31,リンドウは
お久しぶりです。
「リンドウ、本当にそこを退く気はないんですね?」
ネイチャードの中の一角でリンドウは同じクラーレの一員であるオトギリ、ゲッカコウと抜き身の武器を手に向かい合っていた。
既に多くの建物が破壊され殺伐とした空気と
地面に刻まれた線を越えようとしたときが始まりになるのだろう、喋りながらも意識が相手から外れるようなことはない。
「三度目はないぞ、この線より西に攻めることは許させない。もし、聴く気が無いのなら武力を持って解決させて貰うまでだ」
槍の穂先を縦に構え直して、再度警告する。
戦意なのか覇気というものなのかが激しくぶつかり合い、その場に何も無くいた者は猛獣に出会したかのように本能で震え上がってしまう。
「そうですか、……それなら仕方ないです」
間が空いてゲッカコウが口を開いた。
何故こんなことになったのか。それは少し時間を遡る必要があった。
ディーゼル襲撃開始の少し前
トリカブトの作戦は相変わらずいかれている。植物人の中で過激派組織とされているクラーレは人間の街とゲートの出口との間で何時でも攻め込めるように待機していた。が、トリカブトが攻めに行くよう指示したのは街ではなく、真反対の方向にあるゲートの出口だった。
出口の存在がバレていないとでも思っていたのだろう、ゲルトナーの警備は手薄だったこともあり、クラーレのメンバー達は僅か数分で制圧したのであった。
「そうだ、リーンドウ♪ お願いがあんだけど、もちろん良いよな?」
そうして開門を待つだけとなり暇をもてあましていたリンドウに、ヘラヘラと何時も通りの調子に加えて、猫なで声を立てながら近づいてきたトリカブトに、呆れながら目で続きを促す。
「あのだなぁ、人間側の勢力なんだけどゲルトナーは問題ないんだが、聖王会ってしてるか?」
「勿論だ。そいつらがこの戦いの元凶なんだろ」
「その通り、んでそいつらのことだが、何でも隠し球に人間も殆ど知らない"使徒"って連中が結構できるらしいんだよ」
「!、お前が言うと言うことは相当だな」
トリカブトは案外負けず嫌いで相手に対して強いと称すことは余程のこと出なければあり得ない。リンドウは使徒に対して警戒することを心で決めた。
「いや、正味俺とかお前なら勝てると思ってんだけど他の奴だとな、ほら、弱いじゃんか。だから一応出会ったら潰しといてくれって頼んでんだよ。俺はやることがあるからさぁ」
「やることか、聞かない方が良いか?」
「ああ、お前が聴いたら色んな意味でキレそうだからな」
巫山戯た目から冷たく細めたトリカブトと瞳の中をユラリと燻らせるようにしたリンドウとが視線をぶつけ合う。
二人に共通して言えることが一つある。
それは自分の決めた決まりについては一切譲らない所だろう。リンドウはトリカブトがその一線を越えようとした気配を薄ら感じ取ったのだ。
「……初めにも言ったが、俺はクラーレの仲間になったつもりは無い。人間との戦いを終わらせるために手っ取り早い行動が取れるから、今は協力して最低限指示にも従っている。だから」
「分かってるって、心配すんなよ。俺もまだお前という兵士を失いたくねえ、だから俺はそんな真似することないって誓えんぜ?」
その言葉に、トリカブトが瞳の奥に隠している真意を確かめるように視線はより一層鋭くなる。
けれども、数秒もするとリンドウはふっと息を吐いて大木に預けていた背を起こすと、先ほどまでの事が無かったかのように殺気を納めてトリカブトサイド尋ねた。
「まあ良い。その時にならなければお前がどう知るのかは分からないだろう、それよりその調子だと他にも用があるんだろ?」
「さっすがリンドゥー!俺のことよく分かってんなぁ。もし俺が女ならつい抱いてくれって言ってるぜ!」
