじゃダメみたいだね、オジサン、時間稼ぎしてよ。もしくは接近できるようにするか」
先に痺れを切らしたのは使徒の方だった。
火力を上げて押し切ることを提案したカーミルに対して、ゲオルギオスは一つ頷くと半透明の障壁を計四枚自分たちを囲むよう球状に発生させ、そのままさらに上空に距離をとる。
地を這う事しかできないリンドウの牙が、天を飛ぶ自分たちに届くことがないとでも思っているのだろう。お飾りの羽を動かすことなく、集中するためなのか余裕をひけらかしているのか分からないが目を閉じている使途を睨みつける。
「馬鹿め。俺の名は竜胆だぞ」
地上からもう一度竜槍の息吹を撃ったとしても、複数枚になった強固な半透明の障壁を貫ける可能性は無い。だから、リンドウは使徒が考えてもいない行動に出た。
何度かその場で足踏みをすると、真っ直ぐに跳び上がる。植物人の身体能力故に建物の二階ほどの高さまでは上がったが、重力にひかれて落下を始めそうになる、その一秒に充たない空中で止まる間にリンドウは空中を左足で踏み込み更に跳び上がる!
リンドウの予想外の行動にゲオルギオスは内心焦りながら冷静な対応をとる。地上から跳び上がった時よりも速度はあるが、その軌道は極めて直線的。守りに回している障壁の一枚を解除し、行く手を阻む壁のように目前に発動。
真正面以外の視界は全てぶれているが、目標である使徒の姿だけははっきりとリンドウの目に映っていた。だから、ゲオルギオスが手を向けられたのを見た時には、すでに進行方向の変更に入っていた。空いている方の手を空に向けると真横に滑るように動く。今回は踏み込む動作も何もしていなかった。
空中移動の種は言うと攻撃には使えないほどの衝撃波を自らの体から放ち、その反動で移動、もとい飛ばされているだけだ。一見、簡単に思うが調整に失敗すると自分自身を傷つけることになったり何処か見当違いの方向に行ってしまう。
負けることのできない戦いが何時か来る、そのためにひそかに身に着けていた技能の一つ。今の竜胆が出来うる最高の加速して最後の勝負に出る。
「オジサンどいて!」
お互いの声が聞こえる距離にまで近づけたところで、エーミルの天柱の溜めが終わったよう。ゲオルギオスの障壁が解除されるのを待たずに初めの程とまではいかないがリンドウの槍と同じ長さは優にありそうなサイズの柱が現れる。
リンドウの方も覚悟はすでに決まっていた。この体に残っている種魂のエネルギーを心臓に位置する部位から手にした槍へ移す。強大な力を宿した穂先が振動するほどの大技は文字通りリンドウの命を懸けている。
「悪しき者に罰を、“天柱”!」
「シッ!」
両者最大の武器を打つ。リンドウの投げた槍とエーミルの光の柱が衝突したのは一瞬、方向が逸れたわけでも両方が砕けたわけでもなく一方的にリンドウの槍が柱を裂きゲオルギオスの障壁を全て貫いた。
「っつ、残念だったな……お前の槍は届かな」
障壁を貫いた槍からゲオルギオスはエーミルをかばうように自らの体に突き刺して止めたが、傷口から肉が零れ、赤い血が流れ出す。エーミルは犠牲になりながらも作ってくれたその一手に光の柱を出そうとしていたが無駄なことだった。
仲間のために自らを犠牲にする、そんな粋な行動をしたゲオルギオスだったが敵であることに変わりないリンドウには手加減などする気も同情の欠片さえもありはしない。
「顕現せよ、反逆の嵐を起こせ、摩天竜!!!」
槍に込められていた種魂の力が言葉に答えて暴走するかのように振動が再開し、槍が細かな破片と化してゲオルギオスの胴を半分に引き裂くようにはじけ飛び、かすかに残っていた障壁の内部の空間が真紅に染め上げられる。
卵から孵るように槍から現れたエネルギーは本来実態を持たないはず、しかし圧倒的な密度とリンドウの魂が具現化されたそれは蜃気楼のように空気を歪め、竜を模りその光景を見ていた者達にハッキリと存在と畏怖を知らしめていた。
エネルギーは竜の形をしたまま衝撃波へ変わると本能的な恐怖に動くことのできずにいたエーミルを光の柱ごと咢で噛み砕く。まだ、喰い足りないのかそのまま直線状にあるディーゼルの外壁上部を中心にそこにいた人間ごと砕きつぶすと、漸くその姿を消した。
全ての力を使い果たしたリンドウは最後の一撃を放った反動で使徒よりも早く地に落ちていた。
立っているだけでやっと、気力も体力も限界が近いことが分かっていたが後悔は何一つなかった。トリカブトに話していたように使徒への対応を引き受けることができたこともあるが、自らの限界に近い戦いを出来た事や敵の戦力を削れた事実もあってのこと。
「随分、満足そうな表情……人間のようだ」
足元からすぐのところで掠れた声が聞こえた。
「そんな状態で生きているお前の方が人間かどうか怪しいがな」
声をかけてきた相手、ゲオルギオスの姿を見る。偶然にもリンドウの近くに落ちてきたためボロボロになりながらも会話がができていた。上半身だけになりながらも呼吸器官は喋れる程度には無事だったようで声が出せるのはわかるが、出血量は人間の致死量をとっくに上回っているはず。
「人間かどうか、か。……我々は力をもらった……神に等しい、神の力を……それだけの……人間だ」
そこで言葉は途絶えた。
「神に等しい力か……」
ゲオルギオスが完全に息絶えたのを見届けるようにしたあと、最後の言葉の中の一言を口にする。一体どういうことなのか考えながら、自分の方にも終わりが近づいているのを感じていた。今までも似たような経験を植物人故にしたことがあるが、これほどまでにはっきりとした意識で死を迎えるのは初めてなことだった。
体の末端から線香が燃え尽きるかのように白く細かに崩れて風に流されていく。足が無くなり胴が倒れるが何も感じていない。ただ、ゆっくり眠るかのように意識は薄れ、全てが灰となったとき、そこにリンドウ達がいた痕跡は破壊以外何も残ってなかった。
リンドウさんの話は今回でおしまいです。
次回は久々の(一応)主人公日々野目線でお送りしたいと思っています。
ぜひ読んでみてください!




