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 トンネルに入り、列車のたてる音がひじょうにうるさく響いた。反響するそれは、真乙さんを嘲笑っているように思えた。

「すこしは、落ち着きました?」

 壁に両手をつき、俯いている真乙さんは首を一回振った。

「大丈夫。すこし、フラッシュバックみたいになっただけだから……」

「……それって、大丈夫なんですか?」

「大丈夫だって。……そんな、呆れたような目で見なさんな」

 列車はトンネルを抜け、静かな断続的な金属音だけとなった。鹿おどしのある庭の静寂につつまれているような場所で、真乙さんはカーペットを歩き出した。ぎゅっと床が鳴る。

 七、八歩進んだところで立ち止まり、振り返って始終様子を見ていた僕を見つめ返した。

「早く行こう」

 笑顔だ。いつもと同じ、それだけで安堵のため息をつきそうな面だ。だが、それは彼女の地顔であるようにも思える。笑っているのが常であり、特別なものではない。

「行きますか」

 目で笑い、彼女についてブリッジを歩き抜けた。

 自分の席に戻ると、真乙さんは外の景色を見はじめた。僕は通路に体を向けて台の端に座った。

「長かったね。どこら辺まで行ってたの?」

 頭上から声がした。伊森先輩が柵から顔を出して、僕を見下ろしていた。

 口を開き答えようとした瞬間、真乙さんが「二車両先まで」と答えた。

「そうか」

 伊森先輩は苦笑いを浮かべ、僕に対して申しわけなさそうにした。

「どんなのがあった?」

 先輩が気を取り直して聞くと、待ってました、よく聞いてくれました、と真乙さんが見てきた様々なおもしろいものを話しはじめた。

 彼女の話は、始終見てきたものと違う部分があり、それを正すのに無駄な労力を使った。

「その部屋には、なんとパソコンがついていてインターネットやり放題!」

「そんなわけがないでしょ」

 先輩も大げさすぎる説明は否定していった。話し終えると、伊森先輩は喉が渇いた、と自動販売機を見に行って姿を消した。彼女が階段をジャンプしようとして転んだことと、その後気分が悪くなったことは話さなかった。

「……ところで、さっきから気になっていたんですけど」

 先輩がいなくなり閑散とした車内を見回し、あることに気づいた。

「堀先輩は、どこだろう?」

 独り言のように言ったのだが、真乙さんが便乗した。

「そういえばいないね。どこ行ったんだろうね?」

 彼女の声はだんだんと音量がすくなくなっていき、最後の方は、遠くで話しているような感覚だった。

「……?」

 真乙さんの声が途切れた。彼女のことだから、このあとに堀先輩の悪口のひとつでも言いそうなのに、無音だった。

「真乙さん……?」

 返事はなく、かわりに寝ているところを起きるような物音と、「よっと」という声がした。

「何して……って、うわ!」

 僕の視界に、真乙さんの顔が頭上からあらわれた。上から僕の台を覗き込んだのだ。黒髪が、重力でだらりと垂れている。

 仰け反った勢いで仰向けに倒れてしまった。背中からカーペットの寝台に倒れこんだので、後頭部と背を打った。刹那、呼吸ができなくなった。

「あらら……。そこまで驚かなくてもいいのに」

 逆さになっている真乙さんの顔が、くすくすと笑った。髪が小刻みに震える。

「だ、誰だっていきなり顔が目の前にあらわれたら、飛び退きますよ」

 後ろ手に起き上がり、彼女から距離を取ったところに座りなおす。それから真乙さんを睨む。そして、睨み返された。

「……危ないですよ、その姿勢は」

「平気だよ。寝そべっているから、落ちる心配はないよ」

 口をへの字型にした。逆になっているのでつまり、ほほえんだのだ。

「話すなら、下に下りてくればいいじゃないですか」

「それじゃあつまらない。そもそも、君は人の目を見て話さないでしょ?」

 両目が、僕をじろじろと観察するように上下左右に動く。

「小学校で、人と話すときは相手の目を見て話しましょう、って教わらなかったの?」

「……こうやって話すことと、関係あるんですか?」

 いまいち、彼女の言いたいことがわからず、いまだに奇妙な行動としか取れないので、聞いてみた。

「大有りだよ。こうすれば、君は私の目を見て話している。こっちの方が、視線を逸らすのが難しいんじゃない?」

 言われてみれば、さっきから僕は彼女の目を見て話していた。それは、とても珍しいことである。

「あ……!」

 思わず驚嘆していた。彼女の思惑にかかりいささかむっとしたが、同時に呆れもしたので打ち消された。

「それで、堀先輩だよね。本当に、どこ行ったんだろう?」

 笑みをくずし、頭をひねった。ひねりすぎて首がぽきっと鳴り、真乙さんは顔をしかめた。

「痛いんだ、これがさ」

 そう真乙さんがつぶやいたとき、自動ドアが開く音がして誰かが車両に入ってきた。

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