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 後ろを肩越しに見てみると、真乙さんが尻餅をついていた。

「……大丈夫ですか?」

 とりあえずそう声をかけてみたが、前髪の奥にあるまなこで睨まれてしまった。しかしそれは一瞬ことで、彼女は目を逸らした。

「んとうに、もー……。何で私の方が倒れなきゃ……」

 両手を支えにして立ち上がり、彼女はぶつぶつつぶやいた。

「すいませんでした。ごめんなさい」

 感情なく表情をかえずに言うと、「……知らないよ。もう」と呆れられた。

「真乙さん、すいませんでした」

 謝る必要はないような気はするが、心の片隅にある至情から、もう一度謝罪する。

「そんなに謝られても……。もともと、私が悪いんだし……」

 またしても、彼女は困惑したように目を泳がせた。どこか、後悔しているようにも見えた。

「……あなたは、怒っているのかいないのか、よくわからないですね」

 僕の疑問に、彼女はあいまいに笑い返した。そのときの目は、表情とは裏腹に暗い雰囲気を僕に与えた。都会の空に浮かぶ月のような、物悲しさがあった。

 何も言わずに僕は歩き出すことにした。目を険しくされたが、あまり気にしないことにした。

 すくない段数の階段を下り、次の車両に向かう。途中、デッキで自動販売機があったので、紅茶を買うことにした。

「赤木くんは、緑茶、紅茶、コーヒーの中で、どれが一番好き?」

 紅茶に口をつけながら、真乙さんは僕に尋ねた。

「そうですね……どれも好きですかね」

「だから、その中でもどれがっていうこと」

 歩みを止めて、僕はすぐ近くにみえる天井を見上げた。真乙さんも立ち止まり、僕の答えを待った。

「緑茶は、朝起きたら飲みたくなりますかね。紅茶は、寒い日に外から帰ってきたら飲みたくなる。コーヒーは暇な時間に飲みたくなるから……やっぱり、どれがいいとはいえません」

 そう判断して告げると、真乙さんは実につまらなそうな顔をして、僕のことを見た。

 真乙さんと初めて会ったときのように視線がぶつかった。すかさず、顔を左上に上げて、頬を掻く。

「そうか……。なら、いいや」

 自分に言い聞かせるように言って「君に聞いた私がバカだったよ」と笑顔を見せた。

「……どうせ」

 この人にバカにされると、精神的にきつかった。自嘲するしかない。

「ごめんごめん! 冗談だよ。さあ、早く行こうよ」

 今までで一番愛想のある笑みを浮かべられた。僕は、安堵と薄ら寒さを覚えた。

「…………」

 どうもこの人は僕を小バカにしてばかりのような気がする。言及したいところだが、跳ね返りが恐ろしいので言わないでおくことにした。

「どうしたの? 早く行こう」

 真乙さんがくすくす笑いながら、くるりと一回転して僕の方を向いた。

「いえ、べつに。……行きますか」

 顔がなぜか赤くなった。たぶん、彼女の回転が思いのほか綺麗で優雅だったからかもしれない。でもそれ以上に、高校生になってまで、くるくると小学生みたいなことをするなよ、といっしょにいて恥ずかしく思った。他の乗客に見られたら変な学生たちだと思われてしまう。

「どうしたの? なんだか、顔が赤いけど。熱でもあるんじゃない?」

 憂色の濃い顔で彼女は近づこうとして、僕は近づかれるのを拒んだ。

「平気です。なんでもないです」

 頭を左右に振り、真乙さんとはそういう人なのだと思い込ませた。乱れた前髪が視界を狭めたが、彼女の戸惑った表情が見えた。

 …………。一分ほど沈黙があった。その沈黙は、真乙さんののんびりと落ち着いた声で破られた。

「君は、本当に困った人だ」

 僕は彼女の言葉で、ちょっと寂しくなり、先生に叱責される生徒のように顔を伏せた。

「君みたいな人を、以前見たことがあるんだ。……中三の冬だったんだけどさ」

 突然、彼女はそんな話を切り出した。僕は黙って彼女の顔を見た。快さそうに微笑していた。

「寒かったんだよ……冬だから仕方ないけどね。雪が降りそうな天気だったんだ」

 駅で、君みたいな人に会ったんだ――

 彼女の話を聞いていて、そんな記憶が僕にもあるような気がした。が、よく思い出せなかった。


 今日何度目かの「行こうよ」を言い、真乙さんのあとを歩いた。

 次の車両に入ると、そこはまた、今まで見たことのない造りになっている。

 車両は本来の三分の一程度の面積をした吹き抜けで、壁には、腰上から天井辺りにかけて窓があった。その奥は、光を垣間見る暗闇だった。窓から景色を見るため、腰の高さにもたれられるよう棒が固定してあった。

 僕と真乙さんは入って右側の窓から外を見ることにした。夜なので窓はほとんど鏡と化していた。目の前に映る男の子は、だいぶ影が薄くなってきたような感じがあり、隣にいる女の子を敬遠しているように見えた。

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