こっちも先程まで探り合いと殺し合いの一歩手前だったことなど微塵も気にすることなく、嫌がるリンドウに無理矢理肩を組む。
植物人には死に対する危機感が人間に比べて薄い。種魂と言う具現化された命と擬似的な死を何度も経験しているからそれも仕方ないことだろう。が、彼らの行動はそれを鑑みたとしても違和感しか感じられなかった。
「トリカブト、もうすぐ時間ですよ。皆を集めさせましょう!」
仲間の一人が二人を呼びに来る。開門時刻まではまだ二十分はあるのだが、どうも速く人間の街に行きたいようでウズウズしているのが丸分かりだ。
話を中断されたがこの話を他に聴かせるつもりはないのだろう、続きを言うことなくトリカブトは手を上げてゲートの出口周辺に仲間を呼び始める。
そして開門の時、クラーレ内で二番手のリンドウはトリカブトの隣に立っていた。
一刻と迫る全面戦争に緊張ではなく高揚感が満ちていく仲間に内心呆れていた。
決して死ぬ間際に見る類のものではないのだろうが、不意に九人の仲間にも色々な奴がいたなと思ったリンドウは少しだけ顔を動かし全員の顔を見た。
隣のトリカブトは何時もと変わらず何を考えているのか分からないニヤけ顔で、その奥にいるゲッカコウの方も無表情のせいで何を考えているかわからない。
好戦的なオトギリとアジサイ、オダマキ達は刃物や大槌といった自分の獲物を手に最前列に立っている。
後ろにはリンドウに近い考えの持ち主で唯一緊張が僅かにだが見えているキキョウ、トリカブトに熱い視線を向けるアネモネ、そして少し離れた木陰にはパセリがぐでっと座り込んでいた。
自分が背中を任せられる仲間がこの中にいるかと聞かれたとしたら誰もいない、リンドウはそう思い気を引き締め直す。
そしてゲートが揺らぎだした。
人間達は作戦通りに進んでいるのだろう、日が空の真上に来たとき丁度に、繋がったゲートの向こう側からゲルトナーの隊員が流れ出てくる。隊員達の表情はクラーレを見たときに意気揚々として走ってきた姿のままピタリと動きを止める。事態を理解した者から表情を驚愕したものに変えていくが、中に理解する前に、新しい玩具を与えられた子供のように笑みを浮かべた最前列によって一生を終えた者もいた。
「キャッホー、まずは一人目ー」
オトギリが先頭で指揮をしていた男を下から胴目がけてナイフを突き立てたのが最初の死人だろう。
驚愕していた他の隊員達は、植物人に待ち伏せされただけでなく仲間が殺られるのを見て漸く危機を察知し、叫びながら我先にと門に逃げ帰り出す。
逃げる獲物を追い掛けるオトギリ達に続いてトリカブトが歩き始める。だが、進んで数歩のところでオトギリに刺され息絶えようとしている男がその足をつかみ震える口を動かして何かを尋ねてくる。
「な、なんで、おえが。死ぬん、だよ」
「さあ? 一番に最初に出て来たからじゃね?てか、そこ邪魔」
懇願のような最後の言葉にアッサリと感想を述べると本当に邪魔だったのだろう、わざわざ刺された傷口を狙って森の方に向かって男を蹴り飛ばして道を空けると躊躇うことなくゲートをくぐった。
先に姿を見せていたオトギリ達から逃げようとゲルトナーの隊員達は大通りを引き返しその様子を見た一般人もゲートの周りから離れていく。
「よーし全員いるな。なら、ここはリンドウに任せるからなー。ほんと、思うように事が運んでよかったよかった。んじゃ、後は全員暴れてこい」
「ちょっと待てトリカブト、任せるって何も聴いてないぞ!」
「は、言ってないんだから知らないに決まってるだろ?ほらほら、もう他の奴らは戦いに行ってるぜ、んじゃな!」
逃げるように人混みに向かって行くトリカブトを追うが逃げ惑う人の中で誰が誰なのか直ぐに分からなくなってしまう。
ここだと非戦闘員が多すぎる。
