エピローグ→プロローグ
全ての始まり
とある荒野。自然現象で有り得ないほど極端まで冷やされた空気が白い煙となって辺り一面を漂っている。その中央に氷塊によって出来上がった空洞の中に二人と一体が満身創痍の男を追い詰めていた。
「いい加減諦めろよ。二対一だけど、所詮お前はこの程度なんだって分かったろ?」
背中に巨大な蛇のような姿の龍を控えさせながら、少年のような勝者の片方が蔑んだように言い付ける。黒のロングコートを着たもう一人の方も空洞の入り口でつまらなさそうに、冷たい氷の壁にもたれかかっている。
「まだだ、まだ、私は負けてない」
内臓が傷付いているのか血の音が混ざった途切れ途切れの虫の息で否定の言葉を返す。気力体力共に底を突きかけた上に両足は砕かれた姿から、往生際の悪いように思われたが、その眼にはまだハッキリと濁ったような光が見えた。
一瞬、左の眼光が強く輝いたかと思えば幾何学模様の魔方陣が現れる。魔方陣の中央部から莫大な力を宿した巨大な鉤爪が飛び出し、目の前に立つ少年ではなく背後にいた龍を襲う。
「、GYAOOOOONNNNN」
「クハ、ハハ、私はまだ負けてないって、言っただろ!」
鉤爪が龍の半身をえぐり取り、傷口から噴き出た血が青い洞窟内を真紅に染め上げる。胴より下を失った龍は飛ぶ力を無くして大音量と共に地に落ち、次第に瞳孔が開いていく。えぐり取られた半身の方は、男の元に引き寄せられると小さな破片となって吸収された。
「っ!」
相棒を狙った男にトドメの剣を振りかぶろうとしたその時、今度は右の眼が光り、男自身を包み込み少年は弾き飛ばされる。
「残念だったなあ、双面! 私を逃がしてしまった上、仲間まで殺されて!」
捨て台詞を吐きながら、別の世界軸に逃げるため肉体は薄れていき、やがて完全に消えてしまった。
仲間を殺された怒りと逃げられた焦りで握り締めた掌に少年の爪が突き刺さる。
「……アクス、皆には俺が片付けてくるって言っといてくれ。もうすぐ凪だから俺一人に任せろって。第一、時空を越えるには一人の方が良い。後、時間が経ったら彼奴がどこに行ったかが分からなくなる」
「聞け!」
話を聞く様子のない双面と呼ばれた少年の脳天に、この出来事に気づき入り口から直ぐ側まで来ていたアクスと呼ばれた黒コートの男が拳骨ではなく拳大の氷塊を落とす。
「イッ……」
「良いか、よく聞け。俺は止めるつもりはないが、魔力切れな上にそんな精神状態のお前をこのまま行かせようと思えない。一度落ち着け」
氷とは言え、重量と硬度は石と同等かそれ以上。頭頂部の痛みに悶絶しながらも、そのおかげで多少普段の状態を取り戻していた。ポーチに入れてあった残りの回復薬をまとめて飲み干す。垂れてきた残りを拭うとアクスに向き直る。
「落ち着いた。だから、行ってくる」
「おう、行ってこい」
餞別だろうアクスが一冊の本のような物を渡すとその意味を理解して胸ポケットに入れる。
時間が惜しいためライトは残っている力を集め、かなりの速さで先程の男が出していた魔方陣とは似て異なる物を空に描く。金色の光の粒がライトの思い描く形を成した時、そこに一つの細かな装飾の施された門が現れる。
振り返るとアクスが早く行けとでも言いたそうに手を振る。そんな何時も通りの素っ気ない態度に、ライトが帰ってくるという信頼の温かみを感じながら、門の扉を開き、向こう側に一歩踏み入れた。
次回から本編です。