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真乙さんの後ろについて車両を出る。なんとなく真乙さんの従者になったような気がするが、それは被害妄想だろう。
「うん。常に震度三だ」
立ち止まり、壁に手をつけて楽しそうに真乙さんは目を細めた。僕も立ち止まり、壁に触れる。指先に振動を感じる。
「それじゃあ、本当に地震がきた場合、どうなるんだろう?」
僕がそう問うと、彼女は顎に手をあてて考えはじめた。しばらく、うーん……と唸っていたが、「震度七越え?」とつぶやいた。
「まあ、実際のところ、体験してみないとわからないことですけどね……」
手のひらに車両の振動を受けながら、天井を仰いで言った。
「……聞く必要ないじゃん!」
真乙さんが急に怒り出したので、僕は驚いて彼女を見た。
「え?」
「え? じゃないよ! そんな答え返されたら、まじめに考えた私がバカみたいじゃないか!」
真剣な表情で、彼女は僕にうったえた。なるほど、僕のくだらない質問の答えを彼女は自分なりに考えてくれたというのに、僕がそれを一蹴してしまったことが気にいらないということらしい。
「すいません……」
滅多に怒りそうにない人が怒ると、必要以上に恐怖を覚えるものだった。こういった場合素直に謝るしかないので、居心地が悪い気がしながら頭を軽く下げた。なぜか、情けなくて頭を掻いた。真乙さん自身も、僕が情けないと思ったのか、いっぺんして困ったような顔をした。
「あ、いや……。べつに、かまわないんだけれどさ」
彼女は頬を掻いた。
「あなたが怒ったのを、初めて見ました。けっこう恐いですね。とくに、目が切れ長になるあたりが」
頭を掻くのをやめて、真乙さんの先を歩くことにした。真乙さんは、僕がとおるのを待ってから、僕の背後につくかたちでまた歩き出した。が、すぐに僕の横にならび、前後から他のお客さんが来たら迷惑をかけるような状態になった。
「車内での二列歩行はおやめください」
真乙さんを横目で見ながら、さりげなく囁いてみる。彼女は「あら、そうですか」と、眉間にしわを寄せながらも僕の後ろについた。
「……口が悪かったです。すいません」
僕がつぶやくと、彼女はさっきみたいに困ったような、あわてたような感じで「いや、べつに……」と口ごもった。
壁の揺れはかすかに思えても、実際、車両自体の揺れは激しいので、足取りは危うげなものとなる。夢遊病者のように歩きながらも、隣の車両へと辿り着いた。自動ドアが開くのを待っていると、一瞬車両が大きく揺れ、転びそうになった。
ドアの向こうには、異様な構造をした車両があった。
「階段? しかも上下に? すごい、というかおもしろい!」
真乙さんが、僕の背中越しに驚嘆する声を上げた。
この車両は、真乙さんが言うように上下に階段があった。左右に段が分かれ、右手が上、左手が下へと造られていた。
「なんだろう、これ?」
「なんだろうというより、どうして、こんな構造に?」
自問自答するように言いながら階段を上がった。わずか二、三段だが、だいぶ高い場所まで上がったような気分になった。一段いちだんが高かったような気がするからかもしれない。
左側――下りの階段の通路の頭上――には、等間隔にドアがあった。右側には車両の反対側まで続くような大きい窓があり、夜の暗さでマジックミラーのようになっていた。
手近なドアがひとつ開いていて、中の様子が見えた。個室になっていた。車体の天井近くまで窓があり、窓の前にはベッドがあった。というよりも部屋自体がベッドほどの大きさしかなく、下足スペースがもうけられているだけである。それでも、天井は立ち上がらないかぎり頭を打つことはない。かえって、この狭さが心地よさそうに思えた。
「この狭さがいいな」
真乙さんがため息混じりにつぶやいた。
「なんで、こういう席――というよりここは部屋だけど、取ってくれなかったんだろう」
「こういう席……いや、部屋というのかな? とにかく、こういった個室になっているだけで、僕たちの席よりも値段が高いのはなんとなくわかるでしょう?」
「でも、せめて、女子の私だけでも……」
言い終わる前に、「わがままを……」と言っておいた。
「まあ、今の席でもじゅうぶんかもしれないけどさ」
そう言った彼女の声はだんだんと小さくなっていった。だが、それでもよく聞き取れた。たいてい、彼女が声のトーンを下るとほとんど聞き取れないのだが、今回は別だった。
驚いて彼女がいる方を見てみようとした。が、思いのほか彼女は近くにいた。僕の真横で部屋の様子を見ていた。僕はてっきり部屋の外から見ているものだと思っていた。鼻先が彼女の黒髪をかすめた。
ぞくっとした。こんなにも近くに真乙さんがいるなんて、背筋が凍るような気がした。
仰け反ろうと頭を引くと、ドアの枠に後頭部を強打した。
「が、って、いってー!」
情けない打撃音と叫び声は同時に上がった。真乙さんが、怪訝そうに僕を見た。
「赤木くん、何してるの?」
「……いや、なんでも、ないです」
頭をさすりながら答える。涙腺を刺激されたというのかどうかわからないが、つむった目蓋の隙間から涙が流れた。
「だ、大丈夫!」
「……死にはしません」
「それは聞き飽きた」
「…………」
意味もなく流れた涙を拭き取りながら「次、行きましょうか?」と涙声で聞いた。
「うん、そうしよう」
彼女は僕の背後に巡り、背中を押した。両肩辺りに力を感じるので、両手で押しているのだろう。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
足がもつれ転びそうになる。だが、真乙さんはおかまいなしに僕を押し続けた。恐怖を覚えた。なぜなら、人に触れられることに対して、僕はたいへん憎悪を覚えるし、目の前はもう、下りの階段があるからだ。
「わ、わわ!」
みじめな声が出る。踏みとどまろうと両足に力を入れるが、バランスをくずして前に倒れそうになった。
「危ないって!」
真乙さんが背後で叫び、僕の両肩を押さえ引き戻した。今度は、後ろに倒れそうになったが、倒れるのとは逆の力を加えて、体を支えた。と、両肩に圧力がなくなり、その代わりに「わわわ!」と間の抜けた声がした。