仕方なく目的を果たす為に、建物の壁を蹴り、リンドウは進路を変えて壁や屋上を足場にして跳びながら移動し始めた。
「おい、今の植物人じゃねえのか」
「多分そうだろ、ゲルトナーの隊員じゃなさそうだし」
そう話す人達はクラーレによる不意打ちから運良く逃げることが出来た一番隊の隊員達。彼等が建物の上を移動するリンドウを見つけたのは早かった。
一際高いところを更に高く跳びながら移動するリンドウはかなり目立ち、突然植物人が現れたことによる混乱に訳も分からないまま逃げ出した他の隊員も敵が一人で移動していることに気付いたのは少なくない。
ある者は黒山隊長を殺された怒りを、またある者は同じ方向へ逃げた仲間を見て一対多なら勝てるのではないかと希望を持ち、通信機で呼びかけあう。
数分のうちに簡単な作戦を立てられた。
内容は後方から気付かれるのを前提とした強襲班と、大体の進路を予想して家の間を飛び越えようとしたところを攻撃する伏兵の二つの役割に別れるというもの。
簡単で予測に頼るところが大きいが司令塔を失った彼等が即席で立てた作戦にしては上出来だろう。
立案の間にも仲間に呼びかけを続け、開始時には、見物に来ていた非番の隊員も含めて一九人が作戦に協力すると意思を伝えていた。
「いいか、次の裏路地を飛び越えようとしたときに一斉に襲いかかるぞ」
「わかってる。殺された仲間の怨みだ」
「勝負は一瞬っすね。初めから出し惜しみなしでかかります!」
自称一番隊の副副隊長が合図を送る。
それに強襲班の内の数名から返事が返ってきた。
そして、何も知らないリンドウは速度を落とすことなく次の建物へ跳ぶため屋上の端に足をかける。
「かかれ!」
「「ウォーーーーーーーーーーー」」
強襲班が注意を惹きつけるため雄叫びを上げながら神鎌の力によって屋上にいるリンドウに迫ると同時に伏兵も注意を惹かれ振り返った背に一太刀。
全方位から同時に発動させられた能力と斬檄に植物人は倒れる。
そんな幻想は一欠片も実現しなかった。
「一九か、先ずは上々と言ったところか」
強襲を実行して数分と経たずにその場に立っていたのはリンドウ一人。
果敢に挑んだ隊員達の鎌は擦ることはなく、既に例外なく息絶えていた。
敗北は力の差だけでない。
建物の上を高く跳びながら移動していたのも、おいつけるようなそくどでいどうしていたのも、人が少ない大通りから外れた場所に移動したのも、全て自分を狙い来るゲルトナーの隊員を誘い出すためだった。
そんなことも知らず、常に襲撃を警戒して緊張を保っていたリンドウの前に誘い出された隊員達は敷かれたレールの上を走っただけ、謂わば飛んで火に入る夏の虫、格好の獲物以外の何者でも無かった。
喧噪は消え、遠くに戦闘か破壊行為によって起こる煙に顔をしかめながら手元の槍を振るい刃に付いた血を払う。
狙うのは自分達を殺せる鎌の持ち主と此方への敵意がある者、後は情報を統括できる街の上位階級だけだ。
一般人を傷つけるつもりはなく、むしろこの戦禍から逃れて欲しいくらいなどと考えていた。
故に、その場から西側に見えた町の破壊具合が目につくのは仕方のないことだった。
いくら何でも壊しすぎだ。
通ったところと言うか足跡と喩えるには大きすぎる痕跡がある。
壊された家屋とそれに沿って燃えていく家々、今も何処に進んでいるかは一目瞭然だ。
リンドウは仲間に何も言う権利はないので止めることは出来ない。
「いや、出来るか」
トリカブトに言われたことを思い浮かべ、つい口に出てしまった。
この場を任せると言ったのはトリカブト、そして暴れている仲間の殆どが一応彼奴に従っている。
ならば、多少のことは口出ししても大丈夫だろう。
そう思い再び建物の上を行くのだった。




